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公的な立場

 二回転移を繰り返して昼間訪れた街に着く。

 既にマイカ名義で宿に部屋がとられていた。昼間には監視されていると感じた街だったが、マイカの外套を深く被っていたし、深夜だから宿の主人にもアデリシアだと気づかれなかったようだった。

 部屋に着くと、マイカの護衛が二人待機していた。口々に置いていかれた苦言を呈してくる。アデリシアにとっては小さな頃から割と見慣れた光景である。


「ごめんなさいね?今回は私のせいなの」

 マイカの代わりに詫びると、二人は首を振った。


「連れて行けと言ってるのに全く聞いてくれない人ですからね。護衛の意味がない」

 護衛の一人は主を睨む。


「まあ、そう言ってくれるな。退路だって確保する必要があるだろう?使える魔力にだって限界はあるんだし」

 自らの荷物の袋を開けながら、マイカは笑った。袋の中から回復薬を取り出す。


「二人共これで回復を」


 頷いて、魔術師――イルトが受け取る。もう一方の回復薬を渡されて、アデリシアはこれを辞退した。


「まずはイルトさんが回復して?私はこの首枷から自分の魔力を取り戻すから大丈夫」


 アデリシアは喉元に手を当てた。

 割れた瞬間や、吸われた際に自然と拡散してしまった魔力があるとはいえ、この割れた魔石には魔力を随分吸われた。

 今は吸い出す力が消されているため、魔力を蓄積した単なる普通の魔石と同じだ。アデリシアは胸元から杖を取り出して、吸い取られた魔力を取り戻すべく術式を発動させる。


「わかった。じゃ、アディ、回復しながらでいいから聞いてくれ」

 マイカはソファに座って腕を組んだ。


「とりあえず魔力が戻れば、身の安全は図れる。アディなら打てる手はたくさんあるはずだ。そうだね?」

 聞かれてアデリシアは頷く。


「このままファランドールに一緒に向かうのもいいが、さっき侯爵邸でも気づかれただろう。術の残り香を追って追いつかれる可能性がある」

「ええ、そうね」

「当初の事態とは随分状況が違うから、確認のため一応聞いておきたいんだけど」

「なあに?改まって」


「少々大袈裟になるかもしれないが、アディが望むなら、絶対に断れないようにして国を渡る方法がある。だが、もう二度と戻れないことを覚悟して欲しい。それとも、やはりこの国に残るか。どちらにするか選べるか?勿論、どちらでも俺は喜んでアディに手を貸そう」


「……兄様?どういうこと?」


「私の『公的な立場』を使えば、国として申し入れて正式にアデリシアを迎え入れることも出来るって話だよ」

「兄様……」


 アデリシアは唖然としてマイカを見た。

 マイカが『私』という一人称を使う時がどんな時かは、アデリシアも知っている。

 マイカの公的な身分。

 ファランドールでは王族にしか側室を持つことは許されていない。

 叔母は公爵の妻ーー現国王の王弟の側室だ。

 外遊に来た王弟に見染められて叔母は隣国へと嫁したのだ。ただ、正妻が既にいたことと、身分の差があったことから側室としての嫁入りだった。

 現ファランドール国王には王子が二人いるはずだから、マイカの父親である公爵を数に入れてもマイカの王位継承権は確か一桁台の王族だ。少なくとも、確実に次期公爵を継ぐ身だ。

 そんな未婚の次期公爵がわざわざ隣国から女性を迎え入れたいと申し入れる。

 その意味がわからないアデリシアではない。

 例外がないわけではないが、いかんせん血が近すぎる。


「深く考えなくていい。他を黙らせるための建て前だよ、アデリシア。義妹として縁組してもいいんだ。それでも母上も喜ぶ。君が大好きだからね。亡くなられたお爺様ならともかく、あの伯父上のやり方は私もあまり好きではないんだ」

