020 おめでとう、正解だ。僕はそろそろパーティの準備をはじめるよ。
ワタシはついに、不老不死の化物を作り出したイレギュラー、その飼い主と思われるマルス・ジェノスという男と対面しました。
ですが彼はすでに、人の姿をしていませんでした。
曰く、顔の前半分を切断され、“絵画”に埋め込まれてしまったとのことです。
到底信じがたい状況ですが、しかしそれを可能にするのがイレギュラーというもの。
まともに会話が成立するだけでも、他の半人半獣の化物より何十倍もマシでしょう。
「てっきりもう死んだと思っていましたが」
化物が闊歩する屋敷内部の有様から見て、まさか生きた人間が残っているとは思ってもみませんでした。
そんなワタシの言葉に対し、マルスは自嘲ぎみに笑います。
「死んだほうがマシだったな」
「同感です、今のあなたはとてもみじめな姿をしていますね」
「そんな俺を見て嬉しそうに笑ってるお前はとんだクズだな」
「薬の元締めやってたチンピラに言われたくはありません」
一体この男は、どれだけの人間の人生を破滅に導いてきたのでしょうか。
反吐が出るほどの邪悪。
ならばさっくり殺すのがワタシらしさなのでしょうが、今はまだ情報を聞き出さねばなりません。
もどかしいものです。
「……なかなか肝の据わった女だ。いや、ここにたどり着いた時点でそうか」
どうやらマルスは、屋敷の現状を把握しているようですね。
あるいは、彼がまともに人の形をしていた頃から、あのヒトイヌや半魚人を護衛に使っていたのでしょうか。
臭くて汚いのに、よく我慢できますよね。
「いくつか聞いてもいいですか?」
「勝手にしろ」
「では。ここにいたイレギュラーはどこに消えたのでしょうか」
ワタシは部屋を見回しながら言いました。
ですが薬物を製造し、悪趣味なアトラクションの数々を仕掛けたであろうイレギュラーの姿はどこにもありません。
「知らねえよ、ほんの数日前に俺をこんな姿にしてどっかに行っちまった」
「あなたとイレギュラーはどういった関係だったのですか?」
「俺はしきゅ……」
そこまで言って、口をつぐむマルス。
しかし、もう大体なにを言おうとしたのかはわかっています。
「支給?」
「……ああ、そうだよ。あいつらに忠誠を誓った証として、あのイレギュラーを俺に与えたんだ。好きに使っていいってな。まあ、実際に使われてたのは俺のほうだったわけだが」
この男のバックには、どうやら大きな組織が存在するようです。
イレギュラーはそこから与えられた――つまりその組織こそが、イレギュラーがこの世界に現れるようになった元凶。
モミジが元の世界に戻るための鍵を握っているわけですか。
もっとも、彼女が戻りたがるとは思えませんが。
しかし、その肝心の組織について、マルスはわざとらしく表現をぼかしています。
ワタシはナイフ片手に、彼に問いかけました。
「まわりくどいですね、痛いのが嫌なら“アイツラ”とやらの正体もはっきり話してください」
「はっ、いまさら苦痛や死を恐れると思ってんのか? 殺すなら殺してみろよ、それでお前は情報を得られずに終わりだ」
「わかりました」
情報を得られないのは残念ですが、殺されることを望む彼を放っておくわけにもいきません。
ここはお望み通り、可能な限りの苦痛を与えた上で、『やっぱり死にたくない』という無様な断末魔を聞いてケラケラ笑いながらそれでも刺して切って剥がして砕いて刻んで死の直前まで命の散る様を楽しむしかありません。
ワタシはナイフの先端を、彼の眼球に突きつけました。
するとマルスは急に顔を青くして言うのです。
「ちょ、ちょっと待て!」
「殺せと言ったのはあなたではないですか」
「だからってマジで殺そうとするやつがいるかよ! 俺はまだ生きてるんだ!」
生きると言ったり死ぬと言ったりめんどくさいやつですね。
「だったら誤魔化さずに答えてください。“あいつら”って誰なんですか?」
