騎士団はどうなった
館に入ると、侯爵夫人とマイカが談笑しているところに三人は通された。見れば、少々込み合った話をしているようで、身を寄せて話している。気軽に入れる雰囲気でもない。
声がかけられるのを三人は待つことにした。
「誰?あのキラキラしいの」
こそこそとウォルターが尋ねてくる。
「貴公子って感じだよな」
じっと観察してカルロが言う。
「そんなら、うちの氷の貴公子の方が凛々しいじゃん」
「同じ貴公子でも系統がちょい違う気がするけどな」
青く長い髪に銀の眼のシルヴァール。
男爵家の血筋ながらも、貴公子と評されるように、動作は優雅で洗練されたものだ。女性にも優しく評判も高い。だが、無礼な者には冷徹な態度で持って接する。まさしく得意とする氷魔法のように絶対零度のごとく冷たくなるのだ。二つ名を冠する通りだ。
対して、目の前の人物は柔らかな肩ほどまでの金色の髪に緑の瞳。人好きのする笑みを浮かべており、侯爵夫人と睦まじく歓談している。与える印象は暖かい。絶対零度とは真逆の印象だ。
「なんの系統でもいいけどさ、なんか笑顔に違和感があるよね」
裏がありそう、とウォルターは指摘する。
カルロとしては、二面性をいうならウォルターもシルヴァールも似たようなものだろうと思わないでもない。
そう思ってカルロは苦笑した。
どうも珍しく思えず違和感がないなと思えば、腹黒いのばかりが周りに揃っているということか。慣れるのも困りものだ。
「ねえ、後ろの人が持ってるのって、あの人の剣でしょ?戦ったらどっちが上かな?」
背後に控えた護衛が捧げ持つ剣に目を留めてウォルターは呟く。
「それなら、後ろの護衛の奴も剣だこ凄くないか?あれ、騎士団のどのくらいの奴といけると思う?」
カルロは吟味を始める。
「二人共、馬鹿を言ってるんじゃない。そろそろ、失礼のないようにしなさい」
聞こえてきた内容を放置できず、シルヴァールが止めに入った。
「じゃ副団長はどんな奴なのか気にならないんですか?」
「どう考えてもフレデリク様が言っていたという隣国の人物でしょう。ファランドールの服を着ている様ですし」
着用している衣服の意匠がまず自国のものと異なっているのだ。袖口に施された刺繍も色が同色で気付き辛いが、細工はとても緻密なものである。
ただ、気にならないかと言われれば、当然気になる。護衛の存在こそシルヴァールは気になる。
侯爵夫人自らが相手をし、距離を置いているとはいえ、後ろに控えさせているのだ。しかもこの侯爵邸の中でそれを許している。侯爵夫人でさえも、その護衛を咎めることも退けることもない状態。失礼があってはならない相手なのは確かのようだ。
「隣はライアンの母君の侯爵夫人ですよね?」
「そうですね」
「随分と仲良さげですけどあれって」
止められつつも気になってやはり内緒話をしていると、そこにアデリシアが部屋に入って来た。湯浴みと着替えを終えたのだ。
「なんで皆がいるの?三人も揃って何事?」
ここにいるはずのない団員を目の当たりにして、きょとんとしてアデリシアが尋ねてくる。
それもこれもすべてアデリシアのせいなのであるが。
ちなみに三人だけではなく、まだ外にも暑苦しいのが二人いる。
「アデリシア!」
侯爵夫人と話し込んでいたはずのマイカが立ち上がって、アデリシアに近寄った。そのままの勢いでぎゅうと抱き締める。
アデリシアの頬に顔を寄せながら、騎士三人へとこれみよがしにじろじろと視線を飛ばしてくる。見ながらにやりと微笑まれ、あからさまに牽制されて、三人は憮然となった。
「兄様」
応えるようにアデリシアも腕を伸ばす。
「兄ぃ?アディに兄なんていたっけ?」
