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ELEMENT2020冬号  作者: ELEMENTメンバー
9/10

隠すより現る(作:SIN)


 クリスマスという冬のイベントをシュウと一緒に過ごす事になり、待ち合わせ場所に来たのだが、なんだか元気がないので、どうした?と尋ねるかどうかを迷うという結構無駄な時間を過ごす事30分程度。

 俺達はまだ待ち合わせ場所から1歩も動いていないのでそろそろ体が冷え切る頃合だ。いや、もう既に耳と鼻が痛い。

 何か話し難い事でもあったのだろうから、ゆっくりと話せる場所に移動しようか。

 で、やってくる場所が貴重品店の出現ポイントである空き地ってんだから色気もクソもない上に屋外だ。

 「今年も道具持たれへんかったなぁ」

 持たなくて良いって何度言っても納得しないシュウは、恐らく次に貴重品店が出た時には何かを買うつもりなのだろう。けど、俺だって買い物がしたいんだよ。

 寿命を見る道具が欲しいってのもそうなんだけど、そろそろナイフを使いたい。別に貴重品店での買い物の時だけしか使えないって訳じゃないし、現に戦闘になった時はナイフの柄に自分の名前を書いた紙を入れて使ってるんだけど……あの店主に任せるとしっかりと狙った年数分切ってくれるから計算しやすいんだ。

 とは言え、グラスヒールを買った時に2年分だから、再来年の春までに貴重品店が現れなければ自分で切るしかないんだよな……。

 「次道具持ちたいって言うたら怒るからな」

 戦いには全く関係のない、前の運命の赤い糸が見えるだけのメガネみたいな道具なら別に良いけど、戦える道具は断固として反対だ。

 俺も一緒になって戦う事から逃げてしまうのが1番安全なのだろうけど……戦う事を止める訳にはいかない。これは俺の為でもあるし、シュウの為でもある。

 そしてこのナイフの壊し所を見つける為でもあるんだ。

 道具を壊すと呪いの効果が消える……このナイフの場合だと嘘みたいに長くなった俺の寿命が元に戻り、俺が寿命を与えた者への影響も消える事になるだろう。

 貴重品店の店主は俺の寿命で売買してくれるから、まぁ結構な損失になるだろうな。

 それじゃあ困るんだよ。

 「今すぐワープ出来るような道具が欲しいねん」

 ほぉ、次に“道具を持ちたいと言ったら怒る”と言った側からコイツは……けど、なに?ワープ出来る道具?それなら戦闘になった時にパッと逃げられるから便利で良いな。

 「……ワープして何処行くん」

 それは良い!とは言い辛いから言葉を濁してみれば、再び表情を曇らせたシュウは、

 「年末年始実家に帰る事になってん……」

 と。

 「ワープしたい位遠いん?」

 そういえば何処出身なのか聞いた事無かったな……関西弁喋ってるから普通に地元民だと思ってたわ。

 「車で3時間位やけどぉー!行ったらこっち来られへんやんかぁー!カウントダウンイベントも無理やねんで?冬休み中ガッツリ実家拘束なんやもん……」

 あぁ、それでイベントに参加する為にワープして来たいって事か。

 「じゃあ今年はカウントダウン2人でしよか」

 メッセージのやり取りというなんとも地味な光景にはなるだろうが……。

 「え!?ホンマに?」

 あ、良いのかそれで。

 一気に機嫌が良くなったシュウとクリスマスを過ごした3日後、シュウは帰省した。

 帰って来るのは1月7日と随分ゆっくりしてくるようだが、少し気になったのは“実家拘束”との言葉だ。

 自分の意思で帰って来る事が出来ない状況って、考えれば考えるほど分からない。

 けど、元気良く行ったんだから可笑しな事はないんだろうし、7日に戻って来るのを待つとしよう。

 スマホがあるんだから、いつでも連絡出来る。カウントダウンだってしないとな。

 忘れないようにしないと。

 って、当日の夕方までは思ってたんだよ。

 寝オチないように少し寝ておこうと、柄にもなく気を使ってみたのが最大の敗因で、起きたのがギリッギリの11時59分という、寧ろ良く起きれたな?と言う奇跡の時間だったのだ。

 そこからスマホの電源入れて、アプリを起動して、シュウの独り言のようなメッセージに一気に既読の文字が付いて。

 最後に打ち込まれている数字は2で、今1が来たから……

 「ゼッ、ゼロ!」

 口に出しながら打ち込み、間に合うようにと祈りを込めて送信!

