001 ログイン……ってあれ?
5話、もしくは11話まで読んでいただけると話の概要がわかってくると思います。
――目を覚ますと、私はダガー片手に森の中に倒れていた。
あたりを見回す。
何の変哲もない森だ。
周囲には何も落ちていない。落ちていない。
意識もいつになくクリアで、木々の間から見える空は青く、頬を撫でる風もさわやかである。
「私……どうしてこんなところに?」
私はヘッドセットを被り、VRMMOの世界にログインしただけのはずだった。
プレイしようとしていたのは、マジェスティックサーガオンライン、通称マジサガ。
サービス開始から二年が経過し、微妙に過疎ってきたこのゲームに、私は友人に誘われて初めてログインした。
一応、前もってゲームシステムや序盤の進め方は予習しておいたけど――チュートリアルでこんな場所に飛ばされるって、書いてあったかな。
それに、アバターだってキャラメイクで作ったものと全然違う。
「メニューよ開け」
試しにメニューを開く。
目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。
ちなみに本当は声にだす必要なんて無い。
さらにタブを操作して、アイテムインベントリの内容を確認する。
「インベントリは空っぽ……」
本当にまっさらで、新キャラに配布される課金アイテムすら入っていない。
「装備も無いし、習得スキルも無し」
こちらも初期装備すら無く、アカウントハックにでも遭ったのかってぐらい真っ白だった。
「ジョブは村人」
おまけにご丁寧に最弱職を選んである。
村人は、各種武器や生産の“適性値”が全て1以下の場合になれる、紛れもなく最弱のジョブ。
適性はあとで上げられるからどうにでもなる。
でも、当然キャラ作成のランダムロールの時点で良い値を選んでおくのがベターだし、ドMプレイでもしない限り村人は選ばない。
ダガーを持ってるなら、せめて短剣適性10以上でなれる“暗殺者”であってほしかったんだけど。
「レベルも25?」
25なんて、インフレが進んだ今、ゲームを始めて一日かそこらで行けてしまう数値だ。
でも、私のレベルは本来1なわけで。
「うーん、キャラ名も違う。アーシャって誰だろ、私はモミジだったはずなのに……」
お恥ずかしながらモミジはほぼ本名みたいなもんです。
仕方ないよ、いきなり名前を考えろって言われたって浮かんでこないし。
「もしかして、他の人とデータがごちゃごちゃになってるのかな」
だとしたら運営に報告しないと。
そう思って、私はシステムメニューを開こうとしたんだけど――どんなに念じたって開かない。
「システムメニューよ開け」
一応言ってみるけど、やっぱり開かない。
これじゃあ運営に通報ができないどころか、ログアウトすらできないじゃないか。
「ちょっとこの不具合は洒落にならないって。だったら強制ログアウトを……えっと、コール、コード10032だったっけ」
どのVRMMOにも、不慮の事態に備えて強制ログアウトのためのコードが設定してある。
これさえ使えば、ペナルティはあるもののどんなタイミングでもログアウトできるはず……なんだけど、やはり反応は無し。
「はいクソ運営ー」
下品な言葉だけど、罵倒したくもなるというものだ。
しかし、データ復旧はおろかログアウトすらできないとなると、もはやできることは一つしかない。
「……よし、遊ぼう!」
ここはゲームの中だ。
だったら、時間の許す限り遊ぶしかあるまい。
せっかく始めたんだし、きっとそのうち、こんな致命的な不具合なら運営も動いてくれるはず。
ひとまず私は、なぜか最初から握っていた、少し汚れたブロンズダガーをインベントリに収納した。
「武器は装備しないと意味がありませんよ、と」
言いながら、私はインベントリのブロンズダガーを選択、“装備”する。
それはこのゲームの公式HPにも書いてある、合言葉のようなものだった。
ただ拾って握っているだけでは意味がない、インベントリから装備することが重要なのだ。
マジェスティックサーガオンライン――以下マジサガには、武器熟練度システムというものがある。
これは武器を使って特定の行動を起こすと武器に経験値が溜まっていき、“熟練度レベル”を向上させることによって、プレイヤーが様々な恩恵を得られるというものだ。
例えば、ちょうど今装備したブロンズダガーならこんな感じ。
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Lv.1 アクティブスキル[ダブルスラッシュ]習得
Lv.2 短剣適性上昇+1
Lv.3 アクティブスキル[シャドウステップ]習得
