『オレの彼女は、日替わり彼女』
いきなりだが、オレの彼女は日替わりになっている。毎日彼女は別人だ。
…………言い方が悪かった。これだとオレが女タラシに聞こえてしまう。もし、たらしだったら、もうオレはこの世にいない事だろう。確実にあいつらに殺される。
言い方を変えるので、テイクツー。
オレの彼女は日替わりになっている。毎日彼女は別人だ。
正しく、精確に、着色料ゼロで言えば――
「リン君っっ!なーにぼぉーってしているの? 大丈夫?」
「へ?あぁ、悪い悪い。考え事してた」
「もぉ。久しぶりのデートなんだから考え事しないの!」
頬をぷくぅー、と膨らませて怒る彼女。ご飯を詰めたハムスターみたいでかわいいな。怒られた気が全然しない。むしろもっと怒ってほしい気さえする。
あ、だからと言ってマゾヒストじゃないからな。
しかし、そんな和みも一瞬で終わってしまった。
「まさかと思うけど、別の子の事を考えていた……じゃないよね?」
「違います。神に誓って違うと断言します。だから怖い顔しないでよ」
ぎろりと、可愛らしい顔から一変して、般若もビビるのではないかと言うぐらいの恐ろしい顔へ。顔芸のプロフェッショナルでも、ここまで恐ろしい顔は出せないだろう。
うぅ、自分の相手が彼女だと言うのに、泣いて逃げたくなってきた。
と思いつつも、オレも良い歳した男なのでそんな事は出来ず、半泣き状態で宥める。俺は心が強い男、人前で涙は流さないさっ。
そう、彼女が先ほど言った日替わり彼女Aこと、柴山慧だ。
彼女は容姿端麗で成績はそれなりに良く、運動神経も抜群らしい。文武両道とはまさにこの事だ。現に、彼女は有名私立校に通っている(オレか? オレは商業の男子高校だ)。
容姿端麗の時点で「ここは漫画の世界か!?」と突っ込みたくなるが、残念な――いや嬉しい事に現実なのだ。
むしろ残念なのはオレの方。オレの成績を見てみろ。素晴らしいぞ。この前の期末試験全教科下から三番目ぐらいだ。あと少しでブービー賞を取れたかと思うと悔しいぜ。いや、二人欠席だったからビリじゃん。
しかし、こんなオレが彼女と付き合っているのは、まごうことなき事実なのだ。重要なので、もう一回。
非の打ちどころのない最強彼女と付き合っています。
ドヤァァアア。
もし、これがドッキリだと言うのならばさっさと出て来い。今ならパンチとキック十発ずつだけで許してやる。あとから来たら一人十回ずつの千本ノックだからな。
スタッフが現れていない今日、オレと柴山はデートなのだ。
全国の男子共よ、俺みたいな取り柄の”と”すらない男子高校生でも彼女は出来るんだ! デートも出来るんだ!! 希望を捨てるな、男子高校生どもよ!
と調子いい事を言っているが、水族館だの遊園地だの行かずに、ただ街をぶらぶらと歩くだけだ。付き合って早半年近く経つが、一度もそういうのに行った事がない。何故なのかと言うと、二人で設けたある決まりが関係しているわけで。まぁ、特筆するようなことではない。
今大事なのはどうやって彼女の機嫌を直すかだ。
彼女が『別れよう』なんて言い出したら一大事だ。こんなことで別れてしまったと、他の奴らにばれてしまったら――ボコされるどころか、殺される。爪から内臓まで全て潰される。残念系男子から陥没系男子デビューになってしまう。
考えれば考えるほど、このデートがどれほどオレの人生を左右するかが分かってくる。付き合い始めた時点で彼女に人生賭かっているんですけどね。
男のくせにダセェな、おい。
いつの間にか話がずれ、己のダメさに悩んでいると、頬を軽くつねられた。柴山が両頬をつねっていた事に、我に返ってから気付く。
「まぁた、考え事して。今日のリン君は思考型リン君なのですか?」
「そういう柴や「みぃーちゃんって呼んで」――……み、みぃーちゃんは甘えん坊さんですか?」
「イエス!」
無邪気な笑顔で返事する彼女。た、頼む、それを誰にでも向けるんじゃないぞ。
「ねぇねぇ、どこ行く? なにする?」
「あーそうだなぁ。流石に毎度毎度同じ所ってのもなぁ。遠出するにも金がなぁ」