 なんとか間に合った“0”ではあったが、これは一緒にカウントダウンした事になるだろうか?

 ならないよな……。

 「あけおめ」

 しばらく画面を見つめていると新年を祝う言葉が出てきた。

 なんだ、良かった。普通だ。

 「ことよろ」

 そう返信しながら、特に声は聞こえてこなかった事を思った。

 なにかがある時は五月蝿いほど聞こえてくる音が今日は何も無くて、それでグッスリと眠ってしまったんだ。

 スマホ画面に視線を落とせば、起きてる?そろそろ始める?おーい。と引っ切り無しにシュウからのメッセージは届いているが、音としては何も聞こえなかった。

 不思議な事に、着信音すら俺の耳には届かなかった……それだけ眠りが深かった?

 「悪い、寝てた。間に合って良かったよ」

 とりあえず“0”しか参加出来なかった事を謝り、目を閉じて耳を澄ませてみたが特に何も聞こえてこず、目を開ければ、

 「間に合ったしえぇよ。じゃあおやすみ」

 との返事が来ていた。

 軽く今の状況を教えてもらおうかと思っていたのに、おやすみと言われるとおやすみとしか返事が出来ない。

 明日の朝1番におはようとメッセージを送るとしよう。

 ならもう一眠りといきたい所ではあるが、夕方から今までグッスリ寝ていたせいで全く眠れる気がしない。

 それになんだろうな、何も聞こえて来ないってのに嫌な予感がする……。

 弟達は確か今年もカウントダウンイベントに参加するって言ってたか、会場は裏山だけど小川の方じゃないから安心……だよな?いや、大丈夫だから声が聞こえてこないんだ。ならこの妙な気分は何だ?

 はぁ、水でも飲むか。

 台所に向かい、冷たい水で喉をー……

 「ニャア☆」

 「ブハァ!」

 潤せなかった。

 今日は静かだなーっと油断してた所へ猫の声が近くで聞こえたものだから、ビックリし過ぎて噴出してしまった。それも盛大に。

 姿は見えないが声を聞かせてくる猫なんて、貴重品店の看板猫しか心当たりが無い。まさかこんな新年明けて早々来るなんて思わなかったぞ。

 福袋でも売ってくれるのだろうか?

 上着を羽織って外に飛び出してみれば、異常なまでに綺麗な満月が俺を見下ろしていた。

 なんだ……これ……。

 満月なのにも関わらず星も綺麗に見える空の様子は現実味がなさ過ぎて、逆に恐怖や不気味さを感じない。

 貴重品店の看板猫がいるんだから現実なんてものを期待したら駄目なのかもな。この瞬間、この場所が異次元だって言われても納得出来るし。

 あぁ、じゃない。初売りをしている可能性のある貴重品店へ急がないと。

 黒猫の声を追いかけていくうちに目的地が空き地では無い事に気が付いたが、他に行く所もないのだからと追いかける事しばらく、不意に俺は渋滞に巻き込まれてしまった。

 車でも人の波でもなくて……動物だ。

 犬とか猫はもちろん、狐とか狸までいるし、鳥までいるんだけど、それらが一斉に同じ方向に向かうってんだから異常なんだよ。

 向かう先は恐らく貴重品店ではなく裏山だ。それも、小川のある方の……。

 道具が買えないのなら帰ろうかな?