 アデリシアの扱いに対してはマイカは怒りを覚えていたようだ。

「で、どうする?」

「兄様にこれ以上迷惑を掛けたくないんだけど、今更って話よね?」

 騎士団をやめてこの国を出る、という単純な話ではなくなる。

 二度とこの地を踏まない覚悟はしていたはずだが、自分以外に言われると改めて不安を覚える。


「ライアンが娶ってくれれば、一番いい形なんだけどな」

 アデリシアは両手をあげた。 

「もう、期待するだけ無駄よ。団員に手を出すなんて有り得ないってしつこく言われたわ。だからもうやめるの」

「ふうん、じゃ団員じゃなくなったら?」

「別に変わらないんじゃない?国境越えに失敗したら、枷を嵌められたもの。まあ、黙って従わないと思ったからこれを嵌めたんでしょうけど」

 ぶちぶちとアデリシアは文句を付ける。

「それは……どうかな。逃したくなかったんじゃないか?」

「騎士団の魔術師してならそうかもね。私は彼の好みじゃないのよ。きっと。でもね、騎士団にいれば部下だからって優しくして貰えるの。期待したくなっちゃう。ほんと、優しくてひどい人」


 マイカは苦笑する。

 数度会った事のあるマイカの印象としては、ライアンはアデリシアに甘かった。表面上は厳しく接していながらも甘い。

 他の団員の手から守ると言いつつも庇護する姿は、まるで雛を守る親鳥のようだ。生温い目で見るものでしかない。周りはそう気づいているのに本人だけはそうと認めないのだ。だからこそ歯痒くもなる。


「今回のことも不問にするために動いてくれて……魔力が取り柄なだけのお馬鹿な部下なんてさっさと切り捨てて処分すればいいのに、でも見捨てないの。事が落ち着くまで自分の領地に匿ったりするなんて……中途半端に優し過ぎるのよ。いっそのこと冷たくしてくれれば、諦める努力をするのに」

 冷たくもしてくれないのだ。

「団長にはまだ私が泣いて庇護を求めていた頃の少さな女の子にでも見えてるのかもしれないわね……」

 まるっきり妹扱いだし、とアデリシアは渋面になる。

「妹ねえ……。まあ、そのお陰で俺はアデリシアを連れて行けるならいいけど」

 マイカは柔らかく笑って頷いた。


 ライアンへの憧れから、騎士団入団を果たしたアデリシアの努力は並々ならぬものだった。

 従兄弟としてずっと見守るつもりだった。

 だが、戦に出たりして命の危険に晒すことや、何年も気をもたせるような状況を続けさせることは本来の趣旨とは異なる。見守る対象ではない。

 アデリシアのファランドールへの入国許可を発行させたのは、ライアンに対して色々と牽制するためだった。

 入国許可を武器に交渉するかと思ったら、そのまま出奔しようとする辺り、アデリシアも相当煮詰まっている状況のようだ。

 もっとうまくやればいいのにとマイカは思うが、出来ないのが彼女の性分なのだろう。

 しかし、ライアンも領地に魔力を封じてまで彼女を閉じ込めようとする辺り、まだまだ交渉の余地は残されている気がする。

 騎士団の魔術師として必要な存在だけならば、魔力を奪った普通の女性としてわざわざ自分の領地に留め置く必要があるだろうか?


「悪いようにはしないから安心していい。もう話は終わりだ。夜も遅い。少しお休み」

 マイカはアデリシアの頭を撫でて、隣室へと促した。


 確実に追手は来るだろう。

 わかっていて、国境へは向かわず隣国へも跳ばなかった。あえて宿屋をマイカの本来の名で押さえ、ファランドールの国の印象をつけた。無碍にはできないはずだ。


 自分のものだと思っていた存在が、はっきりと目の前から消える状況になったら、あの理性の塊はどう行動するかな。


 幼い頃、自分の味方は母と祖父と従兄妹だけだった。

 命を狙われる不安な状況で、従兄妹の無邪気な笑顔に何度救われただろう。それなのに巻き込んで危険に晒したりもした。それが、彼女の一生を左右するものになるとは露ほども思わなかった。償いになるかはわからないが、貸せる力は存分に貸す。

 これからの予定を説明するべく、マイカは護衛達を集めたのだった。



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