私の夢は
大きくなったら何になりたい?
お花屋さん?ケーキ屋さん?・・・・・それとも看護師さん?
ううん、ちがうよ。
わたし、おおきくなったら……。
「やっぱり戦闘糧食って美味しくないのね」
激戦地であるアリステアの月に降下後、地上の後方支援部隊である第二空挺団からの救援を待つ間に栄養を補給する。
「ないよりはマシだ」
非常用宇宙戦闘糧食・・・通称チューブ飯を飲み干しながら、レイヴンはところどころ魔導装甲がとけてしまった魔導戦闘機ヴァンキッシュを見やった。
いくら魔導装甲があるとはいえ、あの状態での単独月降下がよく成功したものだと思う。コックピット内の温度が有り得ないくらいに上昇し、一度は死を覚悟したほどだ。
降下の際に受けた顔の傷も少しは疼くが、それはまだ薬が効いているからだろう。一応確認したところこれといった異常はなかった。
今はおとなしく戦闘糧食を飲んでいるミラがレイヴン傷の応急処置をすると言って聞かなかったが、なんとか傷を見せずにすんだのが幸いである。心配してくれるのは嬉しいが、レイヴンは弱音を吐きたくないのだ。
「無茶な月降下を体験した貴重な戦闘糧食だぜ。これは珍味だろ」
やや顔の青ざめたエリオットが魔導戦闘機のコックピットから残りの戦闘糧食を取り出した。言葉とは裏腹にげんなりとした表情だ。
「味気ないというか、生暖かい柑橘系の味がいただけないというか」
「ミラ、それは贅沢だって」
そういうエリオットもこの煮えた戦闘糧食に食指は動かない。
「第二空挺団の補給基地で何か食えるだろ、我慢しろ」
先ほどから戦闘糧食にぶつぶつと文句を言っていたミラは、レイヴンの言葉に目を輝かせた。
そうだ、ここはアリステアの月で水も食料も豊富なのだ。戦艦では味わえない新鮮で美味しいお魚も瑞々しい野菜もあるのだ。
補給基地に行ったら、是非とも調理場を借りることにしよう。
「ずっと栄養補給のみを追及した宇宙食だったでしょ。贅沢かもしれないけれど、あれでは兵士の士気は上がらないと思うのよね。本当、贅沢だと思うんだけど、でも、やっぱり美味しいものが食べたいじゃない」
「まあ、確かに・・・な。別に、食料班の奴らに文句を言うわけではないが」
レイヴンもミラの意見に概ね賛成である。
「俺たち魔導戦闘機パイロットはカロリー消費が激しいからなぁ」
エリオットもそれについては思うことがあるのか、力説するミラに相槌を打つ。
「そう思うでしょ?私ね、本当はパイロット志望じゃなかったの」
「それと、今の話がどう関係してるんだ?」
やや驚きながらレイヴンはミラの方を向いた。
空になった戦闘糧食を片付けようと腰を上げたミラの後ろにはミラ専用のワイルドキャットがペイントされた魔導戦闘機がたたずんでいる。
「本当は、食料班に行きたかったんだけど。調理の適性がなかったのかなぁ・・・」
よりにもよって魔導戦闘機パイロットなんて、迷ったんだよね。
ポツリとつぶやいたミラがどこか寂しそうで、レイヴンは柄にもなく慰めてやりたくなった。
「ふん。お前の適性が魔導戦闘機パイロットに向いていただけであって、調理の腕がないことにはならんだろうが」
レイヴンやエリオットたちと同期のミラは、ヴェルトラント皇立天涯騎士団士官学校において女性でありながら首位で卒業するという快挙を成し遂げたエリートパイロットである。
並みの男性よりも反射神経と動体視力に恵まれているのか、魔導戦闘機の中で最も機動性が優れた機体を難なく乗りこなし、そのスピードを我が物としているのだ。
天涯騎士団ががその能力を埋もれさせるわけがない。
レイヴン自身もミラの能力を認めている。
戦場において信頼できる仲間であり、ミラになら指示されても気にならない。エリオットとも機体の性能から相性はいいが、皮肉屋である彼の一言がレイヴンの集中力を欠いてしまうことがしばしばある。
何より、ミラは他のエリートパイロット…特にレイヴンの永遠のライバルであるルシウスと違って取り澄ましたいけ好かない態度ではない。