ヘタするとルール違反にもなるし。行く前にデートスポット探しておけばよかった。
以前どこかのサイトで『デートプランと立てるのは男の役目』とあった気がする。
「あのね、実は、私行きたい所あるんだ」
「行きたい所? 近い場所か?」
「近くはないけど遠くもないよ。バス一本で着く位」
バス一本……行けなくはないかな。彼女の意思を尊重しよう。どうせ、普段からオレは柴山に迷惑をかけているだろうし。
オレは行き先を聞かずに、ついて行ってしまった事を数十分後ひどく後悔するのだった。
当たり前だが、現時点で、それをオレが知る由はなかった。
「柴山さん、ここは一体……」
バスを降りてから、徒歩で十五~二十分ぐらい。人も建物もあまり見当たらない、道路と公衆電話があるだけ救い、と言えるような場所に着いた。唯一他にあったものと言えば、遊園地だった。と言っても、遊園地と言うより公園の方がしっくりくる。アトラクションも小ぢんまりしていて、とても高校生が乗れそうになかった。
もっと分かりやすく言えば、幼児向けの子供遊園地に連れてこられたのだ。
「前から行ってみたいねー、って話していたんだ。人は少ないし、料金も高くないから、十分に楽しめると思うんだ。ね? いいでしょ?」
「良いでしょって…………。大体、高校生が子供の遊具で遊ぶって、今どきいないと思うぞ」
「だからこそ良いじゃないの。こんな所に知り合いがいる訳がないし、仮にいたとしても大丈夫だよ」
「確かにそうだけどさ」
どうして大丈夫なのかは、あえて聞かなかった。彼女の事だからそれなりの理由をつけるのだろう。これが原因で虐めに遭わなければ良いのだが。
一方オレの方は、百パーセントどうにかなる。と言うより、向こうが勝手にどうにかしてくれる。現在、誰もオレが恋人持ちだと信じていない。以前に言った時、友人から憐れみの目を込められて、何故か合コンのお誘いをいただいた(無論断った)。そんな彼らの事だから、見ても画像処理して、いなかった事にされるだけだ。
素晴らしきかな、男子高校。
奴らの頭の中の辞書には『女子』と言う単語はない。
話を戻すが、結構郊外に来てしまったので他に行くあてもない。そもそも、立場的に拒否する権利がないのだ。
よってこの幼稚な遊園地で遊ぶしか選択肢はない。だがオレには、一つ問題点があった。
恥ずかしながら実は、乗りもの恐怖症なのだ。
幼いころに、少々事故を起こした所為でこういう体質になってしまった。バスや自転車などの、普段使う乗り物は何とか克服したが、絶叫系だけは全然駄目だ。いくら子供向けでも、最期まで乗りきれるかどうか。たかが遊具に対して”最期”とは大げさなようにみえるが、本気で言っている。
最後に乗った時は、観覧車の中で発作を起こし、救急車に搬送されたそうだ。てっぺんで起こしたものだから、親もパニックになったそうだ。
柴山はこの事を知らない。まさか今日のような日が来ると思わなかったしな。
それに知っていたら、絶対言わない。少なくとも今日の彼女は、面白半分でしないはずだ。
先程言ったとおり、他に行ける場所はない。乗れない事を言ってしまったら今日のデートがパァ、だ。何もせずに終わるのは毎度の事だが、彼女の願いを叶えてやれないのは彼氏としては――つらい。
「顔色良くないけど、気分悪くなった? 今回は諦めて帰る?」
心配そうに顔を覗き込む柴山を見て決心する。
体調を理由に諦めてもらえばいい。そうすれば両方、変に気を使わなくて済む。最善策ともいえよう。次回は次回で別の理由をつければ済む
しかし、オレらにはもうその次回があるのか分からないのだ。
運が良ければまた会えるかもしれないが、逆に言えば一生会えない可能性だってあるのだ。
再開できる可能性が低いと言うのに、彼女の願いをたかがトラウマ程度で無駄にしたら男どころか、人間が廃る。
「平気平気。帰りも考えると時間は少ないし、思いっきり遊ぼうぜ」
十年以上経っているんだ。そろそろ治療しなきゃいけないだろ。
そう自分に言い聞かせて、オレは柴山と遊園地の中に入って行った。
