○蒼海○
8月19日。辺りは波の音しか聞こえない。
ここが、海なのか。
澄んだ青色を横切る水平線も、水に映った雲も、生で目にするのは4年ぶり位だ。しかも、夜ごろの海なんて、こんなに綺麗なのかとか思ったことがない。
こんなに空気が澄んでいて、気持ち穏やかになっている。あとは、ただ待つだけだ。流星と―
「…まだかなぁ……。」
―初恋の相手、藤崎悠馬君。初めて私に優しくしてくれた相手と、一緒に流星を見たい。そして、一言「ありがとう」って言いたい。孤独を一瞬だけでも忘れさせてくれて。新しい世界へ導いてくれて。
8時56分頃だろうか。自分の感覚がそう言っている。いつも悠馬君は早いのに、珍しく私より10分以上遅かった。多分、私の気持ちが早まってるだけ…。
シュッ
「あっ」
それは、前触れも無く訪れた、一筋の光。ぼーっとしていて、ゆっくり見れなかった。目を凝らして藍色の中に散りばめられた無数の光を見つめる。
………。
やっぱり、最終日だからか。なかなか見られない…
シュッ
「!」
2回目だ。また見逃した。どうしてこう隙を狙うのだろう。
…こうなったら流星ではなくて、普通に夜空を楽しもう。星は地球の回転で動いて見えるって聞いたから、星が動くのを見ながらここにいるのもいい。
私は、うんと伸びをした。どこを見ても、頭上の天球では小さな光が集まって、輝いている。
「にゃ~」
…場違いな声が聞こえた。
見下ろすと、砂浜の白に反転して黒猫が見えた…
「って、ネオ!?なんで、こんなところまでついてきたの!?」
なぜか、出てきていた。…鍵、開けていたんだろうか。ちょっと心配になってきた。
「ネオ…来たばかりなのに申し訳ないけど、帰らない?鍵、かけていなかったら大変。」
私はネオを抱いて、海を背にした。…その時。
シュッ
「…??………!?!?」
3回目の流星。
どういうわけか、消えていない。
というか、近づいて来ている!?
「えっ!?わぁっっっ」
そして、小さな光が一粒、私の周りを旋回しはじめた。
ふと海を見ると、もっともっとありえない光景が広がっていた。
「ちょうちょ!!!」
言い方は幼稚だったが、そこには蝶がいた。それも、沢山の蝶が海から生み出されているようではないか。透き通った青色の海のような色をした蝶は、流星のごとく私の周りを旋回する光に列をなして、ついて行っていた。
私とネオの周りは、一気に黄金と青の光に包まれた。
私、こんなの見るなんて、どうかしているのかな。
もう、よくわからない。
目が、回る…よ………
……「また変なの連れてきて。」
……「でも、放っておいたら奴の餌食だったんですよ。」
「…ん……?」
「ほら、気がついてしまったわ。」
目をこすってみる。私はどうやら夢を見ていたのか。でも、知らない人の声がする。景色がぼんやりしてて……
「ハッ!?」
「ごめんね、いきなり。びっくりするわよね。」
さっきから誰かが話していた。目をちゃんと開けてみると、見たことのない場所で、見たことのない人二人が、倒れ込んでいる私を見下ろしていた。
…冷たい、水色の大理石の床。よく見ると水色…海のような色をした廊下だった。レッドカーペットも敷かれて、まるで王宮のようだ。
「こんな場所……見たことない!!」
「あらら、ごめんね。」
「ぇっ…え…?」
パニックになる私に話しかけたのは、紫のドレスを来た、40才ぐらいの女性。そして、もう一人、中世ヨーロッパ風の騎士のような男もいる。女性のほうは、灰色の髪をお団子にまとめて、メガネをかけている。見た目には少し怖いひとだが、声は優しそうだ。一方男は兜を外しており、色白の顔が見えていた。髪は砂浜のように白く、目は深海から見上げたような透き通った青色だった。