「そうそう。士官学校時代の差し入れは美味かったし。今度また何か美味いもん作ってくれよ」
エリオットは小腹がすいたときによくつまんでいたミラの差し入れを思い出したらしい。
そういえば、とミラは士官学校で休日のたびに何か作っていたことを思い出した。
あの頃はまだ他になりたいものがあった。正式に天涯騎士団に入隊してからはそのような暇もなく訓練や軍務に明け暮れる日々を送っていた為、幼い頃から抱き続けていた夢をいつのまにか忘れてしまっていた自分に哀しくなる。
「エリオットが真面目になって、レイヴンがルシウスと仲良くなるなら」
ミラは塞ぎ込んでしまいそうになる気持ちを吹き飛ばすようにニコッと笑った。
「まあ、ありえないと思うけど・・・」
「俺はいつでも真面目だって!!」
「何で俺があいつと仲良くしなければならないっ!!」
即座に反応し、ぶーぶー文句を言い始めた同僚たちをなだめつつふっと目の前に広がる地中海に目をやったミラは、救援信号を受けてで救援に来た第二空挺団の海上魔導艦を発見し歓喜の声をあげた。
「救援っ!!やった~、美味しいご飯にありつける!!」
たった今戦闘糧食を食べたばかりだろうとかその前に隊長に報告だろうとか色々と思ったレイヴンとエリオットであったが、無事に迎えが着いてホッとしていたので何も言わなかった。
正直、ミラと同様に美味い飯が食いたいと思っていたりする2人を誰も攻められまい。
無事にアリステアの月に降下を果たし、煮えてしまった生暖かい戦闘糧食は、要するに不味かったのだ。
「第二空挺団の補給基地にも連絡入れといたし、これから基地に着くまで暇だよな。はぁ~」
エリオットが見るともなしに雑誌を見ながらため息をついた。
パイロットスーツを脱ぎ、支給された服に着替えた3人は、これといってすることも無いのでユーティリティールームで疲れた身体を癒しているのだ。
月降下によって熔けてしまった魔導戦闘機の魔導装甲を修理する前に、海水を洗い流さなければならない。補給基地までの航路はアリステア解放戦線の駐留部隊が占領している為、魔導戦闘機を動かさなければならない事態にはまずならないだろう。
アリステアの環境に適合させるために魔導装甲の魔法陣を書き換えなければならないが、それも補給基地に入ってからアリステアの環境を知り尽くした魔導騎士がやってくれることになっている。細かい設定は自分たちで行うが、今はすることが無い。
「ルシウスもアイシスも本部に戻るのかぁ」
先に降下していた遊撃隊である第七空挺団は補給の為にヴェルトラントの本部に戻ると聞いた。
一方、ミラたちは補給基地で待機という指示を受けている。
「せっかくアリステアに来たことだし、少し風にでもあたってくるかな」
ミラはお世辞にも座り心地がいいとは言えないソファから腰を上げるとレイヴンを見た。
降下の際にアリステア独裁政府軍の妨害に遭い、怪我をしてしまったレイヴンの顔右半分を覆う包帯が痛々しいが、本人は大丈夫の一点張りだ。無理をして痛みをこらえている様子は微塵も無いように見えるが、相当痛いはず。軍医が無理やり痛み止めを打つまで薬は飲まなかったらしいところからして、レイヴンは意地を張っているのだろう。
「レイヴンも行かない?気分転換に」
「いや、いい」
素直に行くという答えを期待していなかったが、やはり予想通りの言葉を聞くとため息が出そうになる。レイヴンの答えにがっかりしているミラの気持ちを察してか、エリオットがからかった。
「気分転換って、どうせ食堂にでも行くんだろ?」
そしゃくできる食事を期待していたのだが、無理な月降下の後なので固形食物を食べさせてもらえなかったのだ。
「行かないって。これ以上身体に負担かけたらいくら私でもでも危ないでしょ?水平線を見に行くの!」
「どうだか」
「もう、エリオットには差し入れなんてしてやらないから!」
ミラは少し怒ったふりをして廊下に出た。
