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魔石の破壊

 アデリシアはカーテンを開ききり、音を立てないように窓を開いた。

 窓際に立てかけていた杖を取って横に大きく振る。

 応えがあった。外で再び光が明滅する。

 アデリシアは、杖を胸元へと半分差し入れた。杖は光を帯びたままだ。

 窓に足を掛けて身を乗り出すと、ふわりと身体が浮いた。杖を目印に浮遊魔法をかけてくれているのだ。

 アデリシアは思い切って窓枠を蹴って二階から降りた。そのまま空中を浮きながら、点滅する光の方へとゆっくりと運ばれていく。

 運ばれていく視野の先には外套を纏った二人の男の姿があった。

 魔術師らしい一人は杖を片手に呪文を唱え続けている。浮遊魔法をかけてくれているのはこの男か。

 隣を見ると、カンテラの灯りの向こうに金色の髪に緑の瞳の人物と視線がぶつかる。もう一方はマイカだ。


「兄様!」


 アデリシアは浮きながら、マイカへと手を伸ばした。

 すぐに手が伸ばされて両腕に抱きとめられる。


「アディ!良かった、無事だね?」

「うん、兄様、来てくれてありがとう」

 手を取られながらその場に立つと、アデリシアはマイカへと抱き着いた。


「あいたたっっ!ちょっと待って」


 胸に挟まったままの杖が喉に軽く刺さってアデリシアは呻いた。すかさず取り出して光を消す。そして、改めてマイカに擦り寄った。


「こんなところまで来て下さってありがとう。兄様。お忙しいのにごめんなさい」

「いいんだ。向こうで待ってたのにずっと来ないから心配していたんだ」

「ごめんなさい。なかなか連絡出来なくて」

「それより、ここはあのライアンの屋敷なんだろう?いいのか?」

 

 想い人の家なのだろう?とマイカは尋ねてくる。

 アデリシアは肩をすくめる。

 

「いいの。どうせここには団長はいないし」

「お前の事だ。勢い余ってライアンの家にまで押しかけたのかと思ったよ」

「兄様ったらひどい。さすがに違うわよ。国境越えを咎められて監視ついでにここに閉じ込められただけ。悲しいことに私はライアンに全く相手にされてないんだから」

「こんなに魅力的なのに。アディはもっと他を見るべきだよ」

 マイカは心配そうにアデリシアの頬に手を当てる。


「兄様、それもう何度も同じこと言ってる」

「お前だってそうだろう。大体、女性が騎士団に入るなんて……戦に赴くのだって俺は反対だったんだ。お前が怪我でもしたらと思うと気が気じゃなかったよ。あの時の義理は、もう十分に果たしたと思うけどね」

