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賢者の伝言




「あーーーっ!置いてかれた!」

 ウォルターの悲鳴があがる。


「どうしたっ?」


 聞こえてきた悲鳴に、カルロは隣の団長室に飛び込んだ。

 見れば、ウォルターが手紙を手にしながら頭を掻きむしって悶えている。

 だが、書類が積み重なった荒れた部屋にいるのはウォルターただ一人だけだ。他の団員はまだ来ていないようで誰もいない。

 嫌な予感がする。


「あれ、団長や副団長はなんでいないんだ?確か泊まり込んでたはずだよな。どうした?」


 ウォルターに声をかけながら近寄る。

 当然見下ろす形になる。頭半分の背の差があるのだ。カルロはなんとなくウォルターの頭をぐりぐりと撫でた。


「ちょっとやめてくださいよ」

 髪が乱れる、とウォルターはむくれる。

 ぱっとした見た目は人形のような整った容姿だ。同性なのに、拗ねる姿はとても可愛いらしい。これを武器に女性と仲良くやっているのをカルロは知っている。しかし、その反面男には容赦なく、敵陣には笑いながら真っ先に斬り込んでいくという苛烈な一面もあるのも知っている。

 カルロはこの弟分のその性格の温度差が面白くてしょうがないのだ。ついからかってしまう。


「ああ、すまん。で、どうした?」

「だから置いてかれたんですよぅ」

 悔しそうにウォルターが地団駄を踏む。


「すぐ戻るから後を頼むってあるけど、きっとアディのとこに行ったんだ」


 ウォルターは持っていた手紙をカルロの胸元へと突き出した。

 書かれているのは一文のみ。

 しばらく開けるから後は宜しく頼む、と簡潔すぎる文だ。

 

「またあの人は……」


 カルロは肩を落とした。目眩がしてきた。

 上の二人がいないとなれは、必然的に次位にいるカルロに責任が回ってくる。

 文書整理は最もカルロの苦手とするところだ。それなのに、書類は山積みときた。

 これは、わざとなのか?だから逃げたのか?

 これらを全部片付けて出掛けるなら、何の文句の付け所もないのに。


「書類、まだ全部片付いてないよな、これ。また俺がやらなきゃなんないのか……?」


 そろりそろりと背後で足を踏み出したウォルターの襟首をカルロは掴みあげた。力任せに引く。


「どこ行くんだ?ウォルター」


 にっこりと笑われて、ウォルターの顔は引き攣る。

 厳ついカルロの笑顔はある意味怖い。


「いや、ちょっと散歩がしたいかなーなんて……」

「逃がすか」

「ちょっと待ってくださいよ!自分には団長を追いかけるという重要な任務が!」

「それは任務じゃなくて、単なる興味だろ。お前も手伝え」

 そのまま引きずって机に付かせようとする。

「うわーん、やだよー、つまんないよー。絶対に団長の所に行った方が面白そうなのにー」

「文句言うな。封書を開封して確認するだけでもいいからやれ」

「だからやだってば。そんなの面倒くさいよー」

 じたばたとウォルターがもがいていると、部屋の中をひょいと覗く顔が二つあった。


 長い髭を蓄えた老人と、黒髪長身の第二団長である。

 二人とばっちり目があってカルロは思わず襟首から手を離した。急に離されてウォルターがつんのめる。


「なんじゃなんじゃ、せっかく足を運んでやったというに。こちちにもおらんのか」

「そうみたいだな。無駄足になったぜ」

 口々に文句が飛び出る。

「賢者フレデリク様、ジョルジュ団長!」

 カルロは声を上げた。

 何故ここに。


「部屋に行っても、もぬけの殻での。アディちゃんを探しに来たんじゃがここにもおらんか」

「あ、アディはちょっと」

「ウォルター、黙ってろ」

 カルロは何事か言いかけたウォルターを制した。知られる訳にはいかない。


「おう、ライアンもいないのか?」

 ジョルジュ第二団長が尋ねてくる。


「はっ、所用で外出しました」

 カルロが畏まって応える。

 美丈夫といった表現のよく合う人物だ。黒い短髪に紫暗の瞳。カルロも背が高い方だが、ジョルジュはさらにその上を行く。さらに頭一つ優に越えた高さだ。数ある騎士団の中で一番背の高い人物で、扱う大剣が背に負われているのも目を引く。


