006 寝て起きるだけでレベルアップ?
私は目を覚まして、3つほど驚くことがあった。
まずひとつ目、間近にキルシュの顔があったこと。
ほんと近い。
んーって唇尖らせたらくっつくぐらい近い、やばい。
キルシュやばい。
んでふたつ目……これもキルシュ関連なんだけど。
起きたら、寝間着がはだけてるの。
こう、たわわな胸が――もちろんブラはつけてるけど――私の腕に押し付けられてたり。
なぜかズボンも脱げてパンツが見えてたりと、寝相がエクストリーム。
キルシュやばい。
そしてみっつ目――寝てる間に、レベルが上がってました。
何気なしにメニュー画面を開いてみたんだけど、これおかしいよね? ね?
アイアンダガーの熟練度レベルも3になってるし、私自身のレベルも34に。
なにこれ、寝て起きるだけで最強になっちゃう小説みたいなアレなの!?
「異世界こわい……」
これを異世界のせいにしていいのかどうかはさておき。
天井を見ながらそうつぶやくと、キルシュの目が薄っすらと開く。
「……ふふ、おはよう、モミジ」
「うん、おはよう、キルシュ」
寝起きのキルシュは、何だかやけに色っぽい。
普通は目が腫れぼったくて、意識もぼんやりしてるからだらしなかったりするはずなのに――さすがお嬢様、目覚めまでロイヤルだ。
「ふあ~ぁ……」
体を起こすと、思いっきり腕を伸ばしてあくびをするキルシュ。
自己主張の激しい胸がふるると揺れる。
「モミジのおかげでよく寝られたわ、ありがとう」
私は何もしてないんだけど、隣にいただけで安心を与えられたんなら、胸を張って『どういたしまして』と言わせてもらおう。
……そこ、『お前に胸は無いだろ』とか言わない!
◇◇◇
「レベルアップ?」
食堂で朝食を採りながら、勝手にレベルが上がっていたことをキルシュに話してみた。
そしたら案の定、レベルという概念自体を知らないらしい。
「それはどういう仕組みで、上がるとどうなるの?」
「モンスターを倒すと経験値が手に入るから、それで強くなるの。たぶんトレーニングでも経験値は入ると思う」
「それは体を鍛えるのとは違うのかしら」
「違うんじゃないかなぁ、もっとがっつり強くなっていく感じだから。ちなみに目を覚ましたとき、私は25だったけど、今はもう34になってた」
「数字で言われてもいまいちピンとこないわね……私はいくつかわかる?」
「20だよ、頭の上に出てるからわかるよ」
「頭の上……?」
言いながら、自分の頭上を手で探るキルシュ。
そんなことしても触れないと思う。
「それにしても、私のレベルはモミジより低いのね……」
キルシュは少し不満げだった。
でも確かに――昨日出会った冒険者さんたちが、30と32だったし、私より年上のキルシュが20ってことを考えると、25ってこの世界だとそれなりに強いのかも。
「でも、寝ている間に上がったというのはよくわからないわ。睡眠でも、その“経験値”というのが得られるわけじゃないの?」
「うーん……どうなんだろ」
この世界にやってきて眠ったのは昨日が初めてだ。
だから、睡眠で経験値が得られる可能性は捨てがたい。
でもそれが事実だとしたら、今からでもぐうたらな毎日を過ごして、寝てるだけで最強になっちゃいたいぐらいだけど!