「言わないで、兄様。だからいいの、もう」

 泣きそうな顔でアデリシアは首を横に振った。


「なんか未練があり過ぎて振り切れたって様子だね」

「うん……色々とね。でも、父様の方が私は許せない」

「あの伯父上か。アディのことだ。黙ってるわけないよな。反抗したんだろ?」

 マイカはにやりと笑った。アデリシアは頷く。


「当然、反抗しまくったわよ。でも、父様には、既に騎士団に辞表を送ってあるからすぐに花嫁修業に行け、と言われたわ」

「それは……随分なことだね」

 マイカは眉を顰めて呟いた。

「結局のところ、魔術師だろうがなんだろうが、父様にとって女は家のための道具でしかないのよ。本当の意味では私は必要とされてはいないのを思い知ったわ」

 アデリシアは悲しそうに少し笑ってマイカを見た。

 その頭を撫でて、マイカは慰めるようにそっと抱き締めた。

「ああ、アディ。可哀想に」


「マイカ様」

 傍に控えていた男が声をかける。


「そうだな。とりあえずその枷をなんとかしないとな。頼む。やってくれ」


 マイカはアデリシアを腕の中から出して、彼女に足元に置いたカンテラを取り上げて近づける。

 アデリシアの首元を照らすと、男は首枷の魔石へと素早く符呪を張り付けた。ぱりぱりと雷光が走り、符呪が反応し始める。続けて男は呪文の詠唱を始めた。

 間もなくして、符呪が魔石に溶けるように飲み込まれていく。ばきんという音と共に魔石にひびが入った。枷はそのまま外れてはいなくても魔力が吸われるのは瞬時に止まる。

 それがわかってアデリシアは安堵した。

 じんわりと身体中に魔力が満ちていくのを感じる。風が身近なものになる。暖かい魔力の感触が戻って来ていた。

 右手のひらを見つめて集中してみる。さわりと大気が反応して、手のひらに丸く風が集まる。アデリシアはその風を握り込んで散らした。

 

「助かりました。ありがとうございます」

「いえ」

 礼を述べると解呪してくれた魔術師は小さく頷く。


「それより街まで跳べますか?」

「いいえ、まだそれほどの魔力は戻っていないわ。これ以上減り続けなくなったって状態なだけよ。回復にはちょっと時間が必要」

「ならば急いだ方がいいかもしれない」


 言葉に促されて背後を見ると、館の明かりが次々と付けられていくのが目に入る。

 気づかれたのだ。


「ああ、忘れてた。手練れの家令がいるのよ。兄様が容易く負けるとも思わないけど、きっと面倒なことになるわ。相手にはしない方が得策よ」

「わかった。イルト、行けるか?」

 マイカは魔術師に尋ねる。イルトと呼ばれた魔術師は頷いて返した。


「解呪で少々力を使いましたので、距離は稼げませんが二回くらい跳べば街には着くかと。移動しますか?」

「やってくれ」


 マイカはアデリシアの腰を片手で抱いて引き寄せた。アデリシアも彼に寄り添う。魔術師はマイカのもう一方の手を取った。

 とん、と長い杖を地面に付き、魔法印を発動させる。

 移動の魔法術式が描かれた円陣が赤く発光して、即座に足元に拡がる。

 揺らぐ視界の隅で、家令が、少し遅れて従僕達が玄関から飛び出して来るのが見えた。

 アデリシアは目を閉じて、見ないようにしたのだった。



*****



 扉が強く叩かれる音にライアンは目を開いた。時計を見ればまだ深夜遅い時間だ。

 まだ、眠いが仕方ない。ここ数日、家にも帰らず団長室に泊まり込んでいたのだがそれが裏目に出たか。


「ライアン、起きてますか?」

 続けて声が投げかけられる。

 シルヴァールだった。彼も隣室で仮眠していたはずだ。


「ああ……起きている。というか今起きた」

 髪をかきながら、ライアンは仮眠用のソファから起き上がった。かけていた上着が落ちる。

 片手で拾って埃を払っていると、扉を開いてシルヴァールが入って来た。彼もまた寸前まで休んでいたのだろう。腰までの青銀色の髪は緩く束ねられているが、服には皺が入っている。


