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016 楽しい見世物だろう? 私も彼女のことは気に入ってるんだよ

 




 私たちは彼女を前に、言葉を失っていた。

 半魚人と呼ぶにはあまりにいびつな異形、それがこの“合法殺人女”だった。

 かろうじて人の形を保った口元は、貼り付けたようににたりと笑っている。

 己の姿に対する嫌悪感や後悔と言ったものは一切感じられない。


「あら、どうしたのぉ? いざ目の当たりにすると尻込みしちゃったぁ? でもいいわ、好きよ、そういう蔑むような視線も。両手が自由だったら自慰していたかも」


 下品な物言いに、キルシュの頬がぽっと染まる。


「あ、あなたねぇっ、いきなりじ、自慰って……何を言ってるのよ!」

「何ってぇ、ここはそういうお店でしょう?」

「……言われてみればそうだったわ」


 納得するキルシュ。

 いや、そこはもっと噛み付いていいんだよ? そういうお店だったとしても、今この状態でそんなこと言い出すなんてマトモじゃないから!


「あなたたちぃ……なんだか、私をいじめてくれるって雰囲気じゃないわねぇ」

「うん、話を聞きに来たの。その体、もしかしたら人魚の肉を食べたからじゃないかって」

「人魚の肉……」


 彼女の顔から笑みが消え、ようやくまともな表情を見れた。

 まあ、半分は魚だけど。


「食べたわよ、確かに」

「本当に!?」

「ええ、付き合いの長いお客様に呼ばれてね、そこでお前にぴったりの料理があるって振る舞ってもらったのよ。確か変わった香草を使ったソテーだったしから。白身魚に似て、けれど歯ごたえがあって美味しかったわよ。骨も少なかったし」


 メイルの肉の食レポを聞かされてしまった。


「味は魚なのね」


 キルシュも私と同じこと考えてる。

 そこ、やっぱり気になるよね。


「そのおかげで、今じゃどれだけ痛めつけられても死なない体になったわ。あのお客様には感謝してるわぁ」

「感謝……? そんな見た目になってるのに?」

「そう、その目よ! その冷たい視線が最高にゾクゾクするのっ!」


 ……うっはぁ。

 なるほど、この人はとんでもなく高レベルなマゾヒストなんだ。

 だからたぶん、ハンマーとか、ノコギリとか使って体を傷だらけにしても……本心で、喜んでる。


「理解できないわ」


 私も理解はできないけど、そういう人もいるんだっていう知識はあった。

 この人にとっては紛れもなく天職なんだろうなぁ。

 ただし、期間限定だけど。


「その……魚みたいになってる部分は、肉を食べたからそうなったの?」

「はじめは普通だったわ。けれど傷を負って、そこがぐじゅぐじゅって再生するたびに、少しずつ少しずつ私の体は醜くなっていくの! わかるかしらこの頭! これね、数日前に来てくれたご主人様が、大きなハンマーを思いっきり振りかぶって、ぐちゃって! もう意識が吹き飛んで目が見えなくなるぐらい大胆なスイングでぶち壊してくれて、こうなったの! はあぁ、素敵だったわぁ……思い出すと今でも濡れてきちゃう!」


 質問には答えてくれるけど、余分な情報が多すぎる!

 胃もたれしそうな体験談をきかされて、キルシュもげっそりとした表情を浮かべていた。


「そう、あなたたちも人魚の肉を食べたいのねぇ? でも今は厳しいかもしれないわねぇ」

「どうして?」

「もう大方遊び終わってぇ、あとはお金稼ぎに利用するだけみたいだからぁ。どうしても欲しいんならぁ、オークションで落とすしかないんじゃないかしらぁ」

「オークション……」


 もちろん表のものじゃないと思う。

 たぶん、この街では、今いるバーと同じように、非合法的な商売がまかり通ってるんだ。

 たぶん質の悪い貴族が賄賂を貰って見逃してるんだろうな、取り締まってるって雰囲気でもないし。


「ねえ、その人魚の肉の持ち主の名前を聞かせてくれない?」

「んー……お客様の個人情報だからぁ、あんまり話したくないんだけどぉ」


 そこだけはまともなの!?