「でも、だとしたら私のレベルはもっと上がってないとおかしいわよね。だって、寝ているだけで2か3程度上がっていたんでしょう?」
「それもそうだよねー」
私はフォークでスクランブルエッグをすくい、口に運ぶ。
寝てる間に起きた出来事だし、考えたってわからない。
「案外、寝てる間に勝手に動いてたりしてね」
「そんな夢遊病じゃないんだからさー!」
くすくす笑うキルシュに弄ばれながら、私たちは食事を終えた。
まあやっぱり、考えたってしょうがなさそうだ。
◇◇◇
食事を終えたら準備を整えて、すぐにギルドへ。
キルシュの目的は冒険者として一定以上の実績を積むことだから、日々これを繰り返すしかない。
「ねえモミジ、本当に良かったの?」
ギルドの建物に入る直前で、キルシュは足を止め、不安げな表情で私の方を見る。
「確かにモミジについてきてもらえれば私も安心だけど、記憶を取り戻さなきゃならないのよね?」
「どーせ行く宛もないから。私としても、キルシュと一緒に行かせてもらえると助かるかなっ」
「暗殺者に狙われる可能性もあるわ」
「それは怖いけど、でも……キルシュが一人になって、殺されたりする方が私は怖い」
たとえその末路を見ることはなかったとしても、『どこかで死んじゃったかも』って、ずっともやもやするだろうから。
「モミジ……ありがとね、本当に」
「うひゃうっ!?」
突然のハグ。
通行人にめっちゃ見られてるって!
さすがにそれは大胆すぎるよー!
「あなたと出会えてよかったわ」
まだ一日も経ってないんですが、いつの間にやら好感度MAX。
命を助けたのがそれだけ大きかったってことなのか、はたまたキルシュが人懐っこい性格なのか。
何にせよ……悪い気はしないかな、ぐへへ。
「さ、それじゃあギルドにいきましょうかっ」
「うんっ」
ハグが解除されてちょっとだけ寂しい。
でもそんなこと言ってる場合じゃない、すでに冒険者たちの冷たい視線が私たちには突き刺さっているんだから。
建物の中に入ると、そこには――昨日の男の姿はなかった。
でも、似たようなガラの悪さをした男の人たちが、何やら受付嬢のお姉さんに詰め寄っている。
「お、昨日のお嬢ちゃんじゃねえか」
「知り合い?」
「ううん」
全く知らないひげを生やしたダンディガイである。
「昨日のアレを見てたんだ、だったら実質知り合いみたいなもんだろ」
目すら合わせたことないのに、この馴れ馴れしさ……なんというコミュ力モンスター。
すごい男だ。
「それで、そのたまたま見かけただけの親しい男の人は、なんで私に話しかけてきたの?」
「受付嬢がなんであんなに睨まれてんのか知りたくねえか?」
「もしかして、昨日の人が原因だったりして」
「原因というよりは、あいつが行方不明になったって話だ。それで仲間が騒いでるっつうこった」
「行方不明に……」
昨日はあんなに、憎たらしいぐらい元気だったのに。
「それにギルドが関係あるの?」
「さあ、俺にはわかんねえ。仲の良かった連中が、弱い者いじめして憂さ晴らししてるだけにも見えるがね」
それはよろしくない。
あの受付嬢のお姉さん、私みたいな子供と話してるだけでおどおどしてたのに。
あんな怖い剣幕のお兄さんたちに睨みつけられたら、まともな受け答えなんてできないに決まってる。
そして昨日の男の人の仲間ってことは、そこにいる人達も冒険者なんだろうし――つまり、お姉さんがどういう人なのかわかってるってことだ。
「モミジ、行きますか?」
「うん、もちろん」
私とキルシュはアイコンタクトを交わすと、たむろする男たちに近づいた。
そしてその肩に、ぽんと手を置く。
『あぁ!?』
背後から触られた二人は同時に振り向いて、私たちを睨みつけた。
表情も似てるし、一緒につるんでると顔も寄せていっちゃうもんなのかな。
「何の用だ、ガキ!」
なんでこういう人って、私のことを揃ってガキって呼ぶんだろう。
そういう決まりなの?
