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侯爵夫人の企み

「念のために確認しますけど、本当にやるんですよね?」


 アデリシアは皆を見回して再度尋ねた。特に縋るように侯爵夫人を見てしまう。

 これからしばらくは侯爵夫人の言う通りに行動をするように、と厳命されているところである。

 ここで見るはずのない面子もおり、じっくりと話そうと言うことで話を聞いてみれば、なんとライアンの婚約者は今はアデリシアになっているのだという。


 あれだけ悩んで想いを捨てようとして、隣国への逃亡も図ろうとしたというのに。


 諸般の事情から先日よりそうなっているのだ、と侯爵夫人に言い切られてしまえば、アデリシアとしてはなんでもっと早く、と思わなくもない。歯噛みする想いで一杯だ。しかし、美味しすぎる話であるし、もちろん否やはない。アデリシアから断ることは絶対にあり得ない。どんな方法を使ったか知る由もないが、レスティアには感謝するばかりだ。

 しかし、続けてマイカによって指摘された事実と提示された条件にアデリシアはやはり沈んだ。


 愛のない結婚であるのは目に見えており、アデリシアが不幸になるぐらいならば、マイカの力でもってこの結婚話を潰してファランドールへと連れて共に帰るというのだ。


 確かに、ライアンから恋愛感情は今のところ欠片も感じられない。

 妹分や部下としての感情は少しはあるかもしれないが、それはアデリシアの正しく望んだものではない。

 あの透け透けのレースを着た上で、なけなしの胸を押し付けても団長は揺らぐことはなかったのだと思うと、落胆と悔恨ばかりで、色々と暗い方へ考えが止まらなくなる。


「大丈夫よ。ここで過ごすのは今までと変わらないのだし、ちょっと私の言う通りに動いてみればいいだけなのよ?それで貴女は望むものが手に入るのだから。ファランドールへ行くより簡単なことじゃない」


 扇子を優雅にあおぎながら、レスティアは提案する。

 レスティアいわく、ライアンを落とすまでの時間の猶予をマイカと交渉して得たのだという。そして、彼女に協力することをもマイカは了承していた。その猶予期間中にライアンの気持ちがアデリシアに少しでも揺らいだのならばアデリシアの望む通りに、そうでなければ隣国へ直行だというのだ。

 長年、母親としてライアンの行動を見てきたのだから有利だとレスティアは簡単に言うがしかし。

 

「そんなに簡単にいくものでしょうか……?」 


 逆に簡単に思えないのだが。

 あの堅物の頭をかち割って理性を捨てさせる、というのがどれだけ困難なことか。数年かかっても自分には出来なかった。

 それに、主に男所帯である騎士団は特に恐ろしい。女性の噂もなく、アデリシアにまったく靡く様子のないライアンに男色の噂だってあったくらいなのだ。ちなみに、これは氷の貴公子との噂であった。実力はあるのに、わざわざ第三騎士団の副団長の座に甘んじているのは、そういう理由なのだというのだ。

 そういう理由とはどういう理由だ。憤慨ものである。

 アデリシアは聞く度にこれを丁寧に叩き潰して回った。


 そんな副団長から身を引き受けると言われても、ねえ。


 アデリシアはこっそりとシルヴァールを眺めた。すぐに視線に気づいて、シルヴァールは微笑んで寄こす。

 向けられる微笑みが凛としていていながらも甘く感じられ、アデリシアは身体を震わせた。

 ライアンに望みがなく、マイカと共に行かなければ、シルヴァールが身元を引き受けるという。

 複雑な想いだ。自分よりもライアンと浮いた噂を立てられた氷の貴公子の方が羨ましくも恨めしい。つまりは恋敵なのであるのに。

 それに、あの師匠である賢者フレデリクの存在も忘れたわけではない。

 すぐに顔を見せに来いとも言われているのだが、とりあえずはカルロとウォルターが戻らなければ、伝言を伝え終えたことを把握されることもないだろう。ジョルジュも来ているということであるし、問題はまだまだ山積みだ。


「じゃ、皆もお願いね?とにかく私が言ったように動いてちょうだいね?」


 マイカとウォルターは楽しそうに、シルヴァールは無表情で、カルロは渋面でそれぞれ頷く。


 そういえば、ジョルジュに説明をする必要はないのかと聞けば、カルロとウォルターは顔を見合わせた。どちらからともなく頷く。あえて放っておいて問題ないだろうとのことだった。

 彼の自由な行動は強制するものではないらしい。それでも効果は期待できるというのだからある意味凄い。

 