ウォルターが声を上げる。
普段なら軽口を怒るところだが、物怖じせずさらに空気も読まずに発言出来るのはウォルターならでは、だ。あえてこれは止めない。
なせなら、考える疑問は皆同じである。
「ああ、簡単にいうと親戚。従兄弟なの。小さい頃から兄様って呼んでるけど」
マイカの腕を解きながら、アデリシアが疑問に応えてくれる。
「そうなんだ、どういう従兄弟?」
「ええと、母の妹の息子にあたるわ。私より3つ上だけど」
さらに突っ込んで尋ねれば、アデリシアは気になる?と訝しげながらも答えてくれる。
「やあ、アディの属する第三騎士団の人達だね?」
ウォルターが言うところのキラキラを振りまいて、マイカは微笑む。
「はじめまして。私の父の兄がファランドールを治めてます。マイカです。どうぞよろしく?」
マイカは必要以上に、にこやかに愛想を振り撒く。
つまりは現国王弟の息子。
軽く言われたが、礼を返しながらすぐに思い当たってシルヴァールとカルロの表情が強張った。遅れてウォルターは目を見開く。
「ええー!?本当にアディの親戚ー!?」
ウォルターは大声を上げた。
「ウォルター、煩い」
カルロが耳を押さえる。
「だ、だって、なんで皆そんな冷静なんだよ!そんな凄い人と親戚って、ヤバいじゃん!ファランドールの王族だよ?ライアン団長が敵うわけないじゃん!」
もはや悲鳴だ。
「あはははは!なに、君のその反応、面白いねえ!」
マイカは腹を押さえて笑い出した。
「兄様……?」
アデリシアも眉を顰める。
背後に控える護衛も困惑気味だ。
「いや、失礼。くくっ、あまりない反応だから面白くて、だって、くくくっ」
「もう兄様、やめて」
「いや、だってさあ、新鮮で……あははっ!」
笑いの止まらない従兄弟は放っておくことにして、アデリシアは皆に向き合った。
「で、なんで皆がいるのよ」
ライアンの邸宅であるのに、当のライアンがいない。
なのに、副団長シルヴァールに、さらにカルロ、ウォルターまでが揃っているのだ。変に思わない方がおかしい。出奔しようとした自分が言えた身ではないが気になるところである。
王都守護は?警備巡回は?
第三騎士団はどうなった。
「なんでっていうなら、用があるからだな。俺とウォルターはフレデリク様から直接伝言を託されたからここにいる」
カルロの言葉に、目に見えてアデリシアの顔色と機嫌が悪くなる。
「……師匠からの、伝言?」
嫌な予感しかしない。聞きたくない。
手紙なら、あら手が滑ったわ、とかなんとか言って風で切り刻んでやるのに。
以前にそれをやってわざと無視したことを、あの腐れじじ……賢明なる師匠は絶対に覚えていたに違いない。だから直接伝言という手に出たのだろう。
騎士団の仲間では魔法で切り刻めないではないか。
ちなみに緊急用の魔法鳥を発見した時は、手紙に変わる前に魔法で撃ち落としてやった。間諜だと思った、と言い張ったのだが、後でこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
「……なんて言ってた?」
「うん、話したい事があるから顔見せにすぐ戻れってさ。はいこれ」
ウォルターは天位の杖をアデリシアに差し出した。
「私の杖!」
喜々として受け取り、巻かれた布を解いて、アデリシアは天位の杖を抱き締めた。
仮の予備杖を胸元に忍ばせているとはいえ、やはり馴染みのある杖が側にあると思うと安心する。
「あと、アディがこの国を出るのは絶対に許さないって。馬鹿弟子の居場所と行動は常に把握してるって言ってたよ」
「ええー……」
把握ではなく、それはもはや監視とはいわないか?