「いや待て、てめえ昨日のっ! この野郎、ゾーンさんをどこにやりやがったっ!」
私は胸ぐらをつかもうと繰り出された手を、ひょいっと避けた。
「私は知らない。でも、仲間がいなくなったからって、その人に八つ当たりするのは良くないと思う」
「知った風な口を――いでっ!?」
再び伸ばされた腕は、キルシュの杖にはたき落とされた。
ナーイスアシスト。
「知った風な口じゃないわ、私たちは人として当然の常識を説いているだけよ」
「クソッ、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ。子供が大人の男に勝てると思ってんのか!?」
ついに男は剣に手をかけた。
さらに一緒にいた仲間たちも、最初は戸惑うように顔を見合わせたが、頷くと各々が武器を握る。
「や、やめてください……さすがにそれは、まずいです……っ」
「うるせえ、喧嘩を売ってきたのはこのガキ共の方だろうがッ! 俺らが力で立場をわきまえさせてやる!」
力ってよりは、数の暴力?
なんにしたって、ダサいったらありゃしない。
見たところ20代後半から30代ぐらいの男の人たちが揃ってるくせに、誰も止めないだなんて。
人間相手に戦ったことは無いけど、この狭さなら逃げようと思えばどうとでもなるし、何より――
「ねえねえお兄さん、それぐらいにしといた方がいいと思うよ?」
「命乞いか?」
「違いますー! ここがアウェーだってことをお兄さんに教えてあげてるんですー!」
「アウェーだと? 数でも俺らの方が有利だってのに、何を言って……っ!?」
男の動きが止まった。
そして自分たちがすでに“敵”に囲まれていることを知る。
グループに属していない他の冒険者たちが、彼らを睨みつけていたのだ。
「ぐっ……」
ぶっちゃけて言うと、もっと早くそうして欲しかったっていうか。
『10歳ぐらいの女の子に勇気づけられた』っていうと一瞬美談に聞こえそうだけど、相当情けないよね!
言わないけど! 私は優しいから!
「お、お前ら……覚えてろよ。この町で俺らを敵に回して無事に生きていけると思うなっ!」
男はそんな捨て台詞を残して、すたこらさっさと逃げていった。
すさまじいダサさだ、尊敬の念すら抱きそう。
「情けない男たちだったわね」
「まったくだよ。もうやるなよー」
遠ざかる背中にそう呼びかけたけど、誰一人として振り返ることはなかったです。
「あ、あの……ありがとうございまし……あだっ!?」
受付のお姉さんが勢いよく頭を下げて、額をカウンターに激突させた。
三つ編みおさげに眼鏡をかけて、しかもドジっ娘……なんて属性の盛り方なんだ。
「ご、ごめんなひゃい……」
「大丈夫?」
キルシュは心配そうに寄り添って、額に手を当てた。
よく見るとお姉さん――もといアンナさんも美人だ。
美人二人が並ぶこの絵面……キルアンいい……キテる……。
「平気です。ほ、本当にありがとうございましたっ」
「私も関係あるみたいだし、気にしないでいいよ。ところで、昨日の男の人はどうなっちゃったの?」
「わかりません……彼らが言うには、ゾーンさんは夜中にでかけて、そのままいなくなってしまったそうなのですが」
「天罰が当たったんだろうよ。あいつら、この町で悪さし放題だったからな」
ダンディガイがそう言った。
いかにもそんな顔してたもんね、恨んでる人も多いってことかな。
「ゾーンって人、あの集団のリーダーだったのかな」
「つうよりは幹部って感じだな。リーダーはまた別だ」
「幹部……でも重要な人間を失くして、その集団が暴走しないか心配ね」
かといって、捕まるほどの悪さをしたわけでもない。
難しいよね、こういうの。
力ずくで排除しようとしたら、こっちが悪いことになっちゃうんだもん。
「あんな奴らのこと気にしててもどうしようもないし、脳のリソースを使うのももったいないし、いつも通りやるしかないんじゃないかな」
私が思ったままに言うと、
「ふふっ……」
「はっはっは、気持ちいいこと言ってくれるな。まあその通りだ、気にしてたってしょうがねえな」
キルシュとダンディガイに何故か笑われてしまった。
そんなに変なこと言ったかなぁ。
その後、私たちは予定通り、壁に貼られた依頼に目を通して、納入依頼をこなすべく外に出た。
……あ、ちなみに言っておくけどあのおじさん、別に見た目がダンディガイってわけじゃなくて、本名が“ダンディガイ”ってだけだからね?
