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012 胎動

 





 王国西部に存在する、スタチュース家の領内。

 そのさらに西側に、彼らの城はあった。

 王国内では王城に次いで規模の大きなその建物は、最も高い場所まで登ることで、隣国を臨むことすら可能である。

 そんな城内に、キルシュの兄であり、スタチュース家の次男である“フィン・スタチュース”の姿があった。

 彼は重い足取りで廊下を進むと、とある部屋の前で足を止める。

 拳を握り、ノックしようとドアに手を近づけ――手を開き、閉じ、唇を噛み、躊躇する。

 背中はじっとりと冷や汗で濡れていた。


 フィンがここに呼び出されたのは、三日前のこと。

 すでにスタチュース領の一部の統治を任せられている彼のもとに、通信用の魔石で連絡があったのである。

 声の主は、言うまでもなく――父、ヴェイン・スタチュースのものだった。

 いつもより低いトーンで城まで来るように伝える彼の声には、明らかに怒りがこもっていた。


 フィンには、心当たりがあった。

 だがそれもスタチュース家のためだ。

 胸を張ってそう説明すれば、必ず父もわかってくれるはず。

 そう自分に言い聞かせ、勇気を振り絞り、コンコン、とドアを叩く。


「入れ」


 ヴェインはすぐに返事をした。

 フィンは震える手をもう一方の手で押さえながら、ドアを開く。


「し、失礼いたします」


 彼を迎えた父の表情は――作り物のように、冷たかった。

 完全なる無表情。

 そこからは一切、人間らしい感情は読み取れない。


「なぜ呼ばれたか、理由はわかっているな」

「……キルシュのことですか」

「裏でこそこそと動いていた割には、正直に答えるのだな」


 言葉には棘がある。

 彼の声が鼓膜を震わすたび、フィンの胃はキリキリと痛んだ。


「何故、殺そうとした?」

「……それは」

「何故、よりによって奴ら(・・)を使った?」


 畳み掛けるように、フィンの反論に重ねるようにして問いかけるヴェイン。

 今すぐにでも逃げ出してしまいたいほど最悪の状況だが、フィンとて伊達にスタチュース家の次男を名乗ってはいない。

 拳を握り、まっすぐに父の目を見て答える。


「あの女の存在が、スタチュース家の発展の妨げになると考えたからです」

「ほう、家のためだった、と」

「魔法適性も低く、デミイレギュラーなどという理解不能な技術を取り入れてもなお、役に立っていないではないですか! かと言って他の家との縁談が進むわけでもない。あんな女を学園に通わせたところで、金の無駄です」

「なるほど、そうか」


 ヴェインの声は、やはり無機質だ。

 バクバクと高鳴るフィンの心臓。

 部屋に入る前以上の冷や汗が手のひらをじっとりと濡らす。


「それで、奴らを利用した理由は?」

「奴ら、とは……」

「“秩序の履行”の執行者共だ」

「そ、それは……」


 実を言えば、フィンは彼らの組織の名前も、執行者という存在すら知らなかった。

 ただ、実績のある組織だと――これまで数多の暗殺を成功させてきた者だと聞いたから、金を渡し、依頼した。


「あちらから、接触してきたのです」

「ほう、連中から。それは何故だ?」

「え?」

「何故だと聞いている」

「何故って、それは……」

「お前が、キルシュの兄だから、ではないか?」


 ヴェインは立ち上がり、フィンの目の前で止まった。


「そう、お前がキルシュの兄だからだ。お前があれ(・・)を疎ましく思っていることを知った上で、金銭と今の居場所を知るために近づいてきたわけだ」

「……あ」


 反論、できなかった。

 キルシュ憎しで彼女を殺すことばかり考えていた。

 周囲の人間も、フィンがキルシュを嫌っていることは知っており、だからこそ――スタチュース家次男であるフィンに恩を売るために、あの組織は近づいてきたのだと、そう思っていたのだ。

