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014 イレギュラー、その定義

 





『うひゃあぁぁぁああああっ!』


 私とキルシュは同時に飛び上がり、抱き合った。

 ひたすら前を目指す上半身だけの女性を見ていると、体が震える。

 もっととんでもない光景も見たけど、こういう不意打ちはまた違うっていうか、方向性が違うっていうか!


「な、ななな、なんで下半身が無いのよっ!?」

「わか、わから、わからないよぉ! なんであれで生きてるのかもわからないしっ!」


 切断面からはリアルタイムで血がでろでろと流れている。

 うひいぃ、見てるだけで腰のあたりがゾワゾワするぅ!


「ひ、人、なの?」

「わかんないよぉ」

「人じゃないならなんなの!?」

「わかんないよぉ!」


 わかるはずもない。

 あんなの、ホラー映画ぐらいでしか見たことないやつだ。

 人だとしたら、助けた方がいいのかな。

 でもどうやって? 下半身を見つけてきてぴたってくっつけるの?

 無理じゃない!?


「ひええぇぇぇええっ!」

「ど、どうしたの?」

「どろって! どろってなんか出てきてるわ!」

「どろ……? ひいぃ!?」


 モツだ。

 モツがどろって外に出てきて、それをずるずる引きずってる。

 人の中身ってああなってるんだって、知らなくてもよかった知識が頭に刻まれていく。


「ど、どうしましょうか、どうしたらいいのかしら!」

「治す……?」

「治せるの?」

「方法は、あるかも、しれないけど……」


 ひとまずメニュー画面を開く。

 そこには、一つ前に立ち寄った町で購入した10個ほどの水薬(ポーション)が入っていた。

 500mlペットボトルを思わせるサイズの、瓶に入った薬でかなりかさばるけど、インベントリに入れば255個までスタックできるから問題ない。


 ところで、このポーション、町の雑貨屋では一種の“栄養ドリンク”として販売されていた。

 病気のときに回復を早めたり、怪我したときに自己治癒力を高める効果があるんだとか。

 けれどもインベントリから“アイテム”として使った場合は、HPを回復する効果がある。

 100って数字がどれぐらいの効果を持つかはわからないけど――明らかに、飲んだときとは効果が違う。

 試してみる価値はあると思った。


 私はキルシュと腕を絡めたまま、恐る恐る上半身だけガールに近づいていく。

 近づくと血の匂いがむわっとせり上がってきて、ヴィジュアルとの相乗効果で恐ろしさが倍増する。

 でも、怖がってる場合じゃない。

 怖いんならなおさらのこと、早く治してあげないと!

 今はまだ生きてるけど、明らかに私たちの声も聞こえないぐらい弱ってるみたいだし、目の前で死なれたりしたらもう最悪だから。

 ターゲット……設定。

 アイテム選択、ブルーポーション――使用。


 すると、ほわんっという不思議な音とともに、女性を光の粒が包んだ。

 でろりとこぼれ落ちた内臓が元の位置に戻り、さらに今まで無かった下半身の骨が復活する。


「骨が生えてきたわ! 少し治った……のかしら? モミジ、何をしたの?」

「ポーションをインベントリの中で“使用”したんだけどね。あれにはダメージを回復する効果があるから」

「ポーションって、ただの栄養剤よね」

「アイテムとして“使用”すると別の効果が発揮されるみたい」

「……使用? まあいいわ、いつものモミジの変な力ってことね」


 この辺の違いを説明するのは難しい。

 “変な力”って呼ばれ方はちょっと心外だけど、そういうことにしておこう。

 にしても、1個使っただけじゃこんなもんか。

 まあ、ゲームの中でも基本的に連打して使ってたもんね。


「ねえ、モミジ」

「んー?」

「骨の形、変じゃない?」


 グロいからメニュー画面ばっかり見てた私は、ここで初めてはっきりとそれを見た。

 確かに、足から先にあるのは太い一本の骨だけ。

 その両側から、枝みたいに小骨が突き出している。

 また先端には、腰よりも広い扇状の部位がくっついていた。

 ……って魚だこれ!?