 コンプライアンスとか気にするタイプなんだ……。

 彼女は少し考え込むような仕草を見せると、にやりと笑って私たちに言った。


「せっかくだしぃ、私をいじめてくれたら考えるわぁ」

「いじめる?」

「殺してほしいって言ってるの」

「なっ……そんなことできるはずないじゃないっ!」

「できないなら話さないだけだわ。見たところ、そっちの小さい村人は短剣使いでぇ、あなたは火属性魔法の使い手ね。一度全身で味わってみたいと思っていたのよぉ、炎の魔法を」


 ご指名はキルシュみたいだ。

 でも優しい彼女に、そんな遊びで人を殺すようなことができるはずがない。

 ここは私が……いや、私だってしたくはないけど、でも――


「……やれば、話してくれるのね?」

「キルシュ!?」

「火の魔法なら、ナイフと違って直接触れなくてもいいわ。それに、血も飛び散らない。たぶん……私がやった方がいいのよ」

「んふふふ、じゃあおねがいしまぁす♪ あ、殺すって言っても死なないからぁ、思いっきりやってくれていいわよぉ?」


 女は頬を赤く染めて、潤んだ瞳でキルシュを見つめる。

 メイルのことを思ってか、キルシュも覚悟を決めちゃったみたいだし……もう私には見守ることしかできない。

 というか、血は飛び散らなくても、体が焼けたらそれなりにグロいと思うけど、そのあたり大丈夫なんですかね。


「行くわよ……ファイアーボール!」


 ゴォッ! とキルシュの手のひらから大きな火の玉が放たれる。

 炎は女の体に触れた瞬間、まともな人間なら粉々に砕け散るほどの威力で爆発した。

 建物全体が揺れる。

 女の声は、音にかき消され聞こえてこない。

 火の粉が周囲に散り、視界が晴れるとそこには――全身が焼けただれた、彼女の姿があった。


【EXP300 武器EXP300 を得ました】

【パーティメンバー キルシュ がEXP300 武器EXP300 を得ました】


 経験値も入るんかーい!

 ってことはあの女の人、ちゃんと一度は死んでるんだ。

 その上で、体の再生と同時に命を取り戻している。

 いくら人魚の肉の効果とはいえ、それってさすがにマズいんじゃ?