 だが、真実は違う。

 目的はフィンではなく、キルシュの居場所を知り、彼女の命を奪うことにあったのである。


「不出来な息子だとは思っていたが、まさかここまでとはな。失望したぞフィン」

「お、お待ち下さいお父様、僕はっ!」

「もう黙れ、見苦しい」

「っ……」

「結果的にキルシュは生き残ったようだが」

「生きて、いるのですか?」

「ああ、だがお前のやったことは消えん。それにな、何か勘違いをしているようだが――」


 ヴェインはフィンの髪を掴むと、顔を近づけ言い放つ。


「あれは、お前よりもよっぽど役に立つ道具だ」


 歪な笑みを浮かべ、瞳に狂気を孕みながら。


「おい、こいつを連れていけ」


 彼がそう指示を出すと、部屋の外から二人兵士が駆け込んでくる。

 そしてフィンの両腕を掴み、拘束した。


「こ、これは……どういうことですか、お父様」

「キルシュは役立たずだから殺す、お前はそう言っていたな。だが私は違う。役立たずにも、何らかの有効活用方法はあるはずなのだ」

「ですから、それはどういうっ!」

「……フィン、私の息子ならばわかるだろう?」


 フィンの目は見開かれ、唇が恐怖に震える。

 彼は首を左右に降ると、


「知らない、わからない、僕にはそんなものっ」


 と白を切る。

 だが彼の頭には浮かんでいるはずだ。

 これから自分がどこに連れていかれ、何をされるのかを。


「嫌だっ……待ってくださいお父様、僕は、僕はただこの家のためにっ!」

「これが家のためを思ってやった行為だというのなら、余計に厄介だ。連れていけ」


 兵士は引きずるようにして、フィンを部屋の外へと連れ出す。


「やめろっ、やめろぉおっ! 僕はスタチュース家の次男だぞっ!? 実験になんか使われてたまるものかっ、離せ、離せえぇぇぇええっ!」


 遠ざかっていく喚き声に興味すら示さず、ヴェインは「ふん」と鼻を鳴らすと、再びデスクに向かった。

 そして黙々と、いつもどおりに書類を整理する。


「ふ……始祖とはうまく接触できたようだな、キルシュ」


 そう呟くヴェイン。

 その口元に浮かんだ笑みは、やけに不気味なものだった。




 ◇◇◇




 一方、同時刻。

 大地を触れる瞬間のみ液体へと変え、人知れず王国地下を泳ぎ回る巨大戦艦――地潜艦アールマティは、学園都市グローシアからほど近い地底に待機していた。

 その艦に搭乗している集団こそが、キルシュを狙った“秩序の履行”である。


 艦内の会議室には、各々デザインの異なる黒装束を身につけた6人の男女が座り、白衣を纏った男性が黒板の前に立っていた。

 白衣の男性は、耳が隠れる程度の茶色いボサボサの髪に、黒縁メガネ、そして気弱そうな表情と、いかにも冴えない外見をしている。


「高位執行者のみんなをここに集めたのは、言うまでもない。リーガが死んだ件に関してなんだ」


 すでに調査資料は執行者たちに渡されている。

 が、彼らの中にはそれに目を通す者もいたが、ほとんどは爪をいじったり、堂々と居眠りしたりして何らかの形で話を聞いていない。


「……みんな、興味なさそうだね」

「はぁ? プロフェッサー何を言ってんのよ、んなわけないでしょ。仲間が死んだのよ、興味あるに決まってるじゃない!」


 キッ、という鋭い視線が気弱な男性――プロフェッサーに突き刺さる。

 声を荒らげたのは、いかにも性格がキツそうな顔をした、金髪ロングヘアの少女、クラスⅩ執行者の職業“死神”ウィリア・フロリヴィンダだ。

 椅子に座るウィリアの後ろには巨大な鎌が置かれている。

 それが彼女の使用する武器なのだろう。


「とっとと話しなさいよ、大事な仲間がどうして死んだのかを!」

「は、はぁ……わかった、じゃあ最初から説明するよ。みんなも知っての通り、リーガはスタチュース家が所有(・・)するデミイレギュラーの情報を、次男であるフィンから入手して、その殲滅に向かったんだ」

「あれはデンジャーではないと、ミーは聞いているが?」


 黒い肌の大男、ウィリアと同じくクラスⅩ執行者、職業“黄金の魔法使い”ゴールドマンが口を開く。

 彼は暗殺者とは思えないド派手な格好をしている。

 首には幾重もの金のネックレス、手首にはプラチナの腕輪、指には大きな宝石がはめ込まれた指輪。

 もちろん着ているベストにも宝石が埋め込まれ、歯まで金歯で揃えられていた。

 だが特筆すべきは、その右腕だ。

 そこには何十個もの“魔石”が埋め込まれているのだ。

 つまりゴールドマンは、これだけ恵まれた図体を持ちながら、肉体ではなく魔力で戦う魔法使いであった。


「とはいえイレギュラーはイレギュラーだ、居場所がわかったのなら始末しておいて損はない。それに、スタチュース家次男の依頼という形を取っていたからね、お金も入るはずだったんだ」

