終焉の時、夢の始まり
色々とミス等あるかもしれませんが、皆さまよろしくお願いいたします。では、お楽しみください。
鳴り響くサイレン音、緊張感のない避難誘導の声、そこら中から聞こえる足音や悲鳴、この日、ホモ・サピエンスの現代文明はその栄光の日々を終えようとしていた。
そしてここにいる彼もまた失われゆく命の一つだった。
しかし彼はどうしても自分の死を受け入れることができなかった。
なぜ、自分が死ななければならないのか。
なぜ、神は助けれくださらないのか。
怒りは人間では知覚できないと結論づけられた存在へと向かう。
彼は決心した。自分が命を落とす前に、少し、ほんの少しだけ、理に外れることをしよう。
彼は目の前の頭部装着型機器を手にした。そして、必要な情報を打ち込んだ。彼の細やかな儀式はすぐさま終了した。彼は機器を外し、椅子に持たれかかった。儀式の成功の可否に関わらず、彼の命は失われるだろう。
天井を眺めながら、大切な人達の顔を思い出し記憶を整理する。
真っ先に思い浮かんだのは母親だった。いつも優しい人だった。彼女は数年前の戦争で弟を庇い亡くなった。
次に思い出したのは、叔父だった。強い人だった。彼もまた数年前の戦争で勇敢な最後を飾った。彼らが生きていたら、今自分は何をしていたのだろうか。
もしかしたら母親に甘えて流行りのニートになっていたかもしれない。
いや叔父に鍛えられて、軍隊にいた可能性も否定できない。
そしたら、叔父の愛娘、杏奈と結婚出来たかもしれない。 彼女は元気だろうか。かれこれ2年は連絡を取っていない。結婚しているかもしれないな。
しかし彼の夢想は無粋な人間の登場で中断させられる。
「逃げ遅れか!連邦政府によって発令された緊急事態宣言に基づき、この一帯には避難勧告が出ている。避難するぞ!」
全身にありったけの武器を装備した服装からすると特殊部隊の隊員あたりだろう。職務に忠実なのは素晴らしい。しかしながら記憶の整理を邪魔されたのは遺憾だ。夢想の主は怒りの表情を浮かべた。
「なんだ、避難しないつもりか?だがな…特にここの連中は何が何でも守らなくてはならない。勝手な気は起こすな。引きずってでも連れて行くぞ!」
やはり叔父のようには強くないらしい。特殊隊員が少し声を荒げただけで、身体が勝手に動いた。
「ここから南に300km離れた街では既に戦闘が始まっているようだ。もはやここも安全とは言えない。近くにあるシェルターへ避難するぞ!」
状況はつかめた。思った通り、文明崩壊の日が訪れたらしい。シェルターなんて役には立たないし、あの建物の中で最後の時を迎えた方が良かった気もする。だがこの隊員に見つかった以上避難せざるを得ない。
2人は急ぎ足で階段を下り、建物を出て、隣のシェルターへ向かう。建物の外では、すでに激しい戦闘が行われていた。この規模の地鳴りからすると、遠くの方では爆撃も行われているようだ。
「俺から離れるなよ!」
隊員はしっかりと後ろの軟弱な男の裾を握っている。言葉とは真逆の対応だ。だが彼には逆らう力もないし、そんな勇気もなかった。だが次の瞬間2人は衝撃の光景を目にする。
「な、なんだ……なんなんだ一体!俺はお伽話の世界にいるのか……」
近くにいた兵士たちが火球や電撃によって、次々と倒されていく。その光景はまさにお伽話の魔法使いがこの世界に具現化し、その力を存分に奮っているようだった。その姿に魅力されていると、今度はその顔がこちらに向いた。
「くそ、気付かれた!おい、お前はここに伏せていろ。俺はアイツを……くっ!」
魔法使いの手がこちらを向いたので、言い終える前に隊員は彼を置いて敵に特攻した。生き残れる僅かな可能性にかけたのだ。
しかし結果は言うまでもないだろう。隊員が銃のトリガーを引く前に、氷の刃が隊員の身体を貫通し、隊員はその場に倒れこんだ。
1人残された彼はベトベトに濡れた下半身を震わせながら、必死に床を這って行く。死は覚悟していたが、実際そのような状況に置かれると恐怖から腰を抜かしてしまった。彼は必死に必死に這って這って這った。
だが運命の女神は彼の味方をしなかった。無慈悲な氷の刃が彼に飛んでくる。氷の刃は真後ろから身体に突き刺さった。この光景を見たら、中世の刑罰として悪名高い串刺しと言えるのではないだろうか。
彼は最後の時を迎えようとしていた。激しい引き裂かれるような痛みは途中から消えたが、視界がぼやけている。なんとか彼に致命傷を負わせた魔法使いを見ようと努力するが残念ながら視界の中にはもう居なかった。
彼は再び人生を見つめ直し始めようとしたが、遠くの方で何かが光ったことに気付いたのだった。彼はなんとか意識を集中させて、光の正体を見極めようとした。視界がぼやけて見えない。なぜか視界がぼやけて見えない。数秒後ようやくその正体が分かった。
だが、彼がこの世にいたと思われる痕跡はすでにその場には残されていなかった。
そう……彼の姿は跡形もなく消えていた。