「うぇ…………気持ち悪い……」
入園早々ジェットコースターに乗ったが、頂上に昇って行くところまでしか覚えていない。意識が戻った頃にはとっくに終わっていてベンチに寝かされていた。柴山の話によると白目をむいて気を失っていたらしい。
昔と比べれば多少はマシになっていたので良い進歩だろう。
出来れば、食道を通って口へ突き進む甘酸っぱいアレを抑えきれれば嬉しい。今朝ネットで、ゲップを我慢したら食道が爆破した人がいると見たが、オレのは大丈夫だろうか。
水を買ってきた柴山が、両手を合わせて謝った。
「ごめん! 体調悪いのに無理やり乗せちゃって」
「いやいや。体調管理が出来なかった方が悪いんだし」
この様子から見て乗りもの恐怖症の事はバレてないようだ。不幸中の幸いとはこの事だ。
「今何時?」
「四時頃かな。ここのバスって本数が少ないから、そろそろ帰らないと」
「そうか……。ごめん。看病ばかりで何も楽しんでいないだろ」
「アトラクションは何もできなかったけど、リン君の寝顔写真をゲットしたから、十分楽しんだよ」
御馳走様でした、と言って画像を見せる。
Oh……我ながらひどい顔。て言うか、何ちゃっかり人の寝顔を撮っちゃっているんですか。
結局ジェットコースターだけで終わってしまい、帰路に着くオレ達。会話すらせず、無言でバス停まで歩いていた。
「ねぇ」
遊園地を出てから黙りこんでいた柴山が、声をかけてきた。
「ずっと考えていたんだけど、やっぱりこれってルール違反だったよね」
オレらが気にしていたルール。二人のある問題を解消するために設けられていた。
ルールその一。
以前した会話を持ちこんではならない。
ルールその二。
思い出に残る様な所に行ってはならない。
ルールは極めて簡単で不可解なものだ。何も知らない人が見たらおかしいと思う事だろう。
だが、これがなければオレらの関係は脆く破綻しやすい物になってしまう。
その理由は柴山が言ってくれた。
「私が我儘を言ったから――」
「他の私が邪魔をしようとリン君をこんな目に遭わせたのかな」
彼女の言ったとおり、柴山慧は多重人格だ。
日替わりだと言ったのはこういう事だ。
オレが彼女のことを知ったのには、色々深い訳があったのだが、それは割愛しよう。
話を戻して、ルールについて解説しよう。
以前した話題がダメなのは、その時にしたのが別の人格かもしれないから。
思い出に残る様な所に行ったらダメなのは、他の人格と不公平になるから。
今のところないが、ヘタするとその人格が消されてしまう可能性がある。
だから設けたのだ。誰にも不平のなく付き合うための決まりを。
まぁ、倒れたのはただ単にオレの問題なのだが。
「落ち着けって。他人の体調を自由に操れるなんて超能力者出ない限り無理だって。逆恨みは良くないぞ」
「だってぇ……」
涙目で言う彼女。
前回の僕っ子柴山とはえらい違いだ。
いやいや、他の子と比べたらダメじゃないか。
「ほら泣くなって。泣いている顔も良いが笑っている方が、オレは好きだぞ」
「う、うん」
涙声で答える彼女。今の台詞はベタ過ぎたかな。
「じゃ、じゃあさ。一つ聞いていい?」
「何?大体の質問なら答えられると思うけど」
「今回の私はリン君の中でどれ位好きですか」
「ぶふぅうっっ!!?」
突然の爆弾質問に、飲んでいた水を吹き出してしまった。
「えー…………答えなきゃいけない?」
「絶対に答えなきゃいけない」
本人の目の前で言うのかぁ。恥ずかしくて言いにくい。
「今まで、いろんな柴山を見てきたけど――今回のオレとしては甘えん坊さんぐらいがタイプかな」
それを聞いた柴山は笑顔で、
「だから、みぃーちゃんって呼んでって言っているでしょ」
とだけ言って「あ、バスがやってきたー」と先に走って行ってしまった。
やばい、とうとう言ってしまった。まともに彼女の顔を見て話せない。
「リンくーん。早くしないと乗り遅れるよー」
「分かったー。すぐ行くからバス止めといてー」
オレの彼女は日替わり彼女。
どの子も素晴らしいオレの彼女だ。