賢者の圧力がかかることを少しも予想しなかった訳ではないが、常に把握、とはどういうことだ。これはちょっと業腹だ。気持ちが悪い。
「なんでも魔術師塔でさ、二人きりできゃっきゃうふふだっけ?そんなんで魔術研究したいんだって。だから外の国に出すくらいなら回収するんだ、とか言ってた」
くそ爺。
誰が黙って回収されてなんかやるものか。
「それより賢者の爺ちゃんさ、俺達三人を魔法で一瞬でここまで送ってくれたんだ。地面が少しも揺らがないから凄いってジョルジュ団長も言ってた。あれほんと凄いよねえ」
「あの人が魔力使ったの?へえ……」
それは珍しい。アデリシアは意外に思った。
転移魔法は、位置設定に特に繊細な調整と、送られる人を守るための空間固定に割りと多目に魔力を必要とするのだ。
師匠は面倒臭がっていつも弟子や他の人にやらせることの方が多いのに。
「ここに着いたの、ホントあっという間だったよ。あとさ、帰りはアディに送ってもらえって言われた。力はもう戻ってるから大丈夫だって」
その言葉を受けてアデリシアはしかめっ面になる。
アデリシアがしばらく魔力を封じられていて、そして今それが既に解除されて元に戻っていることを知っているのだ。
「うぇぇ……」
さすがは賢者。
本当に把握されているらしい。
「ん……ちょっと待って、ジョルジュ団長?」
アデリシアは聞き返した。
聞き捨てならない名前をウォルターは出さなかったか?
「副団長を合わせた三人で一緒に来たんじゃないの?」
「違うよ?」
「来たのはジョルジュ団長とウォルターと俺だ。副団長は別」
黙ってウォルターに説明させていたカルロが横から口を挟む。
「ジョルジュ団長って関係なくない?」
アデリシアは首を傾げる。
「それが大有りだよ?今アディを賭けて戦ってるから」
「はあ!?」
「今、外でライアン団長とジョルジュ団長が戦ってるんだ」
自分が賭けられる意味がわからない。
何がどうしてそうなった。
「賢者の爺ちゃんがさ、アディをライアン団長にはもう任せられないから止めさせて回収するって言ったんだ。そしたら、回収するなら俺にくれってジョルジュ団長が言い出して」
「……勝手にやり取りしないで欲しいんだけど」
「うん、そうだよね。だから爺ちゃんは許可を出しただけだよ。本人がいいって言うならいいよって。許可はシルヴァール副団長にも出してたけどね」
シルヴァールを見ると、アデリシアに向かってふわりと微笑んだ。この上もなく優しい。
「貴女の父上からもライアンからも、貴女を丸ごと引き受けますよ?」
言外に込められた意味に気づいて、アデリシアは軽く頬を引き攣らせる。
一体何処から何処までが冗談だ。
本当に無理なんだけど。この状況。
「ん、そこの君、私を差し置いて、私の目の前でアデリシアを誘惑するつもり?聞き捨てならないな。アディを賭けて戦うとかどういうこと?」
笑いこけていたはずのマイカが話に入ってくる。
「兄様、ちょっと」
ややこしくなるから、今は入って来て欲しくないのだが。
「あらやだ、本当に聞き捨てならないわ。アデリシアを巡って男達で奪い合うの?」
なんと侯爵夫人までも興味津々ときた。
席を立って、嬉しそうに扇子を揺らめかせなら近付いてくる。
何故にそんなに楽しそうなのかアデリシアにはわからない。
「ジョルジュ団長とかいう方と、そこのシルヴァールとうちのライアン?」
「やだな、侯爵夫人、私もですよ?」
マイカは名乗りを上げる。
「そうでしたわね。失礼しましたわ」
侯爵夫人は笑って応じる。
笑って流せる内容か?
騎士団の仲間はそっと顔を見合わせる。
「……アデリシアに求婚というならウォルターもしてましたよね?」
シルヴァールが思い出して呟く。
「え?はあ……まあ、確かにそうですけど」
歯切れ悪くウォルターが応じる。
大体なんで今ここでそれ言うかなあ!副団長!
軒並ぶきらびやかな面子にウォルターは慄くしかない。
一緒にされても困る。剣で戦うとか無理だ。敵うわけない。
あれは半分冗談のノリだったのだから。
「あら貴方もなの。随分と楽しい状況に……うふふ。いい機会ですから、皆様、じっくりとお話をしましょうか?」
侯爵夫人は艶然と一笑した。