「はひゅぅ……はひゅぅ……」


 もはや呼吸すら不自由な状態。

 しかしその口元には笑みが浮かんでいて、全身を焼かれる痛みすら彼女にとっては快感なのだと思い知らされる。

 ド級の変態だ、この人。

 さらに、見ているうちに全身の火傷はぐじゅりと蠢き治っていく。

 だが元の形に戻るわけではない。

 治癒したうちの一部に鱗が産まれ、まるで魚のように形を変えた。

 特に腰回りには、いびつな形のヒレらしき器官が産まれている。


「ああぁ……いい……痛みね……んふふっ……」


 キルシュの頬もそりゃ引きつる。


「まだよ……まだ、足りないわ……私にもっと、熱さをちょうだい……!」


 まだ人魚の肉の持ち主の情報は話してくれそうにない。

 ただでさえ一発だけで血生臭い部屋に人の肉が焼けた匂いが加わって、嗅覚がおかしくなりそうなのに。


「……わかったわ、満足するまでやってあげようじゃない!」


 もうキルシュはヤケだった。

 こうなったら私も見てるだけとはいかない。

 イリュージョンスローを放ち、彼女の体に突き刺す。


「ふああぁぁぁんっ! 刺されるような痛み! 肉をかき分け挿入される冷たい感触! 最高よぉ!」


 うわぁ。


「モミジ……無理しなくていいのよ?」

「ううん、キルシュだけに任せるわけにはいかないから」

「……ありがとう。それなら二人で」

「うん、一気にケリをつけよう!」


 最終決戦みたいな雰囲気を出してますが、全然そんなことはありません。


「ファイアクラッカー!」


【EXP300 武器EXP300 を得ました】

【パーティメンバー キルシュ がEXP300 武器EXP300 を得ました】


「せいっ! てぇい!」


【EXP300 武器EXP300 を得ました】

【パーティメンバー キルシュ がEXP300 武器EXP300 を得ました】


「まだ、まだ満足しないわぁっ!」


【EXP300 武器EXP300 を得ました】

【パーティメンバー キルシュ がEXP300 武器EXP300 を得ました】


「このっ、とっとっと、話しなさいよぉっ!」


【EXP300 武器EXP300 を得ました】

【パーティメンバー キルシュ がEXP300 武器EXP300 を得ました】


「こっちのMPだってタダじゃないんだからねっ!」


【EXP300 武器EXP300 を得ました】

【パーティメンバー キルシュ がEXP300 武器EXP300 を得ました】


「いいわぁっ、いい刺激よぉ!」


【EXP300 武器EXP300 を得ました】

【パーティメンバー キルシュ がEXP300 武器EXP300 を得ました】


「こんのおぉおおおっ!」

「いい加減っ、これでっ、話してよぉおおおっ!」


 私も一緒にヤケになって、ひたすらに女性をいたぶる。

 順調に経験値が溜まっていくのも、なんか嫌な感じだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……この体になって、一番激しい責めだったわ……」


 かれこれ20回以上は殺したと思う。

 そこで、やっと女の人は満足した表情を見せた。

 一方で私たちは明らかにやつれ、体力以上に心の方が摩耗している。


「モミジ……私、頑張ったわ……」

「うん、キルシュは頑張ったね、よしよし」


 あのキルシュが私に甘えてくる始末だ。

 彼女の頭を撫でる私も、本当なら撫でて甘やかしてほしいぐらい疲弊していた。


 にしても――最初に見たときよりも随分と魚化が進行しちゃったけど、大丈夫なのかな。

 このまま行くと、本当に魚になっちゃいそう。


「ふふ……はあぁ……頭がぽーっとしてるわぁ。傷は癒えてるはずなのに、なんでなのかしらぁ……とても、幸せな気分……」


 あ、やばいやつだこれ。

 顔はもう半分以上が魚だし、背中や腰には完全な形のヒレができてるし、あと部屋に魚を焼いたときの匂いが混ざってる。

 体の中の肉も魚になってそうだ。


「……ん?」


 そのとき、私はふと気づいた。

 体の一部が魚になった人間……その姿に、見覚えがあることに。

 あれ、どこで見たんだっけ。

 こっちじゃない、元の世界に居た頃、動画? ゲーム? よく思い出せないけど、どこかでこういう姿をした化物を見たことがあるような。


「これでいいんでしょう、早く人魚の肉をあなたに与えたやつの名前を教えてっ!」

「んふふぅ……マルス様よ。マルス・ジェノス、ジェノス商会の社長さんで、この街の裏社会を牛耳ってる大物ぉ」

「マルス・ジェノス……」

「うかつに近づかない方がいいわよぉ? あの人、とぉっても危ない人だから。今までその罪を暴こうとして、消されたヒーロー気取りの人間は数知れず、だもの」


 彼女は今まで見せた表情とはまた違う、残酷な目つきで私たちを舐めるように見た。




 ◇◇◇




 情報収集を終えると、私たちはシャワーを借りて匂いを落とすと、店を出た。


「はあぁ……」

「うひぃ……」


 そしてほぼ同時にため息をつく。


「行き当たりばったりで入るには刺激的すぎる場所だったわね」

「うん、おかげで情報は手に入ったけど……」

「次からはもうちょっと慎重に動きましょうか」

「そうしよう、それがいい」


 好奇心だけで店に突っ込んだことを、互いに強く後悔していた。

 店のそばの壁にもたれて軽く休憩する私たち。

 すると誰かが近づいてきて――


「こらあぁぁぁぁああっ!」


 いきなり、大声をあげた。

 二人同時にびくっと驚いて、背筋がピンと伸びる。

 あ、この人、ギルドで会ったやばそうな人だ。


「あ、あなたたち、二人でなんて店に入ってるのよ! お姉ちゃん、アーシャをそんな子に育てた覚えはないわよっ!」

「撒いたと思ったのに……」

「こんな路地に入ったぐらいで私を撒けるはずがないでしょう! せめて人通りが多い場所にいるならまだしも!」


 そうしたかったんだけど、思った以上に路地の作りが複雑だったんです。


「アーシャのこと、知ってるんですか?」

「知ってるも何も、私はあなたの……って、何よその言い方。まるで自分がアーシャじゃないみたいじゃない! そういえば、さっきも“お姉さん”なんて他人行儀な呼び方してたわね!」

