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013 フィフティ・フィフティ

 





 ノルンを経ってから約1日半。

 私たちは目的地であるネキスタの手前にある町で、夜を明かすことにした。

 町の規模はノルンよりも少し小さいぐらいだろうが。

 とはいえ、かつてマジサガに存在した田舎町よりも面積は広いし人口は多い。

 やっぱり、魔物を倒せる人間――つまりはプレイヤーが不在であることで、小さな町を維持することは難しくなり、自然と一箇所に人口が集中するようになったんだと思う。

 結果的にそれぞれの町は賑わってそうだけど、リザード車を使っても半日とか、下手すると隣町まで一日かかるわけだから、商人や世界を渡り歩く冒険者、あとはインフラを維持する貴族たちも厳しい生活を迫られてそうだ。

 まあ、私にはそんなこと関係ないんだけどね!


 その日の夜、宿でキルシュと二人きりになった私は、とにかくワクワクしていた。

 ついにその時がやってきたのだ。

 すでに彼女は破れないよう上着を脱いで、下着姿になっている。

 つまり準備は万全。


「はやくっはやくっ」

「そんなに急かさないでよ。というか……本当に、そこまでみたいの?」

「約束したよね」

「見せないって言ってるわけではなくて……ああもう、わかったわよ、好きにすると良いわ!」


 ほんのりやけくそ気味な気もするけど、約束は約束なんだから仕方ない。

 キルシュは緊張した面持ちで、例の言葉をつぶやいた。


「目覚めよ、傲慢なる欲の象徴よ」


 それがトリガーとなって、キルシュの中に宿る蜘蛛の因子が目覚める。


「……っ、う……ふ……!」


 ボコッ、と内側から何かがせり出そうと、背中が蠢く。

 彼女自身も苦しげに唇を噛んでいた。

 けれど、それは別に痛いからではないらしく、どうしても体が強張ってしまうのだという。


「ん……く、ぅ……!」


 前回と違って、キルシュは声を出すのをこらえているようだった。

 それ……むしろ前より色っぽく見えるんだけど、わかっててやってるのかな。


「ふ、ぐ……ああぁっ!」


 皮膚を突き破り、ズルゥッ、と蜘蛛の足が背中から飛び出す。

 しかし血は出ていない。

 これで痛くないっていうのも不思議なものだ。


「あ……は……あうぅ……!」


 さらに彼女は両手で顔を覆う。

 すると両手の隙間から角がせり出し、おそらく――手のひらの下では、目の変化も終わったんだろう。

 しばしその体勢のまま呼吸を整えていたキルシュは、ゆっくりと顔を私の方に見せてくれた。

 黒い眼が4つ、天井にぶら下がったランプに照らされて、つぶらに輝いている。

 私の頬は思わず緩んだ。

 だって……やっぱり、かわいいんだもん。


「……どう?」


 キルシュは不安げに問いかけた。

 まだ完全には私の言葉を信じきれていないみたいで。

 そりゃそうだよね、ずっと今まで醜いって言われ続けてきたんだもん。

 ここ数日で出会った女の子の一言二言があったからって、すぐに変わるもんじゃない。

 だから――ってわけじゃないけど、私は素直に感じた言葉を口にする。


「かわいいよ、キルシュ」


 すると彼女はほんのり赤面して、口元を緩ませた。

 見せる前は嫌がる素振りをしていたけれど、褒められるとやっぱり嬉しいみたいで。

 はにかんだキルシュを見ていると、私も嬉しい。

 でも今日は、観察するだけじゃないんだよね。

 ふっふっふ、約束は約束だもん、しっかり触らせてもらおうじゃないか。


「さあさあ、じゃあベッドに座って」

「どうしてベッドに?」

「立ったままじゃ背伸びしないといけないから」