「氷の坊主もおらんのう」

 ふむー、と唸るのは年齢不詳の老人賢者だ。

 アデリシアの魔力を見出し、鍛え上げた魔道の師匠である。ついでに彼女に天位を授けた人でもある。


「ええ、二人共困ったもんですよ、本当に」


 積み上がった書類と、団長席、副団長席が空いているのを交互に見て、カルロはため息を漏らした。


「すぐに戻るはずなんですが」

「せっかく話があったんじゃがのう。どうしたもんかのー」

 フレデリクも髭を撫でながら呟く。


「鳥でも飛ばしますか?」

 カルロは提案した。

 本来なら緊急用のものだが、賢者の用とあらば優先される。


「爺さん、どうするよ?」

 賢者であるフレデリクを爺さん呼ばわり出来るのは、親しいジョルジュならではである。カルロでは絶対に呼べない。


「んー、伝言がいいのう。伝え間違いがあるのは嫌じゃし、何より書くのが面倒じゃ」


「はいはいはい!そんなら俺、行きます!伝えます!」

 ウォルターが嬉々として手を上げる。


「おいこら」

 書類の山を前に一人だけ逃亡させるものか。

 カルロはふわふわの金髪を頭ごと手で掴んだ。指に強く力を込める。

「痛い、痛いって、カルロ!指が、爪も刺さってるから!」

「誰が逃がすか」

「他の奴らだっているじゃんか!そっちに頼めよ!」

 ウォルターが喚く。

「そりゃ来たらそうするけどな。この量だぞ?お前、一人だけ先に一抜けする気か?ずるいぞ」

「だって」

「まあまあ。二人で行けばいいじゃないか」

 ジョルジュが割って入る。


「ライアンが溜め込んだ書類だろ?戻ってからライアンに全部やらせりゃいいじゃないか」

「そう上手く行くなら、最初からこんな山積みにはなってないんですけどね……?」


 まあやらせますが、とカルロは深く溜息をついた。

 よく第二騎士団の連中が悲鳴を上げながら、ジョルジュを必死に探している姿を思い出す。

 今ここにいるジョルジュとて逃亡しているのではないのか?

 団長にやらせろ、というジョルジュの言葉を第二副団長に聞かせてやりたかった。

 カルロは、第二騎士団の苦労を思って、眉間を軽く押さえた。何処も似たようなものなのかもしれない。



「じゃ、二人に頼むとするかの。用件はこうじゃ。まずはライアンの坊主にじゃな」

 フレデリクは息をすっと吐いた。


「儂の可愛い愛弟子のことじゃがの、あやつのたっての願いでライアンに預けておったが、今後やめることにする。氷の小僧が欲しいと言うからの、本人が承諾するならそっちを認めると伝えよ」 


「え……それって、どういうこと……?」

 唖然としてウォルターが聞き返す。


「なんだ、お前ら、シルヴァールが次期新団長候補になってるって知らされてないのか?」


 先の戦で総団長が怪我を負い、勇退することになったのだ。引き留める話もあり、確定ではないが事態は動いている。

 確定すれば、第一騎士団の団長が総団長に、そのまま繰り上がってジョルジュが第一へ、ライアンが第二へ配属される。そして、シルヴァールが空いた第三騎士団の団長候補となっているのだという。

 元々、ライアンとシルヴァールの実力が拮抗しているのに家柄だけで副団長の地位に甘んじていたのだ。既に団長クラスの実力は皆に認められていた。


「知りませんよ。そんなの。初めて聞きましたし」

 だからこそ、この書類の山なのか。

 憮然としてカルロは積み上げられたものを睨む。あの中にその知らせがある気がしてならない。


「本当は儂、アディちゃんと一緒に魔術師塔できゃっきゃうふふと二人きりで魔法研究したいんじゃ。じゃがのう、どうしても嫌じゃと言うから、泣く泣く第三に入るのを認めたんじゃ。渋々じゃぞ?せっかく手塩にかけて育てたのに、騎士団なんぞに入団したいなどと。この悔しさがお主にわかるかの?」

「はあ……」

 カルロは同意を求められてとにかく頷く。逆らってはいけない。本能で理解していた。


「なのに横から奪われそうになるとはの」

 ふう、と大仰にフレデリクはため息を吐いた。


「ーー未熟者めが」


 一段と低い嗄れ声が団長室に響いた。吐き出された言葉に怒気が籠るのを感じ取る。

 カルロとウォルターはぎょっとするのを隠せなかった。

 第三騎士団には箝口令を引いたはずだ。

 アデリシアが出奔しかけた話は誰にも漏らしていないはずなのに、既に知られている……?