「大丈夫、心配ないわ。アデリシア。お義母様がついてますからね?」

「ええと……」


 アデリシアは戸惑いの表情で応える。

 侯爵夫人の中では自分は嫁で決定のようである。


「貴女の未来がかかっているのだから、しっかりおやりなさいね」

「……はい」


 扇子でびしっと示されて、アデリシアは深く頷いた。



*****



 アデリシアがウォルターと一緒に外に出てみれば、団長同士の戦いはまだ続いていた。魔法まで投げつけあいながら間合いを取っては剣を交わしている。


「何時まで続けてるんだか。さっきよりグレードアップしてるよ」


 やれやれとウォルターは呟く。

 汗を流しながら剣を交わし続けている姿は、暑苦しいが格好いい。騎士団服の上着が地面に投げ捨てられ、乱れたシャツが擦り切れたりしていても目が奪われる。


「アディ、ちょっとやめてよ」


 思わずライアンに見惚れている様子のアデリシアをウォルターは嗜めた。


「あ、ごめん」

「惚けてないでしっかりしてくれる?じゃないと僕が怒られるんだからさ」

「わかってるってば」


 肩を竦めてアデリシアは手にした銀盆を抱えなおした。銀盆には二人分の冷たい飲み物とタオルが載せられている。


 そのアデリシアの首にはいまだ金の首輪が光っていた。

 既にマイカによって魔石の効能は破壊されているが、そうとわからないように上からアデリシアの魔力で偽装されている。

 侯爵夫人によればこれも作戦に必要であるらしいので、嵌め続けているべきらしい。なんでも追い打ちをかける材料とか。

 魔力を使える状態ならばアデリシアに怖いものはあまりないので、素直に侯爵夫人の言葉に従った。一応ライアンに知られないように天位の杖も言われるままに自室に隠した。ただ、予備の杖だけはまだコルセットの隙間に刺してある。これは誰にも話していないことであるが。


「まったくもう、僕まで巻き込むなんてさ。もう、侯爵夫人てば最高だよ。楽しくて仕方ないね」


 にやにやと笑うウォルターをアデリシアは横目で軽く睨んだ。

 この状態のウォルターに何を言っても聞かないのはわかっている。


「じゃ、行くよ?アディ」

「うん」



「ライアン団長!!ジョルジュ団長!!」


 ウォルターは大声で呼びかけた。

  

「おう、なんだー?」

「ウォルター、どうした」

 

 二人が剣をいなしながら声をかけてくる。


「そろそろ休憩してくださいよー。どうせ決着つかないでしょー?これ、侯爵夫人から差し入れですからー!」


 ウォルターはアデリシアの手の中の銀盆を指し示した。

 

「そろそろ飽きたし、やめるか」

「……ああ」 


 二人は顔を見合わせて、同時に剣を下ろした。

 ライアンから盛大なため息がもれる。元々望んで戦っていたわけではないのだ。

 ライアンはジョルジュから離れると、地面から鞘を拾い上げて剣をしまった。


「どうぞ、タオルを」

「ありがとう、アデリ――」


 振り返ったライアンは言葉を止めた。

 自分へとタオルを差し出したと思ったのだが、アデリシアはジョルジュへと手を差し出していたのだ。

 いつもは真っ先に自分に渡してくれていたのに。

 アデリシアは一瞬ライアンを見たが、すぐに目を逸らした。


「ありがとうな。アデリシア」


 ジョルジュは満足そうにタオルで額を拭いながら、ライアンを見て口角を上げる。


「ん、なんだ、不満か?ライアン」


 にやにやとしながら、ジョルジュが追い打ちをかけてくる。


「アデリシアはお前のものじゃねえぞ?」


「い、いや……わかってる」


 ライアンは言いよどんだ。所在ない。

 彼女に声をかけられて、当然自分にだと思ったのは浅慮だった。


「はい、ライアン団長これ」


 いつも以上に喜色満面といった体で、ウォルターがライアンへとタオルを差し出してくる。


「団長、可愛い僕でごめんね?」


 上目遣いで顔を覗き込むようにウォルターが見上げてくる。

 思わず反射でライアンは目の前の金髪の頭をはたき落とした。


「痛って!何するんだよ、団長」


「……いや、何となく」


「せっかくタオル持ってきてやったのにこれだよ。まったくもう。はい、これもどーぞ」


 ぶつぶつと文句を言いながら、ウォルターは飲み物を追加で差し出した。

 受け取りながら横を見ると、ジョルジュもアデリシアから飲み物を受け取っている。にこやかに談笑する二人の姿を見てライアンは微かに眉を顰めた。


「………?」


 ちくり。

 何かが気に触った、そんな気がした。


 



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