ある少年と節分と
去年、事前予約失敗してそのまま放置されたものを今更に(ぇ
「おはようございま―――っと、どうしたんですかこれは」
とある日。
俺は何時ものように出勤し、とりあえずフロアを様子見に来た訳だが…………
何と言うか、空気がおかしかった。
あえて言うなれば、通夜とかそんな感じで。
あまりに重々しい空気にドン引きしてしまう。
――そんな状況の俺へと、間の伸びた感で声を掛ける人がおり。
「……あれ、瑠伊耶君じゃないか。……これから仕事だっけ?」
その声音に視線を周りへと走らせると、私服姿の一人の女性がテーブルで突っ伏していた。
「……あ、おはようございます、麗さん」
「あいよ、おはようさん、瑠伊耶君」
とりあえず挨拶を交し合う俺達。
……その気だるげな麗さんの姿に、もの凄く珍しいモノを見る目をしてそうだ、俺。
いやまあそれは兎も角として。
「――で、一体どうしたんですか、麗さん」
「そういえば、瑠伊耶君は、今日の日――2月3日に出勤した事、なかったね?」
重々しい雰囲気がどうも居心地が悪いので、何でこうなったのかを問いかけてみると、
苦笑を漏らしつつもそんな言葉を返してくる麗さんで。
……2月3日?
「えっとその、ひょっとして……?」
「――居た堪れないんだよ。外界に居ると、さ」
俺の確認の為の台詞に重々しく頷き、大きい溜息を一つ吐いた。
……2月3日と言えば節分。と、いうことは――
「概念だけとは言えあたい等、鬼にゃ、あの空気は何気にダメージがでかいんだよねぇ」
「あ、あはは……」
まあ、あたいはクォーターだから、そこまで深刻な影響はないんだけど、と締める。
……以前この店の店員の皆様から聞いた話なんだが、幻想――原初の存在に近しいモノは、モロにそういった概念の影響を受けるらしい。
「――ま、だから今日は此処の仕事はお休みにして貰って、
更にセリカや龍、廉に頼んで特製の合作薬膳料理を作ってもらってるんだ」
「大変ですね……」
「他の鬼連中も同じような状況に陥ってるんだし、もう慣れたよ。……耐えれるかどうかは別として、ね」
そう言うと再度、苦笑い。
本気で大変そうだ、うん。
「しかし、薬膳料理ですか」
「うん。何故か見た目恵方巻きだけど」
「何と言うネタ塗れ」
思わず突っ込みを入れてしまったが多分悪くない。
俺の言葉に全くの同意だったのか、更に苦笑いを深める麗さんであり。
「変に凝り性すぎるのがあの子達だね、本当に」
「それは全面的に同意します」
セリカさんの料理は本当に凝りまくりすぎだと思う。いやマジで。
つうか龍さんや廉さんまで子、と言い切る辺り、本気で麗さんも剛毅な人である。
あの人達、どう考えても麗さんより年う……いや、流石にこれはあの人達を含め女性に失礼すぎるか、自重。
そんな俺の内心の言葉を相変わらず読んでいるのか、妙ににやにやした顔を浮かべている麗さんであり。
「――あたいにゃ別に良いけどさ。あの子達にそういった手合いの思考をしちゃ、ダメだよ?」
「肝に銘じて」
なら良し! と言った感で鷹揚に頷く麗さんに苦笑を返す俺であり。
本当に貴女はつくづく姉御ですね本当に。
「本当に、貴女が居てありがたいですよ」
「褒めても何もでないよ?」
「褒めるとかそういうのは別にして、貴女が居たからこそ回ってた所もありますしね」
「ふふ、瑠伊耶君も頑張ってるじゃないかい。自信持てばいいさね」
「――みんなー、出来たよー!」
そんなやり取りをしてる内に、キッチンで格闘していた皆の調理が完了したらしく、
黒い山を大皿に乗せてえっちらおっちらと歩んで来た。
「おぅ、きたきた。おーい、此処だよー」
「ああ、麗さん。ここでしたか――って、瑠伊耶くん?」
「瑠伊耶殿?」「瑠伊耶さん??」
セリカさんと廉さん、龍さんの三方が全員一つずつの大皿を抱えて疑問の言葉を掛けて来た。
「はい、瑠伊耶です。……手伝いましょうか?」
「んー……ゴメン、お願いできるかな? キッチンの方にこの大皿が残り5つ程あるから」
俺がそう聞いてみると、済まなそうに言葉を返して来る黒い山――もとい、セリカさんであり。
「おおぅ、それは凄い。では、取って来ますね?」
「有難う、瑠伊耶くん」
席を立ちつつそう云うと、セリカさんははにかんだ笑みでお礼を言ってきた。
――そんな笑顔を向けないで下さい。ときめいてしまいますから。
その思考を内心に押し込んで、気にしないで下さい、と返すと、同じく黒い山その2、廉さんが言葉を紡ぎ。
「瑠伊耶殿、重いから気をつけるようにな」
「大丈夫ですよ、廉さん。一応俺だって男ですし。……あっと、これ全部このテーブルに持ってくればいいんですよね?」
俺の問い掛けに、黒い山その3である龍さんが答えた。
「あ、いえ。これはこの店に来ている鬼さん達全員に配ってるんですよ。
皆さん凄く気落ちしてますから、このぐらいで少しでも立ち直れるなら私達の懐的にも安いものですし………」
「ですね」「じゃの」
「了解です。では、中心辺りに置いておきましょうか」
「お願いします」
うん、ほぼボランティアに近い状況でやってるっぽいので、後で俺から皆さんには特別ボーナスでもあげますね。
――本当に良い人ばかりですよウチの店員様達は。
そんな事を考えつつキッチンの方へ向かう俺の背中に、麗さんの声が届く。
「あ、瑠伊耶君。それじゃあたいも――」
「麗さんは今オフです。気にしなくても良いんですよ?」
「でも「オーナー命令です。休んでて下さい」
「――ゴメン、ありがと」
なら自分も、と立候補して来た麗さんをばっさりぶった切った。
いや本気で公私は分けて考えていただいた方がこっちが楽です。
「――んじゃ、それ運び終わったら瑠伊耶君も一緒に食べるかい?」
「では、後で御随伴に預かりますね?」
「ああ。頑張りなよー」
その後何度かキッチンとフロアを行き来し、全部を運び終えた俺は、かっ喰らってる鬼達と一緒に恵方巻きをほお張るのであった。
――で、フロアに戻った時、全員が恵方を向いて無言で一本食いしてる酷くシュールな光景を見て苦笑してしまったのははっきりと蛇足である。
後、あれだけの量を麗さんが半分近く消費したというのもここに記しておく。
どこまで無限の胃袋してるんですか、麗さん……。