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捕らえられた者

 背中が暖かい。

 でも、なんだかごつごつしている気がする。

 アデリシアが薄ぼんやりと目を開くと、大きな手がすぐに目に入った。


「?」


 続けて自分の両手が目に入る。

 手が1つ、2つ、3つ。

 見間違いではないようだ。

 自分に手が3つある訳がない。


「な……うぇっ……!?」


 反射的に起き上がろうとして、身体に痛みが走ってアデリシアは呻いた。自分の身体が全く動かないことに気づく。

 その原因は背後から誰かに抱き込まれていて、がっちりと腰をホールドされているからだった。


「何だ、もう、起きたのか……?」


 自分が身じろぎした事で目が覚めたらしい。

 耳元に気だるく呟かれる声はライアンのものだ。 


「ちょっ……え、えええ……っ?!」


 何という事態だ。

 混乱する頭でアデリシアは周囲を素早く観察する。

 何処かの宿屋なのか寝台にいるらしい。

 傍らの椅子にはライアンの魔法剣と衣服が手の届く位置にかけられている。

 閉じられた窓扉からは幾筋も光が射しており、どうやら外はまだ明るいのだとわかる。

 そして、自分はといえば下着姿で、金の首輪を嵌めているという有様で寝かされていた。

 ライアンと共に。


「う、そ……?」


 ライアンはどうやら上半身裸のようだ。

 つまりは、半裸のライアンに寝台で背後から抱き締められている状態なわけで。

 アデリシアは瞬時に真っ赤に茹で上がった。

 

 何これ、何これ、何これ!!

 罰なの?

 ご褒美なの?!


「ら、ライアン、団長……?」

 念のため呼びかけて確認してみる。


「おう、なんだ……」

 好意のフィルターがかかっているとはいえ、欠伸混じりの声が非常に色っぽく聞こえる。


「あの……これって……?」


 どういう事態なのか説明求む。


「ああ、2日も夜通し駆けてまだ眠いんだ。お前も、まだ寝てろ」


 ぽんぽんと頭を叩かれて、ちゅ、とキスを頭上に落とされる。

 寝起きの団長はとても甘いらしい。


「…………!」


 アデリシアは陶然とした。そして、ギンギンに目が冴えた。

 絶対に眠れるわけない。

 

 据え膳がすぐ側にあるってことでいいですか?

 これ最後のチャンス?

 ライアンを襲っていいんだよね?


 そろそろと手を伸ばして襲いかかろうとしてみれば、身体に回されたライアンの腕に更に力が込められた。


「う……っ、苦し……ちょっ……団長!」


 ぱしぱしと腕を叩いて抗議する。

 

「静かに寝てろって。……ったく、しようがないな」 


 飽きれたように呟かれ、喉元に手を当てられる。ぽわんと暖かさが伝わり、同時に術が行使される。

 あ、と思った時は遅かった。

 ライアンに首輪を操作されたのだ。

 首輪の中央に嵌められた紅い魔石が輝き、アデリシアの魔力を吸い始める。一気にだるくなり、身体の力が抜けていく。回復しかけた魔力が強制的に奪われていく。

 魔力不足で、再びアデリシアの意識が遠くなる。


 ――せっかくのチャンスだったのに。



 *****



 次に目覚めた時には身体が揺れていた。

 なんだか座り心地が良くない。がくがくと上下に揺れており、馬上にいることを悟る。

 アデリシアは身体ごと抱き込まれるようにして、ライアンの前に座らされていた。

 今度はきちんと服も着ており、マントも羽織っていた。当然ライアンも騎士服に身を包んでおり、半裸ではなくなっていた。

 少し、残念だった。


 アデリシアはマントを力任せにぐるぐる巻きにされた状態だった。腕すら出していない状態だ。いわゆるす巻き、という言葉が脳裏に浮かぶ。身体を動かそうとしてもやはり自由な動きは取れなかった。強く巻かれたマントのフードの中には編まれていない自分の髪が溢れ返って少々息苦しい。自分の髪に顔が飲まれそうだった。

 髪の隙間からそっと辺りを見ると、傍らにはシルヴァールとウォルターの騎影が見て取れた。


 ああ、そうだ。

 自分はシルヴァールに杖を奪われ、ウォルターには抱き着かれて、空中から引きずり降ろされたのだっけ。

 そして、さっきは寝台の上でライアンに締められて魔力を奪われて意識を落とされて、何故か今は馬上だ。


 アデリシアは周囲を見回した。見れば、自分の鞄はシルヴァールの乗った馬に乗せられているようだ。


 杖は何処だろう?