「……わかったわ」


 私よりキルシュの方が身長は10センチ以上高い。

 じっくり観察するには、座ってもらわなければならないのだ。

 ベッドの縁に腰掛けた彼女は、手をわきわきさせながら近づく私を、不安げに見つめている。


「ぐへへ……まずはどこから触ってやろうか……」

「あ、あんまり変なところは触っちゃダメよ?」

「大丈夫だよう、変身してる部分しか触らないから」


 私はまず、角から堪能させてもらうことにした。


 単純に蜘蛛に変化してるとすると、角なんて生えてくるのはおかしい。

 つまりキルシュに埋め込まれているのは、虫じゃなくて、蜘蛛をモチーフにした魔物とか、悪魔とか、そういった類の存在なんだと思う。

 アラクネー、って言ってたっけ。

 確かギリシャ神話に出てくる、下半身が蜘蛛になった女の人のことだっけ。

 悪魔やら神様やらが出てくるゲームで見たことがある気がするけど。

 でもあっちには角なんて無いし、私には、彼女の姿はアラクネーというより、日本の妖怪である“鬼”に近いような気がした。

 土蜘蛛とか、女郎蜘蛛とか。

 まあ、どちらにしてもマジサガの世界観には合わないんだけどね。


 それはさておき、私はキルシュの角に触れる。

 白いそれは、若干のざらつきは感じるものの、まるでヤスリか何かで手入れされているようになめらかだ。


「……角には感触は無いんだね」


 キルシュのリアクションを期待したんだけど、何も反応はない。


「そうね、特別な力も無いみたいだし、ただの飾りって感じかしら」


 ほんのちょっぴりがっかり。

 別にくすぐったがるキルシュを期待してたわけじゃ……いや、してたけども。

 してましたけども。


 続けて私は腰をかがめて、至近距離でその瞳を見つめた。

 瞳にある2つの眼球は本当に真っ黒で、ランプの明かりを反射しててかっている。

 本来の2つの目の方も似たようなものだけど、よく見てみると、元々黒目だった部分がほんのり残っているらしい。

 私が動くと、その黒目の部分がこちらを追った。


「これって、どんな風に見えてるの?」

「……」

「キルシュ?」

「……へ? あ……えっと……そう、ね。普通の目より、立体感があるわ。あと夜でもよく見えるわね」

「へえ、基本的には人間よりハイスペックなんだ。ところで、なんでそんなに真っ赤になってるの?」

「モミジの顔が近いからよっ!」


 ああ、なるほど。

 確かに、夢中になって観察したせいで、互いの吐息が聞こえるぐらい顔は近くなっている。

 おおっと、意識したら私の顔も熱くなっちゃったぞ……!

 とりあえず距離をとって、手で扇いでクールダウン。


「あはは、キルシュの目が綺麗だったから、つい」

「……そ、そう言われると何も言えないじゃないのよっ! もういいわ、どうせ次は足を触るんでしょう? ほら、どうぞ」


 キルシュは私に背を向けると、ベッドの上に正座した。

 蜘蛛モードでちょこんと座る彼女の後ろ姿は、もうそれだけで好き。

 微妙に動いてる足とか見るだけでキュンキュンする。


「おじゃましまーす」


 私はキルシュに見られていないのを良いことに、ニヤニヤを隠しもせずに近づいた。

 そしてその付け根に、そっと触れる。


「うひぃんっ!」


 おやおやぁ? この反応は……?

 さらに、足がせり出したせいかぷっくりと膨らんでいる付け根周辺の肌を、指先でなぞった。


「ひ、ひやぁぁあああ……!」


 背筋をピンと立てて震えるキルシュ。

 そう、これ! こういう反応が見たかったの!

 ハーピィ娘の羽の付け根とか、猫娘のしっぽの付け根とかさぁ!

 わかるかな? 伝わるかな? この付け根に秘められたロマン!


