生者と死者
周囲を警戒しながら街路を進んでいたギーネがふと立ち止まった。
降りつづける小雨の先に無人となった食堂がある。窓からは侘しく明りが洩れていた。
《ティアマット産の銃弾の多くは、信頼性に欠けている。
町に店を構えた武器屋やジャンク屋から購入してもかなりの頻度で不良品が混じっているのに、行商人の露店から買い求めた安い銃弾になると十発撃って二、三発が不発弾なんて事もある》
《ほほう、それで?それで?》
ギーネの背後を守るように背中合わせて銃を構えているアーネイが、主人が無線で伝えてきた言葉に先を促がした。
前傾姿勢のまま、殆ど音を立てずに忍び寄っていくと、ギーネはそっと食堂を覗き込んだ。
左右に視線を走らせてキッチンや客席の様子を窺うが、一見しただけでは人影はみつからない。
壁には血痕や血糊の手形が残されていて一度は侵入を許したはずだが、ゾンビも犠牲者も見当たらなかった。
ギーネとアーネイは、食堂に踏み込んだ。電源はまだ生きている。
「誰もいないな……オーブンの中にピザが入ったままになっている」
「昼も近いし、戴いちゃいましょう」
食堂内を素早く一通り見て廻ったギーネとアーネイは、外で待っていた二人を手招きしている。
後続のクインとアザリーが店内に入ると、二人は銃を手にしたまま、外を見渡せる位置の椅子に陣取ってオーブンでピザを暖めなおしていた。
「腹ごしらえをしておこう。保安官に追いついたとして、事情によってはホテルに直ぐ引き返せるとも限らない」
ギーネの言葉に腕時計で時間を確認したクインが、無言で肯いてから椅子にどかりと座り込んだ。
見知った知人の食堂が無人と化して、見知らぬハンター達が我が物で食べ物を漁る光景になにをどう思ったにせよ、アザリーは無言で通した。
奥の冷蔵庫からオレンジジュースの入ったガラス製のピッチャーを運んでくると、三人に配っていく。
自分も喉を潤おしつつ、時折、遠目にゾンビが彷徨っている生まれ育った街区を無表情で眺めていた。
焼けたピザを手にとったギーネ・アルテミスが、カットした半分をアーネイに手渡した。
《それでも下位のハンターなんかは、安物の弾薬を使わざるを得ないのだが……
オートマチックは恐らく、銃弾の品質が上がって不発が珍しくなった時代だからこそ、リボルバーに取って代わることが出来たという側面もあるのではないかと私は思うのだ。
つまり流通する銃弾が信頼性に欠ける土地の場合、リボルバーの方が有効という……》
《はい、はい、マテバ。マテバ。
お嬢さま。いいから、そろそろオートマチックを使いやがれください》
ギーネがピザを食べる手を止めた。アーネイに胡乱な目付きを向けている。
《個人的な趣味で拘ってる訳ではないぞ。それにコルトのパイソンです。
ストッピングパワーに優れているし、ちゃんとした理由があると今、説明して……》
《ギルドが直販でD級ハンターに降ろした弾丸です。不良品なんて千に一つもありませんよ》
アーネイも食べる手を止めて、ギーネの視線に負けない鋭い視線で主を見つめている。
「……あ、あれ」
いきなり睨み合い始めたレッドコートたちの様子に気づいたアザリーが、何ごとかとやや狼狽した様子を見せた。
「放っておけ」
アサルトライフルを肩に抱きながら、身体を休めていたクインがどうでも良さそうに呟いた。
《千に一つって多くないかね?