「学園だよ! 王立グローシア学園!」
「……学園が、イレギュラーを」
キルシュはこの街を出たあと、グローシア学園に入学する予定です。
そして彼女は、女郎蜘蛛をその体に宿す、半イレギュラー。
この繋がり――偶然だとは思えませんね。
「学園ぐるみでやっているんですか?」
「いや、知らねえやつは知らねえだろうな。あそこの理事長が個人でそういう商売やってんだよ。俺だって近づくためにそれなりの金を積んだ! だってのに、ちくしょう……あいつらとんでもないもんよこしやがって……!」
とんでもないもの、というのがこの街で暴れているイレギュラーなのでしょう。
マルス・ジェノスを殺すつもりで与えたのか。
いや……そもそもイレギュラーは制御できるようなものとは思えませんから、ひょっとすると『どっちでもいい』と思っていたのかもしれませんね。
「肝心なことを聞きそびれていました。まあ聞くまでもないでしょうけど、ここにいたイレギュラーって――」
「あいつは、自分のことを“ドクトル”って呼んでた。妙なマスクを被って、汚れた白衣を着た変人だ」
「そうですか……」
いかにもといった外見ですね。
まあ、そういう風に作られたのですから当然なのですが。
「変人ということは、人間だったと?」
「ああ、言葉も通じる。だがいっつも俺らの知らねえ国の話をしやがるから、まともに会話は成立しなかった」
まあ、ドイツの話なんてされても意味はわからないでしょうね。
それでもやめなかったのでしょう。
つまりは狂信者。
しかし、よくもまあこの世界でも信仰心を失わなかったものです。
彼の信仰対象は、ここには存在しないというのに。
「街に溢れている質のいい薬や、化物になる代わりに不老不死になれる薬もそいつが作ったものですね」
「最初のうちはただの薬だったんだよ。俺も大儲けできるって浮かれてたんだが……」
「徐々に本性をあらわしていった、と。うかつですね、阿呆ですかあなたは」
「耳が痛えな……」
街を牛耳るほどの器、いかほどかと期待していたのですが、ちょっとグレードアップした程度のチンピラみたいなものですね、外見も含めて。
だからこそ御しやすいと判断された。
つまり、頭の回るイレギュラーをマルスに譲渡したのは、イレギュラーに彼を制御させるため?
……考えすぎでしょうか。
しかし、だとすれば恐ろしいことをするものです。
放置しておけば、チョビ髭を生やした独裁者のクローンでも作って、この地にドイツ帝国を作りかねないというのに。
それとも、理事長とやらはこの国なんてどうでもいいと思っているのでしょうか。
抱いているのは支配の野望ではなく、もっと別の――
顎に手を当て考えこむワタシは、こちらにヒタヒタと近づいてくる足音を聞きました。
例の半魚人かもしれません。
確かに長話しすぎました。
マルス・ジェノスがこの有様では、この館はすでに主不在も同然。
不老不死の化物が彼の言うことを聞くとも思えませんし、退避がベターでしょう。
ですが彼からはまだ話を聞きたい。
幸い、額縁に入っているなら持ち運びも可能ですし……ええ、そうですね、持っていくことにしましょう。
「お、おい待て、運び出すつもりか!?」
額縁に手をかけたワタシに、マルスは慌てた様子で言いました。
「まだ聞きたいことがありますので」
「ちょ、ちょっと待て、これ以上はなにも話せることなんて無い! そもそも、外したらどうなるかなんて俺にもわかんねえんだぞっ!」
「外してみたらわかるんじゃないですか」
ワタシにだってわかりませんし、考えたって、マッドサイエンティストの脳内なんて、開いて解析でもしないかぎり理解できないでしょうから。
「お、おい、ゆっくりだぞ? ゆっくり頼んだぞ?」
「はいはい、うるさいので黙っていてください」
両手で縁を持って、ガタガタと揺らします。
すると後ろで固定していたフックが取れたのか、ワタシは「おっと」とよろめくように後ずさりました。