「もしかして、この人……人魚なの? ねえキルシュ、この世界って普通に人魚が生きてたり」

「しないわよ、人魚なんておとぎ話の中の存在だわ!」


 ファンタジーな世界でも人魚は生息していないらしい。

 となると、この人は――一体どこからやってきたんだろう。

 まあいいや、とにかく人魚だろうとなんだろうと、まずは傷を癒やしてあげないと。

 さらに両腕の力だけで離れていく彼女を追い、ポーションを10個ほど連続で使用する。

 すると先ほどよりも多くの光の粒が女性の下半身を包み、傷を癒やしていった。


「すごいわ。切り落とされていたのに、こんなに簡単に傷が癒えるなんて……そして、この人やっぱり人魚みたいね」


 胴回りよりも太い、肉付きのいい下半身が、そこにはあった。

 正直、とてもぶにゅっと、弾力のある柔らかさが楽しめそうで、一回は抱きついておきたい……でも今はその時ではなさそうである。


「みずー……水が欲しい……あれ?」


 すると、さすがに本人も下半身が復活したことに気づいたのか、その動きを止めた。

 そして上半身を起こし、ひねり、足元――もといヒレ元を確認する。


「あれー? 治ってる、なんでー?」


 首をかしげるマーメイド。

 もうちょっとアダルトな女性を想像してたけど、喋り方からするにおっとり系のようで。

 というか髪が長いと胸って本当に隠れるんだね、健全だ。


「……あなたたちが治してくれたのー?」

「“たち”ではなくて、こっちのモミジが治したのよ」

「ふふふ、モミジー、ありがとねー」


 ぽやーっとした声でお礼を告げる人魚さん。

 聞いてるこっちまでぽやっとしてしまう。


「大したことはしてないよ。それより人魚さん」

「わたしはー、メイルって言うんだよー」

「メイルさん」

「呼び捨てでいいよー、モミジ」

「じゃあメイル……なんでこんなところにいたの?」


 ひとまずそれを確認しておかないと。

 でも、彼女が人魚ってことは――下半身を切り落とされた理由は、なんとなくわかる気がする。


「んーと、あのねー、わたし、みんなと一緒に海にいたんだけどー、ある突然、そこの街の空の上に飛ばされたの」

「空? ネキスタの?」

「うん、そう。空に空いた穴から落ちてー、ふわっと着地してー、よくわからない男の人にさらわれてー、売られた? のかな? よくわからないけどー、それで大きなお屋敷に閉じ込められたのー」


 言葉の意味はわかる。

 おそらく嘘はついていないだろうことも。

 けれど、一番最初の部分、“空に穴が空いて落ちてきた”って部分がどうにも解せない。


「キルシュ、空から落ちてくるってよくあることなの?」

「聞いたこと無いわね。でも、穴が空く現象は聞いたことがあるわ。10年ぐらい前から、まるでその部分だけ景色が剥ぎ取られたように、真っ黒な円が現れる現象が頻発してるのよ。そのまま“黒点”って呼ばれてるんだけどね」

「メイルはそこから出てきたってこと?」

「んー、わたしはわかんないかなー」


 首を傾げるメイル。

 髪が揺れて色々と危ない。


「それでー、お屋敷でー、そこに住んでる丸いおじさんがー、わたしの体を食べたいって言い出したのー」

「体を……食べる!?」


 息を呑むキルシュ。

 一方で私は納得していた。

 ……ああ、やっぱり、と。

 人魚の肉を食べた者は不老不死を得ることができる。

 そんな伝説は、世界中に分布している。

 似たような言い伝えがこの世界にあるのだとしたら――


「不老不死だか何だかしらないけどー、毎日少しずつ、わたしの体は削られていったの。痛くてー、辛くてー、苦しくてー、わたしはずっと泣いてたんだけどー、仲間には届かなかったのー」


 ゆったりとした喋り口調から緊迫感はあまり伝わってこないけれど、語るその表情は暗い。

 尾びれも物憂げに揺れている。


「最後はー、ちまちま取るのが面倒になったのかなぁ、大きな斧で斬られてー、そのまま捨てられると思ったのー。でも偶然逃げ出せてー、どうせ死ぬけどー、せめて水の中で死にたいと思ってー」