「モミジ、彼女と知り合いなの?」


 私は首を横に振った。

 よくわからない。

 少なくとも私は知らない。


「どういうこと……? あなた、どこからどう見てもアーシャじゃないの!」

「モミジは記憶喪失なのよ」

「記憶喪失!? いつからその状態なの? 体は大丈夫なの!? 少なくとも、蠱毒に向かう前は覚えていたはずよ!」


 すごい勢いで詰め寄ってくる。

 あれ、もしかしてこの人、私たちを殺すつもりは無い?


「森の中で目を覚ましたときには、もうこの状態で……」

「森――蠱毒が行われたあの場所ね。じゃあ結界はアーシャの意志ではない。いや、あるいはアーシャの体をイレギュラーが乗っ取ったか……」


 ウィリアは私に歩み寄ると、いきなり顔を近づけてきた。

 殺気は無い。

 でも相手は執行者、緊張して体がこわばる。

 その間も、ずーっと彼女は私の目を見ていた。


「あなた……私のこと本当に知らないの?」

「私は知らないです」

「いや、でも……私はあなたのこと知ってるわ、モミジ」


 そんなはずはない。

 私は、ついさっき初めて顔を見たぐらいなんだから。


「そう、そうだわ、乗っ取ったんじゃない。あなた、アーシャの中にずっといたでしょう」


 何を言ってるんだろう。

 私が目を覚ましたのは、本当に、あの森の中なのに。

 でも、確かに違和感はある。

 仮にここがマジサガの世界だったとして、私が知らないシステムが実装されているのはおかしい。

 それにプレイヤーの姿が無いということは、サービスが終了した後の可能性だってある。

 つまり、この世界はサービス終了によってプレイヤーが消えて、“独立した世界”となったマジサガの……いやいやそんな、だったら世界中に存在するゲームの数だけ、異世界があるってことになっちゃうよ。


「よくわからないです」


 私はそういう結論を出した。

 少なくとも嘘はついていない。


「そういう状態だったのね、ようやく謎が解けたわ。だからアーシャはあんな不思議な――」


 ウィリアは一人でうんうんと頷き納得している。

 本当に、わけがわからない。


「木の幹に頭を打った。その衝撃で入れ替わった? ううん、ひょっとすると死んだのかもしれないわね、あの子は。だから奥底に眠っていた存在が呼び覚まされた」

「さっきから何をぶつぶつと……! あなたは、あのリーガという男と同じ暗殺者なんでしょう? 私たちを殺しにきたのよね?」


 キルシュはウィリアに敵意をむき出しにして前に出る。


「そうね、執行者の本来の役目は、イレギュラーを殺すことよ。だからリーガは、あなたの居場所を家族から聞き出し、殺しにきた」

「自分は違うとでも言いたげね」

「私にはアーシャを殺すことはできないわ。今回の役目はあくまで調査」

「だったらわざわざ接触する必要はないはずじゃないっ」

「……そうなのよねぇ」


 キルシュの指摘を受けて、ウィリアは露骨に落ち込んだ。

 そして俯き、ぶつぶつと愚痴り始める。


「なんで私、声かけちゃったのかしら。いや理由はあるのよ? まあ理由と言っても単純にアーシャを見かけたらいてもたってもいられなくなったてだけなんだけどね? にしたってアホだわ、自分からイレギュラーと接触するなんて。あぁぁぁあ、これがバレたら絶対にまた怒られるわ! 特にティンクルとかめちゃくちゃ怒ってくるわー!」


