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必要とされたい

 打てる手はすべて費やした。

 もうここでやれる事はもうない。

 

 戦には勝った。

もう四日目だというのに、未だ続く戦勝の宴の喧騒がやけに耳についた。

 兵士を労うためという理由で、一週間位はまだ馬鹿騒ぎが続くらしい。


 ふと長く伸び過ぎた髪が頬にかかるのが気になった。

 三つ編みしても腰までかかる長髪だ。邪魔な髪をかきあげて、アデリシアは溜息を吐き出した。

 鬱陶しい。

 いっそのこと切ってしまおうかとも思う。伸びた髪の長さは彼への想いの長さと同じだ。

 心機一転、気持ちを切り替えるためにも髪を切るのもいいかもしれない。

 そう考えて、アデリシアは三つ編みに編んだ髪を見遣った。


 魔術師の髪には魔力が宿る。自分が行使する魔力に直接関わるため、どんなに杜撰な者でも、髪の手入れは怠らない者が多い。アデリシアもそんな一人だ。

 魔力を帯びた髪はそのまま魔法材料にもなるため、魔術師には長髪が多い。髪に心もとない年配の男の人は髭を伸ばしたりする。人それぞれだが、女性は大体総じて長髪だ。珍しい色の髪色だったりすると精霊への交渉にも使えることもあるらしい。

 アデリシアといえば、ごくごく平凡な茶色の髪だ。

 いっそのこと兄のように金色ならいいのに。だが、髪を切ってもどんなに憧れても地色は変わらない。今は衝動で髪を切り落とすより、持ちうる魔力を出来る限り温存しておくべきだった。

 

「まあ、向こうへ着いてからでもいいか……」 


 独りごちて、三つ編みの塊を背後へと放る。

 アデリシアは鞄の口を閉じて、傍らのランプへと手を翳して灯を弱くした。小さく呪文を唱えて魔法をかける。

 荷造りも全て終わってしまった。掃除もした。他人に借りたものは全て返却したし、不要品は処分した。捨て切れなかったものは縮小して手持ちの魔法鞄に入れた。

 懐から手紙を取り出してじっと眺める。上質な紙で手触りが酷くいい。



 ――部屋は用意出来ているから、いつでも来ると良い。


 隣国への入国と魔術師としての就任許可証。

 それは同朋である隣国、ファランドール王国の王印が押された正式な書状だ。

 兄へこの国を出たい、と以前から相談していたのは事実だ。

 戦の開始前から相談はしていたが、戦が終結して帰国してみれば、どんな伝手を使ったかは知らないが既に国王陛下の承認までもが下りて、この許可証が届いていた。

 勿論、自国の許可も上司の許可も得ていない。


 代わりに、アデリシアが申請したのは一週間の休暇だった。

 戦の直後だったのが、良かったのかもしれない。ふと思いついて溜まっていた休暇申請をしたら、簡単に許可が下りた。残務整理より休みを優先されたのだ。

 どれだけ疲弊して見えたかは知らない。

 戦の間、溜まっていたはずであろう残務作業にすら自分はいらないのだ。言外にここには必要でない人物だ、と言われている気がした。実際、休めといわれて追い出されているのならば、本当に自分はいらないのだろう。


 ――自分を必要としてもらいたい。


 そう思い立った自分は隣国への入国許可証を握りしめて荷物整理に走っていた。

 誰にでも何処にでも良かった。

 ただ、必要としてくれる何かに縋りたかった。



 すべてを暴露するタイミングを休暇が終わるちょうど一週間後に時間魔法で設定した。

 上司である団長のライアンの元へも、一週間後の時間差で辞職願が届くように術式を組んである。

 同じように絶縁の手紙が届くように、実家への手紙も手配済みだ。自分でもどうかと思う所もあるが、これ以外に思いつかなかったのだからしょうがない。



 隣国へは馬で駆ければ3日。往復できる距離だ。ゆっくりと馬車に揺られたとしても片道4日半の距離だ。一週間、という時間があれば十分に辿り着く。

 この国を守るように取り囲む魔法結界が幾重にも張られているため、直接魔法では隣国へは赴けない。

 移動魔法で簡単に隣町にも移動は可能だ。が、そうすると魔法の使用した痕跡がはっきりと残る。結界にぶち当たって壊すのでも良いが、そうなると結界を張っている魔術師にたちどころに居場所がバレてしまう。

 アデリシアは結界のギリギリの所まで移動魔法であちこちへ飛んで行くつもりだった。そして、罠を張る。

 立ち去る方面を分からなくしてから、待ち合い馬車で距離を稼ぐ。隣国への入国は歩きで進もうと考えていた。通りがかりの馬車に乗せてもらってもいい。出来る限り、魔法の痕跡は残さずにこの国を去る予定だった。

