004 はじめてのお友達
あれから町に戻って、ギルドへやってきました。
日が暮れかけてて、空は茜色に染まっている。
ここで換金が終わったら、宿を探そう。
中に入ると、受付嬢や、歴戦の強者らしき冒険者たちの視線が突き刺さる。
ジョブは村人で、見たところ十歳ちょっとで、しかもか細い女の子がギルドに入ってきたら、誰だって訝しむに決まってる。
居心地の悪さを感じながら、私は壁に貼り付けられた依頼掲示板に近づいた。
「ここに依頼内容が書いてあるのかな……納入依頼、納入依頼……っと、うわぁっ!?」
私が張り紙に夢中になっていると、急に後ろから誰かに持ち上げられる。
「はっはっは! これなら見えるだろ?」
ひげの生えた、たぶん20代半ばの男の人だった。
そのニヤニヤとした表情からして、どうやら私をからかっているらしい。
「離してください、こんなことしなくても見えますから」
「そう言わずに、子供はおとなしく大人に甘えとけって」
「本当にいいですからっ!」
善意でからかっているならともかく、私はこの男の人からセクハラめいた意図を感じた。
あと酒臭い。
酔ってるんだ、この人。
身をよじって軽く抵抗すると、男はムッとした顔になる。
「生意気だなお前」
「何なんですか、いきなり絡んできたと思ったら」
「ここはお前みたいな餓鬼が遊びで来る場所じゃねえんだよ」
「遊びじゃありません、私は納入依頼をこなすために……!」
「だからごっこ遊びは他所でやれって言ってんだ!」
縄張り意識の強い男だ。
彼は私を持ち上げたまま、ギルドの外まで連れていく。
もっと強く抵抗することは出来たけど、私としては、暴力沙汰にはしたくない。
だから、ひとまずは大人しく追い出され、そして男が中に戻ったところで、また足を踏み入れる。
今度は露骨な憤怒の視線が私に突き刺さった。
「おいガキ、大目に見てやるのは一度だけ――」
掴みかかる勢いで近づいてくる男。
私は気にせずに前に進み、そして――
「……消えた? いや違う、後ろにっ!?」
シャドウステップで、立ちはだかる彼をスルーした。
そしてまた同じように、掲示板を見上げる。
「ブルースライムの体液20個納入。ブルースライムの核5個納入……あの人たちの言ってた通り、ブルースライムって需要が高いんだ」
「お、おいお前、今、何をした?」
「ボアの肉10個納入……も、行けるかな。これだけあれば、しばらくは寝床には困らなさそう」
「何をしたって聞いてんだよ!」
なんかビビって大きな声を出してるけど、無視無視。
どうせ絡んだって良いこと何もないんだから。
私はあくまでソゥクールに、受付のお姉さんに話しかける。
お姉さんは眼鏡をかけて、やたらおどおどしていた。
「すいません、納入依頼を受けたいんですけど」
「ぼ、冒険者登録はされていますか?」
「いえ、はじめてです」
「で、でしたら、こちらに必要事項をご記入ください……」
差し出された紙に、さらさらと書き込んでいく私。
冒険者は、この世界において“誰でもなれる職業”――という設定だったはず。
マジサガの世界では、ね。
それこそ犯罪者でも、身寄りのない子供でも、冒険者として登録することに制限は無いんだとか。
その代わり、稼ぐも怪我するも死ぬも全てが自己責任の世界だ。
だから、記憶喪失――ということになっている――私が登録しても何ら問題無し。
名前はモミジ。
ジョブは村人。
ただそう記入するだけで、冒険者ライセンスが発行されて、登録は完了した。
書いてる間もいろんな人の視線を背中に感じたし、相変わらずおっさんは騒いでるけど、頑張って無視。
そのまま納入依頼に関する処理に入る。
壁に貼られた紙、そこに記入された“番号”を受付の紙に書きこむと、受付のお姉さんが手元の書類と見比べる。
そして「こちらへ」と丁寧な口調で私は外に案内された。
どうやら、リザード車のまま乗り入れられる、納入のための場所が外に用意されているらしい。