 次第に声は大きくなり、最終的に天に向かって吠えるウィリア。

 私たちはぽかんとするしか無かった。


「いや、待って。これは私が悪いんじゃないの! どう考えても、あんないかがわしい店に入っていったあなたたちが悪いのよ! あんなの見たら声もかけるでしょう!」

「でもギルドの時点で声はかけてきてましたよね」

「そうだったわぁぁぁぁ!」


 彼女は大声で嘆きうずくまる。

 ちょっとうるさいけど面白い。

 この人が暗殺者だとはとても思えないんだけど――背負ってるあの棒、たぶん武器だよね。


「……もうこうなったら仕方ないわ、切り替えていきましょう。まずは話してもらうわよ、どうしてこんなお店に入ったのか!」


 さて、どうしたものか。

 まずメイルのことは話してはならない。

 だって彼女たちの狙いは、たぶん“イレギュラー”なんだから。

 そこにはキルシュも含まれているはずで、なぜ問答無用で殺しに来なかったのかは――調査だから、ってことなのかな。

 だとしても、メイルまでその対象に含まれているかはわからない。

 かと言って、私とキルシュがそういう趣味だって言ったら角が立ちそうだし――


「わ、私とモミジがそういう趣味だからよ!」


 立てに行ったー!?


「嘘ね」


 即切り捨てられる。

 そりゃそうだ。


「な、なんで嘘だって言い切れるのよ!」


 まだ食い下がるんだ。

 すごいガッツだよキルシュ。


「いや、どう考えても嘘じゃない! 本当に趣味なら、そんなやつれた顔して出てこないわよ!」

「そ……それは……その、プレイが激しすぎたのよ!」


 何をおっしゃっているんですかキルシュさん。


「な、プレイなんて破廉恥な言葉を使っちゃいけないわ!」


 そして何で顔を赤くしてるんですかウィリアさん。

 ついでに言うと論点が微妙にずれてますよ。


「はぁ……呆れた。まさか私が、人魚の肉の情報も掴まずにここにいると思っていたの?」


 あ、知ってたんだ。

 まあそうだよね、こんなお店の女の人が簡単にしゃべるぐらいなんだもん、組織なら、情報を掴んでてもおかしくはない。


「知ってたんですね」

「これでも組織の一員よ、甘く見られちゃ困るわ。でもあなたたちがどこでその存在を知ったのかは気になるわね」


 そう来たか。

 ここはメイルのためにも、どうにかして誤魔化さないと。


「どうにかして誤魔化さないとって顔をしてるわ、何を誤魔化すの?」


 うぇ、顔だけでそこまでわかっちゃうの?