「えぇー★ ってことは、身内同士で殺し合いってことぉ?☆ ティンクルこわーい★」


 職業“破壊者”ティンクル・スターベル。

 いわゆる魔法少女のような服を着たピンク髪ツインテールの彼女も、またクラスⅩ執行者であった。


「家族はやっぱり、仲良くチェキチェキ☆ しないとぉ、ティンクルだめだと思いまーす☆」

「ティンクル、真面目にやれ」

「ファイネスなにその言い方★ ちょっとイラっときたんですけどぉ★★ これがティンクルの真面目なんですけどぉ★★★」


 ティンクルは笑顔のまま、仏頂面の短髪の男を睨みつける。

 彼は職業“獄炎の魔銃使い”ファイネス・クルーエリィ。

 クラスⅪ執行者である。


「……聞くだけで疲れてくる声だ。ところでプロフェッサー、そのフィンという男はどうなったんだ?」

「ヴェイン・スタチュースの呼び出しを受けて城に向かったという情報が入ってきている」

「消されたか」

「さてね。あの男が実の息子をそう簡単に消すかどうかはわからない、けど……無事だとは思えないな」


 プロフェッサーはうつむき、指で眼鏡の位置を調整した。

 ファイネスの眉間の皺も、さらに深くなった。

 黙り込む二人。

 そんな沈黙を破ったのは、女の泣き声であった。


「おーんおんおんおん。おおぉんおんおんおん」


 いかにもわざとらしい、演劇でしか聞かないような声。

 頬はこけ、目の下にはくまが刻まれ、黒い髪は伸ばしっぱなし。

 しかも手作りらしき赤子の人形を抱いた不気味な彼女は、職業“調教者”マーニィ・ティルドフィリア。

 クラスⅩ執行者だ。


「悲劇だわ……こんなこと、あっていいのかしら。親が、子を手にかけるなんて……ねぇ、ジョージぃ? 悲しいわねえ、あなたもそう思うでしょう?」

「プロフェッサー、マーニィのスイッチ入っちゃうから子供トークは気をつけろって言われてこなかった?★★」

「す、すまない。けど今回ばかりは……」


 仕方のないことだ。

 そう言い訳するプロフェッサーだが、マーニィには関係ない。


「ああぁぁあ、悲しいわ、がなじいわぁ……! どぉじでぇ、どぼじで親が、親がこどもをころずなんでぇ、がなじぃごどぉおおお……!」

「え、えっと……まだ、死んだって決まったわけじゃないんだ。ただ叱られてるだけかもしれないし、ね?」

「無視して進めなさいよ、プロフェッサー! その子は自己満足で泣いてるだけなんだから、呼びかけたって意味なんてないわよ!」


 ウィリアの言葉に、「そうそう」とティンクルは相槌を打つ。


「そういうわけだ、続けてくれ」


 ファイネスが促すと、プロフェッサーは額に汗を浮かべながらも、話を再開した。


「えっとぉ……それでだけど、とにかくリーガは、その次男から情報を手に入れて、デミイレギュラー――スタチュース家次女、キルシュ・スタチュースを殺しに向かったんだ」

「それで、そのノゥデンジャラススパイダーウーマンに、リーガはどうしてキルされてしまったんだい?」

「ご自慢の託児所部隊がいたはずだろう」


 リーガの使役する、子供で構成された実行者部隊は、組織内でも有名だった。

 実行者とは、いわゆる兵士のことである。

 幹部である執行者に従うのはそう珍しいことではないが、彼のように普段から子供たちの面倒を見て、ある種の洗脳を施す者は他にいなかった。


「こらファイネス、託児所って言ったらリーガが怒るわよ!?」

「もう死んだんだしー☆ 気にする必要も無いって☆」

「……その子どもたちの部隊も、どうやらやられてしまったらしい。というか、実はリーガの死体すら確認できていないんだ」


 全員が怪訝な表情をプロフェッサーに向ける。


「どういうことでしょうか」


 いつの間にか正気に戻ったマーニィが問う。


「ターゲットと交戦されたと思われるノルン付近の森なんだけど、かなり広範囲が、おそらく高出力の魔法による砲撃(・・)によって消し飛んでいてね。それに巻き込まれて、彼の死体も消えていたんだ」

