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011 異世界って素敵なところだね!

 






 戦いが終わってから、私とキルシュは騒動に紛れて、こっそりと宿に戻った。

 森が焼け野原になったこともそうだけど、私たちの仕業だってバレたら厄介なことになりそうだから。


「はぁ、どっと疲れたわ」


 いつの間にかキルシュの姿は元に戻っていて、私はちょっぴり残念な気分だった。


「何よ、その目は」

「あの姿になるのってやっぱり、疲れるの?」

「そうねぇ、体力というよりは精神的に、かしら」


 どうやら、痛かったりはしないらしい。

 ただ、体の内側から何かがせり出してくる感触が気持ち悪いのは間違いないそうで、その感覚も含めてあまり“トランス”したくはないんだとか。


「でも……モミジがどうしても、って言うんなら見せてあげてもいいわよ。あ、もちろん今日じゃないわ、今日はもう寝るから。疲れてるもの」

「わかってるよぉ、さすがに私もそこまで無茶は言わないってば。でもでも、今度あの姿になったときは……触っても良い? 角とか、足の付根とか!」

「……本気で言ってるの?」

「うんっ、めっちゃ本気!」


 私の目、たぶんキラキラ輝いてると思う。

 だってロマンじゃない? 蜘蛛っ娘の足の付根とか、角とか、敏感なのがお約束――ってキルシュに聞かれたら、二度と変身してくれなさそうだけど。


「モミジって、本当に変わってるのね」

「変わっててもいいけど、約束だかんね?」

「はいはい、わかったわ。触らせてあげるから、もう休みましょう」

「はーいっ」


 まるで母親に諭されるように、私はベッドに潜り込む。

 キルシュも遅れて隣に入ってきて――って一緒に寝るのが当たり前になってるけど、もう暗殺者はいないんだし、その必要も無いはずなんだよね。


「おやすみ」

「ん、おやすみー」


 でも、そんな優しい声の前には、些細な疑問だった。

 もう夜は明けかけているけれど、私たちはすぐにぐっすり眠りについた。

 あれだけ激しい戦闘だったんだから、体の節々も痛んでいる。

 単純に、ダメージを受けた部分もじんじんしてるし。

 ま、HPってのは休めば回復するもんだから、明日には治ってるでしょ。




 ◇◇◇




 翌朝、昼前に目を覚ました私たちは、朝食――もとい昼食を摂ることにした。

 例のごとく先の起きたのは私の方だ。

 あとで聞いてみると、キルシュは朝が弱いらしくて、家に居た頃は必ずお手伝いさんに起こしてもらっていたらしい。

 今は一人旅だから、できるだけ早く起きて、寝起きすぐにシャキッと出来るよう心がけてるんだとか。

 うーん、寝ぼけたキルシュってのも見てみたいもんだけど。

 本人曰く、朝弱いのも、体の中に仕込まれたイレギュラーの因子のせいだって言ってたけど……そのイレギュラーが何なのかは、キルシュ自身も親から知らされていないらしい。

 得体の知れない物を娘に埋め込む親って、その時点でマトモじゃないよね。


「ごちそうさまでしたっ」


 コカトリスの唐揚げを平らげた私は、ぱちんと手を合わせる。

 キルシュもほぼ同時に食事を終わらせて席を立つ私たちは、宿のおばさんに別れを告げた。

 急な話ではあるが、今日は出立の日なのだ。


「お世話になりました」


 キルシュは丁寧に頭を下げると、おばさんは「いいんだよいいんだよ」と嬉しそうに笑う。


「あんたたちには色んな食材を分けてもらったからねぇ。ほらこれ、移動に使うリザード車で食べな」


 そう言って差し出されたのは、ボアカツサンドだ。

 分厚い肉に、ソースが染みた狐色の衣。

 食事を終えたばっかりなのに、私のお腹が『奴を食わせろぉ!』と騒いでいる。

 どうどう、どうどう。


 私たちは彼女に礼を告げて、今度こそ宿を出る。

 外は快晴、絶好の旅立ち日よりだ。

 けれど町中は何やら騒がしい。

 そりゃあ、あんだけ大規模に森が消し飛んでたら、誰だって騒ぐのは当然のことだろう。

 誰も私がやったとは思ってないはずなんだけど、なぜだか視線が痛いような気がする。


「挙動不審になったら負けよ」

「わ、わかってるけどぉ……」


 背筋をピンと伸ばして歩くキルシュからは、罪悪感のかけらも感じられない。

 さすがお嬢様、演技も堂々たるもの!