「なっ……何も、誤魔化しませんよ」

「嘘をつくときは目をそらさない! あと冷や汗もコントロールする! 基本中の基本でしょう!」


 怒られてるのかアドバイスされてるのかよくわからない。

 ただ――この人が、尋常じゃなく鋭いことだけはよくわかる。

 これはメイルのことを隠すのは厳しいかもしれない。


「そうね、いくら訓練しても私ぐらいになると嘘ぐらい見抜けるのよ。だから素直に話しなさい、悪いようにはしないわ!」

「モミジ、この人の話に付き合う必要はないわ。行きましょう」


 キルシュは逃避を選択した。

 私の手を引いて、その場を離れようとする。

 確かに嘘を突き通すならそれが利口な選択かもしれない。

 けど――それは、彼女に戦う力が無かった場合の話だ。


「その選択が過ちってことぐらいわかるでしょう?」


 ウィリアは背中の棒を前に構える。

 すると内側から液体のようなものが溢れ出し、ぐにゃりと形を変え、刃渡り1メートルほどの“鎌”へと姿を変えた。

 さらに彼女の姿は消え、スキルすら使わずに目にも留まらぬ速度で私たちの前方へ移動、刃の選択をキルシュの喉元に突きつける。


「速い……っ!?」


 少なくとも、あのリーガとは桁が違う。


「確かに私は甘いわ、けれどここでデミイレギュラーたるあなたを逃がすほど愚かではない! でも逃げなければ悪いようにはしない、殺しもしない――抵抗さえしなければ!」

「……わかりました、お姉さん。話しますから、キルシュを解放してください」

「モミジっ!」


 メイルが殺されてしまうかも知れない、キルシュは視線でそう訴えている。

 でも逃げれば、私たちが殺される。

 素直に話せば、メイルが殺されない可能性はまだ残る。

 どっちを取るべきかは明白だ。

 それに、この肉体の本来の持ち主――アーシャとウィリアが顔見知りだというのなら、彼女の“甘さ”を私なら引き出せるかもしれないから。


「素直なのは嬉しいけど……できれば口調はもっと砕いて、“お姉ちゃん”って呼びなさい! じゃないと寂しいでしょうが!」

「わかった、お姉ちゃん」

「よしっ!」


 キルシュの喉元から鎌が離れる。

 それでいいのか暗殺者。


「じゃあ正直に、素直に、キリキリと話しなさい! あなたたちはどこで、人魚の肉の存在を知ったの?」

「ネキスタに入る前に、下半身が切られた人魚と会ったから」

「死んでいたってこと?」

「モミジがポーションを使って助けたのよ」

「ポーションにそんな力があるわけないでしょう」

「私もそう言いたかったけど、モミジが使うとそうなるんだから仕方ないじゃないっ」

「……本当なの、モミジ」


 ウィリアはどうやら、私のことをアーシャと区別してくれるようになったみたいだ。

 それでも“お姉ちゃん”って呼ばせたがるのはよくわからない。


 それはさておき、私は自分の能力を素直に話した。

 彼女に嘘なんてつけないし、ウィリア個人と敵対する意志は無いことを明確に示して、印象を良くしておきたかったからだ。

 それがメイルのためになると思ったから。


「明らかにイレギュラーの能力ね、しかもS級じゃない。B級なんてとんでもない!」

「B? S? 何のことを言っているの?」

「そういう区分があるのよ、イレギュラーに関してね。アーシャなら知ってるはずだけど……本当に何も覚えてないのね」


 アーシャなら、か。


「やっぱり排除を……いや、そんなこと私にできるはずが。プロフェッサーに連絡して例の“善性イレギュラー”に認定してもらう? でも他の執行者になんて言われることか……」


 眉間にしわをよせ、ぶつぶつと呟くウィリア。

 彼女にも彼女なりの葛藤があるみたいで。

 私には、どうにかして私たちを傷つけない方法を探しているように見えた。

 良い人、ではあるんだろうな。たぶんだけど。


「はぁ……今は保留するしかないわね。モミジ、あなたの力で人魚の傷が癒えたことはわかったわ。そこから彼女はどこに行ったの?」

「関所近くの川に今もいると思う」

「そこに行けば会えるのね?」

「知ってる人の前にしか姿は現さないって言ってたわよ」

「だったら二人を連れて行くわ、それで会えるんでしょう?」


 会えるとは思う。

 けどそれは、メイルの信頼を裏切る行為でもある。

 かと言って、“メイルに危害を加えないなら会わせてあげる”などと条件を付けられる立場でもない。


「モミジ、お姉ちゃんがそれぐらいもわからないで話してると思ったの!?」


 すっかり姉気取り……というか、実際アーシャにとってはそういう存在だったんだろうな。

 私は別人だし、申し訳ない気持ちはある。

 と言っても、私にどうこうできる問題じゃないんだけども。


「わきまえてるわよ、ちゃんと。その人魚がイレギュラーだったとしても、あくまでこちらも調査の一環。今回は危害を加えないと約束するわ。それに、どうやら話せる(・・・)相手みたいだしね」