「阿呆面を晒すな。みっともない。馬鹿弟子の行動や位置ぐらい常に把握しておるわ。儂を誰だと思っとるんじゃ」


 フレデリクは飄々として言ってのけた。

 魔術師最高位の賢者様です、とカルロは胸中で答える。

 だが、最初に部屋に入ってきた時、アデリシアがいないとか言わなかったか?あれは我々の反応を見るためだったのか。

 好々爺を装う軽い口振りでつい流されそうになるが、侮り難い人物だ。

 カルロは黙して受け止めた。


「ライアンのクソガキめ、繋ぎ止めも出来んとは情けないことよ。第三の連中もたいしたことないのう。従兄弟だろうがなんだろうが知らんが、隣国に渡ることは儂ゃ許しとらん。そもそもあやつに任せたのが間違いじゃったわ」

「フレデリク様……」

 カルロはそれ以上の言葉が出なかった。

 怒涛のごとく冷や汗が出まくっている。


 ライアン団長、国の最高位の賢者を怒らせていますよ……!

 そして団員である自分達にその怒りの余波が来ています……恨みます、団長!なんでここにいないんですか!


「アディちゃんにも伝言をしてくれるかの」

「はっ」

「すぐに顔を見せに戻れと伝えよ。話したい事が色々とあるからの」

「わかりました。承ります」

 カルロは頷いた。


「ちょっと待ってくれ」

 黙って聞いていたジョルジュが口を開いた。


「なあ、爺さん、アデリシアを手放すのか?」


「手放すつもりはないわ。が、クソガキにはもう任せてはおけんからの。回収するわい」

 フレデリクが髭をしごきながら告げる。


「でもシルヴァールには許可すんだろ?じゃ、俺も欲しいから許可をくれ。可愛いし、それに天位だろ?魔術師三人分は能力あるっていうじゃん?俺、欲しい!」

 ちなみに賢者は十人以上の能力があると言われている。

 正確な計測をしたことがないので、通称だが。


「この阿呆め。アディちゃんを便利道具扱いする奴にはやらんわ」

「いや、大事にするって!マジで。俺、女性には超優しいし!ライアン倒したら俺に貰える?」

「まあ坊に従うかどうかは本人次第じゃがな」

「だからライアンとシルヴァールとついでにその隣国の奴を倒して納得させりゃいいんだろ?そんなら、爺さん、俺もちょっくら行ってくるわ。こいつらと一緒に送ってくれ」

 ジョルジュは嬉しそうに背後に抱えた大剣を後ろ手で撫でる。

 カルロはその姿を横目で眺めた。

 ライアンと剣を交えたがっているのにいつも断られている姿を思い出す。

 アデリシアの事がいい口実なのかどうか判別し辛いところだ。


「まったく……厄介じゃのう。騎士団はまこと手がかかる奴らばかりじゃ」


 フレデリクはぶつぶつと文句を言いながらも、手にしていた長い杖でとん、と床を突いた。

 三人を取り囲むようにして、瞬時に足元に赤い円が広がる。


「え、移動魔法?帰りは」

 どうすんの、と言いかけたウォルターに、フレデリクは机の上に置かれていたアデリシアの天位の杖を掴んで放り投げた。

 慌ててウォルターは空中で掴みとる。


「アデリシアに杖を使わせて皆で戻るがいい。力は……既に戻っている」


 言うや否や光の奇跡を残して、三人の姿は消えた。

 行き先はライアンの邸。直行便だ。


「さてと。どんな顔して戻るか楽しみじゃのー」


 鼻歌を歌いながら、フレデリクは団長室を後にした。

 誰もいない団長室に次に入った他の団員が、どうなったかは知る由もない。


 

感想、ブクマありがとうございます。

感無量です。


読んでくださる方が一人でもいてもらえる限り、書き進めたいと思います。


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