◇◇◇
「昨日までは、物探しだったり、討伐依頼を受けていたのよ」
町の北側に伸びる街道を歩きながら、キルシュがそう言った。
ちなみに昨日私がオーガと戦ったのは、南側の道である。
「そうなんだ。でもそういうのも、冒険者の定番って感じだよね」
冒険者と言えば聞こえはいいが、実際は“何でも屋”みたいなものだ。
実際、掲示板に貼られた依頼の中には子供のお守りもあるほどだった。
どこの馬の骨ともしれない冒険者に子供の世話を任せちゃってええの? っていう疑問はあるんだけど。
「ええ、いい経験になったわ」
「でも今日は納入依頼」
ちなみにその他の依頼に比べて、納入依頼は報酬のお金が高くなる傾向にある。
実質、アイテム買取みたいなもんだから当然なんだけど。
「それは……何というか、はっきり言うと下心なんだけど」
「もしかして、私がいるから?」
こくりと頷くキルシュ。
頬は微妙に赤らんでいて、恥ずかしそうだ。
「インベントリ、だったかしら? あれがあれば、納入依頼を一気にこなせると思ったの。学園の課題は一定以上の功績を残せば十分なんだけど、できるだけ多く稼いでおいた方が点数は高くなるみたいで……」
「そんなにうつむかなくても、私は自分の力がキルシュの役に立つなら嬉しいよ?」
「ただでさえ守ってもらっているのに、ここでも頼ってしまって申し訳ないわ」
「いいのいいの、私なんてキルシュと一緒に行動してるだけで、本当ならお金を払いたいぐらいなんだからっ」
「……え?」
不思議そうに私の方を見るキルシュ。
しまった、口が滑ったかもしれない。
「そ、それぐらいキルシュと一緒に居るのが楽しいってこと!」
なんとか誤魔化す――っていうか、嘘は言っていない。
「そう? 私もモミジと一緒にいると楽しいわ」
お互いに微笑み合う私とキルシュ。
さすがに青春しすぎて、顔が熱くなってきちゃったけど。
いやはや、リアルじゃこうはうまくいかないよね。
……って、一応ここもリアルなのか。
「そろそろターゲットが見つかる頃だよね……あ、いた、黄色いわらび餅!」
「わらび……?」
しまった、私ったらまた通じない呼び方を。
「イエロースライム!」
街道の真ん中に陣取る、黄色い半透明の生命体。
それがイエロースライムだった。
視界に入った3体は、それぞれレベル15、17、19と表記されている。
たぶん、15~20の間でランダムになるんだと思う。
「あれが一人じゃ強敵なのよね」
「燃えないの?」
ブルースライムの体液は油代わりに使えるってジンさん言ってたよね。
「燃えるわよ、でもさすがに一発じゃね。それにブルースライムより数が多いのよ、あいつら」
確かに群れている。
この見た目だと、わらび餅ってよりはレモンゼリーって感じかな。
いや、食べるつもりはないんだよ? 今はお腹も溜まってるし。
「私が一体ずつ釣って引き寄せるわ、ある程度近づいてきたらモミジがお願い」
「わかった。たぶん、ファイアボール一発と、背後からのダブルスラッシュでちょうど倒せると思う」
「そんな計算までできるのね。わかったわ、私としても一発なら魔力の消耗が抑えられて助かるもの」
キルシュが杖を構えると、赤い宝石が光を放ちはじめた。
そこに込められた呪文は三種類。
通す魔力の波長を変えることで、それぞれ違う魔法が発動するんだって。
科学ではないけどハイテクだよね。
「ふっ!」
軽く杖を振るうと、その先端から人の頭ほどの大きさをした火球が放たれる。
命中すると、ぼふんっと炸裂して、HPバーが1/5ほど削れた。
さらに攻撃に反応し、ぶよんぶよんと収縮しながら、スライムが器用に近づいてくる。
群れから離れたことが確認できると、私はいつものシャドウステップを発動。
「ていっ!」
背後に周り、ダブルスラッシュ。