「それで川の方に向かってたんだ」


 メイルはこくんと頷いた。

 ここをまっすぐ進めば、先ほど渡った川にたどり着く。

 人魚として、そこに仲間がいないとしても、地上で野垂れ死ぬよりはそちらの方がいいってことなんだろう。


「でもー、モミジに助けてもらったからー、この体なら普通に川で生きていけると思うんだー。えへへー、改めてありがとねー、モミジ」

「どういたしまして。じゃあどうしよっか、このまま川まで連れていってあげた方がいいのかな?」

「……そうね、街の人間に見つかったら何をされるかわからないもの」


 早々食べようとはしないと思うが、見世物にされてしまう可能性は十分にある。

 そうは思いたくないけれど――人間って、そんなものだ。

 私はメイルに近づいて、どうにか運べないか思案する。

 というのも、上半身より復活した下半身の方が非常に重たそうなのだ。


「二人で協力して運ぶ?」

「いいよー、このまま這いずって川までいくからー」

「そうは行かないわ、綺麗な肌に傷がつくわよ」

「そうかなー……うーん、でもそうかもー、さっきは傷が痛かったから、擦れてても気にならなかったのかもねー。じゃあ、ご迷惑かけるけど、お願いしまーす」


 両手を広げてにへらと笑うメイル。

 キルシュといい、彼女といい、どうしてこの世界の人間はこうも美人ばかりなのか。

 それともたまたまそういう人たちに出会ってるだけなのかな。

 私はお姫様抱っこをするため、器用に曲げられたひざ――と言って良いのかわからない部分の下に腕を通し、体を抱えあげる。

 もっと、びくともしないのを想像してたんだけど、予想外に普通に持ち上がってしまった。


「うわぁ、モミジってば小さいのに力持ちだー。すごーい! でもわたし、重くなーい?」

「モミジ、無理しないでね。私も一緒に抱えるから!」


 間違いなく普通の人間よりは重たいはず。

 それでもキルシュの助けなしに持ち上げられたのは、たぶん――


「大丈夫だよ、キルシュ。このまま行けそうだから。レベルが上がったおかげで、力がついてるのかも」

「そんなにはっきりと効果が出るものなの?」

「みたい。ともかく、このまま運んじゃうねっ」

「おねがいしまーす」


 メイルの腕が私の後頭部に回される。

 すると、上半身が無防備にぴたりと密着した。

 この子もまた、スキンシップが平気なタイプ……!

 私はバクバク心臓を高鳴らせながら――


「……」

「キルシュ、なんでそんな凝視してるの?」

「んー? どうしてそんなに顔を真っ赤にしてるのかなーって」


 キルシュの指が私の方に伸びる。

 そして人差し指で、抵抗できないのを良いことに、ほっぺたをつんつんとつついた。

 もしかして、嫉妬されてる?

 私が、メイルに胸を押し付けられてデレデレしてたから?


「何かいいことでもあったのかなーって」


 今度は指がぐりぐりと頬にめり込む。

 今の状態でキルシュに“かわいい”とか言ったら怒られるんだろうなぁ。

 でも怒るキルシュの顔も見てみたいような、でも怒られたくはないような。


「んふふー、二人は仲がいいんだねー」


 このやり取りを見てそう思いますか!?