 いや、出張販売している可能性もあるか……あの店主どこからでも出てくるしな。

 「マジか……目的地が同じやったら嫌やなぁ」

 裏山に足を踏み入れた時、後ろからそんな聞き慣れた声が聞こえてきた。

 これは完全に普通ではない方の声だから……えっと、何故ここに弟達がいるんだ?カウントダウンイベントはもう終わってる時間だし、第一こっち側じゃないだろ。

 立ち止まって、振り返って、弟の前まで行って、帰れと伝えられたら良いんだろうけど、この渋滞からどう抜け出して良いのか分からん。

 立ち止まれば後ろから次々と来る動物達の邪魔に……待てよ?こんなにも物凄い数の動物がいるってのに、弟はよくもまぁ完全にスルーできたものだな。

 「シロの兄ぃちゃんって黒猫と一緒におる事多くない?」

 そして弟の友達は黒猫しか見えていないかのような口ぶりだ。

 ゾロゾロと裏山の奥に向かっていると、後ろから弟達の声も一緒になって裏山を登ってくる足音と気配と話し声が聞こえて来る。

 この動物達に呼ばれてるって感じではないから……何処を目指してんだ?もし小川を渡った向こうってんなら引っ張ってでも連れて帰らないとな。

 あっちには鬼が宴をする桜の木がある……俺の持つナイフに関わる人物がその宴に参加しているのを見たんだから、何らかの条件が揃うと鬼のいる場所に行ってしまう可能性が高いんだ。その条件の1つが小川に沈む事。

 「シロ君って、なんでタケシ君の事嫌いなん?」

 そんな危険な場所に足を踏み入れている事など露知らず、後方からは極々普通の会話が……いや、普通ではないのか。

 弟が俺を嫌っている理由は分かっている。

 能力に目覚めた時、コントロール出来ない事で随分と八つ当たりしてしまったから……

 「……アイツと名前で呼び合う仲やっけ?」

 それと、弟の彼女に名前で呼ばれているから?

 え?俺って名前で呼ばれてんの?

 「直接本人には呼びかけた事ないけど、シュウと話す時はだいたいタケシ君やで」

 シュウと話して?あれ?確か元彼じゃなかったっけ?

 「……元彼と連絡取り合ってんのや?」

 どんな状況なんだよ。

 寄りを戻したとか?でもそんな話し聞いた事ないぞ?

 「言って良いか分からんけど、シュウの運命の人ってタケシ君らしいねん。で、私はシロ君が運命の人やろ?やから兄妹みたいな感じかなぁ?」

 待て!

 運命の相手って、そういう感じの意味ではないからな!?弟達は運命の恋人同士に違いないが、俺とシュウはそういうのではなくて、運命共同体の方だから!親友とかそっちの感じだから!

 「んでさ、結局の所なんで兄弟仲悪いん?」

 鋭利な角度で話を元に戻す子がいたものだが、運命がどうのって話しが延々続くよりは良い。

 長い溜息を吐いているのは恐らくは弟だろう、そして小さく呟くように、

 「アイツは俺の事なんとも思ってへんと思う」

 と。

 全く、なにを言ってんだか。

 俺はこんなにも弟に頼りにされたいと思っていると言うのに!話しかけるたびに鬱陶しそうに顔を歪める事だけでもどうにかして欲しいと切望しているというのに!

 しかし……

 「めっちゃ俺の話ししてるやん……」

 これ、もしかして良い兆候とかじゃないか?なんだか今年は仲良くなれそうな気がしてきたぞ!

 「嫌いなんじゃなくて……分かるやろ?アイツ、気味が悪い」

 ギャフン。

 嘘だろぉ!?そんな一瞬のうちに俺の僅かな希望を打ち砕きますか!?

 いいや、まだ希望はある。嫌いじゃないって言ってるじゃないか。そうそう、多少の不気味さなどこれからフォローすればどうにでもなる……わけないな!

 気味が悪いってかなり分かり易い拒絶の台詞だよチキショウメーイ!

 ♪テロロローン♪

 「はーいもしもし?あけおめー」

 軽い電子音と、明るい話し声が随分と後ろから聞こえてきた。

 会話はクリアに聞こえてきていたが、実際には結構な距離がありそうだな……帰れと注意するには少し戻った方が良いか?しかし動物達は俺の事などお構いなくズンズン進んでいくから、見失わないようにするには俺も立ち止まる訳には……ここまで裏山を登ってきて、動物達がまだ上を目指しているんだから目的地は山頂だろう。それも小川を渡った向こう側の。

 「もしもし?」

 動物達の邪魔にならないように獣道から外れた場所で立ち止まり、弟達が登ってくるのを待つ事にしたのだが、どうやらまだ電話を続けているようだ。

 「お前の兄ぃちゃん今何処!?知ってる?知ってたら教えて!」

 ブッ!