Lv.4 短剣適性上昇+1
Lv.5 パッシブスキル[暗殺者の心得]習得
Lv.6 特殊スキル[器神武装]習得
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ブロンズダガーは初期装備だからか、短剣使用者に必須と言われる初期スキルを3つも習得できる。
さらに短剣適性も合計で+2、つまりダメージ補正が+20%。
しかも初期装備なおかげで、熟練度もたまりやすいのだ。
「……ん?」
私は首をかしげた。
Lv.6の器神武装ってなんだろ、調べた限りはこんなのなかったはずなんだけど。
まあいいや、上げてみればわかるかな。
いつの間にかアップデートされてた、ってこともマジサガ運営だとよくあることみたいだし。
伊達に息を吐くようにクソ運営呼ばわりはされていない。
ひとまず立ち上がって……うわ、背が小さい。
手足も細いし、鏡が無いから顔は見れないけど、10代前半って感じかな。
リアルと違うから違和感がある。
そのまま私は、森をまっすぐ歩いた。
もちろん行くあてなんてない、とりあえず森から出ることだけを目標にする。
進むこと10分。
すると運良く、舗装された街道らしき場所に出た。
ここを伝っていけば、そのうち町にたどり着くはず。
地図を持っていないのでマップは表示できない。
この辺、マジサガには微妙なリアリティがあって、マップを見るためにはその地方の町で地図を購入する必要があった。
とはいえ、ゲームなんて攻略サイトを見てしまえば、いくらでも地図ぐらい出てくる。
「……ってそうだ、ブラウザを開けばいいんだ」
VRMMO内でブラウザを開けるのは当たり前。
動画を見ながら狩りをするのがスタンダードだった。
そう思ってブラウザを起動させようとする私だったけど――そういや、システムメニューが開けないんだった。
ということはつまり……ブラウザも、使えない。
ううぅ、なんか現実世界と切り離されてるみたいでちょっと気持ち悪い。
「このステータスで高レベルフィールドに放置されてたら、詰んでるよね……」
一抹の不安を抱きながらも、歩き続ける私。
すると街道から横に逸れた森の向こうに、第一モンスターを発見。
「よかったぁ、私でも倒せる雑魚モンスターだ」
見つけたのは“ブルースライム”。
レベルは4って書いてあるけど、固定じゃなくて、個体によって1~5の間でランダムに変動するんだったと思う。
特殊攻撃も無いから、安心して近接攻撃を仕掛けていい。
まあ、その分だけ得られる経験値も少ないんだけど――ブロンズダガーはチュートリアル用ってことで特別熟練度が溜まりやすいから、問題ないはず。
私はブルースライムに駆け寄って、気づかれる前に短剣を振り上げ、
「えいっ!」
掛け声とともに突き刺した。
ぶにょん、っと半透明の青い体に沈むダガー。
ダメージ表記は出ない、どうやら出ないように設定してあるらしい。
しかし……それにしても、リアルな感触だ。
VRMMOってここまで進歩してたんだって思い知らされる。
ひとまず相手に気づかれたから、攻撃を食らう前に一旦距離を取って、空振りさせる。
そしてすぐさま接近、突き出した刃が突き刺さって、これで倒せたはず。
するとスライムは力を失い、ぐにゃりと潰れたまんじゅうのような形になった。
【EXP5 武器EXP10 を得ました】
視界の端に表示されるダイアログ。
これまた、マジサガの特徴的な部分なんだけど、モンスターを倒してもいきなりアイテムがドロップすることはない。
無駄にリアルさを追求して、まずは死体がそこに残る。
その死体に触れて、インベントリに収納すると、それは“スライムの死体”というアイテムになった。
さらにここから、“解体”スキルを使うことにより、各種素材やアイテムを手に入れることができる。
ただ面倒なだけじゃない? って気もするけど……いや、実際そうなんだけど、とりあえず死体の状態で持ち運べばインベントリは1枠圧迫されるだけで済む。
解体すると、平均して5個ぐらいのアイテムに分かれるから、すぐにアイテムがいっぱいになってしまうのだ。
その点、死体なら同種類を最大255個まで重ねて置くことも可能だったりする。
初期状態だとインベントリは36枠しかないから、うまくやりくりしないとね。
スライム系モンスターは、手に入る素材に需要があるので、序盤の敵でありながら金策として初心者に人気だって書いてあった。
無一文の私は、レベル上げを兼ねてひたすらにスライムを狩りまくる。
「せいっ!」
でも、なーんか気持ち悪いんだよね。
今のところダメージは受けてないからわからないんだけど、このキャラの元の持ち主さん、ゴアモードとか使ってないよね?