「いいなー、お友達ー。こっちに来てからは全然そういうの無かったからー、懐かしいなー」

「私たちで良ければ友達になるわよ」

「いいのー? キルシュだけじゃなくてー、モミジも?」

「もちろんっ! ここで会ったもの何かの縁だろうから、仲良くしよう」

「良かったー、見つけてくれたのが二人で。わたしー、本当にもう、死んじゃうと思ってたからー」


 人魚の肉に不老不死の効果はあっても、人魚自身は不老不死ではないみたい。

 とはいえ、下半身が切断された状態であれだけ長く活動できたんだから、普通の人間よりはずっと丈夫なんだろうけど。


 そのまま私はメイルを抱えて、川の手前までやってきた。

 失礼な考えだけど、近づくと魚臭いのかなって思ってたんだけど、全然そんなのことはない。

 普通の女の子……とはちょっと違うものの、甘くていい香りがする。

 下半身も、鱗で覆われてはいるものの柔らかくて、でも筋肉があるせいか強い弾力もあって、私の期待した通りの感触だった。

 ちなみに体温は上半身は普通の人間ぐらいで、下半身はちょっと冷たい。

 押し付けられた胸から感じる心臓の鼓動は、肌越しに感じられるほど強くて、ひょっとすると、心臓は少し大きめだとか、人間とは異なる身体的特徴はあるのかもしれなかった。


「ありがとねー、このまま地面に置いてくれていいよー」


 私は川の手前の草の上に、メイルの体を横たえる。

 すると彼女は腕の力とヒレを器用に使って、ドポンと川に飛び込んだ。

 そして体の感覚を確かめるように、円を描くようにその場で泳ぐ。

 最後に、まるでイルカショーのように、水しぶきを舞い上げながら高く飛び上がった。


「うわぁ……!」

「綺麗だね」

「ええ、まるで踊っているようだわ」


 水の粒や彼女の鱗が太陽にきらめいて、メイルを彩る宝石のようだった。

 彼女は再び水中に潜ると、ざばっと顔だけを水の上に出して、私たちの方を見る。


「すっかり体は元通りみたいー」

「それはよかった。それで、メイルはこれからどうするの?」

「んー、どうしよっかー。魚もいるからー、ひとまずこの川で生きていけるとは思うけどー」


 食料は魚なんだ。

 火も使えないし、生でバリバリ行くのかな……。


「ひとまずしばらく――モミジたちがこの街にいる間はー、この川にいようと思ってるー」

「ここに居て街の人に見つかったりしない?」

「平気だよー、普段は水の中で生活するからー。こうやって顔を出してお話するのはー、キルシュとモミジが来たときだけにするー」


 それが賢明だよね。

 でもそのあと――同じ人魚のいないこの世界で、メイルがどう生きていくのか。

 私には想像できないから、偉そうにアドバイスすることだってできなかった。

 キルシュも同じみたいで、楽しそうに泳ぎ回る彼女を見て笑みを浮かべながらも、どことなく不安そうだ。


「だからー、また会いに来てねー?」

「もちろんよ、今日中にでももう一回ぐらい来るかもしれないわ」

「それは嬉しいかなー、一人だとどうしても暇だからー」

「私たちも特に用事があるってわけでもないから、できるだけ会いに来るようにするね」

「うん、楽しみに待ってるー」


 やり取りを終えると、私たちは手を振り、川から離れる。

 メイルは完全に姿が見えなくなるまで、満面の笑みでブンブンと手を振っていた。

 そして――川からしばし離れた場所で、私たちは同時に足を止める。


「ねえモミジ、もしかしたらこれは私の思い込みかもしれないけど――」


 先に口を開いたのはキルシュの方だった。

 たぶん同じことを考えているのだろう、と理解していたから、静かに耳を傾ける。


「あの子、“イレギュラー”じゃない?」


 ……やっぱり。


「ちょうど私もそう思ってた。なんでイレギュラーなんて名前なのかと思ってたけど……この世界には人魚なんて存在しないんだよね?」

「ええ、聞いたことが無いわ」

「だったら、この世にありえないもの、って意味でそういう名前が付けられててもおかしくはないよね」


 黒点を通って、違う世界から現れたもの――それがイレギュラー。


 そういう意味では、異世界から転生してきた私もイレギュラーってことになるのかな。

 確かに、すでにこの世界に存在しない概念を持ち込んでるもんね。

 インベントリとか、スキルとか。

 でも、元を正せばマジサガのシステムとして存在したもので、この世界には元々あったはずだし――まあ、そんなことをあの黒ずくめの人たちに言っても無駄なんだろうけど。


「しかも黒点の数だけ存在するのだとすれば、イレギュラーは私たちが思っている以上にたくさん、この世に存在しているのかもしれないわ」

「黒点って、そんなに頻繁に現れるものなの?」