ユーティリティールームから「そりゃないよ、ミラ様~」というエリオットの情けない声が聞こえたが、あえて聞こえないふりをする。元気なふりをして、自分は元気なんだと言い聞かせる。
同じ天涯騎士団に所属しているとはいえ、ここは知らない場所、知らない部隊の戦艦内なのだ。自分の知らない人が、敵が住んでいるこの星が不安を掻き立てる。どこに独裁政府軍が潜んでいるかわからないから。
それでも、宇宙から引き寄せられてミラたちが落ちた海は純粋にきれいだと思った。
眼前に広がる青い海は熱を持った機体を一気に冷やしてくれたし、ミラたちの命を救ってくれたのだ。
殺戮者たちの星なのに。
甲板に出ると、波が太陽に光を反射しキラキラと輝いていた。ミラの黒髪が潮風にさらさらとなびく。
遠くに目を向ければ水平線が見え、低くなった太陽の位置からして夕方だということがわかった。宇宙からしか見たことがなかった星が、急に身近に感じられることが不思議だ。つい先ほどまで虚無の宇宙空間にぽっかりと浮かんだ蒼いアリステアの月を奇妙だと思っていたのに。
この星はどこまでも自然であって、不自然なのは自分たちなのではないか。
そう思ってしまう。
こんなに美しい星に住んでいながら何故、何もかも破壊してしまうような戦争などするのだろう。
自分は何故この星を憎いと感じたのだろう。
何故こんなにも懐かしいと思うのだろう。
戦争さえ起こらなければ、とミラは思う。
戦争さえ起こらなければ、自分は何をしていたのだろうか。
幼い頃からの夢を叶えていただろうか。
天涯騎士団に志願して、魔導戦闘機パイロットになり、そして……そして敵とはいえ、人を殺してしまった。戦争だからと割り切って、この手を血に染めてしまった。
もう夢は叶えられない?
自分は間違った道を歩んでしまったのか。
平和を願うなら、天涯騎士団になど入るべきではなかった?
アリステアの月はミラの両親の故郷だ。
解放を訴えた市民は独裁政府軍に虐殺され、ミラの両親も巻き込まれて死んでしまった。
あの悲劇を思えば独裁政府軍が憎くて仕方がないのに。
どこでその憎しみを断ち切ることができるのだろう。
家族を、恋人を失いながらも反戦を訴える人たちはどうやって立ち直り、戦争と戦う勇気を手に入れたのだろう。
戦争さえ起こらなければと思うが、結局戦争をしているのは他ならぬ自分なのだ。
「ミラは大きくなったら何になりたい?お花屋さん?ケーキ屋さん?それとも看護師さん?」
「ううん、ちがうよ。わたし、おおきくなったらおりょうりをつくるひとになる!!」
「あら、シェフになりたいのね」
「しぇ・・・?」
「『シェフ』よ。お料理を作る人のことをシェフって言うのよ」
「しぇになる!!それでね、それでね、おかあさんにおいしいおりょうりをたくさんつくるの」
「楽しみだわ。じゃあお母さんはミラがちゃんと料理が作れるようにがんばらなきゃね」
「おかあさんはたべるんだよ。おりょうりをつくるのはわたし!」
「じゃあ、今日はミラも一緒に作ろうか?」
「うん、おかあさんとつくる!!」
「日が落ちる前に艦内に戻れ、身体が冷えるぞ」
背後からミラの不毛な考えを一瞬にして吹き飛ばす声が聞こえた。
「レイヴン、素直じゃないね」
さっきは「いや、いい」なんてそっけなかったくせに。
「水平線が見たかったんでしょ」
「ミラが遅いから様子を見に来ただけだ」
照れ隠しなのか、ふいっと視線をそらして水平線を見る。だいぶん日が落ちたのでいつの間にか辺りは赤い色に染まっていた。レイヴンの銀髪も赤く染まる。
「レイヴン」
「なんだ」
レイヴンはミラに戻れとか言いながらも初めて見るアリステアの夕日に目を奪われているらしい。
「大きくなったら何になりたかった?」
レイヴンは戦争がなくても天涯騎士団に所属してそうだ。もしかしたら、ヴェルトラント中央政府の高官かもしれない。
「なんだ、いきなり。降下のせいでおかしくなったのか?」
レイヴンは怪訝そうな表情でミラを見た。
