ゴースト
”東京都町田市、17歳の少年いじめを苦に自殺か・・・。
「どうしたらいいか分からない。
いじめはどんどん酷くなる。
このまま死ぬのは張り裂けそうだ。
まだやりたいことが沢山ある」
遺書にはこう書かれていた。
亡くなった少年の両親は信じられない、ま さかあの子が、と声を詰まらせる。
少年の死を止めることはできなかったのか。
深夜1時、バイクの鳴る音がする。コンビニで買ったばかりのチキンの袋が路地に捨てられる。飲んだばかりの炭酸飲料は十分に口に含まれないまま闇に消えていく。
話声と共にM墓地に5台のバイクが止まる。5台とも改装したばかりの派手なバイクだ。
少年たちはスコップを手に持ち、薄笑いを浮かべる。
「ここか臣弥の墓があるのは」
「じゃあ、早速やるぞ」
「それにしても本当に自殺しやがった」
「ウケるよな」
「記事、見た?」
「いじめはどんどん酷くなるだろ?」
「昔から生意気なやつだったからな。死んで正解だろ、あんな奴」
「黙秘しろってあれだけ言ったのに喋りやがった」
チーム・ノッカーズの少年たちは持ってきたスコップで俺の墓を荒らした。
水道ホースで水をまき散らし、これでもかと言うほど荒らすと少年たちはこう言った。
「まだまだ荒らし足りないな」
墓石の裏に回り込むと、堅い鋸で墓石を削り、墓石の破片が飛び散った。墓地の奥にある柳の木は冷たい風に揺れ始め、霊気が漂っている。
爆竹が鳴る音がする。暗い闇に眠る霊たちが呻き声を出している。死んだ生霊の声が高く響いている。
「おい!もっと爆竹持って来い」
「カーニバルだ」
音を上げながら爆竹が爆発し、静かな墓地の夕闇を切り裂く。
死んだのは4か月前だ。町田の”チーム・ノッカーズ”に目を付けられ、制裁を加えられるようになった。”チーム・ノッカーズ”というのは不良グループでこの辺りでは少しは名の知れた存在だ。俺の友達もこいつらに言いくるめられ、まるでロボットのようにコントロールされた。いじめは酷くなり、肉体的にも精神的にも辛い立場に追い込まれていった。粘着テープでぐるぐる巻きにされ、酷い暴力を振るわれた。
行き場を失い、ネットに居場所を求める日々、それでも人生に絶望した訳ではない。
むしろ人生という長い時間は自分にとって不要なものに思えた。
家にいる内にSNSで一人の友達が出来た。
狐火と言う奴で確か年齢は15歳だったと思う。ネットでそいつと話す事が唯一の楽しみになった。
だが、そんな時間もけして長くはなかった。突然そいつが消えてしまったのだ。探しても探しても見当たらない。心の中で叫んでも空しさが募るばかりだった。
ネットは必ずしも全部が自分の味方という訳ではなかった。
非公式のクラスの掲示板に自分の悪口が延々と書かれていたこともあった。
それは”完全に自分が勝利”したいと思う優越感と最後っ屁をかけた俺に対する苛立ちだ。
そして、俺は屈辱の血反吐を吐き、自ら命を絶った。
突然風が吹いてきた。とても強い風だ。霊たちの呻き声が聞こえる。人魂がうようよと動き出した。死んだ霊魂たちの怒りが聞こえてくる。まるで生気を抜かれたみたいに声がどんどん大きくなる。
記憶が吹き飛んだ。
生霊たちが姿を現した。見てはいけないもののようにグロテスクな生霊だ。少年たちの首を締め付けると、息を出来なくした。少年たちは魂を抜かれ、白くかすんでいく。
死んでいるかのように体中に赤い斑点が現れ始めた。少年たちは失禁したまま目玉を潰され、その場に倒れた。生霊や人魂がぐるぐると回りだし、雄たけびを上げているようだ。 少年たちはそのまま地面に突っ伏し、霊界へと導かれた。
人魂が死んだ少年たちの口の中へ入っていった。
すると声がする。空中に高く響く地鳴りのような声だ。だが、不思議に不快ではない。
光がする。とても強い光だ。辺りは静まり返り、チーム・ノッカーズの少年の体が俺に憑依した。地縛霊が自分の体を手に入れたようにだ。自分の体ではないので違和感を感じる。それに体を触っても生きているという実感はしない。
何だか不思議な気分だ。
するともう一人、別の体に霊が憑依した。
少年は起き上がり俺の方を向く。とても驚いているようだ。「覚えてる?」
確かに声がする。昔の記憶が徐々に思い出してくるようだ。楽しかった記憶が走馬燈のように駆け巡る。
俺は頬をつまむ。
「いままでのこと見てたろ?」少年は言った。「現世に未練がある?」
「分からない」俺は言葉を絞り出すように言った。「もしかしてお前」
少年は小さく肯いた。「やっと思い出したようだね。昔、SNSで話した狐火だよ」
「なんで急にいなくなったんだよ」
「ごめん。あの時の事はよく覚えている。僕は病気で15歳まで生きている事が出来なかったんだ。現代医学では説明できない難病でね。15歳の秋に僕は死んでしまった。でも、いよいよ最後の時に君という友達が出来た。それだけで十分だった。生きることは素晴らしい。もう僕たちには残された時間がない」狐火は目を瞑り語った。
「逝かないといけないんだね」
「ああ」狐火は静かに肯いた。「あいつらを憎んでる?」
「かなり」
「一度だけ約束して欲しい」
「約束?」
「僕たちはこっちの世界で生きるほど勇敢じゃない。もう終わった人間なんだ」狐火は寂しそうに言った。「早く成仏して、これからはSNSじゃなくて僕たちの天国でまた会おう」
「ああ、約束する」
すると俺と狐火は生きている実感がないまま消えていった。
FIN