同時に、“ブチブチィッ!”と気持ちのいい音がします。
「が……や、やめ……っ! ぎゃっ、ぎゃあぁぁぁあああッ!」
館に、マルスの叫び声がこだましました。
何事かと思い、額縁のあった壁を見てみると、そこから赤黒い管のようなものが飛び出て、濁濁と血を垂れ流しているではありませんか。
同様に、ワタシが持っているそれの裏側も血で汚れていました。
「……そういう仕組みだったんですか」
どうやら、マルスは顔だけを切り取られた後、生命活動を維持するために、胴体から摘出した臓器と再び繋がれたようです。
そして顔だけを絵のように額縁から表に出し、臓器は壁に埋め込んだ。
だから外した瞬間、彼は死んでしまった。
まるで、イレギュラーはワタシがここから額縁を取り外すことを読んでいたみたいですね。
「死んでしまったのは残念ですが、仕方ありません」
ええ、本当に、仕方ないんです。
結局はこの街に潜むイレギュラーを倒すことでしか、問題の解決は図れないのですから。
◇◇◇
「はぁ……ウィリアがぁー★ ふぅ……素手でぇー★ ここまで……っ、戦えるとはぁ、予想外なんですけどー★★★」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、ティンクルが言いました。
「私だってぇ、ふぅ、伊達に執行者はやってないわ! まだまだやれるわよ、こっちには若さって武器があるんだから!」
同じく荒い呼吸を繰り返しながら、お姉ちゃんも負けじと意地を張ります。
二人の服はとっくにボロボロで、全身には細かい傷がいくつも刻まれています。
およそ素手による戦闘の跡とは思えませんが、それが執行者というものです。
互いに致命傷は無し。
ですがフルスロットルでぶつかりあったからか、体力の限界は近いようでした。
どれぐらい近いかというと、いくら物陰に隠れているとはいえ、ほんの数メートルしか離れていない場所にいるワタシの存在に気づかないほどです。
二人はちょうどにらみ合いながら息を整えているようですので、今が出ていくチャンスかもしれません。
「若さ若さってぇー★ っ、同じ二十代のくせに偉そうに言わないでくれるぅー★★★」
「私たち執行者は、普通の人間とは違うっ。命なんて使い捨てよ。その中じゃあ十分に長生きでしょう、あんたは!」
執行者は死んでこそ――という部分がありますからね。
死後、ソウルカートリッジに魂は保管され、それを使って転生すれば、クラスがひとつ上がるんですから。
才能が無い魂は何度転生を繰り返しても執行者にはなれませんし、若くして死ねば蓄積する経験も無いので、さほど強くはなれないのですが。
もっとも――このゲームがサービスを開始したのはせいぜい十数年前。
だというのに、すでにクラス?なんて執行者が存在してる時点で……なんですけどね。
ワタシは念の為、マルスの顔が貼り付けられた額縁を持ったまま、二人に近づきました。
するとティンクルは悪どく笑い、地面を蹴りました。
「――獲物みーっけ」
「アーシャ!? どうして戻ってきたの!」
もちろんお姉ちゃんも止めようと動き出しますが、とても間に合いません。
瞬時にティンクルの年齢に対してちょっと無理のあるメイク濃いめの顔が近づいてきます。
「お姉ちゃんが心配で戻ってきたんだよねー★ 健気でいい子だよねー★★ 殺したくなるぐらいにさァッ!」
たまーに本性が出ますよね、この人。
にじみ出る性格の悪さとでも言えばいいのでしょうか。
しかし彼女はワタシが持つ額縁を見ると、その直前でぴたりと動きを止めました。
「……ってあんた、なに持ってんのそれ★★ めちゃくちゃ気持ち悪いんですけど★★★」
その気持ちはよくわかります。
持ってるワタシも本当はその場で捨ててしまいたいぐらいですし、なにより臭いので。
特に裏側。
内臓が接続されていた部分から漂う腐敗臭が不快で仕方ありません。
