15話 転生うさぎと救援
わたしが辿り着いた時にはすでに戦闘が始まっていました。
クーリアさんの魔法であちこちに大きな穴が開いていて、リンナさんは既に体中が傷だらけで、大剣を構えながら相手を厳しい表情で睨みつけています。そんなリンナさんに後方から治療と支援魔法でエルさんが援護しているようです。
――セラさんはどこに!?
姿の見えないセラさんを探していると、遠くのほうで眩しい光と轟音が鳴りました。恐らく、向こうで戦っているのでしょう。
「最悪です!よりによって巨躯タイプの変異で、しかも双子だなんて!」
「無駄口叩いてる暇があったら、魔法で援護して頂戴!私の支援だけじゃリンナが持たないわ!!」
「ちい!セラが来るまでの時間くらい稼いでやるさ。とにかく防戦に専念するんだ!!」
普段とは全然違う焦ったような様子の三人に、わたしも胸の奥がざわめきました。
――皆さんAランクの実力者のはずです。それなのに防戦するだけで手いっぱいだなんて
わたしは、三人が対峙している相手を見上げます。遠くからでも姿は見えましたが、近くで見るとその大きさは想像以上でした。
全身が真っ黒な毛で覆われていて、二本の足で立っているその高さは五メートルは超えているでしょう。トカゲのような尻尾を含めた体長は七メートル超でしょうか。大きくて凶悪そうな手足の爪と、大きな口から除く巨大な犬歯と鋭い歯、真っ赤な目は全身の黒さのせいもあって爛々と輝きその存在を主張しています。
そして、やはりかなりの上位の変異種なのでしょう。その魔力量は、その量だけならばセラさんよりも多いように感じました。魔力眼で見ると、黒い渦のように大量の魔力が魔物の周りを渦巻いています。
「大地を灰塵に化す炎の輝き、数多の命と共にその灯りをともして、爆ぜろ!!エクスプロージョン!!」
クーリアさんの詠唱が終わり、複雑で大きな魔法陣が赤く光り輝くと、上空から炎の線が落ちてきて魔物に当たりそして大爆発しました。耳をつんざくような轟音と、巻き上がった煙で視界が塞がれます。
――この穴ぼこの正体はこれですか。
環境破壊もいいところだと呆れていましたが、視界が晴れる前に魔物の動く気配を感じて血の気が引きます。
――全然効いていませんね。
見えない状態でも攻撃が来ることが分かっていたのか、リンナさんは大剣で受け流すように襲ってきた尻尾の薙ぎ払いを受け止めます。攻撃を受け止める瞬間に、結界のような魔法がその衝撃を和らげ、リンナさんは軽く仰け反っただけで済みます。
「くっ!クーリア!!あと何発撃てる!?」
「あと二、三発が魔力的に限界です!どうしますか!?」
「落ち着いてクーリア。あれだけの火力の魔法を何発も受けても弱らないなら、これ以上撃っても無駄よ。なんでも良いから、敵の攻撃を逸らすようにして攻撃して。リンナ?まだ耐えられる?最悪は私が前衛で壁をやるわ」
「まだ大丈夫だっと!あぶない!エルが前に出たら殺されるぞ!絶対に来るな!!ここは私が死んでも通さん!!」
「死んだら面倒なので、ちゃんと生きてくださいよ!フレアバースト!」
軽口を叩いているのは、危険な状況下でも仲間を信じて証なのでしょう。見事な連携で魔物の攻撃をさばいています。何度目かの応酬の後、突然魔物が後方の二人に目を向けました。
「――っ!!しまった!!避けろぉぉおおお!!!」
リンナさんがいち早く気付いて叫びます。魔物は大きく口を開けて、巨大な火の玉をクーリアさん達のいる場所へ吐き出しました。
「あ」
「くっ」
思わず固まってしまったクーリアさんを庇うようにエルさんが前に出て両手を前にして結界を張ります。
「精霊よ。お願い!」
結界に火の玉が当たって凄まじい爆発が起きます。
「クーリア!?エル!?」
一瞬気を取られたリンナさんに、魔物がその巨体からは信じられないほど速さで突っ込んできて体当たりします。
「しまっ」
ギリギリで気付いてなんとか大剣でガードしますが、補助の無くなったリンナさんでは勢いを殺し切れずに吹き飛ばされます。二転三転と跳ねるように転がっていき、大剣は彼女の手から離れた位置に落ちました。
「けほっけほっ」
「う・・・」
クーリアさんとエルさんはまだ生きていましたが、さっきの攻撃で満身創痍になって満足に動け無さそうです。
――このままじゃ皆死んでしまいますね。さて、どうしましょうか?わたしならば助けることが出来ますが・・・
魔人は変異種よりも危険視される存在です。正体がバレたら、騙したと糾弾され、彼女達から冒険者ギルドに伝わり、追われる身になるでしょう。そうなれば、もう安寧な生活を望むことは出来ません。
