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the world that I saw―蒼海―  作者: 天野 湊
4/8

○予定○

 あっという間に、終業日になった。…今日は雨。でも、行こうと思った。…目的は一つ。

 音楽室の件以来、悠馬君は毎日のように音楽室に来た。もちろん、ピアノを聞くため。蒸し暑い音楽室でピアノを弾くのは、汗すら拭えないし、辛かった。でも、全て弾き終えると、「凄い!」って悠馬君が拍手するから、頑張れた。

 …夏休みはこんな日々はない。きっと一人になる。そう思った。

『8月19日9時ごろ』―それって、調べたんだけど流星群…じゃなかったっけ。私は、空も海も小さい頃はよく知らなかった。田舎で、その中でも区画整理を繰り返していた町だった。あまり外には出なかったし、団地の下の階でジグソーパズルをして遊ぶだけの日々だったのを覚えている。そんな私に、悠馬君は空や海に出会うチャンスをくれたんだろう。

 …先日の、景色も歪むような蒸し暑さも嘘みたいに、コンクリートは雨水を吸い込むような黒になっていた。私は、あの日悠馬君に会ったコンビニに行く。

 ピンポンピンポーン♪

…案の定、悠馬君はいた。

「おはよ、悠馬君。」

「お。珍しいな。山本から挨拶なんて。」

「聞きたいことがあって…」

流星群のことを聞こうと思って出た言葉は、

「…ピアノ、今日聴くの?」

全く違う言葉だった。

「ん?今日昼休みないだろ。え、家行っていいの!?」

…困った。話を後回しにしたい故こうなったのか…。

「あ、じゃなくて」

「…?」

「ごめん、ここ1ヶ月…」

聞きたいことが喉の奥で引っかかってしまった。何より、心臓がバクバクしてうまくしゃべれない。ここまで走って来た訳でもないのになんで…?突っ立ってしまった。どう伝えよう…。

「山本。」

ポン、と悠馬君は私の肩に手を置いた。

「!!」

「遅刻する。遅れても知らないぞ。」

また私は、その場に突っ立ってしまった。こんなこと、初めて…。

 …ちなみに、学校へ来て、玲奈に正直に話すと、それは「恋」だと教えてくれた。あんたが恋するなんて意外だね、って…人付き合い少ない私だから、そう思うのが普通か…。

「大丈夫だよ。絶対言わないから。忘れる。」

「うん。ありがと。」

この人は、絶対的に信用できる人だ。


 校長の長い話を経て、終業式は終わった。

 …成績表もいただいた訳だが、予想通り最悪。参考書をパラパラとめくることは多いが、もうコサインのコの字を見ただけで頭が痛くなりそうだ。…まあ、これも終業シーズンの風物詩といえよう。ただ、私は放課後の方が待ち遠しいのだ。

 キーンコーンカーンコーン…

 早いと思えば早い。というか気持ち早まり過ぎていた。ただ、8月19日は来るか聞きたいだけだ。一緒に海に行けるか、と―。それだけだ。

 それだけを考えながら、速攻学校を出た。悠馬君がそんなに早くないのはわかってる。本当に気持ち早まっているだけだ。…しゃべれないかもしれないけど、会いたい。

 しばらくして、悠馬君は出てきた。

「あ、山本。」

「………悠馬君。今日、ちょっとだけ……ちょっとだけでいいから、うち、これる…?」

 朝のことがあるから話しにくい…。

「お。ピアノ弾いてくれんの?」

「うん……」

「よっしゃ。行く。」

 ほっ…。

 多分、悠馬君は気づいているんだろう。不器用な私のことだから、表情に出ているに違いない。2つの傘の距離が縮まることのないまま、コンビニを通過し、公園を通過し、私の家に来た。

 「おじゃましますっ!」

「どうぞ。」

「どうした?山本、今日なんかヘンだ。」

「き、気のせいだよ。さ、ピアノ、ピアノ。」

「……。」

 私は焦りながら、悠馬君より先に部屋に向かった。そして、ピアノの方に早歩きで行く。

 ガンっ

「痛っ!!」

…ピアノの足で打った。幸い、ケガはない。

「…ドジだな。」

「…悪かったね。」

 さ、切り替えてピアノに向かおう。

 私は、ピアノの前に座ると、自然となんでも出来る気がする。小学校の時から、発表会でミスをしたことはない。それがどんな時であっても、たとえそれがたった一人のためのピアノであっても。今日も、ミスはしないはずだ。

 外は雨が、ぱらぱらという音を立てて窓へぶつかる。うるさくて仕方ないからカーテンを閉める。閉め切った部屋で二人。私は鍵盤に手を触れた。

 ♪♪♪♪♪♪ ♪~

 今日はゆったりめの曲を選んだ。「風」。題名通り、どこからか風が吹いてくるような曲だ。旋律がしっかりしてる曲だが、強弱、リズムで手こずってしまう。

 ♪ ♪ ♪

まず3連符。なめらかな曲調が続く。

 ♪~♪ ♪♪♪ ♪♪♪

ためて、左手につなげて。強調された旋律を生む。

 ♪ ♪ ♪ ♪~ ♪ ♪ ♪ ♪~

そして、エンディングの切なげな旋律。別れとでも言うようなメロディーだ。正直、夏休み悠馬君に会えなくなるのが寂しい。1ヶ月間の別れだと思った。だから…

 ♪~

「まじですげぇ。」

「ありがとう。結構練習したんだよ。」

「お前どんだけレパートリーあるんだよ。」

「月に2~3曲練習して、気に入ったのは何回も…。成功した曲は1ヶ月は頭に残ってる。それに、私絶対音感あるし。いま自分が喋ってる音階もわかる。」

「マジですか・・・」

悠馬君が呆気に取られている。…ちがう。話したいのはそういうことじゃない。8月19日は…

「にゃ~」

 …奥の部屋から、なにやらお気楽な鳴き声が聞こえた。扉を開けると、ひょこっと黒猫が顔を出す。

「おはよ、ネオ。」

「お前猫飼ってたんだ。」

「うん。まあしょっちゅう寝てるから、普段は気配を消してる。」

 黒猫、ネオは、普段は人見知りでなついたりしないが、今日は悠馬君に甘えん坊だった。彼がネオの背中を撫でている間、ネオは喉を鳴らしてリラックスしていた。

 私も落ち着けただろうか。

「ねえ。」

「なんだ?」

「8月19日、流星群の見れる最終日だよね…。」

「まあ…。ピークの日は月が出るし、条件は良くない。しかも俺の事情があるから。」

「事情で……ってことは…!」

「おぅ。一緒に見よう。」

「本当に!」

急に嬉しさがこみ上げた。それに…

「あと、時間あるときはお前んちにピアノ聴きに行っていい?」

「もちろん。」

ひとりじゃない。夏休み、短い間だけど友達と過ごせることは本当に嬉しい。

「なぁ。」

「ぅん?」

 ぐ~きゅるるるる…

「…腹減った。何かない?」

「…。」

 うつむき立ち上がった私は、即キッチンへ向かった。これから、もう一つの特技の披露だ。

つづく。

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