二連撃が黄色いゼリーを切り裂くと、一気にHPは0になり、イエロースライムはほぼ動かなくなる。
「逃げ回らなくていいのは本当に楽ね」
キルシュがそう言った。
この世界の魔法使いも、ゲームと同じように魔法に逃げうちとかやったりするんだ。
杖による魔法には冷却時間があって連発ができないって言ってたし、そうするしかないんだろうけど。
でも不便だよねえ……スキルとして魔法を覚えられたら、杖なんて使わずに、もうちょっと早く撃てるのに。
いや、でもそのためには、杖を“装備”して敵を倒さないといけないんだけど――
【EXP70 武器EXP70 を得ました】
【パーティメンバー キルシュ がEXP70 を得ました】
【パーティメンバー キルシュ は武器を装備していないため、武器EXPを得ることができません】
……おや?
イエロースライムの息の根が止まったことで、経験値が入ってきたみたいだけど――キルシュが、パーティメンバーになってる?
特にパーティを組んだつもりはないんだけどな。
ひとまずメニューを開いて、パーティタブを選択。
するとそこには、ちゃんとキルシュの名前が記されていた。
でもプレイヤー同士で組んだときとは違う分類みたいで、“パートナー”と書いてある。
「どうしたの、モミジ。ぼーっとして」
さらにその画面からキルシュを選択。
すると、彼女のインベントリと私のインベントリが並んで開き、さらに傍らには装備画面が開く。
おお? これってもしかして……。
試しに、私のインベントリにあるチョッパーを彼女のインベントリに移して、装備させてみた。
「うわあっ!? な、なによこれ、急に包丁が出てきて……!」
すぐに解除。
「と思ったら消えたわ」
また装備。
「きゃあっ!?」
すぐさま解除。
「な、なんなのよこれっ! 包丁が出たり消えたりするわっ、何が起きてるの!?」
なるほど、こういう形で装備できるんだ。
……決して驚くキルシュが可愛くて繰り返したわけじゃないと断言しておく。
「モミジ、もしかしてあなたがやったの?」
さすがにバレて、ジト目で睨まれてしまった、
でもその顔もかわい……いや、なんでもないです。
「あのインベントリってやつを使っていたずらしたのね」
「待って待って、いたずらじゃないから! キルシュにも武器が装備できるんじゃないかって試してただけなの!」
「装備? 武器の装備なら、今だってしてるじゃない」
そう言って、杖を私に見せるキルシュ。
「ううん、それはただ手に持ってるだけなの。装備するためには、インベントリで選択して装備しないと」
「手に持つことが、装備じゃないの?」
ふるふると首を振る私。
キルシュの頭上には疑問符が浮かぶ。
「よくわからないわ……仮にその方法で武器が装備できたとして、何が、どう変わるというの?」
「キルシュの適性が上がって、スキルが使えるようになる」
「適性が……上がる? ふふふっ、面白いこと言うのね。そんなことできるわけないじゃない。いいかしら? 適性っていうのはね、生まれついての才能のことなの。自分が成長できるならともかく、『才能そのものを成長させる』なんて人いないでしょう?」
適性という概念が、キルシュの考えている通りからそうかもしれない。
というか……この世界に住む人達にとって適性って、そういう認識なんだね。
最初から上げられるものっていう考えすら浮かばないぐらい、当然のように、生まれついて決まってるものなんだ。
「だからわざわざ、人は生まれたときに刻印を手に刻むようになったのよ。自分がどの道に向いているのかを見誤らず、より効率よく生きていくために」
言いながら、キルシュは目を細めて自らの手の甲を見た。
「違うよキルシュ、適性は適性であって、才能じゃないんだよ」