「ということは、リーガのソウルケージは回収できていないのか?」

「困ったことにそうなんだよ。子供たちはともかく、リーガはケージごと破壊されて、これじゃあ彼の魂は再利用できそうにない。せっかくクラスⅨまで上り詰めたって言うのにね」

「まあいいんじゃなーい☆ どうせ大した才能も無かったんだしぃ☆」

「ティンクル、その言い方は無いじゃないっ! 彼だって必死に生きてたのよ!?」

「はいはーい★ すいませんでしたー★」


 悪びれないティンクル。

 ウィリアはそれ以上責めなかったが、表情は不満げだ。


「リーガのソウルとはミーも付き合いが長いからね。非常にショックだよ……しかし、そんなパワフルなクレイジーマジックを、あのデミイレギュラーが使ったって言うのかい?」

「それは違う。彼女が父親によって肉体に移植されたイレギュラー“女郎蜘蛛”にそこまでの力は無いはずなんだ。だから――おそらくは、その同行者」

「一人ではなかったのですね」

「うん、ノルンの町で別の少女と合流したらしい。年齢は10歳程度、身長は140センチ無いぐらい。髪は肩まで伸びた銀色で、表情に乏しい顔をした……」

「アーシャッ!?」


 ウィリアは立ち上がり、その名を叫んだ。

 突然のことに隣に座るティンクルはびくっと驚いた様子だった。


「急になにー★ ウィリア発作なの?★」

「ご、ごめん、ティンクル。でもプロフェッサー、それもしかして、アーシャじゃないの?」

「あくまでノルンで聞き取り調査をした結果に過ぎないけれど、ギルドでは“モミジ”と名乗っていたようだ。だけど偽名を使っている可能性は十分にある」

「そのアーシャっていうのさ、もしかしてー☆」

「おそらく、“蠱毒”から逃げ出したという、例の実行者のことだろう。確かフルネームは、アーシャ・アデュレアだったか」

「蠱毒はやめてくれよ、“選定”っていう正式な名前があるんだから」

「でもぶっちゃけー☆ 蠱毒の方がぴったりだよねー☆」


 蠱毒――もとい選定とは、組織に所属する者が、兵士である“実行者”から幹部である“執行者”候補になるための、試験のようなものだった。

 ルールはシンプル。

 素質を持った12歳の子供たちが、無数の武器が散らばった結界内に放置される。

 そこで互いに殺し合い、最後まで生き残った者が、執行者候補となるのである。


 なぜ12歳かと言えば、それが兵士として働ける限界年齢だからだ。

 子供を見ると、人間というのは無条件で警戒を解くもの。

 その職業が村人となればなおさらだ。

 ゆえに“秩序の履行”では、執行者が出る必要のない細々とした暗殺仕事を、訓練を施した子供たちに任せていた。


「考えてみれば、あの一件も解決しないままですね。脱走者なんて怖いですねー、ショーン?」

「それの名前ジョージじゃなかったの?★★」

「ジェイルブレイク……ミーも聞いたよ、あのアクシデントについては。そこでミー、シンキン’したんだけどね、どう考えても通常のアーミーにあのバリアをスルーするのはインポッシボーだと思うんだよね」


 ゴールドマンは、まるでラッパーのように手を動かしながら話す。

 そのたびに、チャラチャラとぶら下げた金のネックレスやブレスレットが音を鳴らした。


「私も同じことは考えた。つまり、アーシャ・アデュレアは最初から蠱毒に参加していなかったのではないのか?」


 ファイネスの言葉に、プロフェッサーは「うーん」と頭を掻く。


「それがさ、アーシャに殺されたらしき実行者の死体があるんだよね。データによるとアーシャと死体の彼女は仲が良かったそうだから――」

「アーシャが油断した友達をグサッ★ って?☆」

「アーシャがそんなことするわけないじゃないっ!」

「うん、状況からして逆なんだ。襲われたアーシャが、落ちていたブロンズダガーを拾って、自己防衛のために刺した」

「なーんだ、つまんないのー★」


 唇を尖らせ不満顔のティンクルと、ほっと胸をなでおろすウィリア。


「けれどそのもみ合いで、どうやらアーシャは木に後頭部を打ったらしい。それも意識を失うほど強く。だが奇妙なことに、その直後に彼女は起き上がり、友人を殺したブロンズダガーを持ったままエリア外に出ている」

