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白い鳥

 納品されたドレスを試着していたら、時間が経過してしまう。それから外に出れば、夕方遅くになるかもしれないが心配しないでほしい。


 アデリシアが、あえてそう言い出してみたら、午後すぐの外出が許された。夕暮れ時や夜の外出を警戒したのだろう。

 とてもわかりやすい。狙い通りだ。

 あまり事がうまく運び過ぎて不安になるが、疑ってもしょうがない。世話になっている身なのだ。許可が出ただけましだ。

 このような機会が再び訪れるとも限らないのだ。出来る手は打っておくつもりだった。



 ここに至るまでの方角、距離は覚えた。

 風向きが分からないのが残念だが、贅沢は言っていられない。

 侯爵家の馬車に乗りながら、アデリシアは図書室で暗記した地図と辺りの風景とを照合、合致させていた。

 市街中心部からは少し離れた北寄りの小高い丘の上の邸宅、というのが、侯爵家の大体の位置のようだ。

 緩やかに下る道。曲がりくねっているが一本道で側道はない。あるのは細い川と川向こうに見える獣道くらいか。


 始めに外を観察していた時にはやんわりと咎められたものの、馬車に酔いやすいので風景を見た方が気分が紛れるのだといえば、大丈夫だった。窓を開けることは認められなかったものの、カーテンの合間から覗く事を許してくれた。

 子供ならまだしも、令嬢が外を観察するなどあまりない。これにはセシリアも従者もさらには御者ですら、呆気にとられたようだ。一風変わった子爵令嬢の印象をさらに強めたことと思う。

 そもそも、子爵令嬢が魔術師でしかも天位持ち、ただでさえ女性数の少ない騎士団の所属とくれば、王都でもすでに珍種扱いだ。奇異の目で見られることには慣れているから、あまり気にはならなかった。



 ショールで首枷を隠すように喉まで覆いながら、アデリシアは自分の身に纏ったドレスをそっと見下ろした。柔らかなドレープの深緑色のドレスの裾は躓きそうなほど長い。それを防ぐために高いヒールを履いている。これでは走って逃げられないのは確実だ。

 アデリシアはぎゅっと手提げ袋を握り締めた。

 持ち主以外開けないような魔法がかけられているから、おいそれと奪われない限りは大丈夫なはずだ。だが、これが最後の生命線だ。どうにかしてこの手提げ袋を手元からずっと離さないように出来ればいいのだが。

 裁縫道具があればドレスに色々と仕込んだり出来るのだが、着替えてしまえば意味がなくなる。それにもっとシフォンの利いたものか、がっつり襞が固いものでないと重さでかえって隠した部分が目立つだろう。このドレスでは駄目だ。

 服を選ばずに、何かを身につけるならやはり腿の辺りか。ただ取り出す際にドレスの裾を一々捲らねば取り出せないというのが、難点なのだが。

 コルセットはぎゅうぎゅうと締められているし、杖を隠して収納したことで、精一杯だ。

 とりあえず腿部分に隠すことが出来るような何かを調達しようとアデリシアは決めていた。



*****



 靴は申し分ない出来映えだった。

 あとは飾りをつけるだけ、という所まで出来上がっていたから、どれだけ仕事が早いものかと思う。

 侯爵家の力を見せつけられた気がした。

 そもそも紋章付きの馬車だ。降りただけで十分過ぎるほどに周囲からの視線が集まる。よく聞こえないが、周囲で噂をされているようだった。

 伝わる雰囲気は険悪ではないから良しとするものの、これでは、街全体に行動が監視されているのと同じである。

 これを想定しての外出なら、侯爵夫人に一杯喰わされたとしかいうより他はない。おそらくは訪れる場所には、逃げられないよう先に手が廻っていておかしくないだろうと容易に想像がついた。

 ここで嘆いても仕方が無い。気を取り直して、アデリシアはとりあえず目的の書店へと向かった。


「魔導書を見せてほしいのだけど」


 許可証を見せると、侯爵家馬車の紋章効果もあってか、店主はすぐに魔導書の保管場所へと案内してくれた。勿論許可のあるアデリシアと店主のみ。セシリアと従者は保管場所の出入口で待機となる。出入口は一つしかないから、問題ないと踏んだのだろう。二人も無理に付いてくるということはしてこなかった。

 厳重に管理された部屋に入ってみれば、王都にあるものには及ばないまでも最低限の数は揃えてあるようだった。


「何をお探しでしょうか?言って下されば、お望みのものをお出ししますよ」


 系統立てて管理しておりますから、と店主は得意気だ。

 魔法に対して抵抗感はない店主のようだ。むしろ造詣の深い印象を持つ。眼鏡をかけ、控えめに伸ばされた金髪をゆるく束ねている様子からするに、少しは魔法を使うことが出来るのかもしれない。