そっけない声に聞こえるが、猛禽類を思わせる金色の瞳が心配していることを告げている。
「私はシェフになって小さなお店を出したかった」
「なんで過去形なんだ」
レイヴンはますます怪訝に思った。
ミラは自分と同い年だ。まだ夢を諦めるには早い年齢だと思う。今は戦争中だが、平和になれば可能だろうに。シュイの料理の腕前は保障できるし、確か調理師の資格を有していたはずだ。
「鋭いね。でも過去形。私は天涯騎士団のパイロットだから・・・」
人を殺した手では無理。
ミラは小さく苦笑して哀しそうにうつむく。
「ミラの料理は美味い」
レイヴンがぼそりと呟いた。
「え?あ、ありがとう」
ミラにはレイヴンの真意がつかめていないらしい。
「戦争が終わって無職になったら俺が雇ってやる」
「…………!!!」
びっくりした。
ミラは自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
きっと、レイヴンの顔も真っ赤になっているはずだ。今は夕日のせいでわからないけど、絶対に。
だって、私の心臓がこんなにどきどきしてるから。
「無職ってひどい!!私の素晴らしい能力は引く手数多なのよっ!!」
「ふん」
「レイヴンが雇えないくらいに高給にしてやるんだからっ!」
「ほう、どれくらいだ?」
「えっと、えっと、戦争が終わってから決める!!」
「楽しみにしているぞ」
「のぞむところだよ!!!」
「・・・・・・・・・お前ら、どうでもいいんだけど、夕日見ないの?」
「「エリオット?!」」
いったいいつの間に来たのか、甲板にエリオットがいる。
しかもにやにや笑っているのが嫌な感じだ。
「う~ん。ミラの料理が食べられるなら、俺も立候補しようかな」
考えといて、とウィンクしながら言うが、どこまでが本気なのか。
「私は高いよ?」
「ミラなら高くてもいいし」
「貴様に味の良し悪しがわかるのか?」
レイヴンが口を挟む。明らかにいらだたしげな声だ。
包帯に隠れて見えないが、レイヴンの眉間には2・3本皺が刻まれているだろう。
「だって、俺ってグルメだから」
「お前のどこがグルメだっ!!」
いつものようにレイヴンは叫び、エリオットがからかう図式。
ぴりぴりと張り詰めた緊張の糸が少しだけ緩んで、ミラはホッと一息ついた。
「あ、見て見て。太陽が沈んでいくよ」
丸い水平線の彼方に真っ赤に燃える太陽が沈んでいく。そして太陽が海の向こうに消える瞬間、太陽がエメラルドに輝いた。
いつの間にかミラもレイヴンもエリオットも言葉なく見とれていた。
初めて見るこの奇跡のような自然現象に、自分がちっぽけな人間であることを再確認したように。
戦争を終わらせよう。
憎しみが憎しみを生み出すのならば、私はいつかこの憎悪という感情を断ち切らなければならない。
どうやればいいのかわからないけれど、レイヴンもエリオットもいてくれる。
この美しい夕焼けを皆で見ながら、話し合えたら。
きっと、平和な世界に近づけるかもしれない。
「さて、戻ろうぜ。うまくいけば、夕飯食えるかもしれないし」
「本当?!お魚かな?」
「・・・・・・・・お前ら、余韻に浸るとかいう気持ちがないのか?」
先ほどの感動はどこへやら、すっかり夕飯モードに切り替わった2人をレイヴンは呆れたような半眼で見た。
太陽はすっかり沈んでしまい見慣れた宇宙の闇が空を覆っているが、目に焼きついた鮮やかな赤とエメラルドがレイヴンの気分を高揚させているというのに。
「レイヴンって意外とロマンティストだったんだな」
「うるさいっ、お前にデリカシーがないだけだっ!!」
ぎゃんぎゃん言い合いながら艦内に戻るレイヴンとエリオットの背中を見つめながらミラは聞こえないようにそっとささやいた。
「戦争が終わって、平和になってからの話だよ」
平和になったら、貴方に雇われるのもいいかもしれない。
私のささやかな夢を叶えて。
ね、レイヴン?
SFファンタジー 宇宙の涯の物語 から抜粋。
別サイトからの転載。