○猫罪○
「主、説明は以上で分かっただろうか。」
「…なんとなく。」
…飼い猫が喋るのは実に気持ちが悪かった。なにせ今までネオをオスらしいオスとも思ったことがないのに、声は美青年なのである。
そんなオス猫の説明によると、今私が来ているのは『海の世界』らしい。そして、タラサ・コスモスは2つの国に分かれていて、ひとつは『古くからの海』、ひとつは『我が海』なのだとか。いま私たちがいるのはパリオスで、現在モウに敵対し、戦争を繰り返しているのである。そして、私がここへ連れられた目的。それは…
「要するに、私はパリオスが人手不足ってことで連れてこられたんでしょ。」
「主はどれほど理解が足りんのだ。確かに次の戦争である『西海戦争』においてパリオスは人手不足だと説明はした。しかし、それはただの口実に過ぎん。」
ネオは窓枠に座り、外を眺める私に必死に話している。私は理解力が不足がちらしいので、ここまでには少なくとも30分以上の時間を費やしている。こうしている間にもネオは説明を続けている。
「与はもともと重罪人だ。魔力を持ってはならぬ。しかし、与がこうして人間の世界とタラサ・コスモスを行き来しているのを知られたのだろう。おそらくモウ軍はその情報を何かしらの方法で手に入れて、今度は与を暗殺する気なのかもしれん。モウは多くの住民が人間の世界から引きずり込まれている。その対象になりやすいのが、主のような一人暮らしの人だ。ここからは与の推測だが、…」
「あ゛ーーーーーー!!!!!!!わかんない!!!短くまとめて!!!」
頭をかきむしる私を冷たくじっと見つめているネオ。……むかつく。猫が与とか主とか聞いたことないよ。
「……理解力がなさすぎるんだよ。要するにな。」
私と同じように頭をかきむしって近づいてきたのは、イケメン騎士(超無愛想)のトパーズ。本当に冷めている。
「人手不足っていう単語は頭の隅に置いておいてくれ。モウは今までいろいろあって、パリオスを嫌っている。その説明はそのうちするとして、今回行われる戦争、ディシィポレモスはおそらくこの黒猫が原因になっている。理由としては、さっきこいつが説明したように情報が漏れたんだ。彼は両国から、懲役30年、その間薄汚い野良猫として過ごせ、と言われている。…が、今は野良猫どころかむかつくくらい甘やかされてそのうえタラサ・コスモスで魔法まで取り戻そうとしている。」
うん…ネオの罪が原因で戦争が起こるんだ。
「おそらくモウは、お前がこいつをかくまっていると勘違いしたのだろう。こいつもこいつで迂闊だ。モウ軍の人間に近づいたのだ。」
…きっと悠馬君のことだな。彼はきっとネオが罪を犯したって知っていたんだ。
「そこで、モウ軍はお前を捕らえてこいつのことを吐かせようとした。」
「あ、それで空間移動を2人分も…!」
「理解おせーわ。ちなみに人手不足っていうのは、こいつがお前をここに引き込んだ言い訳みたいなもんだ。マギアについてはまた明日から教える。今日は寝ろ。」
目も合わせずに、トパーズは部屋を出ようとした。
「あ。待って……!」
「んだ?」
この人は多分、力の弱いネオを手助けした。そういえば私が目を覚ました時、放っておいたらモウ軍の餌食になるって言っていたような気がする。
「今日は、ありがとう。」
「……。」
トパーズはかぶりをふった。
「これくらいのことで礼言っていたら毎日言い疲れるぞ。」
そっか…今日からお世話になるんだな。…って!
「…めっちゃ恩着せがましいよこの人…。」
「何か言ったか?」
「あ、いや…」
嫌な奴。
「あ、あと一つ教えておくよ。窓の左側、カーテンに隠れているオレンジの板があると思うんだ。それに今使いたいものをひとつだけ念じてみろ。出よと言えばいい。」
「ぇ、うん…。」
その言葉を聞いてか、ネオがカーテンの端をつかんで引きはじめた。案の定、透き通ったオレンジのガラス板があった。
「これね。」
「あぁ。俺もう行くぞ。じゃあな。」
「ありがとう。」
…もう、部屋にトパーズの影はなかった。私はそっとオレンジの板に手を触れた。
「ここ―多少騒音になっても大丈夫なのかな。」
私は、ここにはなくて家にある、私の大好きなものを思い浮かべた。
「―フィーゴ!」
シュゥッ
「やった!」
目の前には、一台のピアノが出てきた。普通のグランドピアノだが、これもまた端っこにオレンジの板がついている。
「…?」
「主。それは音も変えられるみたいだ。」
「そうなんだ!凄い。これって、音量大丈夫?」
「与がマギアでなんとかしておこう。それに周辺の部屋には誰もおらん。半径3mくらいなら漏れてもよかろう。」
「やった♪」
私は早速鍵盤に触れた。
ポロン~
まずは普通のピアノの音。次にオレンジ色の板に触れる。
ポロン~ポロロン~~
オルゴールやベース音も出せる。…感動。
「お~、この音で弾きたかったんだ!」
そこで私が選んだのはエレクトリック。ネットで気に入った曲がエレクトリックで、ずっと弾きたいと思っていたのだ。
早速私は椅子に座り、鍵盤に手を添えた。この青い部屋には、大きな窓、ベッド、そしてピアノ。それしかない部屋だけど、そんな寂しい景色だけど、私は音楽で青一色の世界を他の色に染められる。「11th finger」。ストリートのような明るい曲だ。
「フゥッ…」
♪― ♪―♪―♪― ♪―
まずは、ゆっくりとしたロングトーン。私ははじめ、この曲はゆったりしたものだと思っていた。しかし、急にアップテンポになるのだ。
♪―♪ ♪ ♪ ♪ ♪♪♪♪♪♪♪♪
ここは本来ドラムパートだが、ピアノだけで誤魔化す練習もした。それははじめて悠馬君の前で披露した「潮騒アーベント」でも使った。
♪~♪ ♪♪ ♪♪ ♪ ♪♪
特に、私の苦手なポップ調。それに本来これは4分以上もあるので、私の体力がもたなかった。そこであまりにも早すぎる箇所は端折って、2分弱の曲にした。
♪ ♪♪ ♪♪ ♪♪ ♪♪ ♪ ♪~
指は跳ねるような動きだけではない。
♪ ♪♪ ♪ ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
なめらかで早い動きも必要だ。この動きは「アラベスク」とはまた違った指の移動がある。これは右手に限ること。左手は異常に指を使う。
♪ ♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪ ♪♪ ♪♪ ♪~♪
メインの旋律。これを繰り返したらエンドだ。指は軽やかに鍵盤の上でステップを踏む。
♪~♪ ♪♪ ♪ ♪~♪ ♪ ♪ ♪― ♪―♪―♪― ♪―
はじめのロングトーンに戻る。本家はここからさらに世界観を広げているが、指が吊りそうなので、ここで終えている。
「おわりー。」
「主、相変わらずすごいんだな。」
「だって今までミスしたことって本当にないもん。」
ネオからお褒めの言葉をいただけたところで。
トントン
―ドアのノックが聞こえた。
「俺だ。トパーズだ。今すぐカーテンを閉めろ。モウ軍のスパイが来ている!!」
続く。