ですが、これを見せなければ二人に事情は説明できないと思いましたので。
「これ、マルス・ジェノスです」
「それって……この街を裏で牛耳ってる、あいつのこと!?」
「でもそれ絵だよねー★ やたらリアルでほんと気味悪いんですけドー★★★」
「違います、絵ではありません。本物のマルス・ジェノスの体を使ったものです。さっきまでこの顔が喋ってたんですけど、外に連れ出そうとして額縁を外したら、壁に埋まってた内臓が引きちぎれて死んじゃったみたいで」
本当に残念です。
殺すにしたって、あの体ならもっと面白い殺し方もできそうだったのに。
例えば、画家が筆を持つようにナイフを握って、彼の顔の上から傷で絵を描くとか。
クラシックの代わりに響くマルスの声は、さぞ心地よいものでしょう。
滾ります。
特に、ああいう他人を食い物にして生きてるクズが苦しむ姿を見ていると。
「……」
「……」
お姉ちゃんとティンクルは、若干引きながら、無言で額縁を見続けました。
いわゆる、絶句というやつです。
「ティンクル、ああいう悪趣味なものを作るイレギュラーが街に潜んでるんだけど……それでも停戦、受け入れてくれない?」
お姉ちゃんがそう提案すると、ティンクルは大きくため息をついてから言いました。
「……貸し一つだからねー★」
どうやら、場は丸く収まったようです。
◆◆◆
朝がやってくる。
私は、昨日の……その、キスの件があって、起きてからキルシュとぎくしゃくしちゃうんじゃないかなぁ、とか思ってたんだけど。
なんか、それどころじゃなさそう。
「本当に人格が変わってんのこれ☆」
「そういうことにしておきましょう」
目の前にはウィリアお姉ちゃんと、ツインテールでやたら蛍光色のドレスを着た、年上のお姉さんの姿。
キルシュと、起きて速攻で私の唇を奪い人型になったメイルは私の両隣にぴったりとくっついて座っている。
「昨夜はお世話になったわねー☆」
「あの……どなた?」
「ティンクル・スターベル。私の執行者仲間よ」
「はあ……」
「モミジ、“はあ”じゃないって。この人、たぶんリーガみたいに私たちを殺しに来たのよ!」
「うわー、こわいねー」
焦るキルシュに対し、メイルが気の抜けた相槌をうつ。
私はどっちかっていうと、メイル側に近い気分だった。
だって、いきなり執行者とかいわれても……ねえ? 殺気は感じないし、お姉ちゃんが隣にいるなら大丈夫だと思う。
「なにか安全だと思える根拠があるのね?」
「うまく言葉にはできないけど」
だって私じゃない誰かが知っていることだから。
「……わかったわ、なら私もモミジを信じる」
「ありがと」
笑ってお礼を言うと、キルシュは頬を赤らめた。
でも私たちのそんなやり取りを、ティンクルって人は不機嫌そうにぶすーっと見ている。
「気持ち悪い★ とんだ茶番ね★★」
「年をとるとああいうの苦手になるわよね」
「殺す★★★」
「その殺意は街に潜んでるイレギュラーに向けなさい」
「イレギュラーの正体、わかったの?」
私がお姉ちゃんにそう問いかけると、なぜかお姉ちゃんは困ったような顔をした。
「モミジ、あなたなら……わかるんじゃないの?」
へ? なんで私?
「それがわからないから調べてたんだよ?」
「ウィリア、なんでさっきから気を遣ってるわけ?★ 昨夜のこと、隠す必要もないじゃない☆」
「それは……」
うつむくお姉ちゃん。
なにか言いにくいことでもあるのかな。
それに昨夜って、私がぐーすか寝てる間になにか起きたってこと?
「昨夜ー、なにかあったのー?」
メイルの言葉にも、お姉ちゃんは反応しない。
見かねて、ティンクルが話し始めました。
「私はぁ★ 昨日ぉ★ あんたの別人格であるアーシャと会ったの★★」
「……私の? 別人格?」
こてん、と思わず首をかしげる私。
別人格って、私にそんなもの……あはは、あるわけないよ。
漫画じゃあるまいし、しねえ?
