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三.クシナダヒメ・前編

 ツクヨミ達が八稚女ヤヲトメ第八の村に到着した時、すでに日は沈みかかっていた。


 第八の村は、活気という言葉とは縁遠い、沈んだ雰囲気の村だった。

 数日前の第七の村がオロチに飲まれたという話が、すでに届いているのだろう。


「……何だよ、出迎えのひとつもなしか?」


 スサノオは周囲の家屋をねめつけながら歩いたが、村人たちは表に出ようとすらしない。

 ただ、家の中からの視線は感じる。ヒソヒソと何かを話す音も聞こえた。


「あんな事が起きた直後だ。無理もない。

 ただでさえ、私たちは余所者なんだからね」


 ツクヨミが諭すように言ったが、毎度毎度の事ながら慣れない。

 他所から来た者が、村を襲いに来た侵略者かもしれないし、病気をもたらすかもしれない。

 それにほとんどの村が、ギリギリの自給自足で暮らしており、急に人が増えたりすればたちまち食糧が足りなくなる。

 そういった事情から、集落が閉鎖的になるのはやむを得ない事ではあった。


 村の暗い様子に、スサノオに背負われたヒノ──第七の村の生き残りの青年は、何も言ってこない。

 表情から察するに、自分が村の重荷となり迫害されるかもしれない事を、憂えているのだろう。


「……心配すんな、ヒノ」アワシマが言った。

「この村にも土地神を祀るやしろがあるハズだ。そこの巫女に話を通してみようぜ」


 村人たちはツクヨミ達を遠巻きにするだけで、特に危害を加えようという気配もなかった。

 単に無気力なだけかもしれない。度重なるオロチの暴虐のため、明日をも知れぬ身となっては、無理からぬ事だろうか。


 程なくして、村でも一番目立つやしろと、その御殿の場所に辿り着いた。

 中からは喧噪じみたやり取りが聞こえてきた。


「──クシナダヒメ様。御決断を。

 事ここに至っては、我らの取るべき手段も限られております。

 どうか、この村が生き残るためにも、お覚悟をお決め下さいませ」


 聞こえてきたのは野太い男の声。

 言葉は馬鹿丁寧だが、その口調には有無を言わせぬ威圧めいたものがあった。

 ただならぬ様子を悟ったツクヨミは、強引に御殿の戸を開けた。


「……お取込み中のところ、失礼するよ」


 御殿の中では、村の巫女と思しき女神相手に詰め寄ろうとする、村の男衆三人の姿があった。

 先の話し声から察するに、この女神がクシナダヒメなのだろう。


 男衆三人は、突如入って来たツクヨミ・スサノオ、そしてアワシマの三柱の偉容に、思わずたじろいだ。

 彼らは人間ではあるが、三貴子たるツクヨミやスサノオの神々しさを本能で感じ取ったのだ。


「オレはスサノオ。隣のツクヨミと同じく、高天原タカマガハラの太陽神アマテラスの弟だ。

 偶然通りがかった時に聞こえたが、そっちの女神に対して覚悟決めろとか言ってたな?」


 スサノオの詰問に、男たちは恐れおののいて平伏した。神々しさよりも猛々しさが勝っていたのかもしれない。


「……申し訳ございませぬ。

 皆様のような尊き神々の来訪に、何のおもてなしもできず……

 しかしながら、我が村は今、非常に逼迫ひっぱくした危機を迎えておりまして」


 男衆の一人が、スサノオの背負っているヒノの存在に気づき、コソコソと耳打ちした。


「やや! 貴方様の背負っておられるのは、隣村の青年ですな!

 我らの同胞をお救い下さったとは! 是非お礼をさせて下さい。

 ……クシナダヒメ様?」


 中央の男は大袈裟に手を打って、隣にいた巫女神に目配せした。

 男衆三人はヒノを引き取ると、大仰に何度も頭を下げて、そそくさと御殿を出ていった。

 神々への対応は、巫女であり女神でもあるクシナダヒメに一任……というより、押し付ける腹積もりなのだろう。


「……卑屈でいけ好かねえ連中だなぁ」スサノオは正直に感想を述べた。


 御殿に通され、先ほど男衆三人が座っていた場所に、ツクヨミ・スサノオ・アワシマがそのまま座る形となった。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。ツクヨミ様、スサノオ様。

 そして……名乗られませんでしたが、そちらの最年長たる尊き神も。心から歓迎いたしますわ」


 クシナダヒメの言葉は社交辞令的で、全く感情の込もったものではなかったが。

 何故かアワシマだけは、感動に打ち震えていた。


「お。おおお……! アンタ! オイラの事が分かるのか!?」

「えっ? あ、はい。一応は……女神ですし。巫術にも心得があるので……」

「すげェぞツクヨミ! スサノオ! たった一目でオイラの歳がお前らより上って分かった奴! 今までほとんどいなかったんだよ。

 ひどい時は『親子連れですか?』とか聞かれる始末だしよ!

 クシナダヒメだっけ? アンタ、ひとを見る目あるんだなッ!」


 アワシマは興奮の余り、クシナダヒメの両手を握ってブンブン振り回した。

 予想外の反応に、当のクシナダヒメすら目を白黒させている。


 アワシマは身の丈は一尺少々と低いが、イザナギ・イザナミの神産みにおいて、ヒルコの次に産まれた神なのだ。

 つまり阿波岐原アワギハラでのみそぎで産まれた、ツクヨミやスサノオよりずっと年上である。


「あぁ……あったなぁ。親子連れと間違われた時。確かツクヨミが──」


 スサノオがニヤニヤしながらツクヨミを見ると、ツクヨミは無言でスサノオに手を伸ばし、頬をつねった。


「痛ててててッ!? 何すんだよツクヨミ!」

「……何でこういう時、月の神の『忘却の呪い』が働かないのかなーって思うよ」

「オレはお前と同格の神力だし!

 都合のいい事だけ忘れるっつー訳にはいかねーだろッ!

 っていうか、女神に間違われたくなけりゃ、オレみたいに角髪みずらを結えば……

 痛いから! いい加減、指を放してくれよ!」


 ツクヨミの力には呪いというべきものがある。彼の姿が隠れると、彼に関わった記憶も失われてしまうのだ。

 彼の「忘却の呪い」を無効とするには、同格以上の神格を持つ神となるか、逆にツクヨミの力と深く関わりを持つ以外に方法はない。


 ともあれ、三柱の漫才めいたやり取りに、心が張りつめていたクシナダヒメも、自然と表情が綻んでいた。


「……おっ。やっと力抜いてくれたな。結構かわいらしい顔できるじゃん」


 つねられた頬を押さえるスサノオが笑いかけると、クシナダヒメはハッとなって顔を引き締めた。


「……失礼しました。尊き神々って、もうちょっとこう……

 上手く言えませんが、威厳のある方々だと、先入観を抱いていたもので」

「親しみやすくていいだろ?」

幻想イメージが木端微塵になった事を『親しみやすい』と表現するんですか?」

「……意外と辛辣ですね、クシナダヒメさん……」


 クシナダヒメの笑顔を、案外可愛いと思えたスサノオだったが、彼女とのにべもないやり取りに鼻白んでしまった。

* 登場神物 *


ツクヨミ/月読

 三貴子の一柱にして月の神。時を操る神力を持つ。


スサノオ/須佐之男

 三貴子の一柱にして疫病神。高天原タカマガハラを追放される。


アワシマ/淡島

 小さな神。手先が器用で、医薬や酒造が得意。


クシナダヒメ/櫛名田比売

 八稚女ヤヲトメ第八の村の巫女にして、稲田を司る女神。

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