「何かあったか?」

「窓の外に侯爵家からの緊急連絡が来ている様ですが、気づいてない様子なので」

 知らせに来たのだ、とシルヴァールは告げた。

「悪い……知らせてくれて助かった」


 欠伸をしながら窓の外を見ると、緊急用の黄色い魔法鳥がばたばたと飛んでいた。

 立ち上がって窓を開けると、すぐに中へと飛び込んでくる。ライアンの手に入るや否や手紙へと姿を変えた。

 家令からの手紙だった。

 読み進めてライアンは渋面になる。


「――アデリシアが邸から逃げたらしい」


「え……魔力も奪われて、天位の杖もここにあるのに?」

 シルヴァールは机上を指し示した。

 アデリシアの天位の杖が、人質よろしく布に巻かれて置かれている。


「ああ。その状態で、だ。男が二人、逃亡に協力してたらしいぞ。で、我が家の従僕達は最初お前とウォルターを疑ったようだ」

「あり得ません。ずっと王都にいましたから」

 シルヴァールが眉を顰める。

「冗談でもお前達が求婚なんかしたりするからだ。だが、すぐに違うと気づいて、今痕跡を追ってるそうだ。ああ、追加が来たようだな」


 窓から再び鳥が飛び込んでくる。今度の鳥は先程よりもさらに小さく、淡い水色を帯びている。


「さっきと色が違うようですね」

 シルヴァールが首を傾げる。

 ライアンが手を出すと、これも瞬時に手紙へと姿を変える。


「これは珍しいな……俺の友人からだ」

「ご友人?それもアデリシアの情報ですか?」

「ああ。魔法の才があるくせに無類の本好きでな。本屋を営んでる変わり者だ。なに、未来の侯爵夫人の身の危機にて緊急連絡……何言ってるんだあいつは。領地の奴らは母上に洗脳でもされてるのか?」

 シルヴァールが目を輝かせる。

「面白そうな友人のようですね」

「言ってろ。マイカという名前に覚えはあるかだと……?」

 ライアンはしばし考え込んだ。

「団長?」

「ああ……思い出した。あいつか」

 ライアンは思い当たって髪を掻きむしった。

 寝惚けている場合ではない。


「誰なんです?」

「確かアデリシアの従兄弟だ。前にアデリシアと一緒に襲われていたのを俺が助けたことがある。子爵邸に住んでいると聞いていたんだが……くそっ!そういうことか」

 ライアンはぐしゃりと手紙を握り潰した。

「なんなんですか」

 問うたシルヴァールに、ライアンは潰したままの手紙を渡した。

 皺を伸ばすように広げてシルヴァールは中身を読む。


「隣国ファランドール風の衣服を纏ったマイカという男が、宿屋に宿泊していて、アデリシアをそこに連れこんだ、と書いてあるだろう?」

 女を寝盗られる危機だが黙って見逃すのかこの阿呆め、と散々な文句が書いてあるのだが、そこまではわざわざ説明しない。


「隣国ってまさか」

「そのまさかさ。アデリシアが頼ろうとしたのは兄じゃない。従兄弟だ。そうか、あいつ、今はファランドールにいるのか……」

 考え込むかのようにライアンは腕組みをする。

 

「……で、団長はそれを聞いてなんで落ち着いていられるんです?」

「うちの家令が追ってるんだ。足止めなら問題ない」

 ライアンは肩を竦めた。

「あの人ですか……。まあ、団長がそう言うならそうなんでしょうね」

 筋骨隆々の有能な家令を思い出して、シルヴァールはため息をついた。

 彼は幼い頃からのライアンの剣の師匠でもある。

 シルヴァールも稽古をつけてもらったことがある。

 挑んでも未だにまともに勝てたことは一度もない。なんであのような手練が家令をやっているのだろう。そんな人物を雇える侯爵家は極めて謎だ。




「団長。この際だからはっきりと聞いておきたいのですが」

「なんだ」

「今後、貴方はアデリシアをどうするつもりなんですか?」

 シルヴァールはライアルを正面から見据えた。

「わかっているだろう。騎士団に戻す」

「聞きたいのはその後の事ですよ。連れ戻すだけですか?」

 

 連れ帰ってはい終わり、とは現実はそうは行かない。

 子爵家に面会を申し入れたが、やはり受け入れられることはなかった。

 伝言を頼んでも返ってきた返事は、アデリシアは騎士団を辞めさせて嫁入りさせる、との子爵の言葉だけだった。

 結婚話を撤回させる約束は未だ果たせていない。今、アデリシアがライアンの領地にいるということさえもまだ伝えられていないのだ。

 


「自分に好意を向けてくれる年下の女性がいる、そんな状況を騎士団の皆が羨んでるのは知ってますね?元々男所帯ですし、皆女性に縁は薄い。うちの紅一点をそれこそ皆、妹や姉のように大事にしている」

「ああ、そうだな」

 ライアンはゆっくり頷く。

「うちの騎士団にとっても、彼女の魔術師としての力が大きな戦力であることは確かです。だが、父親として、一人の女性としての彼女の幸せを願うエルバルト子爵の願いもわからないではない」

