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魔術師の杖

 仕立屋から仮縫いの仕上がりが完了したと連絡があり、午後にも納品に来る事になった。ただ、靴に関してはまだ仕上がらないのだという。


 チャンスが来た。


 アデリシアはドレスが届いた後でいいので、その靴の仕上がりの確認、ついでに領地の商店を幾つか見てみたいのだけど、とセシリアに聞いてみた。


「奥様の許可が必要となります」


 やはり、ライアンのいない間は、自分の身は侯爵夫人の管轄下に置かれているらしい。アデリシアは道理で、と納得する。

 ここ数日、暇があれば侯爵夫人に呼びつけられ、茶会を開く準備とか刺繍の会とか、アデリシアの最も苦手とすることを手伝わされていたのだ。

 アデリシアとて子爵の娘。幼い頃から親に身体に叩き込まれているため、普通程度には出来る。途中魔術師修行に入ったとはいえ、基本は修めた。やれば出来ないことはないが、要するに面倒なのである。

 いかんせん、魔力はほぼ使えず、日中やれる事もないのだ。ここに世話になっている以上、従わざるを得ない。嫌々ながらもこなしていた、というのが実情だった。


 身分保留にされているとは聞くが、実際離れてみるときつかったはずの騎士団の訓練がむしろ懐かしい。

 この屋敷で、身体が鈍らないようにこっそり訓練を、とも考えたが、すべて武具はアデリシアの目の届く範囲から遠ざけられているようで手に入ることはなかった。ドレス以外の着用も許されなかった。騎士団にいる間はコルセットをせずに楽な格好でいたため、ここではドレスを着ることこそが正に苦行に他ならない。

 与えられた部屋を出れば、必ず誰かがついて回る始末。

 逐一行動を監視されているようで、全く持って落ち着かない。また、姿がはっきりと見えなかったとしても、見られているという視線をびしばし感じていた。

 何かライアンからの命があるのかもしれない。


 一刻後、返ってきたセシリアからの返事はあまり芳しくないものだった。やんわりと遠回しで断られた。

 思った通りだった。

 それならば、とアデリシアは困った体を装った。


「あまり人には言う事はないのですが国命があるので……困りました。書店だけでもいいんです。他は行けなくても構いません。なんとかなりませんか?」


 風の天位をチラつかせて、国からの命で天位には魔導書の勉強継続の必要がある、と訴えてみた。この屋敷にも図書室はある。だが、天位が欲する魔導書まではないだろう。

 すると、かなり待たされた後で、護衛が付くことを条件になら、と許可が出た。


「護衛?ありがとうございます。今は私、魔術は使えませんから助かります」


 アデリシアは魔力封じの首枷を指し示した。

 セシリアが頷くのを見て、してやったりと思いながらも、丁寧に礼を言う。

 天位を伊達に苦労して取得したわけではないのだ。

 あまり魔術師の生態については、巷には詳しく知られていないはずだから、天位という名を出せば、色々とハッタリが効く。

 魔術に関しては、勝手に自らが研鑽していれば良いのだ。実は国命などはない。外に出る口実だ。

 あと願いはもう一つ。


「ああ、でも団長に天位の杖を預けてしまったんだっけ。困ったわ。いつもは杖を見せれば大丈夫だけど、今は無理ね。私の鞄の中に魔道書の購入許可証が入っているの。それがないと購入出来ないのだけど」

「鞄から許可証をお持ちします」


「でも……見てすぐに分からないかも。それにあの鞄は魔法鞄だから、私でないと開けない鍵が掛かってるし。返して貰えると一番いいんだけど」

「申し訳ございませんが、鞄はお返し出来ません」


 ライアン様の命で、と続けられて舌打ちしそうになる。

 やはり、手を打っていたか。


「じゃ、貴女の目の前で開くから、ダメ?ここに私の鞄を持って来て貰えません?許可証だけ取ったらすぐにその場で返しますから」


「……家令に確認して参ります」


 頷いてアデリシアはセシリアが部屋を出て行くのを見送る。

 こう言われれば断れないはずだが、どう出るだろうか。


 あの腕が立ちそうな家令の許可か……。


 鋭い眼光。理知的な判断。服を着ていてもわかるあの筋肉の付きと身のこなし。騎士団の猛者を見てきたから判る。相当出来るはずだ。実力主義の騎士団に入ったら、かなり高い位置に行くだろうことは間違いない。

 アデリシアの魔法が完璧な状態で使えるのならば、なんとかなるかもしれないが、彼に素手で渡り合おうとは決して思えない。絶対に負ける。それ程の相手だとアデリシアにはわかった。

 祈るような気持ちでセシリアの到着を待った。



*****


 良かった。

 あの家令じゃない。


 セシリアに続けて部屋に入って来た若い男の従僕が、自分の鞄を抱えているのが目に入る。その姿を見て、アデリシアはそっと胸を撫で下ろした。

 許可が下りたのだ。

 

