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「脱ぎはじめました!」

前回までのあらすじ:

女神イリスの手元には書類があるのに、書類とは全然ちがう人がやってきた上に、しかもすごくキモかったので、神様に即電話した。

『……あー、電話になんか出なきゃよかった。はい、神様です。イリス、どうしたんだ?』


「まずいことになってます」


『どういうこと?』


「書類の名前と全然ちがう人がきています。田中一郎と名乗る男がいます」


『えっ?』


「あと重度のロリコンで、キモいです。異世界で美少女とイチャイチャしたいとか、美少女王国をつくりたいとかぬかしています」


『ええーなにそれ。……あっ! やっちゃったわ! わーこれ、まずったわー』


「どうしたんですか?」


『田中一郎、本来は地獄行きだった。犯罪歴はないんだけど、地元じゃロリコンお兄ちゃんってことで有名らしく、小学生のパンチラを見に公園へよく足を運んでいたそうだ。職質歴はたくさんある』


「それはドン引きですね。しかしそんなクズがどうして……」


『どうも僕が行き先のハンコを押し間違えたみたいだ。いまパソコンで履歴を追いかけてるんだけど、どうも僕は地獄行きのハンコと間違えてしまったらしい』


「はあ……ちなみに鏑木坂が代わりに地獄へ行ったってことはないですよね?」


『それはないみたい。おそらく次、転移者として呼ばれることになると思うよ』


 女神イリスはホッとした。

 クズが異世界へ行き、善人が地獄で裁きを受ける。あってはならない事態は避けていた。

 だが、目の前にある問題が片付いたわけではない。

 呼ぶ必要のなかったクズは、まだ目の前にいる。

 

『いやーゴメンゴメン。今度焼肉おごるから許してね! でも書類の修正きかないから、とりあえずパパっと田中一郎は適当に異世界へ落としといて』


「わかりました。あと確認なんですが、スキル補正や能力付与はいらないですよね?」


『うん、いらないね。異世界でたくましく生きてくれ、神様も応援してますって伝えといて。じゃ!』


 神様はイリスが返事をするまえに電話を切った。休暇の方が大切ということなのだろう。

 神様の仕事の適当さにはいつも呆れてしまうが、天地創造や死者の裁定を下せる唯一の存在なのだからしょうがない。

 それに文句を言いたくても言えないのが縦社会の掟だ。


 イリスは再度、田中一郎の顔を見た。

 やはりラグビーより、オタクでロリコンでクズというほうがしっくりとくる。

 居住まいを正し、小さく咳払いをし、女神イリスは再度口を開いた。


「いま神様と相談をしました」


「へー神様って実在するんだ。で、どう? 美少女とイチャイチャできそう?」


「結論を言うとできません」


「えっ?」


「最初に申し上げたとおり、私ができるのは能力補正とスキル付与などで、美少女に好かれるようにするだとか、美少女が鏑木坂……いえ、田中様を無条件で好きになるようにはできません」


「でも善処するって……」


「異世界転移者向けスキルや魔法の中に、美少女とイチャイチャできるようなものはありません。それに……」


「それに?」


「田中様は、本来地獄行きでした。こちらのミスで異世界転移者として選ばれたようです。なので能力補正とスキル付与は……申し訳ありませんが、忘れてください」


「え、ちょ、ちょっと待って! 人とか殺してないし、物も盗んでないんだけど、地獄? というかミス? それホント?」


「公園で小学生のパンツを見ていたことを神様はご存じでした」


「いや、パンツのぞくぐらいいーじゃん。減るもんじゃないし」


「のぞかれた少女の精神の摩耗は計り知れないものがあります」


「精神の摩耗って、そんな大げさな……」


 田中一郎は鼻でフンと笑った。

 まるでパンツを見たことが悪くなかったかのような口ぶりだった。

 イリスは田中一郎をマグマの中に落としてもいいのではないかと考えた。

 ただ、そんな権限をイリスはもっていないので、実際にはできない。

 もっている権限の中でイリスのできることは、彼になにも与えないことだ。


「もう一度言いますが、田中様に与えるものはなにもありません。そのまま異世界へ転移していただきます」


「いや、待ってくれよ。最初に願いごと叶えてくれるって言ったのは嘘だったのか?」


 先ほどまで鼻で笑っていた田中一郎も、余裕がなくなってきていた。


「地獄へ行かなくなっただけ幸運だと思ってください。それに、神様は『たくましく生きてくれ』と田中様を応援しています。もちろん私も、異世界での田中様の活躍を応援します」


「その神様、テキトーな感じだなあ。それに応援されても全然嬉しくないんだけど。というかそっちのミスなら、ちょっとはなにかあっても……ねえ。ソシャゲーの運営の詫び的なやつとかないの?」


「そうですね。粗品アイテムぐらいなら用意します」


「たとえば?」


「ケガしたときのための薬草とか」


「それって現地では結構安い?」


「子どもでも買えますね」


 イリスはそう言ってから、すぐに気づいた。

 余裕をなくしていた田中一郎の顔つきが変貌していたのだ。

 それは諦観や悲観とはまったく異なる、邪悪な顔つきだった。

 

「うわ、カッチーンときた。これは激おこだわ。普段は温厚な俺でもこればかりはちょっと許せないわ」


 と言って田中一郎は、服を脱ぎはじめた。


「ちょ、ちょっと田中様?」


 イリスは椅子から立ち上がって、田中一郎に近づき静止を促そうとする。

 しかし田中一郎はそんなイリスを無視して、素早くイリスのまえで、着ていたものを脱いでいった。


「やめてください、地獄に落としますよ!」


 本当はもう地獄へ落とせない。その権限はない。

 だが、それを知らないはずの田中一郎は止まらなかった。


「詫びで美少女をくれ! もしくは強い能力……いや、チート能力をくれ! アイテム無限とかステータス最強とか、もう最高の詫び特典を俺にくれ!」


「む、む、む……ムチャを言わないでください! そんなこと神様が……きゃあっ!」


 田中太郎は最後の一枚――トランクス――を脱いだ。

 イリスは即座に手で目を覆った。

 ギリギリでお粗末なものを見ることは避けられたが、事態は最悪だった。


「これでもムリか? 詫び!」


「ムリです!」


「じゃあ出しちゃうぞ! いいのか!?」


「なにを出すんですっ!?」


「そりゃあ、決まってるだろう。お尻から出る、ウン――」


 田中太郎がすべて言いおえるまえにイリスは電話をかけた。


『はい、神です。ただいま有給――』


「まずいです、まずいです、本当にまずいです、助けてください! 田中一郎が脱ぎはじめました!」


『……え、脱いでる? 全裸になってるの? なんで?』


「詫びの用意を強要されています! それに汚いお尻からアレを出そうとしてます!」


『アレって?』


「女神の口からその名称を言わせる気ですかあ!?」


『あーわかったわかった。うん、じゃあ彼の要求をのもう。で、何をすればいい?』


「美少女かチート能力をくれと。とにかく最高の詫びを要求されています」


『さすがに美少女はムリだ。都合のいい命をそこで生み出すことはできない。ただチート能力ならやれる。……したくはないが、今回は許可しよう』


「わかりました。ありがとうございます、神様。結果はあとから報告します」


 イリスはすぐに電話を切った。

 そして一呼吸置き、落ち着いて頭の中を整理し、言葉をていねいに紡ぎ、静かに言った。


「わかりました。田中様の要望は飲みましょう。だからまず、服を着てください」

本日もう1話更新します。そこで序章はおわります。

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