「この国に生きていれば、誰でも一度は見たことがあるんじゃないかしら。そこからイレギュラーが現れる姿を目撃した人はほぼいないみたいだけど」


 それはかなり頻繁だ。

 100――いや、ひょっとすると1000体以上のイレギュラーが紛れ込んでいる可能性だってある。

 その全員が、もしも私みたいな能力を持っていたとしたら、経済や力のバランスは完全に崩壊するだろう。

 あるいは、メイルの肉のように、不老不死が当たり前になれば、きっと世界は別の形に成り果てる。

 秩序は、崩壊するのだ。


「けれどその割には、大きな騒ぎが起きたという話はあまり聞いたことが無いわね」

「誰かが隠蔽してるんじゃない?」

「何のために?」

「国民を混乱させないため、とか。大きな地震や殺人事件、あと火事や洪水なんかも、中にはイレギュラーの仕業が紛れ込んでたりして」


 ここまで行くと陰謀論だけども、十分にあり得る可能性だと思った。


「だとすると、王国はイレギュラーの存在を把握してるってこと?」

「可能性は高いと思う」


 黒点が頻繁に現れるというのなら、調査はとっくに済んでいるはず。

 さすがに正体を掴んでいないなんて、これだけの国を運営する人間たちはそこまで無能ではないはず。


 その存在は、一部の因子を埋め込むだけで一人の人生を崩壊させる。

 ならイレギュラーそのものが暴れれば、一体どれだけの人間が犠牲になると言うのか。

 国を維持する人間としては、その大きな災厄に、国内を自由に動き回られるのは避けたいはずだ。


「その割には、軍が動いて排除している様子は無いわ」

「国民にはその存在を秘密にしてるんだから、別の秘密組織とかが動いてるんじゃない?」

「それって……」

「……あ、そういえば」


 黒ずくめの暗殺者、リーガ。

 彼は一人ではなく、子供を連れて動いていた。

 それに“クラスⅨ”とか“執行者”とか、聞き慣れない言葉も使っていたし……何らかの組織に属している可能性は高い。


「あの暗殺者組織は、実は国の命令で動いていて」

「人知れず民をイレギュラーから守るために戦っていた?」

「……それじゃあ、まるっきり私の方が悪役ね」

「でも依頼を受けたって言ってたし、違うんじゃない?」


 本当にそんな正義の組織なら、金銭のやり取りが発生する必要もない。

 何より、化物を相手にするのに、あんな子供を爆弾にして使うなんて非人道的な手段、必要ないはずなんだから。


「情報が少なすぎるわ、考えたって仕方ないわね」

「だね、私たちは私たちに出来ることをしないと」

「じゃあその出来ること――メイルは、どうしましょうか」


 川にいる限りはそう簡単には見つからないし、捕まらないとは思う。

 それに、下半身が切り取られてたんだし、やった人間も、さすがにもう死んでると思ってるんじゃないかな。


「誰にも気付かれないように、そっとしておくしか無いと思う」

「そうね……彼女が静かに暮らせるように、誰にも知られないようにしましょう」


 できることなんてそれぐらい。

 私たちが口を噤みさえすれば、しばらくはその存在を知られることも無いだろう。


「あと問題は、人魚の肉がネキスタに出回ってる可能性、だけど」

「人魚の肉で不老不死、確かにそんな話は聞いたことがあるわ。けど実際のところどうなの? 本当に不老不死になんてなれるのかしら」


 そこは私も疑問ではある。

 正直、切り取ってしまえばただの魚肉だ。

 そこに、都合よく人の体を不老不死にする力が込められているとは思えない。


「食べた人をみてみないとわからないよね」

「少し調べてみる?」

「首を突っ込むことになるけど、キルシュはいいの?」

「メイルとはもうお友達よ、放っておくわけにはいかないわ」


 躊躇なく言えるキルシュの笑みが眩しい。


「それじゃ、ギルドで依頼をこなしながら、人魚の肉の流通について探ってみよっか」


 予想外の出会いを経て、私たちはようやくネキスタに足を踏み入れる。

 面積はノルンの4倍、人口はさらに多い。

 この街の中で、人魚の肉の行方を探るのは大変そうだけど――


 一切れならともかく、切り落とされたのはあの巨大な下半身全てだ。

 一人前にするには多すぎる。

 メイルを捕まえた人間が、もう用済みになったので肉を切り離して売り払おうとした――私の頭には、そんなシナリオが浮かんでいた。

 当然、そんな胡散臭い物が流通するのだから、表のルートではない。


 そう考えると、調査対象は随分と絞ることができる。

 悪評高い商人とか、裏の世界とつながりを持つ貴族とか、そのあたりだ。


 私たちは宿を決めると、まずはこの街に関する基本的な情報を収集するため、ネキスタギルドへと向かうのだった。






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