外に出た受付嬢は、周囲を見回して首を傾げる。
「あの……どこに、リザード車はあるんでしょうか」
「リザード車は持ってないです」
「でしたら、素材は?」
私はメニューを開き、インベントリをオープン。
ブルースライムの体液20個、ブルースライムの核5個、ボアの肉10個を、どさりと目の前に置いた。
「ひえっ!?」
驚き、のけぞるお姉さん。
「え、えぇっ? ど、どこから出されたんですか!?」
「インベントリ」
「いん……へ?」
例のごとくうまく説明できる自信は無いので、力で押し切る。
「納入はこれでいいんですよね?」
「ええ……まあ、そうです……けど。でもっ」
「じゃあ依頼完了ということで」
「いや、今のはどこから……インベなんとかって何を……」
「報酬をお願いしますっ」
ニコニコと笑い、お姉さんに圧をかける私。
ときに笑顔は武器になる。
勢いに押されて、彼女はそれ以上追及できなくなったみたい。
「……わかり、ました。それではお支払い致しますので、少々お待ちを」
これにて無事? クエスト完了。
報酬もゲットできて、一件落着。
するとお姉さんからお金を受け取った瞬間、システムメッセージがほわんっと視界に浮かび上がった。
【クエスト[ブルースライムの体液納入]完了!】
【EXP500 武器EXP500 を得ました】
【キャラクターレベルアップ! 29→30】
【“アイアンダガー”武器熟練度レベルアップ! 0→1】
【短剣適性上昇! 2→3】
【クエスト[ブルースライムの核納入]完了!】
【EXP500 武器EXP500 を得ました】
【キャラクターレベルアップ! 30→31】
【クエスト[ボアの肉納入]完了!】
【EXP600 武器EXP600 を得ました】
【キャラクターレベルアップ! 31→32】
【“アイアンダガー”武器熟練度レベルアップ! 1→2】
【短剣適性上昇! 3→4】
おぉ、クエストもちゃんとあるんだ。
一気にレベルも上がって、心なしか体も軽くなったような気がする。
異世界生活一日目は、今のところ順調だ。
◇◇◇
その後、報酬として小金貨1枚を受け取った私は、町に繰り出した。
宿を探すためだ。
けど地図は無いから、もちろん迷う。
日も暮れ、あたりは暗くなりつつあった。
暗いとさらに私は迷う。
「別に方向音痴ってわけじゃないですけどー、スマホさえあればどこにだってたどり着けますけどー」
それは自慢することじゃないぞ、私。
気づけば私は、出口すらわからぬ路地裏に迷い込んでいた。
すると、前の角を曲がった先から、男性と女性の声が聞こえてくる。
あっ、もしかしたら道が聞けるかも!
「誰なの、あなたはっ!」
「キルシュ・スタチュース、我らの秩序のために死んでもらう」
あるぇー? なんか物騒じゃない?
死ぬとか死なないとか、とてもまずいことが起きてる気がする。
私はひとまず、角からひょっこり顔を半分だけ出して、様子を覗いてみた。
すると、両手に剣を持った黒ずくめの男が、杖を持った女の子に襲いかかろうとしている。
「ふッ!」
「きゃあっ!」
振り下ろされる剣。
女の子はかろうじてそれを避ける。
でも尻もちをついてしまって、次は回避できそうにない。
男の人が発している殺気は本物で、冗談ってわけでもなさそう。
しかも女の子――キルシュさんのレベルは20なのに対して、男の人――レイリとやらのレベルは70。
力の差は歴然としていた。
こ、怖いけど……ここは、私が助けるしかないかもしれない。
相手はまだ私の存在に気づいてないみたいだし、不意を突けばなんとか。
「これでトドメだッ!」
「待ったぁっ!」
大声を出して、レイリの気をこっちに引く。
「誰だ!?」
視線がこちらを向くと同時に、私はアイアンダガー片手に駆け出した。
「目撃者か、ならば貴様の命も奪うしかあるまい!」
相手の動きはとても素早い。
まともに相手をしたんじゃ勝てそうになかった。
ここで発動――シャドウステップ!