 だからこそ、この蔵書量か。


「風に関するものがあればいいわね。何かあるかしら?あと魔道具とかは取り扱ってるの?杖や魔導石なんかがあると嬉しいのだけど」


「残念ながら……魔道具類に関しましては、こちらには。申し訳ございません。王都から取り寄せることも種類により可能ですが、数日頂くことになります」


 店主の言葉とは裏腹にそこかしこに魔法の気配がする。これは書物だけではないはずだ。何か他にも隠してある。

 にこにこと愛想よく笑う店主の様子に、これは侯爵家からの圧力で自分には売るなと釘を刺されているのだろうと推測する。

 そして、魔道具に関して話した事も報告されるのだろう。


「そう、残念ね……道具は諦めるわ。じゃ本を見せて」


「ご希望の内容ですとこの辺りでしょうか」


 店主が、背を向けて数冊選び出し始める。

 アデリシアは胸元に隠した紙を取り出して、小さく呪いを唱える。


「あ、その隣の本も見たいわ」


 店主の背後に近寄り、肩に手を添えるようにして上の棚を指し示す。店主は言われるままに手を伸ばした。

 アデリシアはもう一方の手で、店主のエプロンの紐にひっかけるように呪文を書き記した白い紙を挟んだ。


「こちらでしょうか」

「ええ、それよ。ありがとう。吟味させてもらうわね」


 アデリシアは机に移動して、選んだ本を並べてもらい、中身を見ていく。


「これとこれ。面白そうね。二冊いただくわ。これ、包まないでベルトで束ねてくれる?手持ちで持って帰りたいの」


「わかりました」

「じゃこれを」

 アデリシアは手提げ袋から金貨を取り出した。


「お嬢様、お代は結構です。侯爵様からーー」

「いいえ、受け取って?これは魔術師としての買い物だもの。お世話になることが出来ないの」

「しかし」

「そうでないと魔術師長に私が怒られてしまうの。わかって?」

「はあ……」

「あなたは魔術師に魔術師の本を売っただけ。侯爵家は関係なし。お財布が違うだけよ。それで私は怒られない。それでいいじゃない」

「まあ、お嬢様がそうまで仰るのなら」


 店主は渋々頷いてアデリシアから金貨を受け取る。

 エプロンのポケットから銀貨のお釣りを渡されて、アデリシアは手提げ袋に仕舞い込んだ。


「それより、お世話になっている侯爵夫人にお土産を買って帰りたいの。お好きなものとか何か知らないかしら?セシリアに聞けばすぐにわかると思うけど、セシリアが知らない新しいお菓子の情報とかがあると嬉しいわ」


「それなら、隣の店に聞けば詳しい者がおります。聞いてみましょう」


 保管場所から出るように促されてアデリシアは従う。

 店主は部屋を出て鍵をかけると、向き直ってからセシリアと従者に軽く頷く。

 やはり行動は筒抜けのようだ。

 二人の傍を抜けて、店主は入口の扉店を開いた。隣に向かうように歩いていく。

 窓越しに店主の姿が見えなくなった瞬間、後ろ手でアデリシアは印を結んだ。

 店主の背で、白い紙が瞬時に白い鳥に変形し、空に飛び立っていく。傍目にはただ店主近くにいた鳥が飛び立って行ったように見えたはずだ。

 空の遠く、白い軌跡が微かに消えていくのを確認してアデリシアはそっと息を吐いた。

 

 良かった。上手くいった。

 これで、隣国の兄の元へと着くはずだ。


 アデリシアは立ちくらみを起こしかけながらも、傍の戸棚にそっと寄りかかった。平面上は極めて冷静さを保ち、荒くなりかけた息を深呼吸して堪えた。


 魔法が使えない、と事あるごとに発言していたアデリシアだが、実は使えないわけではない。

 ライアンによって嵌められたのは、魔力を吸い取る首枷だ。

 魔力を吸う魔石が嵌められた首輪をしているだけ、なのであって、直接的に術を禁じたり封じられたりしているわけではない。使用できる魔力の大きさが極限にまで削られているだけで、杖の補助さえあれば小さな魔術は起動出来るのだ。


 なぜ、杖を手にしてすぐに侯爵家で術を行使しなかったかといえば、それはあの家令を意識してのことである。

 術を行使したら、すぐバレるように発動する仕掛けが屋敷にかけられていたとしてもアデリシアは驚かない。

 むしろそれを十分警戒すべきだと思ったから実行しなかったのである。アデリシアはあの家令はそれぐらいの要注意人物と見て警戒していた。


「アデリシア様?」


 従者が本を代わりに持とうとして近づく。それを断るとセシリアが声をかけて来た。


「ああ、魔導書だから、ね?仕掛けがないと思うけど、一応何があってもいいように私が持つようにしてもらったの。だから気にしないで」


 これに関しては支払いも持ち運びに関しても、自分で行うとアデリシアは告げる。


「そんな、いけません、アデリシア様」

「いいの。これくらいの我儘はきいて?この袋に許可証と一緒に少しはお金も入っているのよ。今日だって、昼間から侯爵様の紋付きの馬車だって出して貰っているし……何かお礼がしたいの」


 焦った様子のセシリアに、アデリシアは宥めるように伝える。


「だから今ね、ここの店主に街で何か新しい美味しいお菓子とかの情報がないか聞いてもらってるの。だって、私、侯爵家にずっとお世話になりっ放しじゃない?到底、戴いたドレスとか靴とかには及ぶはずもないけど、少しでもお礼がしたいの。ね?お願い、お土産を買うくらいいいでしょう?」


 怒られても自分が責任を持つからと説明していると、店主が戻ってきた。

 通りの二つ向こうにある菓子屋が、新作を販売しており、これがかなり人気があるのだと言う。


「情報ありがとうございます!ほらほら、早く行かなくちゃ売り切れちゃう!」


 アデリシアは二人を急かして、急ぎ足で店を出たのだった。

 

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