「ま、待ってモミジ……!」

「えー、私はただ足を触ってただけだよぉ?」

「そこは足じゃないわっ、肌よ! ルール違反だわ!」


 言われてみればそうだ。

 むむむ、これは仕方ない。

 大人しく足そのものの方を愛でるしかないですなぁ。


「じゃあこっちも……」


 私は一番上の足を、さわさわと撫でる。

 表面の硬い感触を楽しむように、手を当てて、ゆっくりと上下させた、


「ん、ひぅ……」


 その度に、キルシュの喉から声が漏れる。

 こっちにもしっかり感触があるようで。

 つまり完全に、彼女の体の一部になってるってことだ。

 普段はどうなってるんだろう。

 見た目通り、体の中に埋もれているのか。

 それとも、不思議な力で合言葉を口にしたときだけどこからともなく現れるのか。

 何となく後者な気がする。

 埋もれてたら、日常生活に何らかの形で支障をきたしそうだもんね。


「かなり丈夫そうだね。関節も、特別弱いってわけじゃなさそう」

「急に真面目に分析するのね……」


 今の私の中には、純粋な知的好奇心と、長年続けてきたオタクとしての恥的好奇心が同居している……。

 実際、モンスター娘と遭遇したらどっちを優先していいかなんてわかんないじゃん!?

 というか興奮でどっちもごっちゃになっちゃうじゃん!?


「ねえキルシュ、戦ってるときはこの足を自由に使ってたけど、やっぱり普通の手より力は強かったりするの?」

「そうね……大抵のものは斬れるわよ、金属でも何でも」


 とんでもないことをさらっと言われてしまった。


「キルシュの腕力とは関係なしに、そんなに強いんだ」

「ええ、だからいまいち、自分の体の一部だとは思えないのよ。生まれたときからずっと一緒にいるのにね」

「そういえば、肝心なことを聞いてなかったけど……イレギュラーって、結局なんなの?」


 とても今更だ。

 あんなことがあった直後だから、聞きにくかったっていうのもある。


「私もよくは知らないわ。お父様は大事なことをいつも話してくれない人だったから」

「じゃあお父さんが、イレギュラーってやつの“因子”とやらをキルシュに移植したってこと!?」


 頷くキルシュ。

 そんな……親だってのに。

 ううん、親だからこそ、なのかな。

 自分は子供の所有者だと自惚れているから、一人の人間として生まれてきた我が子をまるで道具のように使えるのかな。

 自分の体でやればいいのに。


「病を患っていたお母様は、私を産むと同時に命を落としたそうなの。だから……」

「産むまでの間に、どうするか考える時間は十分にあったはずだよ! お母さんが『産みたい』ってそう望んだから、キルシュは生まれてきたんじゃないの? だってのに、いざ産まれてきたらその娘に愛情を注がないなんて……どうかしてるよ!」