「待って、なによ別人格って! モミジはモミジよ!」
「そう言われても☆★ 会ったものは会ったわけで――ずっと一緒にいたなら心当たりないのわけぇ?☆ ていうか、本人には自覚ないの?★」
「モミジ……どうなの?」
どうって言われても、本当に別人格なんてものが存在するなら、私に記憶なんてあるわけがない。
だから知らない。
私と彼女は、別の存在なんだから。
「ごめんね、ぜんぜんわかんないよ」
私がそう言うと、ティンクルは「ケッ」と悪態をついた。
お姉ちゃんもなにやら複雑な表情。
「まあ、その話はあとでもいいわ。今はとにかく、イレギュラーの正体を知ることが重要なのよ!」
気を取り直して、無理に明るい声でお姉ちゃんは言った。
「でも、なんでそれが私にわかるって思ったの?」
「それは……」
「別人格のあんた――アーシャって名乗ってる子がぁ★★★ 今の人格のあんたに聞けばわかるって言ってたらしいのぉ★★★」
ティンクルは機嫌の悪さを隠しもせずに、吐き捨てるようにそう言った。
「そういうことよ」
アーシャ……アーシャ・アデュレア。
この体の本来の持ち主。
その名を名乗る、別のなにか。
「アーシャ……」
「モミジとぜんぜん違う名前だねー」
キルシュは目を伏せ、メイルは相変わらずのんきな反応を見せる。
でも彼女なりに、思うところはあるのかもしれない。
当たり前だよ、多重人格なんて話、急すぎてついていけるはずがない。
私もね、一応、戸惑ってる。
そういうことになってる。
「人格の話は置いておきましょう。そのアーシャが言うには、イレギュラーは薬物を使用して不老不死の化物を作り出す、“がすますく”を被って汚れた白衣を着た、元“どいつていこく”の研究者だって言ってたわ」
「ガスマスクで、ドイツ帝国の研究者……?」
わかる、わかるけど――これまたとんでもないのが出てきたな。
ただ、イレギュラーの正体を考えると、そいつが存在することは不自然でもないのかもしれない。
キルシュの体に宿された女郎蜘蛛――妖怪伝承。
王子様のキスが鍵となる人魚姫――おとぎ話。
つまりイレギュラーとは、正確には“別世界からの来訪者”ではなく……“創作物からの侵略者”とでも呼ぶべきなのかもしれない。
しかも、“親”となるのはこの世界じゃない、私の世界だ。
私が元いた世界を中心として、そこから創作物のキャラクターたちが呼び出されている。
すなわち、考え方によっては、マジェスティックサーガオンラインの世界をそのまま再現しているこの場所も、イレギュラーなのかもしれない。
そう仮定したのなら、私はこの街に潜んでいるイレギュラーの正体を、確かに知っている。
「潜入したマルスの屋敷には、死体の保管庫があって、すでに死んだ人間を侵入者を驚かすための悪趣味な罠の素材として使ったり、あとは壁に“はーけんくろいつ”が飾ってあったとも聞いたわね」
ああ、そうだやっぱり。
「モミジ、心当たり、あるのよね?」
まあ、随分前にネットで紹介されて、定額配信で流し見しただけなんだけど――
私はお姉ちゃんの問いかけにうなずくと、『どう説明したものか』と考えながら、口を開いた。
「たぶんそいつは……2005年に公開された映画、『ナチス・イン・ワンダーランド』に登場した、ヨズア博士だと思う」
もちろん、みんなぽかんとしている。
でも私だって同じ気持ちだった。
よりにもよって、ヨーロッパ各地で即上映中止になった上に、監督が国外逃亡したようなB級映画の登場人物が現れるなんて。
しかも、ヨズア博士――スプラッター映画界隈で今でも名を馳せる名物キャラクターだ。
なんで有名かって?
それはヨズア博士が、あらゆるB級映画に登場した博士の中でもとびきりのマッドサイエンティストで、なおかつ――作中で最後まで傷一つつけられなかった上に、全て彼の思惑通りにことを進める、“最強”の悪役だったからだ。