 え?なに?シュウの声?は?寝たんじゃなかったのか?しかも何で俺を探してんだよ。話したい事があるんなら直接俺にー……。

 「あー、スマホ家だわ」

 黒猫の声が聞こえてから急いで外に飛び出したからなぁ。

 おやすみって言い合った後に連絡が来るとも思わなかったし、他に新年の挨拶をするような人物もいないし。

 「頼む、代わって!」

 なにか余程の事でもあったのだろうか?だとしたら今更ながらに実家拘束って物々しい響きが気になってくるのだが。

 長い溜息が聞こえてからスグの事、獣道を勢い良く駆け上がってくる軽快な足音が聞こえてきた。

 恐らくは弟が俺に電話を代わろうと向かってきているのだろうが……良く俺がここにいるって分かるな。

 まぁ、1本道と言われれば1本道だけど。

 「良いから、出ろ」

 そんなぶっきらぼうな言葉と態度で差し出されるスマホを受け取り、

 「……もしもし」

 少しばかりの覚悟をして出る。

 「なんなん?なんなんもー……獣道におるって聞いたんやけど?携帯も出んしさー!」

 最後怒られたけど、一応心配はかけたのだろうと思ったので、俺は弟に会話を聞かれる事をどうこう思うよりも先に、黒猫に呼ばれて家を飛び出した行動を“初日の出を見たかった”とし、スマホは家に忘れたのだと、そこは本当の事を告げた。

 「大丈夫なん?」

 説明を終えた後、シュウはかなり小声でそんな事を言うものだから、なにかあったのは俺ではなくシュウの方なんじゃないかと心配になったんだけど、それをそのまま声に出す訳にもいかず、

 「ん。大丈夫?」

 相槌のようにして聞き返してみた。

 まぁ、細かい事は家に戻った後自分のスマホからすれば良いんだろうが、今こうして強引に連絡をとろうとしてきた意味が知りたい。

 「自分の能力の確認?しようと思って、試しに自分の小指辺りにある糸を輪にしてみてん……あくまでも能力の確認な!新年やし、そういうのって大事やん?」

 新年早々能力の確認?大事なのか?あぁ、でも俺みたいに勝手に聞こえて来るパッシブスキルじゃなくて、自分から使わないと発動しないアクティブスキルのシュウとでは感覚が違うのかもな。

 「ん。で?」

 「輪の中に、何も映らんかったからビックリして!」

 何も映らなかったって事は、運命共同体が解消されたって事か?

 「今は?」

 「今はおるで?難しい顔で電話してる」

 難しい顔で電話を?

 「これは?」

 試しに指を3本立てて聞いてみれば、

 「3!」

 得意げに答えた。

 前までは動かない写真のような物が写るだけだった輪の中に、今はリアルタイムな動画が見えているという訳か。そして異次元に足を踏み入れた相手は見えなくなる。

 動物を追いかけている間、やっぱり俺は異次元に迷い込んでいたんだな。

 そうなると、俺の後ろを付いてきていた弟達も……。

 動物達の目的地は小川を渡った向こう側にある山頂付近、そこに近付かせる訳にはいかない。

 「明日また連絡するから、今日はもう寝ろ」

 もう何があっても明日までは大人しくしておいて欲しい。

 「……ここまで起きてたんやし、今日は俺も初日の出見るわ。やから、一段落付いたら即効連絡頂戴」

 ここまで起きてたって意味がよく分からないんだが……まぁ、折角納得してくれそうなんだしこのまま終わろう。

 また後でと電話を切り、スマホを弟に手渡しながら、

 「こんな所で何してんねん!危ないやろ?帰れ」

 と、怒ってみた。

 なにも間違った事は言ってない筈だ。

 道も整備されていない獣道を、満足な明かりも持たずに歩こうなんて正気の沙汰じゃない。ましてや年明けの寒い時期の深夜に、そんな山登りに適してない服装で!

 あっ。

 「お前の方が危ないやろ」

 うん、そう来ると思ったわ。

 俺も言ってから気が付いたんだ。これブーメランだなーって。

 「ニャン☆」

 黒猫も呆れた風に鳴いてピョンと小川を越えて行ってしまった。

 ここは弟達の行動を制限し過ぎない方が自然か?一緒に下山するって手もあるにはあるが、折角ここまで来たんだから黒猫の行く先……貴重品店店主に会わないと気が済まない。

 危ないのは小川の向こう側なんだから、そっちへ行こうとしない限り大丈夫だ。なら後はこれ以上後をつけられないよう弟達を先に行かせば良い。

 「携帯取りに帰るわ。あ、小川には近寄るなよ」

 小川の方を指差しながら今から下山する事を伝えれば、

 「こんな寒い中で水辺に近寄る訳ないやん」

 小川の方を指差しながら冷ややかに弟が返事をして、その後はチラリともこちらを振り返らず安全な獣道を登っていった。

 弟の友達は妙に楽しそうな目で何度も振り返ってきているが……まぁ、この動物の行列が見えている訳ではないだろう。

 耳を澄ませ、ガサガサと順調に遠ざかっていく弟達の足音を聞きながら、それでもまだ心配で目を凝らして獣道の先を眺めるが……何もいない、な?