 国境を越えてしまえば、なんとかなるはずだからだ。



 アデリシアは鞄を持ち上げて、扉へと向かった。振り返って、長年過ごした自分の部屋をぐるりと眺めた。

 長かった。

 魔導学校を卒業してから士官して、数年。騎士団長である彼、ライアンに認めてもらうため、それこそ血反吐を吐くまで、いや実際吐いて努力をし続けた。

 脇目もふらず努力した甲斐があり、風使いの上位である『風の天位』まで取得した。

 位持ちとして、魔術師塔にこの個室まで与えて貰うまでになった。そして、ようやく念願が叶い、彼の率いる第三魔法騎士団へと所属が認められた。

 それから早3年。

 しかし、彼からは肝心なものは得られなかった。

 同じ団員、戦で背中を預けられる程までの信頼は得た、と思う。だが、男女の仲を意味するところの愛情は一欠片も得られなかった。

 彼は過日の戦の功績を認められ、国王に更なる領地まで与えられたと聞く。未だ魔法騎士団に所属しているために領地は継いでいない。が、領地へ戻って父親から爵位を受け継げば、すぐに侯爵になることが決まっている。

 ついでに婚約話もあるらしい。侯爵ならば当然かとも思うが、先日、国王の許可も既に下りたのだという。結婚式の準備も粛々と進めているらしい。そんな話を宴の席で同僚から聞かされた。祝の場でも、どこでも聞きたくない話だった。

 これ以上、話を聞きたくなかった自分は早々に席を立ち、部屋の片付けを更に進めた。

 しがない子爵家程度の娘が、側で想いを寄せたとしても到底及ばないのだ。


『お前は団員で、部下だから』


 何度も何度も繰り返された呪わしい言葉。

 もう聞き飽きた。

 想いを告げてもあっさりと躱され、全く相手にされない。

 彼の心には自分の存在など何処にもない。どうでも良い存在なのだ。

 


 アデリシアは扉を静かに閉めた。

 簡単には開けられないように、重念に魔法で部屋を封じる。部屋の灯をそのままに残しておいたのは自分の痕跡を残すため。居場所を調べられた時に少しでも時間稼ぎになればとの配慮だ。

 魔術師とはいえ、子爵の娘である自分にも実は婚約話が舞い込んでいた。

 それを全て撥ね退けてきたのも、天位という魔術師である矜持と彼への想いがあったからである。

 戦の後、久しぶりに実家へ呼び出されて帰ってみれば、父親は自分の意思を無視して勝手に結婚話を受けており、引くことの出来ない所まで話は進められてしまっていた。家長である父親には自分が魔術師をしていることは認められないことだったらしい。子は親に従うものだと言い張るのみで、自分の意見は聞いてはもらえなかった。たとえ天位持ちであろうと、その位を得るためにどんなに血の吐くような努力をしようと父親には関係ないのだ。直ぐにでも魔法騎士団を辞めて他家へ嫁げ、と冷たく言われた。

 父親に従うのは当然のことと、母親も父親の言うなりだ。そして、満面の笑みで夫婦の心得を話し出し、相手の家で早く花嫁修業を、なんて言い出すから本気で実家を飛び出した。


 それが一昨日のことだ。

 結婚相手は誰かは聞いていない。一度でも聞いたら興味があると思われてしまうからだ。

 父親のことだ。おそらく相手は権力のある上級貴族か金を持っている相手だろう。

 所詮、自分は父親の出世の手駒でしかないのだ。

 

 話を聞かない両親にも、想いが伝わらない相手にも疲れ果てた。


 ここにいる限り状況は変わらず、悪化するばかり。

 同じ団員であるから、団長である彼の結婚式に呼ばれるだろうことは間違いない。仕事だけでも側にいられるならば、と割り切っていたが、彼の側に永遠にいられる結婚相手など見たくはなかった。式への参列など絶対にしたくない。

 とはいえ、ライアンを忘れられるはずもなく諦めもつかず。じっとしていれば、自分は見知らぬ誰かと結婚させられてしまう。

 それらがここにいる限り付き纏う悩みならいっそのこと、すべてを無くせばいい。


 ――そうだ、この国を出よう。


 アデリシアはそう考えた。

 単なる魔術師ならば、そう問題はなかっただろう。

 だが、天位は違う。国によって管理されている身分だ。本来ならば、天位持ちは自国からそう簡単には出られない。天位になるために取得した知識や持ちうる魔力は引いては国の戦力でもある。他国への魔術師の流出は自国の戦力の低下を招く。引いては国への裏切りだ。

 裏切り者。

 そう言われても仕方ないのはわかっていた。それでもこのままではいられなかった。

 追手がかかった時、もしかしたらライアンが追ってくるかもしれない。少なからず、そんな期待もあった。

 同じ団員だ。団長である責任は彼に及ぶことは間違いなく、迷惑がかかる。それもわかっていた。


 揺るがない彼の心に一石でも投じる事が出来るならば恨まれても本望だ。

 自分を、気に掛けてくれればいい。

 迷惑がかかってしまえばいい。

 愛してくれないなら、憎んでくれればいい。

 愛憎は表裏一体と聞く。いっそのこと、ライアンが自分を憎んでくれたら、単なる部下ではなくなる。彼の心には自分という存在が刻みつけられる。忘れられなくなるはずだ。

 

 ――たとえ、それが裏切り者という存在だとしても。

 



初の異世界設定です。

魔法ものが書きたくなりました。どうぞよろしくお願いいたします。


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