「……ありがとう、モミジ。あなたの心は十分に伝わってるわ」


 キルシュはそう言って、儚く笑った。

 でもたぶん、今だって、心の何処かで“自分が産まれたこと”に罪悪感を抱いてるんじゃないかな。

 本当は、父親がそれを取り除いてやらなくちゃならないのに、因子だか何だか知らないけど、得体の知れないもの埋め込んで、さらに追い込んで――


 私はうつむき、布団をぎゅっと強く握る。

 こみ上げる怒りを、どこにぶつけて良いのかわからない。

 するとキルシュはこちらを向いて、両手で私の体を抱きしめた。

 そのあと、蜘蛛の足でその上から優しく包み込む。

 人では与えられない心地よい束縛感が、心に染み込んでいく。


「今までの私は、それでもお父様や兄妹に縋るしか無かったの。だって、愛情も友情も与えられなかった私には、信じられるものは血の繋がりしか無かったから」


 すごくわかる。

 どれだけ世間に見捨てられても、何も無くなってしまえば、人はそこに向かってしまうもの。

 必要ないと思っていても、本当の意味で孤独になれば、寂しさに耐えられなくなるから。


「でも今は違うわ。はじめて、家族以外の誰かに寄りかかれてる気がするの。この調子で行けば、きっと、もっと」


 密着した体から伝わってくる体温と、柔らかな声の相乗効果で、胸が暖かくなる。

 今さらだけど、これすごい体勢だよね。

 キルシュ、上着を脱いでるからブラしか付けてないし、こう、あれが、直に……いや、直じゃないんだけど、それに近い状態で押し付けられてて。

 いかんいかん、今は真面目な場面なんだから、そんな下心にかまけてる場合じゃない。


「迷惑だったら途中で振り払ってね。ラインを引いてくれないとどこまでも沈んでしまいそうで、少し、怖いわ」

「まるで底なし沼みたいな言われっぷりだ」

「私にはそう見えるわ」

「そんなに底は深くないよ。それに、たぶん……どこまで行ったって、振り払わないと思う」


 それは私の欲していたものだから。


「私も、誰かに寄りかかられるのは、嬉しいから」

「本当に?」

「疑ってるの? 本当だよ、こんなことで嘘はつかないってば」


 キルシュはじっと、黒い瞳で私を見つめる。

 まるで心を見透かされているような気分だった。

 ……少し、怖い。

 でも、疑われているようで、その眼差しはどこか優しい気もして。

 しばらく見られているうちに、緊張はほぐれていった。

 不思議な感覚だった。

 たぶん、今まで一度も、感じたことのない――向けられたことのない感情。

 これが友達になるってことなのかな。


「……そっか。なら、これからもよろしくね、モミジ」


 屈託のない笑みでキルシュは言った。

 今まで気づかなかったけど、いつの間にか歯も鋭くなっていて、微笑む口元にちらりと見える尖った犬歯は、キルシュの中身とのギャップがあってチャームポイントになっている。