「な、消え――」
背後取ったら、すかさずダブルスラッシュ!
「やらせはせんッ!」
ガキィンッ!
レイリは私の背後からの攻撃に反応して、両手の剣でダブルスラッシュを止めた。
そんな、今のに反応するなんて、とても人間業じゃない!
でもギリギリ止められたって感じで、相手はよろめき一旦距離を取る。
「何だ、今の動きと、重さは……この私が、クラスⅨの私が対応できない攻撃など……!」
体……ってよりは、プライドが傷つけられて、動揺してるみたい。
それだけ、自分の力に自信があったってことかな。
でも、単純な身体能力で言えば、たぶん相手の方がずっと上だ。
私はその隙にキルシュさんに近づいて、かばうように手を広げた。
「くっ、予想外の邪魔が入ったとあれば、撤退するしかあるまい!」
レイリは何も言わずに、ぴょんと高く飛んで、屋根の上に消えた。
とんでもない身体能力。
やっぱり強いよ、あの人。
シャドウステップが不発だったら、危なかったかも。
「ふひー……」
へなへなと崩れ落ちる私。
すると後ろにいたキルシュさんが体を支えてくれた。
「ありがとう、あなたが助けてくれなかったら危なかったわ」
優しく微笑む、驚くほどの美人さん。
私の胸はどきりと高鳴った。
さすがにここまで綺麗で至近距離だと、同性でもドキドキしちゃうって。
「あんな場面を見かけちゃったら助けるしかないよ」
「そう思えるのはあなたが勇敢な証拠だわ」
「そんな立派なものじゃ……ところであの人、何者だったの? 黒ずくめで、いかにも殺人の犯人っぽい見た目だったけど」
さすがに全身黒タイツじゃなかったけども。
「わからないわ、いきなり襲われて……でも、この町に来てから誰かにつけられてる気はしてたのよ」
「狙われてたんだ。心当たりはある?」
「……たぶん、私がスタチュース家の長女だから、だと思うわ」
貴族ってことかな?
確かに、金髪な髪と言い、高そうな杖と言い、質の良い赤い服と言いロイヤル感が溢れてる。
ジョブだけならず、動作にも村人が染み付いてる私とは大違いだ。
手の紋章も、私の村人のものとは違って何やら豪華である。
「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はキルシュ・スタチュース、14歳よ。あなたは?」
「私はモミジ。実は記憶喪失で、それ以外はわからないんだ」
「記憶喪失?」
「気づいたら森の中にいて、どうにかこの町にたどり着いたところ」
「……お互いに大変ね。じゃあ、“どうしてあんな人間離れした動きができるのか”って聞いても無駄よね?」
いや、それは私だけ“武器を装備できるから”なんだけど。
まあとりあえず頷いて、わからないってことにしておこう。
うまく説明できる自信が無い。
「何にせよ助かったわ。改めてありがとう」
手を握りながらニコリと微笑まれると、同性の私でもドキッとしてしまう(通算二回目)。
それぐらい正統派な美人だった。
あと谷間が見えてドキっとします……って思春期男子か私は。
とはいえ、まだ完全に大人ってわけでもなくて、年相応の可愛らしさもある。
「どう、いたしまして」
思わず赤面。
すると彼女は口元に手を当てて、くすくすと笑った。
その様も美人になってて、私はさらに恥ずかしくなった。
いかんいかん、これじゃ完璧に年上のお姉さんにペースを持っていかれてしまう。
私はとっさに話題を変えた。
「あの、ところで……キルシュさんは」
「呼び捨てでいいわよ」
「じゃあ、キルシュ」
「どうしたの、モミジ」
名前を呼ぶだけで恥ずかしい――って繰り返すけど、思春期男子じゃないんだから!
「や、宿を探してるんだけど、どこにあるか知ってる?」
「だったら私が泊まってるところに案内するわ」
「キルシュが?」
「ええ、それと……できれば同じ部屋に泊まってほしいんだけど、駄目かしら?」
お嬢様に首を傾げながら言われて、断れる私じゃありません。
私は即座に首を縦に振って、微笑むキルシュについていくのだった。