――なら見捨てる?わたしの初めての親友を殺した人達ですし、弱肉強食の世界なのですから別に見捨てたって良いはずです。
動かなくなった三人を見据えて、魔物がゆっくりと近づいていきます。
――そうですよ。本来わたしはこの場に居ないのです。ここで見なかったことにしたってなんの問題もありません。
クーリアさんとエルさんの前まで来た魔物は、大きく手を振りかぶります。
「う、こ、こんな・・・」
「クーリア、逃げなさい。はやく・・・」
「ぐっ、や、やめろ・・・その二人に、手をだすな・・・」
魔物に言葉なんて通じるはずもなく、無慈悲にその手は振り下ろされました。
「・・・え?」
わたしは人の姿になって、身体強化を全力でかけて振り下ろされた手を止めます。凄まじい衝撃が襲いますが、それでも耐えきりました。
「・・・あーやってしましました」
――彼女達はわたしのことを仲間だと言いました。それが存外嬉しかったのかもしれません。
「・・・助ける義理なんて無いですが」
――楽しかったんだと思います。人として過ごした時間が。たとえそれが歪んでいたものだったのだとしても。
「・・・まだ死ぬには惜しい人達ですから」
そう言い訳して、わたしはこの人達を助けることにしました。スライムさんの仇の相手を。目的を設定したわたしは、よく分からないごっちゃとした感情に蓋をしつつ、目の前の敵に集中します。Aランク冒険者三人を追い詰めた相手です。手加減は・・・不要ですね。
月魔法。【紅月の狂宴】
始めての月魔法を使います。効果は頭の中で理解しているので問題ありません。わたしの背中を照らしていた月が紅く染まり、月明かりもまた紅い光に変わり、薄暗かった草原が月明かりで真っ赤な世界に塗り替えられました。
その瞬間わたしの月の加護の血月の狂化により、体が煮立つほど熱くなって力が湧いてきます。
「・・・あなた、強大な魔力を纏っているせいで魔法が効きにくいようですね。なら、これはどうでしょう?」
更に身体強化をかけたわたしは、押さえていた手を離して、一瞬で懐に潜り込んで魔物のお腹を殴ります。すると、全長7メートルある魔物が面白いように吹っ飛ばされて行きました。
――我ながらドン引きです。
思った以上の力に驚きましたが、手を抜くつもりはありません。一足飛びに近づいて、追撃を仕掛けようとしますが、危険察知が働いて咄嗟に避けます。わたしの居た場所に火の玉が飛んできて爆ぜました。
魔物は圧倒的な身長差でわたしを見下ろすと、先ほどよりも一段階速い動きで飛び掛かってきます。わたしの小さな体ではあの拳に押しつぶされてしまいそうですが、動きは完全に捉えていたので余裕をもって避けます。
――身体強化ですか。ずいぶんと手加減して戦っていたのですね。
さっきまで使っていなかった身体強化を使ってきたということは、わたしは脅威だと認定されたようですね。
――なんだか無性にあいつの血が見たいのですよね。これって狂化のせいでしょうか?狂うって言ってるくらいなので可能性はありそうですね。決してわたしが危ない奴では無いはずです。
わたしが心の中で弁明をしていると、魔物は突然四足歩行になって突進してきました。わたしがバックステップで避けると、ぐるんと体を回転させて尻尾で空中にいるわたしに向かって追撃してきます。わたしは体を捻って向かってきた尻尾に手を当てて柔術の要領で受け流します。体捌きのスキルのおかげかどうかは分かりませんが空中にいても問題なく出来ました。
そのまま着地すると、片手を横に伸ばして魔力を込めます。
――魔法がイメージを具現化するものでしたら、魔力を実体化させて武器を形成できるはずです。効率はかなり悪いですが、イメージだけならばアニメで見たことありますからね。
そして、わたしのイメージ通りに魔力だけで、真っ赤な槍を作り出すことに成功しました。
「・・・さぁ、狂い踊りましょうか」
くるくるとその槍を舞うように回してから、一瞬で近づいて脳天にぶっ刺します。
血飛沫が噴き出して、わたしのワンピースを朱く染め上げます。しかし、頭に槍を刺したままでもお構い無しに、魔物は雄叫びをあげてわたしに襲い掛かってきます。
――さすがに巨体というだけあって、生命力も強いですね。
苛烈になっていく攻撃を躱すためにうさぎに変身して体積を減らし、相手の攻撃の合間を縫って近付きます。再び肉薄すると、人間に戻り魔力の槍を作りだして今度は胸の真ん中を貫きます。
そして、すぐにうさぎになったわたしは、跳躍と俊足のスキルを生かして一気に距離をとり、突き刺した魔力の槍を爆発させます。
――外の守りが堅かったので、体の内部を攻撃してみましたが。どうでしょう?
