救世主降臨
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人間は誰しも一度は死を恐れ、死から逃れたい気持ちを持つのではないか。人間は知性を持ち、死を認識してしまったから、ここまで死に対して恐怖を感じるのかもしれない。
だが人間以外の有機生命体、いや、機械生命体や無機生命体にも『死』を恐れる感情はあるのだろうか?
この質問に対する社会の分断は国によってバラツキがあるものの、今後より切実な問題になっていくだろう。
こういった社会問題を解決するためか、それとも単なる好奇心のためかは定かではないが、生物学者は長年にわたりこの難題に取り組んできた。
しかし20世紀末になっても人間は明確な答えを発見できていない。新たな世紀に人類は希望を託したのだった。
誰かが読む訳でもないが、哲学者風のことを記憶……に焼き付けるのは心地よい。そろそろ期待の新星、彼が目を覚ます頃だろう。色々誤算はあったが最後は私が勝つ。なぜなら私はこの世に比類なき天才なのだから……
薄暗い洞窟の中に期待の新星はいた。彼の身体には傷一つなく、まるで生まれ落ちたばかりの赤ん坊のように肌艶がある。
撫ぜ回したくなるが、彼はもう直ぐ目覚めてしまう。それに残念ながら男の身体に欲情はしない。例え欲情したとしても、彼に触れることは出来ない。
さて時間だ。せいぜい楽しませてくれよ、少年……
「うっ!こ、これは……」
スイッチが入るように急激に意識がハッキリし出した。取り敢えず起き上がってみると全身に痛みが走る。目覚めたばかりだが、なぜか脳は今回はフル稼働している。痛みの理由は直ぐに理解できた。寝転がっていたのが、見覚えのない硬い祭壇の上だったからだ。
(さっきまで……いや待て、考えるのはあとだ。まずは状況を把握しなければ!)
床をのたうちまわってしまいそうな痛みを感じながらも、強靭な精神力で立ち上がる。父には強靭な精神力が日本男子には必要だと教えられてきた。痛みは堪えるのみ。状況把握が最優先だ。
「ファック、違う、くそっ。」
(それにしても何か手がかりになるような……)
祭壇の近くに文字や手がかりになりそうなものがないか探すがなかなか見つからない。
唯一手がかりになるかもしれないのは、この祭壇の惨状だ。祭壇周りは徹底的に破壊されているし、祭壇そのものも所々破壊されている。
瓦礫を持ち上げてみるが見るも無残だ。意図的に壊されたのか、それとも戦闘か何かが起きたのか。無意識のうちに瓦礫を裏返す。
(こ、これは……)
瓦礫の後ろに銃撃されたような痕跡があった。しかしどのような種類の武器によるものかという肝心の事が分からない。栄光ある軍人の父なら直ぐさま当てられただろうが、父とは異なる道を歩むことに決めた自分にはそのような知識はない。
だがこの場所で戦闘があったことは理解した。ならば、為すべきことは1つ。敵もしくは武装した人間がいる可能性を考慮し、警戒を怠らないことだ。
息を整え壁に沿って行動する。残念なことに出口は一つしかない。祭壇周りに隠れて人が来るのを待つ手もあるが、敵が戻ってくることも考えられる。ここは外の様子を確認するのが最善手だ。少し歩くと光が見えてきた。見た感じ人が待ち受けている様子はない。まだ安全とは言えないが、喜びからか警戒を忘れ、出口へ向かって走り出してしまった。
「外だ!」
警戒していたことは一先ず忘れ、思いっきり身体を伸ばし日光を全身に浴びようとする。人間は日光なしでは気が滅入……
「キャー!」
「な、何!?えっ、えっ!」
「み、見ちゃ、だ、ダメだよ!」
至る所から叫び声が聞こえた。恐る恐る声のした方向へ顔を向ける。声の主達は眼下に広がる階段の下にいた。10名ほどいる彼女達は一様に手で顔を隠している。
その時初めて自分から何も身につけていない、全裸であることを認識した。あまりの恥ずかしさからか全く動けなくなる。
目立っているはずのアソコを隠すべきなのか、その前に祭壇へ戻って、いやいや、戻って何をするって言うんだ。あそこには身に付けることが出来そうな物はなかった。瓦礫で隠すことは出来るかもしれないが、まずは事情を説明すべきだと思う。
しかし時間はおどおどしている内もいつも通り進む。そして見られたためか肉体もしっかりと反応する。
彼女達のうち何人かは手の隙間から覗いてもいるようだし、いまさら隠しても遅い。覚悟を決めるしかない。何も隠すつもりはないと両手を挙げ、階段を一段一段降りて行く。
視線を感じるが恐れる必要はない。ようやく目の前まで到達する。1秒が1分に、1分が1時間に感じられたりするのは、こういった状況を指すのだろう。
「皆さん、見ての通り怪しいものではありません!」
非常に痛い視線を感じるし、発言した自分もなんだか恥ずかしい。
考えてみれば可笑しな話だ。街中に全裸の男が出現して、『見ての通り怪しいものではありません!』と言ったとする。それを信じることができるだろうか。できない、絶対にできない。警察に突き出すか、その場から逃げ出すのが妥当だろう。
気不味い雰囲気だ。誰も喋り出さないし、喋り出せる雰囲気ではない。再び1分が1時間に感じられる。
しかし彼女達の後ろ側から現れた黒色の修道服を着た女性の登場で雰囲気は一変した。