「私はパール。ここの王宮の妃よ。こちらは…」
「俺はトパーズだ。ここではみんな宝石の名で呼び合っている。」
私はどう口出ししていいかわからず、ただ唖然とした。
ここはさっきいた浜でもなく、自分の家でもない。ましてや、こんな場所来たことすらないのだ。
「………っっ!!」
急に、めまいがした。
「あらら、大丈夫?もう、トパーズ、」
「はい」
「責任もってこの子を空部屋に連れていって。」
「…わかりました…。…行くぞ。」
「…ぇ!?!?」
私はいきなりトパーズに抱えられた。彼は駆け足で、青い廊下を走った。……この王宮、広い。私のめまいは増す。
意識が飛ぶ前に、私は青い大きなカーテンの掛かる水色の部屋に連れられた。今はカーテン付きの豪華なベッドの上にいる。トパーズはため息一つし、私の隣に座っていた。
「ねぇ。…私、どこに来ちゃったの…?」
トパーズは私を見下ろして口を開いた。
「悪ぃな。お前が狙われているのを知って、無理やり巻き込んだ。」
「…は?」
「お前が狙われているんだよ。」
なんのことかわからない。
「どういうこと?」
「…お前のことは前もって調べておいたんだ。一人暮らしなんだってな。」
「…は!?」
何!?こいつ何!?ストーカー!?
「あぁ、誤解させてしまったようだね。この子が言っていたんだ。」
その時、私のいたベッドの下から這い出でてきた…
「にゃ~」
…一匹の猫―もとい、黒猫のネオがいた。
「そういえば、一緒だったんだ。」
「主、意識が吹っ飛んで与のことも忘れたか?」
「………!?!?!?!?!?」
よく見ると、いま喋ったのはほかの誰でもない、ネオだった。
「あんた、話せんの!?」
「あぁ。主には黙っていたが、与はここの者なんだ。重い罪故猫に変えられたわけなのだが、どうやら主まで巻き込んでしまった。」
なんなんだ、この世界。目が覚めたら王宮にいるわイケメン騎士に抱えられるわ飼い猫がしゃべるわ…
「めんどくさいから、猫、お前が説明してやれ。」
え…トパーズってちょっと無愛想。
「名前で呼んで欲しいといくらいえばわかるんだ…。わかったよ。…主。まず、これを見て欲しい。」
ネオは歩いてカーテンの方へ行くと、端っこをくわえて引っ張り始めた。
「何………す、凄い………!!!!」
そこにあったのは、はじめは大きな水槽に見えた。しかし、ベッドから降りて近づいて見ると、それは左右上下限りなく広がる海の世界だった。
「何?私海に来たの?」
「そのとおりだ。」
ということは、私はさっき流星を見ているときに海の世界の誰かに連れられてここへ来たということになる。そしてこの王宮の廊下で目が覚めて、ここまで…。それでネオも一緒だったのか。ただ、まだいくつか疑問はある。
「ねぇ、聞いたことがあるんだけど、猫ってトンカチなんじゃなかったっけ?」
「まぁ…。与はもともと主と同じ人間で、ここへ来て、ここから出られぬようになった。さっきも言ったように与は昔罪を犯した人間だ。故、姿を変えられれたはずなのだが魔力は残っており、魔法は使えるのだ。空間移動…しかし、使用したのは与だけではない。」
「…え?」
いきなり魔力とかマギアとか全然わからないよ…一体なにが目的で私はここに来たの?
「あぁ、また1から説明するからこれだけは聞いてくれ、主よ。私のホロウズ・キンシーは蝶だ。しかし、はじめに主を狙ったのは別の人物なんだ。光のマギアを使った者―」
ネオは私に体を寄せてこっそりと言った。
「主の家に何度も来ているであろう。私はてっきり同じ魔界の仲間として油断していたが…」
「……!!もしかして……!!」
「あぁ。藤崎悠馬だ。」
続く。