 よし、黒猫を急いで追いかけよう。

 鬼が宴を開いていない事を祈りながら小川を渡って真っ直ぐ進むと、そこは手入れが行き届いていないのか、ほぼ森。

 そんな森の入り口付近にはまるで俺を待つように座り込んでいる黒猫がいた。

 「遅れて悪かった」

 声をかければ立ち上がり、

 「ニャン」

 と一鳴き。

 なんだろうな、早く行こうと聞こえた気がする。

 1人と1匹による夜中の散歩は、急に視野が開けた所で終わった。

 一緒に山を登ってきた動物達が集まり、上を見上げている。無駄吠えするような事も無く、モサモサと動き回る事もなく、ジッと。

 その中に動物では無い影が1つ。近付いて見ればやっぱりというか……まぁ、分かってはいたんだけど、貴重品店の店主がいた。

 「明けましておめでとう。で、新年早々悪いんやけど、寿命を見られる道具は?」

 「もうすぐ来るよ」

 誰が?

 道具作りの職人か?

 それとも、道具を持っている人物?

 沢山の動物、貴重品店の店主、寿命を見る道具……を持つ誰か?

 そうか!

 獣が地面に降りてくるような音が近くで聞こえた瞬間、ザッと地面を歩く足音がした。そしてパッと急に現れたように姿を現した男。

 寿命を見るお猪口を持つ男……もしくはナツメの飼い主。

 うん、名前を聞く必要があるな。その前にやる事はあるが。

 「御猪口って言うたら伝わるよな?」

 そう言いながらナイフの柄からシュウと店主の名前が書かれた紙を取り出し、自分の名前を書いた紙を入れて構えれば、男も何処にいるのか俺には見る事が出来ないナツメに何やら合図を出した。

 戦うのはナツメだけか?なら本体であるこの男を攻撃すればスグにかたが付くだろうが、それなら何故態々俺の前に姿を現す必要があった?

 戦う意思確認か?

 「なら俺が勝った時はそのナイフな」

 このナイフを?

 そうか、分かった。

 ナイフを奪われる訳にはいかないんだ。だから、絶対に勝たなければならない。そしてお猪口も受け取らなきゃならないから……あぁ、殺さないよう手加減しないと駄目か。

 フワッと後ろで空気が動く音がして、ナツメが突進してきた事が分かった。

 戦いの合図的な事は特にしていなかったのにナツメが動き出したと言う事は、しっかりとした意思を持つ獣と言う証拠になるか。ただの突進だから俺がどれだけナツメを認識出来ているかの確認なのかもな。

 だったらここは敢えて避けないでおこう。

 単なる確認攻撃ならまだ攻撃力も低いだろうし、吹っ飛ばされるかちょっと負傷するか、その程度の筈。

 不老不死の呪いがかかっている俺にとってその程度の傷、秒で完治だ。

 ブワッ。

 「ウッ……ん?」

 物凄い強風を上半身に感じたものの、特に転んだ訳でもなし、痛い訳でもなし、カマイタチのような傷が付いた訳でもなし……少しよろけた程度でなんともない?

 何が起きたんだ?

 ただ分かる事は、後ろから突進してきたナツメが今は前方にいるってだけ。

 「ホンマに見えてへんねんな」

 え?

 いや……あの、俺、今何されたんだ!?

 落ち着け、戦闘中にされる事と言えば攻撃だろ?それにちゃんと突進攻撃だって分かってたじゃないか。落ち着け、冷静さを欠けば勝てる戦いも負ける。

 先攻は譲ったんだ、ここから反撃させてもらう!