「そして結界の外に出ていった、というわけですか」

「肝心の、結界の突破方法が出てきていないぞ」

「……どうも、最初から開いていたみたいなんだよね。まるで彼女を逃がすように」


 プロフェッサーの言葉に、会議室は静まり返る。

 結界の操作は、組織内の人間にしかできない。

 つまりそれは――組織の中に裏切り者がいることを意味しているのだ。

 加えて、アーシャがデミイレギュラーであるキルシュと行動を共にしているという情報。

 そして、通常の人間では成しえない、大出力の魔法でリーガもろとも森を消し飛ばしたという話が事実ならば――そのアーシャ自身も、イレギュラーである可能性が高い。


「イレギュラーを排除するための組織内に、アーシャっていうイレギュラーが紛れ込んでいた★★★」

「加えて、裏切り者までいる、と来たか」

「シャレになりませんねー、アレンもそう思いまちゅかー?」


 おちゃらけているようにも見えるが、彼らの場合、感情表現がまともではないだけで、実際はそれなりに緊迫しているのだ。


「それで、アーシャについてはどうするのよ、プロフェッサー」

「彼女がイレギュラーだとすると、アーシャ本人かどうかも定かではない。まずは調査からだ。ウィリア、君に頼めるかい?」

「もちろんよっ!」

「私情が混ざるのはどうかと思うけどー★★」

「なら他に行きたい人はいるかい?」


 プロフェッサーがそう尋ねても、誰一人として手はあげなかった。

 正直、調査程度で執行者を動かす必要があるのか――そう思う者がほとんどだったからだ。

 だが、こうでもしなければ、ウィリアは納得しなかっただろう。

 プロフェッサーは甘い。

 しかし適切な判断である。


「決まりだ。ウィリアにはこれよりデミイレギュラー・キルシュ及び、暫定イレギュラー・アーシャの調査に向かってもらう」

「アーシャのランクはどうするんだ?」

「危険度B――都市を一つ消滅させる可能性有り、でどうだろう」


それはこの世界に現れたイレギュラーの中では、特別高いとは言えないランクである。

ちなみにキルシュはE――直ちに人命に被害を及ぼす可能性は無し、となっている。


「暫定ならー☆ それでもいいと思うよー☆」

「なら決まりだね。そういうことだ、ウィリアも十分に注意して調査してほしい」

「わかってるわよ、わざわざ言われなくても!」


 その話が終わると、会議はすぐに終了した。

 次々と部屋を出ていく執行者たち。

 だが一人だけ――会議の最初から今に至るまで、ずっと背もたれに全体重をかけ、仰け反りながら寝ている男がいた。

 ファイネスは彼に近づくと、額を小突く。


「……んが?」


 だらしない声と共に目を覚ました男。

 彼こそが、最強の執行者と名高い、クラスⅫ執行者。

 職業“剣豪”、クレナイ・シウンである。

 和服に酷似した衣服を纏い、長い髪を後ろで束ねる彼の姿は、ほぼ侍そのものだ。


「起こすならもうちっと優しく起こしてくれ、ファイネス」

「会議中ずっと寝息を立てていたお前が言えたことか?」

「仕方ねえだろ、眠かったんだから……よっと」


 彼は寝ぼけた表情で、ふらりと椅子から立ち上がる。

 そして壁に立てかけていた刀を手にとった。


「会議も終わったみてーだし、自分の部屋で一眠りしてくるわ」

「おい待て、せめて資料に目ぐらい通していけ」

「めんどくせぇなあ、どれどれ……んお? リーガって、子守やってたやつだよな。あいつ死んだのか」

「未確認のイレギュラーに殺されたそうだ」

「ほーん……あぁ、なるほど。道理でファイネスが嬉しそうにしてるわけだ」


 クレナイはにやりと笑う。

 だがその目には、底なしの闇が宿っているようにも見えた。


「当然だ、“ようやく”だからな」


 ファイネスも嬉しそうに笑う。


 アーシャとキルシュ。

 二人の少女が旅立つ裏では、数多の陰謀が蠢き始めていた――






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