24連マガジンを40人が撃ったら、一人は不発が起きる計算だぞ》
《言葉の彩です。実際にはもっと少ない。それになにがストッピングパワーですか。
どうせ好きな漫画の主人公がリボルバーを愛用しているのを、格好いいから真似しただけでしょう。ヒュー!マテバより酷い》
ギーネ・アルテミスは、あからさまに狼狽した表情を見せた。
《ちっ……ちが》
キッチンの向こう側でパキリと小さな音がした。銃を構えたクインが安全な距離を取って覗き込むが、小さな鼠が床を彷徨っていただけだった。
席の方では、アーネイがギーネの顔を覗き込んでいる。
《へえ、違うんですか?パイソン77とかいう怪物の実銃を造って、人が止めたにも関わらず弱装弾だから大丈夫だって断言して、はしゃいで試射した瞬間に両腕を粉砕骨折して泣きべそかいていたのは誰でしたっけ?》
顔を真っ赤にしたギーネ・アルテミスが、泣きそうな顔で俯きながらぶるぶると肩を震わせていた。
《しょ、将来的にレッドコートの個人携帯兵器をデザインしようと。
その……そう!データー!データーを取る為に敢えて身を呈して……》
《あの時は血の気が引きましたよ……事情を知らない連中は誰にやられたんだと騒ぐし、説明するわけにもいかないし》
分が悪いと悟って沈黙に閉じ篭ったギーネを、アーネイが追撃した。
《ストッピング・パワーとコルト好きの両立なら、ガバメントの45口径でいいじゃないですか。フィリピンの鎮圧戦で、勇敢なモロ族も撃退した銃ですよ》
《……分かった。帰ったら、考えておく》
不承不承肯いたギーネ・アルテミスだが、アーネイの諫言空しくすでに余計な事を思いついていた。
オートマチックか。まあ、浪漫がないわけでもないしな。
357カスール弾使用で二挺拳銃という手もある。ふふ。それも悪くないな。
ほくそ笑んでいるギーネ・アルテミスを見て、しかし、長い付き合いであるアーネイは一瞬で主の思惑を悟っていた。
あ……この野郎。またなにか余計な事を思いついたドヤ顔をしてやがる。
無駄遣いしないように見張っておかないと、また倉庫にガラクタが増える予感がするぞ。
それにしても、これほどに頭のいい馬鹿という言葉が似合う女は、アルトリウス帝国広しといえそうはいないでしょうね。
「おい、改造人間共……何を話してやがる?無線で会話してないで声に出して話せ」
退屈したように外を眺めていたクインが、床に唾を吐きながら話し掛けてきた。
「ああ、すまない。お前の悪口で盛り上がっていた……冗談です。武装の事でちょっと揉めていた」
危険な目つきになったクインは誰かにからかわれるのが嫌いだった。酒場でちょっとした冗談を言った男の頭に、銃弾を撃ち込んだのを目にしたことが在る。しかし、それもクインに言わせると彼なりの冗談らしい。
「……ふん、武装か。弾薬は足りるのか?」
「250発持って来た。そちらは?」
「マガジンがあと六つ。まあ、足りるだろう」
「しかし、保安官は足が早いな。影も形も見えやしねえ」
オレンジジュースには一切手をつけず、水筒を呷ってから口元を拭ったクインの言葉に、ギーネは手元の端末を覗き込みながら少し考え込んだ。
「我々は比較的、安全な裏道を歩いている。
少し遠回りではあるが、メインストリートはゾンビが彷徨っている。
弾薬の消耗は避けたい」
最後のピザの欠片を口に放り込んだアーネイが、休憩を打ち切ろうと立ち上がった。
「……保安官も単独ではな。無事ならいいのだが」
「ゴードンは町を知り抜いています」
雑貨屋のアザリーがポツリと呟いた。
「しかし、ゾンビ共。どこから湧いてきている?この地区の連中は殆ど無事だった筈だろう」
クインの疑問に答えたのは、それまで殆ど口を聞かなかったアザリーだった。