 天位を授けられた時に得た杖。

 あれは魔力の要。いわば増幅器だ。

 杖がなくても術式の行使は出来る。だが、杖がなければ、魔力は半分以下の威力しか出ないのだ。身体への負担も大きくなる。とにかく手に戻さなければ。

 おそらく、きょろきょろしていたのがバレたのだろう。


「もう意識が戻ったのか」


 首元にライアンの大きな手が近づいてくる。

 

「……あ……!」


 まただ。

 また、落とされてしまう。

 ライアンの手が優しくアデリシアの髪を掻き分けるようにしてフードの中の首へと伸ばされる。

 再び魔石が紅く輝いて、魔力と意識を奪い去っていく。


「お前はまだ俺の腕の中で寝てろ」


 頭上から魅惑的な声が降ってきて、アデリシアはぞくりと身体を震わせた。


 なんて素敵な言葉だろう。

 眼福、いや耳福です。

 もう一度言ってください、団長。


 呟いた声が聞こえたかどうかは知らない。

 


*****

 

 

 見知らぬ天井が目に入った。あれは天蓋か。


 ――知らない寝台は二度目だ。


 見動きすると、スプリングが軽く音を立てる。前回よりは格段に寝心地の良いベッドに寝かされているようだ。

 アデリシアはのそりと起き上がった。

 今いるのは、まさに豪奢な天蓋付のベッドの上、だった。

 横幅はとても広く五人位余裕で眠れそうな大きさだ。実家の自分の寝室にも似ているが、ここまで豪華な仕様ではなかったはずだ。

 今度の寝台ではライアンに抱き込まれておらず、すぐに起き上がれることが出来て、安堵すると同時に落胆した。

 女としての魅力がないのはわかりきっているというのに、未練がましいとは思う。

 乱れた髪が肩から落ちかかった。そのまま髪を追って、自分の着ているものを見てアデリシアは目を見開いた。


「……って何これ……」


 自分を見下ろすと、がつんと脳に衝撃が来た。破壊的なダメージが凄い。

 アデリシアはフリルのついた可愛らしい薄いピンク色のレースの衣を着させられていた。

 大変に心許ない。明らかに下着が透けて見えている。これはアレだ。使う目的はわかる。夜のお姉さんが着たり、旦那の欲情を誘うために妻が着る的な目的専用のヤツだ。


 誰の趣味だ、これは。

 なんで、見知らぬ寝台で、こんな破廉恥な格好をさせられているのだ?


 こんな可愛らしい……いや、あからさまなものは自分は持っていない。

 誰かのものを借りたのだろうか。それにしてはサイズがピッタリな気がするが。さっぱりしている感覚から身体も清められた後らしく、どうやら下着も着替えさせられているようだった。


 監禁、という言葉が脳裏に浮かんだ。

 もし意識がない間に、父親に勝手に婚約者の家に放り込まれでもしていたりしたら、人生は既に終わっている事になる。


 か、身体に違和感はないよね……?


 不安を覚えて、薄いレースの上から腹部を押さえてみたり色々と探ってみたりしてみる。どうやら痛みや違和感はないようだ。しかし、そんな事態がこれから起こるとしたら、もっと大問題だ。

 手や足にも問題ないようだった。怪我も拘束もない。

 首にだけ、当たり前のように魔力封じの金の首輪が嵌められているだけだ。

 中央の魔石に、決して自ら触れるという愚行はアデリシアは決して起こさなかった。触れたら、ごっそりとまた魔力を奪われて昏倒してしまうだろう。

 ただ、じっとしていても魔石が自分の魔力を吸い出し続けているのを感じる。

 正に、囚人の首輪だ。

 杖も見当たらず、首輪で力を封じられては何も出来ない。武器になりそうなものも周囲からは一切排除されているようだった。魔力は使えないのが惜しいが身体は動く。


 ――よし。とりあえず逃げる、か。


 アデリシアは用を足してさっぱりしてから、傍らに置かれたテーブルの水差しから水をグラスに注いで喉を潤した。水の美味しさが染みた。

 関節を伸ばしながら、身体の状態を確認していく。

 マトモな衣服ではないことと、魔力が吸われ続けていること以外は問題はなさそうだ。

 どうやら飽きれる程寝ていたのだろう。むしろ寝過ぎた後のようで、少し身体が重い。固くなった筋肉を解しながら伸ばして、動けるようにしていきながら辺りを窺う。


 腕を伸ばしながら、横目で先程使ったグラスを見遣る。

 割って武器にしようかとも思うが、明らかに高そうな造作に二の足を踏む。

 それにシーツを被せて割ったとしても、音は出る。音を立てれば、人が来てしまうかもしれない。

 魔法が使えれば、音だって風で消せるのにそれが出来ないのだ。魔力が使えないのが痛かった。


 アデリシアはグラスを諦めて、部屋を見回した。

 寝室であるこの部屋に直接光が入らないが、外は明るい。まだ日は落ちていないようだ。また、窓の外の遠くに見える樹木の影の長さから今は午後過ぎくらいか。また、明るさからこの部屋は北側方面に配置されている部屋だろうなと推測する。二階の高さだ。魔法が使えないから、窓からの脱出は無理だ。それに着る服も履くものもない。


 それにしても、ここは誰の邸宅なのだろう。

 まったく想像がつかなかった。

 ここのところ自分は眠らされてばかりで、把握が追いついていないことが多すぎる。

 目覚めている時間は少なく、気がつくと知らない場所へと移動しているのだ。そして、当然のごとく意識のない間に勝手に着衣も変わっているのはどう対処したものか。何をされているのかが全くわからなくて困惑する。

 生きた着せ替え人形、という言葉が浮かんでくる。やはり監禁か?