「ありがとう!助かるわ」


 アデリシアは従僕から奪い取るように鞄を手にする。

 ひょいと片手で持ち上げて机の上に置くと、従僕は驚いたようだった。

 彼は重そうに両手で抱えてきたのだ。


「ああ、これ、魔法鞄だから持ち主なら半分以下の重さに、他の人なら3倍の重さに感じるように元から魔法がかってるの。ごめんなさいね?盗難防止なの」

 

 説明すると得心したようで、従僕は頷く。だが、部屋は出ようとしない。監視、か。

 だがしかし、それすらも想定の範囲内だ。


「じゃ、開けるわ。ちょーっと眩しいかもしれないから、二人共、目に気をつけてね?」


 アデリシアは鞄の口にわざと手を滑らせた。仕掛けを発動する。決められた順序で開かなければ、持ち主が開いても発光する鞄なのだ。

 口が空いた瞬間、魔法鞄が鋭く発光した。セシリアと従僕が手を顔に翳す。


 今だ。

 アデリシアは光に構わず鞄へ手を突っ込んで、定位置から一つの手提げ袋を取り出した。気づかれないように、魔導の印も改めて中へと打ち込む。


「はい、終わり」


 鞄の口をばちりと閉じて、アデリシアは二人を見た。

 瞬時に発光が収まり、目を瞬かせている様子にくすりと笑う。


「もう光らないから大丈夫。はいこれ」


 アデリシアが片手で取り上げて渡すと、従僕はやはり両手で抱える。重そうだが、盗難防止の魔法は消せないから仕方が無い。


「アデリシア様、許可証ってその袋でよろしいのですか?」

 セシリアが尋ねてくる。

「そうよ?」


 小さな手提げ袋一つ。手のひらサイズだ。

 おそらくは鞄から違うものをも取り出そうとすると疑われていたのだろう。そんなことは想定済である。


「ああ、許可証だけなら一枚だけだし。紙一枚ってなんだかなくしそうでしょう?ほらこれ。だからこの袋に入れてるの」


 手提げ袋に手を突っ込んで、アデリシアは許可証を出して見せた。セシリアに確認させてから、再び元へと仕舞い込む。


「……鞄を戻して参ります」


 軽く礼をして、セシリアと従僕が部屋を辞して行く。


「二人共ありがとう」


 アデリシアはにっこりと笑って二人を見送った。

 ちなみにこれは言わなかったが、鞄にもこの手提げ袋にも縮小魔法が外と中にかけてある。一見そうは見えないが、かなり手の込んだもの、つまり魔術師の作った魔術師のための逸品をアデリシアは使用している。収納量も見えている大きさとは全く異なるのだ。

 お金と手間はかけられるところにかけるべきだというのがアデリシアの持論だ。


 手のひらサイズの手提げ袋を開けて、中から杖を取り出した。

 天位ではない普通の予備杖。長さも手のひらを、2倍ほどにした長さだが、これでも魔法の杖には違いない。天位の杖程の大きさ、また魔法増加効力はないとはいえ、補助には十分役立つ。

 アデリシアは胸元からコルセットの隙間へと見えないように縦に差し込んだ。

 次に分厚い魔術書と羽根ペンを取り出す。

 魔術書の白紙部分を開いて一枚切り取って羽根ペンを走らせた。書かれた文字が一瞬光って消えた。すぐに畳んでこれも胸元へと忍ばせる。元々この本と羽根ペンは魔力を帯びている。自らの魔力を使わなくても術を行使出来るのだ。

 もう一枚切り取って、手提げ袋から少々お金を取り出してこれに包む。これも胸元へと隠した。

 

「これで、よしと」


 アデリシアは本と羽根ペンを元の手提げ袋へと仕舞った。はみ出た分を無理矢理に押し込むと、しゅるんと吸い込まれる。

 わずか数分もかからなかっただろう。

 セシリアが戻った時、アデリシアはソファで図書室から借りてきた本を読んでいた。変わらぬ様子にセシリアも茶の支度を始める。


 鞄の特定、よし。


 アデリシアはそっと頷いた。

 屋敷の地下で、印が止まったようだ。魔法鞄に位置特定の魔法を先程打ち込んでおいたのだ。

 杖無しの術を行使して少々疲れたが、意識を失うほどではなかった。それに追跡には、胸に仕込んだ杖の補助を頼りに跡を辿れたので、それ程支障はなかった。

 場所は大体検討はついた。

 本当に大事なものはこの手提げ袋に入っているから、手に出来たのだから大丈夫だ。隣国の許可証もこの中にある。

 先程、追跡印を強く打ち込んだから、首枷を外しさえすれば遠隔操作で鞄は後で引き寄せることが出来る。


 早く午後になれば、次の手が打てるのに。

 

 アデリシアは午後のお出掛けに期待しながら、頁をめくるのだった。

 

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