 信用できるできないの問題ではなく――信用するしかなかった。

 どうせ拒否権は私たちにはない。

 いや、ひょっとすると器神武装を使えば勝機は見えるかもしれないけど、ここは街の中。

 無関係の人を巻き添えにはできない。


「モミジ……連れて行くのね?」

「今はそうするしかないよ」


 ここで戦う気にはならない。

 でもいざとなれば――もしもメイルに危害を加えようとした場合は、いつでもナイフを抜けるようにはしておきたい。

 どうせ勝てないとは思うけど、せめて彼女が逃げる時間ぐらいは稼げるだろうから。




 ◇◇◇




 私とキルシュは、ウィリアを連れて街の外に出た。

 そして関所を通り、川の方へと向かう。

 と思ったら、ウィリアだけは関所を避けて別のルートを通るらしい。

 曰く、彼女の職業は“死神”。

 かなり鎌適正の高い上位の職業ってことで、衛兵に目をつけられる可能性があるからだとか。

 確かに死神って、かなりレアだよね。

 相当運がよくないと引けないジョブだったはず。


 私たちは茂みに入ったところでウィリアと合流した。

 そのまま前に進み、川へと向かう。


「あー、モミジとキルシュだ。ほんとにきたんだねー」


 あっさりと顔を出すメイル。

 警戒感の欠片もない。

 そしていつの間にか海藻で作ったらしき下着を身にまとっていた。

 器用だ。


「その女の人はだれー? 知り合いー?」

「うん、そう。悪い人じゃない(・・・・・・・)から安心していいよ」


 わざとらしく言って釘をさしておく。


「そっかー、確かに顔を見ても人がよさそうだねー。わたしはメイル、見ての通りの人魚だよ。よろしくねー」

「……本当に人魚だわ。私はウィリアよ、短い付き合いでしょうけどよろしくお願いするわ」


 その言葉には含みがある。

 さらにちょっと殺気立ってた気がするけど……本当に手は出さないんだよね、この人。


「あなたの肉がネキスタで流通しているのね」

「んー、そうみたいだねー。でもー、よくよく考えてみたんだけどねー、わたしのお肉を食べても不老不死になんてならないと思うんだー」

「どうしてそう思ったの?」


 最初に殺気を発してしまったことを反省してか、ウィリアの口調は柔らかだ。

 もっとも、メイルは微塵も彼女のことを疑ってないから、無駄な行動なんだけども。


「確かにねー、わたしがここに来る前、仲間たちと一緒に暮らしてたときもー、密猟者はいたのー。そしてー、人魚のお肉を食べると不老不死になるー、って話もあったみたいなんだけどねー、それはあくまでー、滋養強壮? 健康? そういうのに効くって話であってー、本当に死ななくなるわけじゃ無かったと思うのー」


 つまりは宣伝文句。

 エナジードリンクが『翼をさずける』とか言っちゃうアレだ。

 商品を他人に売りつけるとき、実際の効果よりも大げさに表現するのはよくあることで――人魚の肉の不老不死というのも、その一環ということみたい。


「あとは味ー? 蛋白でぇ、脂も乗っててぇ、一部の魚好きが好んで食べてたとかー」


 まあ、魚肉だもんね。それも青魚系の。

 骨も少なくて食べやすいとなれば、求める人間はいるかもしれない。

 それでもまともな人は、上半身が人間って時点で同族喰らいみたいなもんだから、そんなことしないとは思うけど。

 どのみち、裏ルートでの流通になってたと思う。


「どの世界にも悪趣味な人間はいるものね。それと、仲間が食べられてる話をしてるんだから、もうちょっと深刻な話しなさい!」

「そうは言われてもー、密猟者も取り締まりを受けてたから滅多に出なかったしー、私の周りはみんな無事だったからー」

「……そ、そう。ならいいのだけれど」

「けど、だとしたらどうしてあの女性は不老不死になっていたの?」


 キルシュの疑問はもっとも。

 私たちが出会ったバーの女の人は、間違いなく不老不死だった。

 それも、再生のたびに体が魚に近づいていくという特徴もあって……わざとらしすぎるほどに、人魚の肉の副作用っぽさがある。


「ねえお姉ちゃん……メイルの他にイレギュラーが存在するって可能性は無いの?」

「私もそれは考えたわ。だとしたら――そのイレギュラーはかなり頭の回る奴よ」


 そいつは少なくとも、人魚の肉に不老不死の伝承があることを理解し、なおかつイレギュラーが危険な存在として組織に狙われることを知っている。


「それに、さっき言ってた店の女性……体が再生するたびに魚みたいな姿になってたって。不老不死にできるだけでもとんでもない力なのに、それに加えて魚の姿に変えるなんてそう簡単にできるわけがないじゃない!」