ゴアモード、別名18禁モードは、グロ表現はもちろんのこと、相手からダメージを受けると一定の痛みを感じるようになる。
これこそまさにドMの極みって感じのモードだ。
……あ、そうだ。
別にモンスターの攻撃を受ける必要なんて無い。
とりあえず、そのあたりにある木を殴ってみればいいんだ。
私は軽く拳を握り、それを幹に叩きつけた。
ゴッ、と鈍い音、そして感触。
「うひぃん、痛い……!」
しゃがみうずくまる私。
やっぱりそうだよ、ゴアモードだよこれ。
というか私よ、もうちょっと加減して殴るべきじゃないかなぁ!?
「しかしこうなると、うかつにモンスターの攻撃なんて受けられないよね。ダガーをチョイスしたのは正解だったかも」
短剣使いは回避型になることが多い。
もっとも、装備が揃ってからの話だけど。
それでも育てる途中も、他の職よりはダメージを受ける機会は少ないはず。
ひとまずノーダメージのままスライムを10体ほど狩ったことで、熟練度はそれなりに溜まって――
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MASTER アクティブスキル[ダブルスラッシュ]習得
MASTER 短剣適性上昇+1
Lv.3 アクティブスキル[シャドウステップ]習得
Lv.4 短剣適性上昇+1
Lv.5 パッシブスキル[暗殺者の心得]習得
Lv.6 特殊スキル[器神武装]習得
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今はこんな感じになりました。
うむうむ、ひとまずダブルスラッシュがあれば、ブルースライムは一撃で狩れるからかなり楽だ。
でも無駄にスライムばっかり狩ってても仕方ないし、そろそろ町に行って、死体でも売りさばこうかな。
……冷静に考えると、死体を売りさばくってなんか怖い言い回しだ。
あ、その前に――ダブルスラッシュの試し打ちをしとこう。
私はどこからともなくリポップしたブルースライムに接近。
今回は気づかれちゃったけど、攻撃動作途中で倒せばダメージは食らわずに済むはず。
「ダブルスラッシュ!」
例のごとく叫ぶ必要はないんだけど、何となくかっこつけたい気分だった。
私がダガーを振り下ろすと、×印を描くように二発の斬撃が相手に襲いかかる。
バチュンバチュンッ! と破片を飛び散らせながら動きを止めるブルースライム。
斬撃が二発、つまりダメージは二倍。
「こう、一確でモンスターを倒せるようになると、楽しくてつい無駄に狩りしちゃうんだよね」
言いながら、私はすすーっと次のスライムに近づき、撃破。
倒したらまた次に、さらにその次に――と一確狩りを楽しむ。
しかし、見事にここはブルースライムしか湧かない狩場みたいだ。
ちょっと先に進めば、ブルーコボルトあたりが湧いてるんだろうか。
あいつ、確かにスライムより経験値は多いんだけど、素材が売れないからあえて狩る必要もないかな。
だいたい、スライムならともかく、コボルトでブルーってなんなんだろうね。
マジサガって青いモンスター=弱いみたいな謎の不文律があるからそのせいなんだろうけど。
そんなことを考えているうちに、さらに20体ほどスライムを狩ってしまった。
楽しかったけど、とても無駄な時間を過ごした気がする。
熟練度は上がったけど、雑魚相手じゃレベルは上がってないし。
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MASTER アクティブスキル[ダブルスラッシュ]習得