 ナイフを逆手に持ち、接近戦に持ち込ませる為一気に間合いを詰める。

 軽くパンチをして、その引き際にナイフの先を男の腕に引っ掛けて切り裂いた。

 不老不死ではない身なら全治2日とかその辺りだろうか?厚着してるから服だけしか切れてないって事もあるかもな。

 だけど連続攻撃していればその内皮膚に届くだろう。

 本当なら組み合って手を払ったその勢いのまま頬とか顎辺りを傷付ければそれだけで終わるんだけど、普通のナイフなら至って普通に殺人罪になってしまう。

 だから、道具を使って戦う。

 道具で人を傷付けても受けるのは呪いだから、致命傷になる事は少ない。このナイフに至ってはスグに柄が取れるから攻撃力も低かったりするし。

 このナイフの元の持ち主……あのサラリーマン風の男のように使用しない限りは。

 「痛っ」

 おっと、ナイフが皮膚に届き始めたか。

 このナイフの戦い方は、少し……いや、かなり悪趣味だ。

 幾ら逆手に構えてしっかりと柄を握っても、その柄が外れてしまうのだから強く切り付ける事も突き刺す事も出来ない。なので軽く相手の皮膚を裂くしかない訳なのだが、軽い傷でも寿命を1年やら2年吸い取られる事になる。

 例えば、20歳そこそこの奴を相手に戦うなら80回も切れば相手は天寿を全うしてしまう訳だ。

 まぁ、大体は10年分も切れば気絶するか、動けなくなるかのどちらかだけど。

 それでもこの男の寿命を10年分吸い取る事には若干の躊躇いがある。単純に、10年あるのか?なんて思えてさ。

 ブワッ!

 また強風を感じた。

 恐らくナツメが突進してきたのだろうけど、やっぱり攻撃された感覚がない。これはこれで呪いの攻撃な訳だから、どんな作用があるのか想像もつかないが……特にフラフラもしないし、何処も苦しくないし、痛まないし……。

 それよりもそろそろ反撃したらどうなんだ?

 このままじゃ俺、単なる弱い者いじめじゃないか。

 「お兄ぃちゃん達、そろそろ大人しくして」

 居た堪れなくなった所で店主が俺達の間に割って入ってきて、まるで子供に注意するみたいに軽く言われてしまった。

 しかも頭を撫ぜられるという特大のおまけ付き。

 店主から見れば俺も、この男もまだまだ子供って事か。けど、助かったよ。

 「大丈夫か?なぁ、お前名前は?俺はタケシ」

 ナイフの柄から自分の名前を書いた紙を取り出しながら聞いてみるが、肩で息をしている男からは荒い息遣いしか聞こえて来ない。そしてウロウロと落ち着きのない獣の足音。

 大丈夫……だよな?寿命の残り後数秒とかじゃないよな?

 「喋られへんなら書くだけでえぇから、ここに名前書いて!」

 無理矢理紙とペンを持たせてしばらく、恐ろしいまでの乱筆仕立てのサインを渡された。これはシンドイから手がブレてこうなったとかそういうのではなく、名前を知られたくないという心情なのだろうけど、問題は無い。

 本人が自分の名前を思って書いた文字だ、ナイフはきっと呪いを相手に届けてくれるだろう。

 ナイフの柄に紙を入れ、なんとなく飼い主に背を向けて腕をサックリと切った。感覚的には2年か3年分、かな?

 いや、少し頭がふらつくから5年とかいったかも知れないな。

 休憩しようと座り込んで、なんとなく見上げた空が、なんかちょっと明るい。

 どうやら初日の出の時間が迫っているらしい。

 もうそんな時間?

 店主も、黒猫も、男も、集まっている動物達も黙って空を見上げているから、俺も一緒になって空を見上げ、生物の数がいる割に静寂な時間をしばらく過ごす事になった。

 日が、昇るまでは。

 「なんだあれ」

 思わず声に出してしまった俺に対する店主からの返答はなく、代わりに、

 「光の……粉?」

 との疑問詞が後ろから。

 男の言う通り、初日の出から光の粉?がブワッと出ているのだ。いや、言い方が悪いな……キラキラと降り注ぐような?