 よぉし、私も気合を入れて……って気合い入れたら逆に不自然だよね。

 ええい、こうなったら何も考えずに無心で歩くのみ!


 なんだかんだキルシュも緊張しているのか、言葉を交わさずに、町はずれにあるリザード車の停留所に向かう私たち。

 今の時間なら、10分も待てば次の荷車が到着するはずだった。

 けれど、ギルドの前に差し掛かったとき――おどおどとした女性が、私たちに近づいてくる。

 受付のお姉さんだ。


「あ、あのっ!」

「どうかしましたか?」


 キルシュが物腰柔らかに対応する。


「き、昨日の件、あなたたちは、大丈夫でしたか?」

「おかげさまで無傷です。結局、何が原因の騒ぎだったんですか?」

「わかりません……町の中では何度も爆発が起きて、町の外では巨大な光が森を焼き払っていたそうで、しかも……今日の朝は、町中で大量の死体が見つかったからって」

「大量の死体?」


 それは初耳だ。

 私とキルシュは顔を見合わせ、首をかしげる。


「誰のものだったんですか?」

「わかりません……と、とにかく鋭利な刃物で切断されていて、バラバラになっていたそうなので」

「バラバラ死体……」

「でも……数からして、お、おそらく、20人以上はあるんじゃないかって」

「20人!?」


 さすがにキルシュも目を見開いて驚いている。


「まさか……それって」

「は、はい、ゾーンさんを始めとして、あの人たちのグループが、み、みんな行方不明になっていたので、その線が濃厚なのではないかと、冒険者さんたちは話していました」

「20人分って言うとかなり大量よね。昨日の夜の騒ぎの最中に、誰かが投棄したってこと?」

「いえ、それが、昨日の夜はそこに無かったのを確認してるんです。な、なので……」

「今日の、朝に? 誰にも気づかれずに、大量の死体を捨てたっていうの!?」

「はい……近くを通りがかった人に聞いても、目撃情報は無くて……それに死体の状態から見ても、殺されたのはここ1、2日の間だろうって言うんです……」


 謎が謎を呼んでいる。

 そんなことできる人、どこにいるって言うんだろう。


「……あ、ごめんなさい、引き止めてしまって。町を出るんですよね? リザード車の時間は近いはずです、い、急いだ方が、いいですよ」

「ええ……役に立てなくて申し訳ないわ」

「いえ、こ、これは、町の問題ですから。あとは、ぼ、冒険者さんたちが、どうにかしてくれると思います」


 そう言って、お姉さんはぺこりと頭を下げてギルドに戻っていた。

 私たちは再び顔を見合わせる。


「驚いたわね……そんなことが起きていたなんて。私を狙っていた男も何らかの組織の一員って感じだったし、その仲間がやったのかしら」

「怖いねー」


 でも私たちに出来ることは何もない。

 言いしれぬ不安を胸に、停留所に到着すると、やってきたリザード車に乗り込むのだった。




 ◇◇◇




 揺れる荷台の上で、私とキルシュは肩を寄せあい、じっと流れていく景色を見ていた。

 向かう先は、南に2日ほど進んだ先にある、“ネキアス”という町らしい。

 そこは学園のあるグローシアに最も近い町で、物流が盛んな場所なんだとか。


「ネキアスは騒がしいわ、きっとノルンの静けさが恋しくなるでしょうね」

「人が多いのは苦手だな」

「そうなの? 意外ね、人懐っこい性格をしているのに」

「キルシュの前ではオープンだから、私。心を許してるの」

「ふふふ、ありがとう。私も同じよ、モミジの前では全てをさらけ出すって決めたわ」

「じゃあ両思いだ」

「ええ、両思いね」


 私の妙な言葉のチョイスに、私たちはケラケラと笑いあった。

 静かな時間が流れていく。

 ノルンがあんな状態だからか、乗客は他におらず、中はほぼ貸切状態だ。

 前の方を見ると、御者の姿と、大型のリザードが2頭、ドスドスと地面を蹴る姿がはっきりと見えた。

 しかし、最初に乗ったリザード車のイメージがあったから、もっとむき出しで、揺れるもんだと思ってたけど――ここは屋根もあるし、椅子も柔らかく、揺れもそこまでではない。

