第一話 出来損ないのアリーセ
私、アリーセは落ちこぼれの魔道師だ。
ほとんどの魔術師が魔方陣無しで魔法を使えるのに対して、私は魔法陣を書いてからでないと魔法を使えない。
それも初級魔法が精々。
劣等、出来損ない、不良品。
それが私につけられた名前だった。
音楽と魔法大国ララバイ、その端の端のそのまた端の名前のない村で生まれ、一流の魔術師に憧れて私はこのララバイの首都オルガンに来た。
懐かしい、あの頃が。
純粋になんでもできると信じていて、村にたまに来る魔術師に憧れを抱いて。
あんな風に魔法を使えて、皆からすごいって誉められて、認められて、その上お金を貰えたらって。
親に無理を言ってお金を出してもらい、オルガンの魔術学校に入った。
これでも座学では優秀な成績を収めたの。
でも、実技は全くできなかった。
どれだけやっても魔方陣から離れることができなくて、皆に笑われて、先生からも見放されて、ついには学校からも見込みなしと追放された。
今さら村に帰ることも出来なくて、街で適当な仕事を見つけてその日を食べるためのお金を稼ぐ日々。
仕事をして、食べて、寝る。
同じことの繰り返し。
夢見た魔法による創造の世界は想像の内に消えた。
これが現実、私には魔法の才能がこれっぽっちもなかったの。
どれだけ努力しても、才能の差は埋められない。
この理不尽な真理の前に、私は腐ってしまった。
今日は私の20歳の誕生日。
でも祝ってくれる人はいない。
そしていつもと変わらない。
働いて、食べて、寝る。
その循環が変化することなんかない。
独りぼっちの、誕生日。
「ただいま……」
借り家の一室、自分の部屋に入る。
当たり前だけど質素な部屋だ。
机とベット、そして身だしなみを整えるための姿見。
それ以外は何もない。
そして姿見も最近はほとんど使ってない。
もう外見を気にすることもなくなってしまった。
ちらりと姿見に、今の私の姿が映る。
床に擦るどころかベッタリとつくほど伸びてしまったボサボサの髪、満足な食事が出来なくて痩せ細った体、寝不足によって生まれた目の隈。
こんな屍のような人物を、誰が讃えるんだろうか。
誰も私に注目しない。
誰も私を誉めてくれない。
誰も私を認めてくれない。
私は、出来損ないだ。
虚しくて、哀しくて、涙が出そうなのに出てこない。
あぁ、私は涙を出すことさえ出来なくなるほど枯れてしまったのか。
あぁ、こんな最悪な成人のなり方が他にあるだろうか。
夢を叶えることもできず、かといって自分の世界に引きこもることもできず、屍のような姿になってでも生きる。
惨めだ……底無しに惨めだ。
死にたい、でも自ら命を絶つ度胸もない。
私は、どうして生きているんだろう。
ベットに身を投げ出す。
そのまま瞼を閉じる。
あぁ、最悪な気分だ。
いっそ別の誰かに生まれ変わって、人生をやり直したい。
だけれどそんなこと、偉大なる死と生の女神バルバドル様にしかできないだろう。
そしてバルバドル様は魔族の神だ、人間の私に祝福を贈ってくれることはないだろう。
だけれど、バルバドル様を信仰することだけは止められない。
親が隠れバルバドル信者だったからというもある。
でも一番はきっとこれだろう。
子供の頃、馬車に轢かれたことがあった。
だけれど、特に派手な傷なく助かった。
あれはきっと、バルバドル様を信仰していたから助かったのだと今も思ってる。
だからこそ、祝福は無くとも何らかのお慈悲はあると信じている。
そして、こんな最悪の生活からいつか救い出してくれるかもしれないと、淡い期待を持っている。
だから信仰することだけは止めなかった。
熱心な信者でいたはずだ。
魔族にだってこれ程バルバドル様を信仰している者はいないはず。
私が一番なはずだ。
……いやよそう。
こんなこと考えたって意味がない。
そもそも、いくら熱心な信者とはいえ、バルバドル様の存在を疑うことがないと言えば嘘になるのだから。
伝説の女神、この世界を作った二大神の内の一柱。
本当かどうか疑わない方が……いやこれ以上は不敬か。
なんにしても、もう遅い。
眠りにつこう。
思考を放棄するように、私は眠りについた。
これが私の本当の始まりになるとはこれっぽっちも思わないで……。