「……多分、隣在った地区から流れ込んできているのよ」
【大崩壊】以前のヴァージニアシティーは、人口30万を有していた地方都市だった。
その頃は、今とは違った名前で呼ばれていたそうだが、広大な廃都のエリアでは人口の希薄な地域の其処彼処に集落が点在していた。
その集落を地区と呼んでいるが、地区ごとの行政と治安と担っているのは住民たちに選出される保安官で、ゾンビアウトブレイクの発生した現在、初期条件の良し悪しと共に彼らの有能無能が各地に点在している住民たちの運命を左右していた。
「シティ外縁のほうで、ゴードンみたいにすばやく状況を認識して動いた保安官の中には、住民ごと脱出させた人もいたみたいね。
だけど、公共放送を信じていた保安官の中には、事態が手遅れになるまで静観していた人もいるらしいわ」
どこか投げやりな口調のアザリーは、知ってる限りの事情に推測を加えて同行者たちに説明した。
「何処から、そんな話を?」
保安官たちやハンターたちとの事情交換を欠かさなかったアーネイだが、やはり現地の人間ほどには事情に詳しくなかった。幾つかの話は今初めて耳にした。
「逃げてきた人たちもいたでしょう。彼の地区の老保安官。
普段は立派な人だったそうだけど、市当局の発表を信じすぎていたみたいで……」
アザリーはどこか他人事のような口調で話し続けた。
或いは、アザリーにとって今進行している事態もどこか現実味が薄いのかも知れない。
「南地区は通行も難しい廃墟とゾンビの大量発生した中心部に挟まれているから、遅かれ早かれ時間の問題で逃げ道はないと思っていた」
疲れた表情を見せながら、アザリーは溜息を洩らした。
「……地下鉄か。そんな手が在ったなんて。
他の地区の保安官たちも気づいてくれるといいんだけど……」
「無線か、ラジオの発信装置でもあれば、地下のルートがあることを知らせることも出来るか。
放送局まで行ければ……」
何気なく呟いたギーネだが、はっとしたように顔を上げたアザリーの表情に気づくと、気まずそうに首を背けた。
「……いや、手持ちの戦力では無理だ。詮無きことを言った、許せ」
意味もなく希望を持たせたことを謝罪するが、アザリーは何かを考え込んでいる。
「郵便局に小型無線機があった。あれで中央の誰かに連絡が取れれば……いいえ、せめて近隣で生き残っている人たちに通信できれば」
「……この混乱の巷でかね。
悪いアイディアではないし、心意気は買うが二つに一つだ。アザリー君」
大事な保安官を追いかけるか、郵便局に乗り込むか。二兎を追う事は出来ない。
アザリーも、ギーネの言いたい事は理解した。
「だが、為すべきことを為して……それでも状況に余裕が在るようなら考えておこう」
雑貨屋のアザリーは、ギーネ・アルテミスをまじまじと見つめてから、
「確かに貴方はよくやってくれているわ。ギーネ・アルテミス。
第4地区の住人の一人としてお礼を言わせてちょうだい。ありがとう」
淡々とした口調でアザリーは謝意を表した。
「あ……うん」
やや皮肉っぽい視線と口調で釘を刺したのに、素直に返されて、ギーネはやや面食らう。
「そろそろ行きましょう」
空を見上げたアザリーが、僅かな雲の切れ目から差し込んだ陽光に目を細めながら、立ち上がった。
身体を大きく姿勢でハンティングライフルを構えたキリマンジャロは、街路の隅に佇んでいる痩せた老人に狙いを定めていた。
「ミスタ・ジョーンズ。教会の掃除を三十年間、毎日欠かしたことがない。
彼の魂に安らぎあれ」
息を小さく吐いてから引き金を引いた。
狙い澄ました銃弾は、街路の反対側のジョーンズ氏の頭を粉砕した。
ゾンビの腐った血と脳漿がアスファルトの地面に撒き散らされる。