 幻想的なこの光景は、間違いなく美しい。

 だからこそ強く思う。

 「なんだ?これ」

 「お兄ぃちゃん達の家は門松を飾ったのかしら?」

 そして相変わらず店主はこっちの話は聞いてくれない。

 まぁ、今に始まった事じゃないし慣れてるけどな。

 「玄関前に出してるけど?」

 「一応……100均のだけど。玄関に」

 俺達の返答を聞いて満足げに笑った店主は光の粉が降り注ぐ町並みを指差し、その指先を追ってなんだ?と町並みを眺めているうちに消えてしまっていた。

 あれだけわんさかといた動物達までパッと消えたみたいにいなくなっている。

 しかし、本当に何も答えなかったな。町並みを指差したのはヒントかなにかだったとか?にしたって情報量が少ないだろ。

 初日の出、キラキラした粉、町並みと……門松?悪い感じは全くないから良いモノなんだろうけど……。

 いや、この山には鬼が宴をするような場所があるんだ、キラキラした何かがあったとしてもなんら不思議は無いじゃないか。実際俺は異次元経由でここまで来てるんだし、この男なんてナツメに乗って一般人から姿を消しながらここまで来たんじゃないか。

 よし、なんとか目の前の現象が納得出来た。

 とりあえず今の状況を考えよう。

 店主も黒猫も動物達も消えたこの場所に、ナツメとその飼い主の男と俺だけ。そして俺はついさっき飼い主と戦って勝った所だ。

 って事は?

 「御猪口、出してもらおうか」

 晴れて寿命が見られる道具を手に入れる事が出来た。って事だ!

 「お前、なんでそんなお猪口に執着するん?壊す為じゃないん?」

 あれ?説明してなかったっけ?

 え?あ……もしかして、最初から経緯を説明してれば戦う必要はなかった?

 「……寿命を見たい奴がおんねん。やから、壊せへん」

 壊してたまるか……。

 「俺にとってもお猪口は使いやすい道具やから手放したくない。やから、俺が使ってお前見るわ」

 戦いに負けておきながらまだそんな事を言うのか?

 けど、ここで断ればまた話しが拗れて、折角の寿命を知る機会を失う事になりかねない。なら見てもらうって事にして、お猪口の所有権についてはまた後日?それとも気になった時にちょいちょい寿命を見に来てもらう?

 いや、寿命を見る。とは言ったが、何度も見るとは言ってないな。1敗北につき1回見る。とかなら結構面倒だ。ならここは俺じゃなくシュウを見てもらう事にしよう。

 「見て欲しいんは俺じゃなくてー……」

 あ、そうだ。コイツ敵だったわ。

 なにを簡単にシュウを敵に晒そうとしてんだよ。ならここは俺を見てもらって……ナイフの使い方を知られる事にはなるが、軽く切った時に何年減ったのかを確かめてもらうとしよう。

 「なに?誰?シュウ?」

 ブハッ!

 はぁ!?なんでそこでシュウの名前がサラッと出てくんの!?

 待て待て、落ち着け。取り乱したらシュウだと言っているも同然だ……いや、名前が出ている時点で既に遅いのか。

 「はぁ……まぁ、そう。んで、なんでシュウが俺と繋がってるって知ってんの?友達人形が何か喋ったか?」

 友達人形に言葉を教えていた時、友達人形はまだただの人形だった筈だ。それとも意識はちゃんとあって俺達の事も記憶していたとか?

 「いや、本人から破壊派だって聞いたんだ」

 「は?」

 本人からって、どういう事だ?

 「結構やりとりしてて……で、今実家に帰省してんねやろ?7日まで」

 そんな情報までやり取りする程の仲なのか?

 確かに友達人形の一軒で連絡先を交換したとは言ってたけど、敵と仲良くやり取りするとは考えてなかったわ。

 「今更誤魔化しても意味なしか」

 なんだよ、延々と戦いに巻き込みたくないからーとか思って道具とかから遠ざけていたってのに、全部無駄だったとはな。

 「運命の相手なんやってな。別に疚しいやり取りしてへんから」

 しかも、何かとんでもない誤解をされているようだ。

 まぁ、確かに運命共同体ではあるんだけど、誰とどんなやり取りしてたって気にせんし!

 そんなSNSでのやり取りをしたスマホ画面を見せられた所でチェックしてやるーとか全く思わんし!

 それでもグイグイとスマホ画面を見せてくるから、チラリと見てみれば、最後にやり取りをしたのが今日とか……。

 友達かよ。

 しかもさ、シュウの方から話しかけてんだよ。

 “あけましておめでとー(正月スタンプ)今年もよろしくなー(にっこりスタンプ)”

 だってさ。

 んだよ……俺には“あけおめ”だけだった癖に!

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