「つまり、やっぱりメイルの肉が原因だってこと?」

「体に鱗ができて、ヒレも生えてきて、顔も魚に……」


 ウィリアの視線がメイルの顔をじっと見たまま止まる。

 メイルは意味もなく「やっほー」と手を振ってそれに応えた。


「ねえ、あなたの世界の人魚の中で、上半身が人間なのはあなただけ……だったりはしない?」

「んーん、みんなそうだったよー」

「雄は上半身が魚で下半身は人間だったとか」

「あはは、なにそれおもしろーい! 人魚には男なんていないよー? わたしたち、女だけだからー」

「じゃあ、どうやって産まれてきたのよ!」

「そのへんからぽこって」

「そんな簡単に産まれるわけがないでしょうが!」

「怒られてもー、産まれたものは産まれたから仕方ないよ。わたしたち水の精霊だから、綺麗な水があると勝手に増えるのー」

「水の……精霊? そういうのもあるのね……」


 つまり繁殖を必要としない種族。

 だから女の人ばっかりなんだ。

 あとついでに言うと、たぶん全員美人っぽい気がする。


「だとするとますますわからないわね。人魚の肉を食べた女の体が、人魚に近づいているとして――」

「顔まで魚になる理由がわからないと言いたいの?」

「そう、それよ! それに、本当に不老不死の効果があるなら、いくら取り締まりがあるからって密漁をやめたりはしないわ。それでもこのメイルというイレギュラーがこんなにおっとりとした、他者を警戒しない性格になったということは……人魚の肉に、不老不死の効果が無い可能性は十分に考えられる」


 まだ可能性に過ぎない。

 人魚の肉を食べた人を殺せばはっきりするけど、そんなことできないしね。

 少なくとも私には。


「他にイレギュラーが存在する可能性が少しでもあるのなら、それを考慮した上で、もっとも危険性の高いものを優先的に排除しなければならない……メイル、ひとまずあなたも監視対象にするわ!」

「んー? よくわかんないけどー、わたしとお友達になるってこと?」


 がくっと崩れるウィリア。

 私とキルシュも思わず笑った。


「いいよー、ウィリアも悪くなさそうだしー、よろしくねー?」

「……掴みづらい性格をしてるわね。まあいいわ、そうと決まればこんな川に放置しておくわけにはいかないわ! どうにかして常に監視しておける場所に移動するわよ!」


 するわよ! ……って、私たちに手伝えってことだよね。

 敵かもしれないってのに、よくそんなこと頼めるよねー。

 能天気なのか、はたまたそんな必要はないと舐められているのか、あるいは……ただの甘い人なのか。


「わたし重いよー?」

「持ち上げれば運べないことは無いと思うわ、でもどうやって見つからずに街の中に入るかが問題ね」


 私とキルシュは頭を悩ませる。

 するとメイルが、「ねえねえ」と私に手招きをした。


「どうしたの?」

「もっともっと」

「もっとって、こう?」


 催促されて私はさらに顔を近づけた。

 ほぼ四つん這いの姿勢になって、川の水面もすぐそこに迫る。

 そして――メイルの冷たい両手がガッ! 私の頬を掴み、引き寄せた。


「んっ……んんんーっ!?」


 ……へ?

 あれ、もしかしてこれ……キ、キスっ、キスされてる!?

 待って、待ってこれガチもんの、転生前含めてもファーストキスなんですけどー!?


「ちょ、ちょっと何やってるのよモミジ、メイル!」

「お姉ちゃんそんな卑猥なこと許さないわよっ!」


 後ろの方で何やらぎゃーぎゃー騒いでる。

 でも私の胸の方がそれ以上に騒いでる。

 ナンデ!? ナンデコウナルノ!? オカシイヨ!

 私はただ顔を近づけただけなのにー!


「ぷはぁっ!」


 メイルは満足げな表情でようやく唇を離す。

 そして両手で川岸に上がると――両足(・・)で地面に立った。


「下半身が……魚じゃ、ない?」


 唖然とするキルシュ。


「か、か、かっ、下半身を隠しなさいよ変態っ!」


 顔を真っ赤にするウィリア。


「……へ?」


 相変わらず唖然としたままの私。


「ごめんねー、許可とったらさせてくれそうになかったからー、強引にやっちゃったー」


 メイルはてへ♪ と舌を出して、反省している雰囲気はない。


「いや、その、なんで? もしかして、キスしたら、人間になれるとか?」

「そうだよー、キスしたらねー、24時間は人間でいられるのー」


 まさかそんなシステムが。

 というかその世界の人魚を作った神様、ロマンチストすぎるでしょ!


「でもねー、ただのキスじゃダメなんだー。もう一つ条件があってー」

「それは?」


 私は聞き返す。

 すると彼女は、


「人魚がー、王子様として認めた人とキスしないといけないんだー。つまりはー、そういうこと」


 そう言って、照れくさそうに「にひひー」と笑った。

 その発言を受けて、キルシュとウィリアがさらに騒いだのは言うまでもない。





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