「面白いことを言うのね。じゃあ実際に、適性を上げる方法があるとでも言うの?」
私は首を縦に振った。
するとキルシュは驚き、目を見開く。
「騙されたと思って、私の言う通りにしてみてよ。そこで適性が上がったら信じてくれるでしょ?」
論より証拠。
私は未だ疑いの眼差しを向けてくるキルシュから杖を受け取ると、それを一旦インベントリに収納。
そしてパーティ画面から彼女に装備させた。
杖そのものは、ファイアロッドみたいだ。
素材そのものは一般的な樫の杖みたいなんだけど、火属性の魔法を封じ込めた宝石をはめこんでるからなのかな。
初期装備よりも上の装備だから、そう簡単に熟練度は上がらないけど、イエロースライムを狩っていれば一日でどうにかなるはず。
--------------------
Lv.1 アクティブスキル[ファイアボール]習得
Lv.2 火属性魔法適性上昇+1
Lv.3 アクティブスキル[ファイアクラッカー]習得
Lv.4 火属性魔法適性上昇+1
Lv.5 パッシブスキル[火魔法の心得]習得
--------------------
熟練度一覧はこうなっている。
キルシュにおあつらえ向きの武器って感じだ。
しかも、マジサガでは最序盤の魔法使いは魔法を使えないから、杖で殴るのがお約束になっているけれど――彼女の場合、宝石の魔法を使えるから問題はない。
「本当に、これで上がるのね? 本当の本当に上がるのね?」
「やってみたらわかるよ」
人の常識を変えるのは難しい。
染み付いた考えは、どんなに成長しても、どれだけ時間がたっても、自分の奥底に根付いている。
だから、キルシュが実際に体験するまで疑ってしまうのは仕方のないことだった。
というわけで、早速イエロースライム狩りを始めよう!
最初は先ほどと同じように、キルシュのファイアボールで敵を釣って、それを私が背後から仕留める。
クールタイムさえ終われば一撃で倒せるから、だいたい15秒に1体のペースで、サクサク狩っていった。
もちろん手に入るのは武器EXPだけじゃないから、キルシュのレベルだって上がる。
【パーティメンバー キルシュ キャラクターレベルアップ! 20→21】
視界にメッセージが表示されると、キルシュの肩がびくっと震えた。
「ひゃんっ!? な、なんなのこれ……」
「キルシュのレベルがあがったんだって、おめでとっ」
「あ、ありがとう……こんなの、今まで見たことなかったわ」
経験値取得は出てこないけど、レベルアップはキルシュの方にも出てくるんだ。
ぶんぶんと文字に触ろうと顔の前で手を振ってるけど、もちろん触れるわけがない。
でも実際、これってどこから出てきてるんだろうね。
神様あたりがわざわざ出してくれてるのかな。
その後も、イエロースライム狩りは継続した。
そして20体ほど狩ったところで、ついにファイアロッドの熟練度レベルが上昇する。
【パーティメンバー キルシュ “ファイアロッド”武器熟練度レベルアップ! 0→1】
【パーティメンバー キルシュ スキル[ファイアボール]習得!】
キルシュは足を止めて、そのメッセージに釘付けになっていた。
「また違うメッセージが出てきたわ」
「それがスキルを習得できたってこと。もう杖を使わなくても、念じるだけでファイアボールを撃てるようになってると思うよ」
「そんな夢みたいなこと、できるわけが……」
と言いながらも、遠くのイエロースライムに向かって手をかざすキルシュ。
そして緊張した面持ちで、唇を噛んで――念じた。
ゴオォッ!
激しい炎を纏う球体が、敵に向かって高速で飛んでいく。
その大きさは、杖から放たれるものの二倍以上、速度も向上しており、その相乗効果で威力も数倍に跳ね上がっていた。
ドオォンッ!