 彼女の笑みには、相手を幸せにする不思議な力がある、と私は思っている。

 だから自然と、私も彼女と同じようにニカッと笑っていた。




 ◇◇◇




 翌朝、私たちは再びリザード車に揺られて、今度こそネキスタに向かう。


「雨さえ振らなければ、夕方前には着きそうね」


 空は快晴、雲も無し。

 よっぽど運が悪くない限り、キルシュが心配しているような事態にはならないだろう。

 今回の同乗者は10名。

 ネキスタは大きな街だけに、近くなってくるとリザード車の利用者も増えてくるらしい。

 まだまだ定員には余裕があるけれど、私たちは肩をぴたりとくっつけて、隣合わせで座る。

 他の人がいると何となく雑談しにくくて、私たちはずーっと外の景色を眺めながら座っていた。

 私たちだけでなく、他の乗客も同じように考えているのか、車内はやけに静かだ。


 そのまま時間が過ぎていくとさすがに眠くなってきて、さらに揺れが心地よくなってきて、気づけば私は3時間ほど寝ていた。

 起きると、キルシュの頭が私の肩に乗っかっている。

 彼女も寝ていたみたいだ。

 まつげは長く、唇は赤く艶っぽくて、相変わらず、寝ているだけでも絵になっている。

 他の人から見たら、仲のいい姉妹にでも見えているのだろうか。

 少なくとも、私たちが冒険者だと思っている人はほとんどいないと思う。


 外を眺める。

 大きな川の向こうに、木々と塀に囲まれた街が見えた。

 あれがネキスタなんだろう。

 確かに大きい、ノルンの4倍ぐらいの広さはありそうだ。

 人の出入りも激しいみたいで、ここまで来ると、歩く人々やリザード車とすれ違う頻度も増えてきた。


「キルシュ、もう着くよ」


 ぐっすり眠るキルシュにそう声をかけると、彼女は目をこすりながら体を起こす。


「うぅん……もう、なの……?」


 ここでも寝起きの悪さを発揮するキルシュ。

 そのまましばらく、覚醒と睡眠の間にあるまどろみで、ぼーっと前を見ながら彼女は揺れていた。

 そして次第に意識がはっきりしてくると、「はっ」と目を見開いて私の方を見る。


「ごめんね、寄りかかっちゃって」


 あ、そこはちゃんと覚えてるんだ。


「私も寝てたからおあいこだよ」


 一方的に寄りかかられたというよりは、互いに頭をこつんとくっつけて、ぐーすか寝てたみたいだから。


 リザード車は、ネキスタの前に設けられた関所の手前で止まった。

 あそこを通ってしまうといくらかのお金を取られてしまうらしく、同じように止まり、乗客を下ろすリザード車が周囲にはいくつか見受けられた。

 荷車から降りると、私は外の空気を吸い込んで、解放感に「うーん!」と思いっきり両手を上げて背伸びする。

 ここでキルシュに「くすくす」と笑われるまでがセットだ。

 私、そんなに面白くみえるかなぁ……まあ、キルシュを笑顔にできてるんならいいんだけども。


「やっと着いたわね」

「着いたねえ」

「相変わらず大きい街ねえ」

「大きいねえ」


 手前から街を眺めながら、しみじみと言う私たち。

 まったくもって無意味な会話である。

 別に話の内容なんてどうでもよくて、リザード車で座りっぱなしだったから、しばらく休んでおきたいだけなんだけど。

 そうこうしているうちに、同乗者や、ほぼ同時に到着したリザード車の乗客たちは、早々にネキスタに入っていってしまった。

 関所で特に料金を払っている様子はない。

 個人で出入りする分には、特にそういったものを払う必要は無いのかもしれない。


「よしっ、それじゃあそろそろ行きましょうか」

「うん、そうし……よう……あれ?」


 前に進もうとした私は、ふと視界の端に、何か動くものが見えたような気がした。

 右を振り向く。

 そちらには草むらがあって、さらに先には木々が生い茂っている。

 よーく観察してみると、確かにその奥の方で、何かがガサガサと動いていた。


「何かあっちの方に向かったような」

「動物じゃないの?」

「人間の手みたいなものが見えた気がしたんだけど」

「見に行ってみる?」

「うん、そうしたいかも」


 もやっとしたままにしておくよりは、確認して、はっきりさせた方がいい。

 私たちは真っ直ぐ関所には向かわず、街道から離れて、茂みの方に進んだ。

 もちろん立っている衛兵さんは訝しんでいたけれど、それは仕方ない。


 前進する。

 私たちの足が動くたびに二人分の“ガサガサ”という音がして――さらにもうひとり分、ガサリと動く音がする。

 やっぱり、何かがいるのは間違いなさそうだ。

 けれど中々距離は縮まらない。

 歩幅を広げ、速度を早める。

 向こうの速度は変わらない、音は近くなった。

 そのままのペースで前に進む。


「……ず……」


 誰かが、何かの言葉を発する。


「今の……」

「人の声、だったよね」


 私たちは顔を見合わせ、頷きあった。

 追跡を続行する。

 もうすぐそばまで来ているはずなのに、不思議とその姿は確認できない。

 人間で、立って動いているのなら、もう頭ぐらいは見えても良さそうなのに。

 四つん這い? 匍匐前進? 私たちから隠れるために?

 その割には逃げるような様子は見受けられなくて、見つかるのは時間の問題だった。

 さらに一歩前へ。

 ガサリ――足元から、例の音が聞こえてくる。


「みず……みず……」


 声もはっきりと聞き取ることができた。

 “水”。

 その女性は、そう繰り返しながら前に進んでるみたいだった。

 視線が下を向く。


「みず……みずぅ……」


 青い髪の、上半身裸の女性が、腕の力だけで動いていた。

 這いずり、体をこすりながら、ひたすらに前へ。


「……え?」


 手を差し伸べようとしたキルシュの動きが止まる。

 同時に私も気づく。


「みず……みずを……せめて、みずの、近くで……」


 その女性には――まるで斧で切り落とされたように、下半身が存在しなかった。






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