 ぞっとしてアデリシアは身体を震わせた。

 まさか団長が?とも思うが、あの堅物を地で行くライアンのことだ。

 このベビードールからは到底想像できない。

 透け透けで恥ずかしすぎる。


「ちょっと可愛かもだけど、ちょっとこれはないよね……?」


 アデリシアは独りごちながら、ベッドに掛けられたシーツを剥いだ。

 思ったより長さも幅も大きいが、上質な素材で透けていないから有り難い。しゅるしゅると手際よく身体へシーツを巻きつけて結んでいく。勿論透け透けレースを覆い隠すようにして巻く。どう見繕っても防御力は低いが、下着がほぼ丸見え状態よりはマシだった。

 長い髪とシーツをズルズルと引きずりながら、裸足で扉へと向かう。

 ノブを回すと扉はすぐに開かれた。封じ込めの魔法等は掛かっていなかったようだ。

 魔力封じの首枷があるから、油断したか。だが、自分にとっては好都合だ。


 そっと扉を閉めて、ふかふかの絨毯を裸足で歩き出す。

 ここは一番奥にある部屋らしい。大きなお屋敷だ。

 突き当りの壁を背にして歩き出す。

 正面玄関を目指そうとアデリシアは考えていた。小細工は無用。武器もなく魔力が使えないならそれでいい。

 階段を降りて、正面突破。

 運が良ければ、外に出られて誰かに救いを求められるかもしれない。


 それより、メイドさん、いないかな。


 慎重に歩きながら、アデリシアは実はメイドを探していた。

 出くわすなら幸運。

 風を使えなくても、騎士団にいる以上、多少の体術は習得している。

 ちょっとだけ失敬してメイド服に着替えさせて貰うのに。それが無理なら服の置いてある場所だけでも分かればもっといい。そうすればここから逃げられる。

 メイド服ならまだしもこんなシーツ姿のままで外をうろつけば、子爵の娘としての評判は地の底に落ちるだろう。一生婚姻すら望めなくなる。が、そんなことは知ったことではない。本当に拉致監禁ならば、ここにこんな格好でいる時点で既に終わっているのと同じだからだ。

 廊下を曲がると空間が開けてきた。

 前方に見えるのは階段だ。

 駆け降りようとして、アデリシアは足に絡まるシーツに転びそうになるのを堪えた。が、足が引っかかって見事にすっ転んだ。

 アデリシアは渋面で打った鼻を押さえた。これ以上転ばないようにシーツを持ち上げて太腿の位置で結ぶ。本来、貴族の女性が足を晒すのは恥だとされるが、転ぶのを避けるためならしょうがない。

 階段の手すりに手をかけて転ばないようにしながら数段降り進む。その時、階下の端の部屋の扉が開いて誰かが出てくるのがわかった。

 アデリシアは階下の人物を見て歩みを止めた。


「あ…………」


 最悪、だった。

 シルヴァールとウォルターが、こちらを見て見事に凍りついていた。

 二人は動きを止めて、ぽかんと口を開けている。


「――アディ?!」


 素っ頓狂なウォルターの声が響く。


「なんでシーツ?!」

「アデリシア、貴女は何という格好をして……!」


 シルヴァールが口元を押さえて言葉を無くす。次いで目を逸らしてくれる。紳士だ。だがしかし。


 やばいやばいやばい。

 

 乱し髪でシーツを身体に巻いて現れる裸足の女。首には金の首輪が魔石共々光っていたりして。

 マトモな着用物が、シーツと首輪だけって、どんな変態だ。

 おまけに歩きやすくするために、裾を結んでいるため、生足が顕になっているのである。

 よりにもよって知り合いに見られるとは恥ずかし過ぎる。

 アデリシアは顔が羞恥に染まるのを感じた。

 評判が落ちても良いとは考えていたが、こんな落ち方は望んでいない。

 その時、二人を押し退けて、凄い勢いで階段を駆け上ってくる姿があった。

 ライアンだ。


「え……っ、団長?ちょっ」

「黙ってろ!」


 腰に腕が回されて抱き寄せられる。

 すぐさま有無を言わさずに、アデリシアは横抱きに抱えられた。そのまま、かなりの早足で廊下を突き進んで行く。元の部屋へと戻るつもりなのだろう。

 アデリシアはそっと溜息を吐いた。良かった。父親の差金ではなかった。それだけには安堵できた。

 

「ヒドイです、団長!あんた、アデリシアを食ったんですかああぁぁ?!」


 ウォルターの悲鳴が、背後を追い掛けるように聞こえてきた。

 

 


 

 

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