冷静かつ素早い手つきでライフルに次弾を装填すると、キリマンジャロは次のゾンビ。白髪頭の上品な老婦人に標準を合わせた。
「ミセス・アガタ。足が悪い代わりに編み物が得意で、別の地区からもトレーダーが買い付けが来るくらい。
訊ねていくといつも美味しいお茶をご馳走してくれた。彼女の魂に平穏あれ」
引き金を引いた。唸りを上げて大気を裂いた38口径の弾薬は、老婦人の頭蓋を風船のように破裂させた。
「ごめんなさい。ミス・ジェーン・ドゥ。貴女の名前は知らないの。娘と二人暮らし。
自分の地区の保安官が頼りにならないので娘と避難してきたけれど、感染していた。
キャシーは無事です。必ず安全な土地まで無事に送り届けます。
魂に安らぎのあらんことを」
次弾を装填して狙いを定めると、キリマンジャロは38口径を発射した。
保安官事務所の表通りに面した建物の二階に陣取ったキリマンジャロは、たった一人で事務所の前に群がっていたゾンビたちの頭を次々と撃ち抜いていった。
ライフルを使っての狙撃の腕は、保安官事務所でも随一である。
休日になれば、地区を彷徨う変異した蜘蛛や蟻、それに大鼠などをライフルで退治している。
趣味と実益を兼ねて精肉店に持ち込んでは、少ない給料の足しにしているのだ。
「……キリー」
取り敢えずは動いている人影がなくなってから階段を下りると、建物の一階では消耗した様子のサーシャが椅子に座って待っていた。
「待たせた……ごめん、行こう」
キリマンジャロの差し出した手に掴まりながら、サーシャは血の気の失せた顔に淡い微笑を浮かべた。
「キリーは、いい保安官になった」
サーシャは、何かを夢見るような表情で呟いている。
「そうかな」
「意外。バンデットになるかと思っていた」
悪戯っぽく微笑みながら、サーシャはゆっくりと立ち上がった。
相当に具合が悪そうだった。額には冷や汗が滲んでおり、傷口に巻いた血の滲んでいる包帯が痛々しい。
「キリーは……世の中を怨んでいると思ってた」
「そういう時期もあった」
キリマンジャロは言葉少なに応えてから、表通りに出た。
保安官事務所に向かって進むキリマンジャロの背中を追って、サーシャもゆっくりと歩き出した。
保安官事務所に歩み寄ったキリマンジャロは、扉の前に立ち尽くしている二つの小柄な人影に気づくとハッと目を見開いた。
少し窪んだ扉の前で、二体の子供のゾンビが不気味な唸りを上げながら延々と扉を叩き続けていた。
血が凍ったように思えた。
全身の震えを押さえながら凝視しているうち、ゾンビたちが背後に迫ったキリマンジャロたちの気配に気づいた。
子供たちは扉を叩く手を休めると、意外にも素早い動きで振り返った。
歯を剥き出して唸り声を上げると、立ち尽くしている保安官助手目掛けて走り出した。
キリマンジャロの身体は、主人の意志とは無関係に反射的に動いた。
安定したサイドスタンスの姿勢を取ってライフルの銃床を片付けにする。
そこで子供たちが顔見知りではないことに、キリマンジャロは気づいた。
少なくとも孤児院の子供ではない。そのことに一瞬だけホッと胸を撫で下ろし、次の瞬間に安堵を覚えた自分の心根に嫌悪感を抱いで歯を食い縛った。
38口径のハンティングライフルを構えて、呼吸を鎮めつつ、目測でゾンビの速度を計り、躰の延長になったライフルの標準を僅かにゾンビの喉元に定めて、引き金を引いた。
僅かに浮いた弾丸が、右の子供ゾンビの鼻腔から飛び込んで後頭部から突き抜けて、脳髄を撒き散らした。
ライフルを地面に落としながら、腰のリボルバーを引き抜くとキリマンジャロは腰だめに構えた。
一発発射。走ってくる子供の右に逸れた。修正しながら、二発目を発射。
今度は胸に当たる。僅かに揺らいだが、走り続けるゾンビ。
三発目は不発。四発目は喉元に当たった。五発目。また不発。