衝突、炸裂、炎上――キルシュの放ったファイアボールは、イエロースライムのHPを80%は削っている。
つまり、威力は4倍以上になったってことである。
「で、できた……」
キルシュはぺたん、と尻餅をつく。
スライムはさらにまとわりついた火によりバッドステータス“炎上”が付与され、継続ダメージにより残りの20%も消えていく。
「魔石も使わずに魔法を使った上に、一撃で倒せちゃった……」
さすが火属性魔適性法15。
元から魔法は近接攻撃よりも威力が高い傾向にあるから、イエロースライムほどの敵でも一発で吹き飛んでしまった。
私はキルシュに近づいて、手を差し伸べる。
「ね、言った通りでしょ?」
その手を握った――かと思うと、逆に私の体が引き寄せられる。
「うひゃあっ!?」
「すごいっ、すごいわモミジっ! こんなことができるなんて……あぁ、夢みたい! うふふふっ、んふふふふっ!」
そして力強く抱きしめられ、ひたすらに頭を撫でられた。
私の顔は胸に埋まって、肉の暴力と甘い匂いに包まれる。
こ、これはいけない……私の意識が、どこか、違うところに行ってしまうぅ!
「……あ、ごめんなさい。苦しかったわよね?」
ようやく冷静さを取り戻したキルシュが解放してくれた。
胸で窒息しかけていた私は、ぜーぜーと肩を上下させて、呼吸を整える。
あのまま圧死しても、それはそれで幸せだった気もするけど。
「浮かれてる場合じゃないわね。まだ適性があがるかどうか確認してないんだもの、もっとイエロースライムを狩りましょう!」
「ひぃ、ふぅ……う、うん、がんばろうっ」
それから私たちは、手分けしてイエロースライムを狩ることにした。
もう協力するまでもなく、各々の火力で倒せるようになったからだ。
私はシャドウステップからのダブルスラッシュ、そこに追加でただのダガーによる攻撃を加えることで敵を撃破。
【キャラクターレベルアップ! 34→35】
【“アイアンダガー”武器熟練度レベルアップ! 3→4】
【短剣適性上昇! 4→5】
キルシュはファイアーボールで、運良く敵が炎上すれば一撃、炎上せずとも魔法二発、あるいは魔法に加えて杖での殴打で応戦している。
【パーティメンバー キルシュ キャラクターレベルアップ! 24→25】
パーティメンバーが近くで敵を狩れば、経験値は分配される。
二人パーティの場合でも、分かれる経験値は半分――ではなく、70%ずつはある。
つまりソロで狩るときよりも、遥かに効率がいいのだ。
そしてついに――
【パーティメンバー キルシュ “ファイアロッド”武器熟練度レベルアップ! 2→3】
【パーティメンバー キルシュ 火属性魔法適性上昇! 15→16】
キルシュの適性が、上昇した。
そのメッセージは彼女の目にもきっちり映ってたみたいで、熟練度レベルが上がった瞬間、カランとその手から杖がこぼれ落ちた。
そして震える自分を手を見ながら、肩を震わせる。
「あぁ……本当に、上がるなんて……」
当たり前のように適性が上がると思っていた私に、その感動を完全に共有することはできないけれど――その喜びの大きさは、ある程度は伝わってくる。
よかった。
語彙力がなさすぎて情けなくなるけど、純粋に、そう思う。
あんまり誰かの役に立つ人生を送ってきたこと無いから、こういう達成感は新鮮だ。
「ありがとう、モミジ……本当に、ありがとう……!」
その目には涙が浮かんでいた。
大したことをしたつもりはないから、どうリアクションしていいものか、ちょっと迷ってたり。
「ねえキルシュ、なんでそんなに適性値にこだわるの? 15もあれば優秀なはずだよね」
プレイヤーではなく、この世界の住人として見たとき、ジョブが“焔の魔法使い”になっている時点で、才能は十分にあるはずだった。
私なんて村人だしね。
「優秀じゃ駄目なのよ」
「家の都合ってやつ?」
「ええ……私の家は、父も、母も、妹や弟たちもみんな天才と呼ばれる魔法使いで、血のつながった私も、本来はそうなるはずだった。なのに長女の私だけ、少し魔法が出来るだけの一般人に過ぎなかったわ」
適性は、血統で決まるものなんだ。
だったらなおさら理不尽だ。
ただでさえ、生まれた瞬間に人生が決められるようなものなのに。
「家の名前があれば学園に通って箔をつける必要なんて無いのに、わざわざ全寮制の学園に送られたのもそのせい。要するに、厄介払いだったの」
「そんな、ひどいよ。私は知ってるよ、キルシュがとっても素敵な人だって!」
「ありがとう。そう言ってくれるのはモミジぐらいのものよ」
「嘘だよっ! 絶対に、世界中のみんなが褒めちぎるぐらいキルシュは最高だから!」
いや、もうこれは断言できる。
だってめっちゃ美人だよ? 性格もいいよ? 優しいよ?