 個人所有のものとはここまで差が出るのか、と驚かされる。

 お風呂もあったし、あの暗殺者は謎の石で連絡取り合ってたし、この世界、イメージより意外とインフラとかしっかりしてそうだよね。


「でもネキアスに行って何をすればいいのかしら」

「ギルドで依頼を受けるんじゃないの?」

「それでもいいのだけれど、もう課題は終わっているのよ。それに、家族があんな状態だから……『成績上位になって見返そう』なんて考えも無駄になってしまって」

「んー……でも依頼をこなしていく方向性でいいと思うよ」

「何のために?」

「お金はいくらあっても困らないからっ」

「意外とそういうとこちゃんとしてるのね」

「意外とって何さー、見た目で判断してるでしょ? こう見えても意外と頭脳派なんだからねー?」

「うふふ、本当かしら」


 キルシュの口に手を当てて笑う仕草は、ほんと優雅だ。

 うっかり見惚れてしまいそうになる。

 そのまましばらく会話で盛り上がった私たちだけど、昨日の疲れもあってか、次第に言葉数は少なくなっていき――また、ぼーっと窓の外の景色を眺めるだけの時間がやってくる。

 ガタガタという揺れも、次第に心地よくなってきた。


「……モミジ?」


 私はふいにメニュー画面を開き、インベントリの中を見る。


「ねえ、モミジったら」


 そのままじっと、残りの空きスペースを数え――


「モーミージー?」


 キルシュに、頬を引っ張られてしまった。

 別に無視してたわけじゃないよ? 本当に気づいてなかっただけだから。


「ごひぇん、ほーっとひへは」

「もう、またメニュー画面とやらを見ていたの?」


 頬を膨らますキルシュに、私は満面の笑みで答えた。


「うん、インベントリが随分とすっきりしたな、と思って」


 あんなに埋まっていたのに、今では大部分が空いている。

 他のゲームでもそうだけど、インベントリが空いてないのって、それだけでストレスだもん。


「食材の大部分を宿屋に置いてきたものね。でもよかったの? 依頼でもないのに、あんなにあげてしまって」

「いいのいいの、どうせすぐに狩れば手に入るし、あのまま中で腐らせておくのももったいないでしょ?」


 インベントリの中に入れている限り肉は腐らない。

 新鮮なままキープできるから、ある意味では外に出さないまま保存しといた方が良い気もするんだけど――まあ、宿屋のおばさんへの恩返しってことでね。


「それにしても本当に便利ね、そのインベントリって」

「私も最近はそうなのかもって思い始めてきた」

「遅すぎるわよ!」


 キルシュの突っ込みを受けて、私は誤魔化すように「んへへ」と笑った。




 ◇◇◇




 結局のところ――望みは叶わなかったのだ。

 転生して万能なチートをくれる都合のいい神様なんていない。

 お前の人生は不幸だったから次の人生は幸せにしてやる、なんて展開も無い。

 いや、でも半分は成就したのだから、あるいは手を貸してくれた誰かが居たのかもしれない。

 でも、一番重要な部分が欠けていた。


 私は私以外になれなかった。

 私は私の記憶を所持したままだった。

 でも、諦めたわけじゃない。

 まだ方法はある。


 私は、第三者(・・・)になった。

 まるでVRMMOのように、動き回るアバターを俯瞰して、理想の私を操って。

 大きな違いは、ここがゲームの中ではなく、一種の現実だということ。

 そしてここには私を――牛久(うしく)紅葉(くれは)を知る人間は誰もいないということ。

 アバターではない。

 完全なる別人と化した私が、そこにはいた。


 そして実感する。

 自由だ。

 本当の自由がここにはある。

 だって隣では初めての友達が笑っていて、目障りなしがらみはとっくに死に絶えて。


 モミジが理想を叶える。

 アーシャが障害を排除する。


 かつての人生でできなかったことを、やり遂げる。

 ただ状況に流されていただけの弱い私は、もう存在しない。

 私は真の自由を、他者を殺してでも奪い取るのだ。

 それができる。

 この世界なら、今の私になら。


 ああ、本当に――異世界って、素敵なところだね。






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