MASTER 短剣適性上昇+1
MASTER アクティブスキル[シャドウステップ]習得
MASTER 短剣適性上昇+1
Lv.5 パッシブスキル[暗殺者の心得]習得
Lv.6 特殊スキル[器神武装]習得
--------------------
けどおかげさまで、シャドウステップを習得できた。
これと暗殺者の心得が、ダガー使用者必須と呼ばれるスキルだ。
なんで必須なのかって言うと……ひとまず、スライムに使ってみればわかるはず。
「シャドウステップ!」
無意味に叫ぶ私。
そして同時に姿が消え、次の瞬間にはスライムの背後に私はワープしていた。
つまりそういうことだ。
無条件で相手の背後を取る、移動スキル。
そして死角から、
「ダブルスラッシュ!」
斬撃を二発放つ。
為す術もなくやられるブルースライム。
「シャキーン!」
そして無駄にポーズを取る私。
とてもアホっぽい。
「ふっふっふ、爽快爽快」
でも、移動スキルのスピード感が楽しいんだから仕方ない。
クールタイムが10秒ほどあるから連続では使えないけど、これがあると無いでは大違い。
「さて、試し打ちも終わったところで、いい加減に町を探そうかな」
スライム狩りはここで一区切り。
いつ日が暮れるともわからないしね。
と、歩き始めた私だったんだけど――そのとき、ぐぅ、と腹の虫が鳴いた。
「……ん?」
リアルでお腹が空けば、空腹を感じることはある。
けど、それに連動してお腹が鳴るなんて演出、あっただろうか。
それにログアウトできないし、どうあがいてもお腹を満たすことはできない。
「このまま餓死は勘弁してほしいんだけど……とりあえず、なんか口に入れてみる?」
いや、無駄なのはわかってるんだけどさ。
ひとまず近場にある木の実を取ってみて、インベントリに収納。
アイテム説明を見て、毒が含まれていないことを確認する。
そしてインベントリから出して、私は口に近づける。
法律で、VRMMO内での食事で“味”を感じさせることは禁止されている。
なぜならば、脳が実際に食事をしたと錯覚して、空腹感が軽減できてしまうからだ。
つまり、餓死や栄養失調になるまでゲームを続けることができてしまう。
だからマジサガでも、この方法で木の実や肉を食べようとしても、味がしないどころか、そもそも飲み込むことすらできないはずなんだけど――
じゅわりと、甘酸っぱい果汁が口の中にあふれる。
イチゴに似た味だ。
水分はちょっと少ないけど、その分だけ甘みが強い。
「うわぁ、おいしい!」
思わずつぶやく。
そしてごくりと飲み込むと、胃袋に落ちていく感覚がした。
「……いや、おいしいじゃないって。おいしいじゃまずいんだって」
美味しいのに不味いとはこれ如何に。
美味しい。
空腹も紛らわせた。
総じて私にとって良いことばかりのはず。
でも、釈然としない。
痛みがある。
物も食べられる。
敵を倒したときも、やけにリアルな感触がある。
こういうの、知ってるぞ。
ネットに入り浸ってた私は、そういうのも読んだことがある。
「もしかして私……マジサガの世界に、異世界転移、しちゃったの? いやそんな、まさか……あはは」
そんな馬鹿な、とセルフ突っ込みをいれながらも――否定する材料が見つからない。
「……いや、そんなわけないよね?」
声は虚空に消えて、誰も答えてくれなかった。
そのまま立ち尽くす私は、「考えたってしょうがない!」と気持ちを切り替えて、町を目指して街道を進むのだった。