 元々貴族の女性が働くこと自体が珍しいのだ。

 15才で嫁ぐこともある例からすれば尚更だ。アデリシアは既に21才だ。


「ライアンはいつも部下だからとか団員だからと言ってアデリシアから逃げているでしょう。じゃあ、団長ではなく、一人の男としてはどうなんです?きちんと考えたことがありますか?」

「…………」

 質問されてライアンは押し黙ってしまった。


「もしかして、第二騎士団の前団長のことを考えてますか?あれは女癖が悪くて、そりゃあひどいもんでした。更迭されたのも当然です。それを貴方が同じ轍を踏まないようにしていることもわかってる」


 前団長は無類の女好きだった。

 騎士としての力はあったものの女癖は悪く、無体を働く事が多かった。そして、無理やり同じ団の女性に手を出した結果、その女性は自らの命を絶つ羽目に陥ったのだ。ライアンとシルヴァールの数少ない女性の同期だった。


「団の規則だから。そんなのはわかってます。でも、ライアン。アデリシアは貴方の妹じゃないんですよ?」

「そんな事はわかってる」

「いいえ。きっとわかってない」

 シルヴァールは首を振った。


「貴方はずるい人だ。実の妹みたいに可愛がっておきながら、貴方はアデリシアからの好意に対して、真正面から返事をしていない。いつも、のらりくらりと躱しているだけだ。その気がないならないと、何故はっきりと彼女に返事をしてやらないんです?」

「躱しているだけ……?いや俺は」

 ライアンは戸惑いをみせる。


「自覚がないんですか?まったく質が悪いな」

 シルヴァールは、ライアンの胸倉を掴んだ。

「ならば、はっきり言いましょう。貴方はね、アデリシアから向けられた好意に対して、嫌いだとはっきりと拒絶したことは一度もないんですよ!」

 言い切ってから、シルヴァールは突き放すように手を離した。

 ライアンは目を見開いた。僅かによろめく。

「俺、は…………」


 そんなつもりはなかった。

 なかったのだが、しかし。そうなのか?

 慕ってくれた一人の女性を自分はどう扱っていた……?

 ライアンは愕然として己の両手を見た。

 わからなくなった。


 妹みたいなものだから。部下だから。団員には決して手は出さない。

 確かにそう繰り返し述べていた。 

 かつて命を救った小さな少女は、成長して綺麗になって目の前に現れた。魔術師としての力を持って、自分の力になりたいと入団してきてくれた。それがくすぐったくもあり、嬉しい反面絶対に守らなければと思った。二度と間違いがあってはならない。自他を厳しく律した。団長自ら見本を示さねば、団員は従わない。それもあって厳しくしたはずだ。


 だが、それが部下でなかったら。

 騎士団の人間でなかったとしたらどうだろう。

 いや、庇護の対象だ。そんなことを考えてはならないと、自分に言い聞かせてはいなかったか。


「浮いた噂もあまりないし、ライアンは女性の扱いにも長けているわけではないでしょう。だから照れているだけかと思ってました。でもそれはおそらく違いますよね」

 シルヴァールはライアンの表情を見ながら続ける。


「人に嫌われたくないとは誰しも思うことです。しかし、嫌いなら嫌いだとはっきり振ってあげるのも彼女のためですよ。そうでないなら応えてあげるべきだ。彼女は部下かもしれないが、妹じゃないんです。都合よく傍にただ置き続けるなんて、そんな関係はずっとは続きませんよ」 

「少し……考える」

 眉根を寄せてライアンは低く答えた。


「そうしてください。どちらにしろ、領地へは向かうのでしょう?」

 問われてライアンは首肯した。

 領地までは馬で駆ければ四刻程。今から出れば朝には着く。足止めがあれば間に合うだろう。

「また、夜駆けになるな……」

 ライアンは袖を通すべく上着を取りあげたのだった。

 




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