もうそれだけで、魔法の適性とかもうどうでもいいぐらいプラス要素の塊なのに。
「モミジは優しいのね。でも、事実として、魔法適性が劣っている――ただそれだけで、私はずっと、に……家族扱いをされてこなかったわ」
生まれた瞬間に決まる適性なんて、子供の責任なんかじゃない。
なのに愛せなくなるなんて。
あぁ――どこの世界にも、どうしようもない親って、いるんだ。
「これも当然のことなの。だって、スタチュース家は、魔法使いとしての実力で貴族まで上り詰めた一族だから。才能がなければ一族として認められない、認めてはならない」
「名誉のために?」
「もちろんそれもあるけれど、実益も絡んでいるわ。魔法の実力がない人間が跡取りになったら、家が途絶えてしまうもの」
「それでも……それでも、おかしいよ」
私は拳をぎゅっと握って、歯を食いしばった。
ここで悔しがったってしょうがないことはわかってる。
でも、そんな理不尽を14歳の子供に押し付けて、偉そうにのさばってる大人がいる。
それが、許せなかった。
「モミジが悔しがる必要なんて無いわ。だって、それを変えてくれたのがあなたじゃない」
「それはそうかもしれないけど……」
「きっと、この調子で適性をあげて、みんなと同じぐらい強くなれば、私だって家族として認められるはずよ。その可能性を、モミジは私に与えてくれたわ! それがどれだけ私にとって救いになったことか!」
キルシュの表情に陰りはない。
そんな、自分を見捨てたような家族に認められることを、心から喜んでいる。
私にはちょっと、そればっかりは、理解できなかった。
家族は、どんなことがあっても家族ってことなのかな。
血のつながりからは、逃げられないのかな。
「ありがとう、ありがとう、モミジ。何度伝えたって足りないぐらい――」
両手を大きく広げたキルシュは、私の体を抱きしめた。
おおう、色々考えてた小難しいことが吹き飛ぶほどの柔らかさ……!
「あなたには、感謝してるわ」
きっと、私がなんやかんや言ったって無駄なことなんだと思う。
変わらない親がいるように、子供だって、そう簡単には変わらないんだから。
私は感謝されている。
私のおかげで希望が見えた。
少なくともそれは事実なんだから、私はキルシュが喜んでいるのを見て、微笑むべきだ。
たぶんそれが、正解なんだと思う。
……相変わらず弱いやつ。
「……ど、どういたひまひて」
シリアスな思考とは裏腹に、頭は茹だって、顔は紅潮して、言葉はどもって。
押し付けられた双丘や、キルシュのいい匂いに煽られて、私の心臓はバクバクとうるさく高鳴るのだった。
なんかもう……同性にドキドキしてるとか、そんなのどうでもいいかも……。