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the world that I saw―蒼海―  作者: 天野 湊
8/8

○感情○

 「カーテンを閉めろ。モウ軍のスパイが来ている!!」

…スパイ?

「早く!」

私は言われるがままにカーテンを引いた。この部屋はモウ軍のいる方角に面していて、人が来ることはないらしい。

 …トパーズが入ってきた。

「今は危険だ。お前は俺にひっついてればいい。それ以上のことはするなよ。」

「…うん。」

「勘違いするな。上から言われただけだ。お前が来たことは上の人はもう知っている。」

 透き通った深い青の瞳が横目で私を見た。海のごとく冷たい目だった。

「お前はしばらくここにいろ。この階の人が動き次第、俺らも出る。」

「わかった。」

 …それからは、トパーズとネオと私、しんとした空間の中にいた。1ミリも動かなかった。一体何分が経過しただろうか。ほんの2~3分のことなのだと思う。しかし、私には10分にも20分にも感じられる。もうこの静寂にも飽きたかな、と思った時、トパーズがすぅっと息を吸った。

「お前、」

その一言はため息と共に出てきた。

「名前なんだっけ」

…以外だった。私といるのをさっきまで面倒くさそうにしていたのに。

「…ゆり。」

「なんて?」

「百合。山本百合。」

「百合ね。わかった。」

 よく考えると、今私は普通に人と喋っている。褒められるのが苦手だったり、まともに挨拶が出来なかったりするが、なぜかトパーズやネオ、悠馬君に言いたいことを言えていた。小学校のときは誰に話かけられても涙目で答えられずに、服の裾をつかんで上目遣いをすることしかできなかった。未だに学校には行けないままなのだが、バイトや一人暮らしを通して、自分のなかで何かが変わっていた。

「ねぇ。」

私は小声でトパーズにささやいた。

「なに」

「私、帰れる?」

うつむいたまま顔を上げれない私は、トパーズの表情を窺えなかった。しかし、

「あぁ。」

そう返事した声は、無愛想ではあるが、どこか優しかった。

「用が済んだらお前が嫌だと言っても返すよ。ただし、バカネコが来るように言えば来い。」

「ありがとう。」

 自分のいる現実の世界にいたいと思ったのは、人生で初めてかもしれない。きっと、悠馬君が原因だ。彼の一言に、ハッとさせられたんだ。

   ―「いつもそうやって笑っていればいいんじゃね?」

…驚いた。笑うことのできなかった私に笑顔をくれたのだ。驚いて、嬉しくて、気付けば涙ぐんでいた。心から好きになった。好きって言いたかった。なのに、今は敵なのだ。知らなければよかったのだ。海のことも、ネオのことも。

「そんなに戻りたいのか?」

 気付けば私は泣いていた。数秒前まで肩を上下しながら泣いているのに気付かなかった。

「…トパーズ……私、どうすればいいの?」

トパーズのことだから、私の話など聞いてくれないだろう。分かっているけど、苦しみを吐き出したい。今までとはまた違う苦しみを。

「……好きな人が、敵…なの……」

シカトされるだろうと思った。すると、

 カシャッ

頭上に金属が乗っかっていた。パッと顔を上げる。そこには、そっぽをむいているトパーズの顔があった。金属は彼の着ている鎧だった。

「泣くな。俺らの居場所がバレるだろ。」

そう言ったトパーズは、そんな心配をしている顔ではなかった。少し、彼の優しい顔が見えた気がする。

「あ、百合。」

思い出したようにトパーズは立ち上がった。

「そういえば、その服じゃまずいから、着替えてくれ。」

「…は……?」

 自分の服を見る。青のグラデーションのワンピースに、白いハイヒール。バイト生活のわりにおしゃれ着をしていた。もとは悠馬君に会うための服だったんだ。…確かに、動きにくい。走ってついていけないかもしれない。

 トパーズは何もない壁に向かい、手のひらをスライドさせた。すると、タンスの取手のようなものが出てきて、服が引き出された。

「……!!」

「最初、簡素な部屋だと思っても、魔法マギアを使い慣れればいい部屋になる。」

そのびっくり箱のような引き出しには、いろいろな服がかかっていた。しかし、その中に女性向けのものはありそうにない。きっとここは男性向けに作られた部屋だからだろう。

「とりあえずこれしかないな…。」

渡されたのは、飾り付きの長ズボンにカッターシャツ。劇団みたいだった。

「着替えてくれ。」

トパーズがいるところでか…。

「見ないでね…」

「俺を悪趣味みたいに言わないでくれるか」

「…」

先ほどにまして冷たかった。…ま、いいか。とりあえず早く着替えることにした。

 着替えている最中、嫌な予感がしてしょうがなかった。部屋は決して明るくなく、なにが起こるかわからない。今この状況で敵が乗り込んだらどうなるんだろう、とすごく心配してしまう。

 それなのに、トパーズは急ぐようにドアノブを握り、

「用を足してくる。」

と言って、振り向かずに部屋を出た。

「…え?」

数分前なんて言った?「今は危険」?危ないのならいかないでよ…。

 再び、部屋はネオと私だけになった。

「…主。」

ネオが話し始めた。後ろを向いている。いつもは堂々と着替えの邪魔をしているのに。

「与のことは、嫌になったら捨てても構わん。」

…きっと、後ろを向いた顔はバツの悪そうな顔をしているのだろう。

「…主……」

「何」

自分の声のトーンが低くなるのを感じる。

「主は、胸が薄」

「しっぽ引きちぎられたい?」

「ごめんにゃさい…。」

ネオが抱えた罪は「セクハラ」なのではないかと疑ってしまう。

 その時。

「山本♪」

声が聞こえてきた。

「全部聞いていたぞ。」

「悠馬君!!」

声は、紛れも無く悠馬君だった。すると、ベッドのカーテンからすぅっと影が現れて、男が姿を現した。黒く焼けた肌に、大きな瞳…やはり、悠馬君である。羽根付きの黒い服を身にまとって、なんだか雰囲気が違う。

「全部聞いていたの…!?」

「あぁ。」

いろいろと混乱していてよくわからない。どうやって入ってきたのか。なぜトパーズは気配に気付かなかったのか。そして、私が悠馬君を好きでいることはバレてしまったのだろうか。

「阿保だな、パリオス軍は。俺が敵だろうと、1ミリ以下の虫になればわからない。」

「え、悠馬く…」

私はその場に座り込んだ。いつもの悠馬君ではない。悠馬君は私に近寄り、にやっと笑いながら見下ろした。きっと、彼は小さな生物に化けて付いてきたんだ。

「そんなに辛いなら、俺と行かないか?我が海モウ・タラサも悪いところじゃない。」

悠馬君はゆっくりとしゃべった。私を見下ろす彼の顔も綺麗だったが、彼にはいつもどおりいてほしい。

「山本。しばらく協力してくれたら、一緒に陸上ギーに戻ろう。きっと今よりいい生活になるぞ。保証する。」

悠馬君の口元は更に緩んだ。そして、

「猫は封じてやろう。」

悠馬君の邪気にやられて弱ったネオを持ち上げ、ベッドへ投げた。

「主………!」

「ネオ…!?!?!?」

「ヴァルト・セ・クリスタル」

そして、悠馬君は懐から水晶を投げた。ネオは一瞬でその中に吸い込まれ、姿がなくなった。

「行こう。山本。」

悠馬君は私の手を引いた。

つづく。

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