ゾンビが飛び掛ってきた。
町の銃砲店の親父の腕の悪さを毒づきながら、キリマンジャロはブーツをゾンビの腹に叩き込んだ。
怪力では在っても体重は見た目のままのゾンビは吹っ飛んで、しかし、すぐに立ち上がった。
キリマンジャロは、ライフルを拾い上げながらゾンビの脇を駆け抜けている。
道路脇に三百年も放置されているコンクリートの塊に駆け上がると、ライフルを構えて振り返った。
ゾンビは追ってきていない。立ち尽くしているサーシャへと齧り付こうとしている。
逃げ遅れたというよりは、走る力もサーシャにはないのだろう。
全く淀みのない動作で次弾を装填してから、キリマンジャロは狙いを定める。
サーシャとゾンビの斜線が重なっている。
「サーシャ!伏せろ!」
キリマンジャロの叫び声。
地面に伏せたら、当然、ゾンビからは逃げられない。
しかし、サーシャはキリマンジャロの言葉に従った。
前のめりに転ぶように道路に倒れたサーシャへと飛び掛った子供ゾンビの頭蓋が、銃声と共に空中で破裂した。
地面に倒れて痙攣している子供ゾンビをじっと見つめてから、深々と溜息をついたサーシャが立ち上がった。
保安官事務所へ向かって歩き出した。
保安官を頼って連れて来た孤児院の子供たちは、事務所へと篭城している。
「あの子たち、無事だろうか」
焦慮に胸を焦がしながら歩み寄ったサーシャは、崩れかけた扉の隙間からどんぐり眼が外を覗いているのに気が付いた。
中に積み上げた机などをどかせているのだろう。
大きな音がしてから、扉がやっと開かれた。
ひょいっと顔だけ覗かせた子供が、喜びに表情を輝かせる。
「サーシャが戻ってきた!キリーもいる!」
「キリー!キリマンジャロ!」
その声を皮切りに、次々と子供たちが飛び出してきた。
「キリー!」
「キリマンジャロ!キリマンジャロ!」
「うわあああ、姉ちゃん!」
飛び出してくる子供たちは、五人。
サーシャはよく無事につれて来れたものだと思いながら、強張っていた表情にぎこちない笑みを浮かべたキリマンジャロは、サーシャに続いて子供たちに歩み寄ろうとして、ふと足を止めた。
子供のゾンビが肩掛け鞄を身につけており、その鞄には手紙が入っている。
何故か一瞬、躊躇を覚えてから、屈みこんだキリマンジャロは手紙を取って視線を走らせた。
この子供たちは、地区の外れに住む一家らしい。
ウィルスを発症した親が、子供たち自身の運と判断力に託したこと。
保安官事務所へ行くよう言付けた事情が、震える文字で書かれていた。
保安官たちはホテルに避難していた。子供では扉の張り紙に気づかなかったのか。
保安官事務所まで辿り着いたけれども、周辺に集ってきていたゾンビに襲われたのか。
それとも入れなかったのか。誰かが入れなかったのか。
「サーシャ」
強張った声を洩らしたキリーの横から手紙を覗き込んでいたサーシャは、首を横に振った。
「私たちが辿り付いた時には、まだ、いなかった。出た時にも……」
「キリー。サーシャ。あの子たち。ここに来た時はもう噛まれていた」
おずおずと年長の子供がキリマンジャロに歩み寄ってきた。
「入れたかったけど、入れたくなかった。だって、入れたら……私たち」
「分かった」
言葉少なに応えた保安官助手は、突然、息苦しさを覚えて深く息を吸い込もうとした。
急に空気が粘り気を増したようにも思える。嘘ではない。そう思いたかった。
現に街路に小さな血の跡が点々と続いている。……あれが町外れの子供のものなら。
だけど、確証もない。
「ああ、糞。畜生。糞……」
キリマンジャロは、天を仰いだ。何も考えずに眠りたかった。
休みたかった。だが、それは今の彼女には出来ない贅沢だった。
初出 2013/08/15