「皆、何をしているの!大切なお方の降臨よ。無礼のないように行動するようにと何度も言い聞かせたではないですか!」
その声の響きも中々良いが、何と言ってもその容姿の美しさが心を奪い取ってしまった。ベールのせいで、髪の長さやその体形などは分からないが、整った顔は西方神話に出てくる女神そのものだ。それに見え隠れしている金髪も美しい。これまでに出会った女性の中で一番好みだ。
(でも、ダメだ!淑女に下心を抱くなどもってのほかだ。そう教えられた筈!ファック、考えてしまう……)
「申し訳ありません!私が遅れたばかりにこのようなことに……さぁ、このお召し物を……」
彼女は目の前の男、つまり私の全身を一瞥してから恥ずかしそうに服を差し出す。彼女にも見られてしまった。穴があったら入りたい。
「あ、ありがとうございます。」
服らしきものを受け取ると、尻を彼女達に向けて素早く身に付ける。見慣れない服装だが、ないよりはマシだ。恐る恐るこの場で一番地位が高いと思われる先程の修道女に声をかける。
「こ、これで良いですか?」
「はい、問題ありません。このように粗末な服装で申し訳ないのですが、ほんの少しご辛抱下さい。」
粗末でないと思うが、それはともかく、彼女の言葉に棘はなかった。だが棘がないとはいえ、変質者って思われている可能性もある。嫌われたくないように行動しなければならないと心が呼びかける。
参考までに言うと、先程までの心の格闘は理性の敗北に終わってしまった。祭壇から起き上がった際の強靭な精神力はどこに消えてしまったのだろう。
「さて、このような場所に大切なお客様を留めておくわけには参りません。我々の村までお連れしましょう。」
他の修道女達も既に命令に従う準備は出来ているようだ。何人か未だに頰を赤らめているが気にしてはいけない。気にしたら負けだ。決して決して気にしてはいけない。
「そうですね。色々と伺いたいこともありますし、よろしくお願いします。」
2人を先頭にして、他の修道女達が続く。大名行列みたいな光景に気分が良くなるが、彼女達にアソコを見られたことを思い出し恥ずかしいさのあまり身体を縮めてしまう。
さらに追い討ちをかけるのが隣との距離だ。少なくとも帝国では考えられない距離だ。男女の距離は法律では規定されていないが、婚約前は近すぎずという暗黙の了解がある。
だが彼女はいとも簡単にその了解を破ってしまう。
「申し訳ありません。自己紹介を忘れておりました。私はアンナ・シェドリナと申します。アンナとお呼びください。」
「分かりました。アンナさん、私は巌です。よろしくお願いします。」
今更ながらに思うが、どうして言葉が通じるのだろうか。彼女の言葉は明らかに英語や日本語ではない。だが無意識に翻訳され、自分自身も彼女と同じ言葉、英語でも日本語でもない言葉を口にしている。
この事態についても考える必要がありそうだが、今は目の前のことに対処しよう。
「イワオさま、少し伺いたいのですが、体調はいかがですか?痛みなどはありませんか?」
「先程まではありましたが、もう痛みは引きました。心配していただき、ありがとうございます。」
彼女は美しい女性であるとともに、気遣いなどもできるらしい。良い匂いだし、均整の取れた笑顔も素晴らしい。ますます好感度が上がる。このままずっと隣にいてもらいたいものだ。絶対に守り通す。
「それは良かったです。私の不手際で降臨に支障をきたしていたら、この命捧げるだけでは済みませんでした……」
聞き捨てならない言葉だ。彼女が命を捧げるだなんて天が許しても自分が許せない。先程守り通すことに決めたのだ。
「アンナさん、そんな悲しい言葉を仰らないでください。そうなった時は私がアンナさんを全力で守ります!」
少し表現が凝り過ぎた気もするが、父から困った人を見かけた時は自分を投げ打ってでも助けなければならない時とあると教わっている。
「か、感謝いたします……」
彼女はそう言うと恥ずかしそうに顔を下げる。かっこ良く言い過ぎたかもしれない。
「そ、その何かあったら私が全力でお助けするので安心してください。」
少し綺麗事にも聞こえたかもしれないので、しっかりと後付けフォローも欠かさない。こんな美しい女性に嫌われるのはナンセンス、いや論外だ。
しばらくの間、話が途切れてしまったが、しばらくして開けた場所に出ると彼女が口を開いた。
「あそこに見えるのが我々の村です。降臨したばかりでお疲れかもしれませんが、もう少しご辛抱して下さい。」
やはり棘はない。彼女はなんとも思わなかったのだと思い込むことにする。
「あそこが村ですか!中々良い場所にありますね。」
彼女の出方を探るとともに、褒められて嫌な人はいないだろうから、褒め言葉を口にする。
それに実際に彼女達の村は美しい。木に囲まれているが、その奥には湖があり、建物の多くが古代ローマを思わせる石造建築だ。自然と無機質な石、対立する2つの物質がここでは絶妙なコントラスト、じゃなくて、何かを発揮している
。
「お褒めに預かり光栄です。では、参りましょうか。」
アンナの導きで巌は山を降りて行く。だがこの時の巌はまだ知らない。この先彼の人生は彼も驚くような速度で変化していくことを……