ダメージは確かにあったようですが、それでも完全に倒しきることが出来なかったようですね。膨大な魔力で傷が塞がっていきます。また振り出しです。
――これでは埒がありませんね。回復が追い付かないくらいの攻撃で一気に倒しきらないとダメですか。
体勢を立て直した魔物は口を大きく開けて魔力を溜め込み始めました。魔力の塊がどんどんと大きくなっていきます。
わたしは三度人間の姿になると真上に十メートルほど飛び上がります。空中で重力魔法を使い自然落下を抑えて空中に留まります。そして、今度はわたしが見下ろす形で魔物を見ます。
――これで後ろを気にせずに戦えますね。
魔物の口から、溜め込んだ魔力が先程までの火の玉ではなくレーザーのように空中に居るわたしに向かって放たれます。
わたしはそれを空中でひらりと躱して、先ほどの魔力の槍を作った要領で、今度は数十を越える魔力の槍をわたしの周りに作り出します。
本当はこのまま撃ち出すほうが楽なのですが、狂化している体で直接投げたほうが威力が出るので、面倒ですが一つずつ投げますか。
手近の槍をおもむろにつかんで真下に居る魔物に向かって投げつけます。ズドンという音と魔物の悲鳴合わさって聞こえてきました。
――では、次々といきましょうか。
次の槍を手に取っては下に投げ、手にとっては下に投げを続けます。効率化するために空中を踊るように舞いながら槍を投げるようになり、テンポ良く投げつけられた槍から聞こえる轟音が、まるでリズムを刻むように聞こえてきます。
調子に乗ってきたわたしは、更に槍を投げるスピードを速め、気付けば数十本あった槍が残り一本になっていました。浮いていた最後の一本を手に取ると、残っている魔力を更に込めて巨大化させます。下を見ると、数多の槍に串刺しにされた魔物がもがいています。
――あれだけやってもまだ生きているなんて、しぶといですね。でも、これで終わりです。
持っている槍は既にわたしの身長の倍ぐらいまで膨れ上がり、わたしの狂化した魔力のせいか紅く光り輝いています。それを思いっきり魔物の心臓部に向けて投げます。空を切るように落下する槍はそのまま寸分狂わずに魔物に突き刺さり、その瞬間、わたしは突き刺した全ての槍を活性化させて爆発させます。
耳をつんざくような轟音と、周囲を吹き飛ばしながら土や砂を撒き散らす衝撃が地面を襲い、空中に居るわたしすらよろめくほどの衝撃が来ます。
――あ、やりすぎましたか。クーリアさん達大丈夫でしょうか?
巻き上がった煙を風の魔法で晴らします。まずは、クーリアさん達の無事を確認し、次に魔物状態を確認します。
――魔石が出てきてますね。さすがに死にましたか。今ので生きていたら、いよいよ相手の魔力が尽きるまで殴り続けなければいけないところでした。
最後に放った攻撃で魔力の大半を使ってしまった為、生きていたらどうしようとドキドキしながら見守っていましたが、大丈夫だったみたいですね。
重力魔法を使って、ゆっくりと魔物の死体まで降りていきます。巨大な体はあちこちが穴だらけでボロボロです。その中でもひと際大きい胸の穴の中に真っ黒な魔石が輝いていました。
――さすが、Aランク冒険者のクーリアさん達でも歯が立たなかった魔物だけありますね。この魔石から今までよりもずっと強い魔力を感じます。
魅かれるようにその魔石の下まで降りていき、そっとその魔石を手に取ります。うっとりとそれを見詰めていると、まるで血に飢えたように物欲しくなり、魅かれるがまま魔石を食べようと口を開きました。




