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the world that I saw―蒼海―  作者: 天野 湊
3/8

○安心○

 午後の日本史の授業も何となく出てみた。…案の定席が一番後ろだったのでよそ見しても多少は大丈夫だ。それに歴史の先生は生徒に甘い。だから、割と授業中に落書きをしている人も多い。

 …暑い。窓際の男の子の汗が輝いている。こんな真夏によく授業なんてやってられるよ。本当に。

「…山本」

「?」

 不意に前の席の人から声をかけられた。と思うと、すぐに前を向いた。

「…?」

机の端を見ると、小さくたたんだ紙切れがあった。大学ノートの切れ端だ。…なんだろ。

  『8月19日9時ごろ、○×浜に来るといい。byゆうま』

…は?

 …よく意味が分からないので、ふと悠馬君の方を見た。彼は何事もないように、授業に取り組んで(?)いる。……しかたない。返事を書こう。

『why?』

そうして前の人に頼んで回してもらう。

 前の人に迷惑をかけているようだが、ハッキリ言おう。歴史の先生の授業をしっかりと聞いている人は少数派だ。ちなみに今回の授業分は、みんな自学自習でまかなっている。前の席の子も、ずっと隣の男子とこそこそ話をしている。

 …返事が回ってきた。

『いいものが見れる。H.K(話変わって)、山本って家どこ?』

…話が変わりすぎていた。ちょうど暇だし、こうなったら返事を書かざるを得ない。以降もやり取りは続いた。

『話変わりすぎ(笑)A団地だよ。大きいビルあるじゃん。』

『A団地ってどこ?』

…そりゃわからないよな。

『というかなんで私の家なの?』

『ピアノ』

…それ目的か!?

『音楽室で聞けば』

『てか今日一緒に帰れない?』

…。

『人目につかない程度にね』

…以降手紙が返って来ることはなかった。


 …あっという間に放課後になった。窓の外は青い空が、都会の街を見下ろす。汗だくの首を薄いタオルで拭き、私はもうさっさと帰ろうと思った。…来るんだろうな…。

「山本♪」

予感的中。悠馬君だった。

「一緒に帰ろー」

「えっと…あまり大声出さないでくれる…?」

私はうつむきながら階段を降りた。

「…山本。話があるんだよ。」

「あとででいい?」

「うん」

「…。」

 人目につくのだけがどうしても気に入らなかったが、仕方なく帰ることにした。

 生徒玄関を出てからも、街を歩いてても、いつもかなりの量の汗をかく。都会だし、そこらを歩くひとは多い。とにかく蒸し暑いのだ。ふとよそ見をした悠馬君を見た。

「で、話ってなに?」

「…え?あ、お前んち今大丈夫か?」

「なんで?」

「後で説明する」

 なんか、謎。この人がそこまで私に話しかける理由が気になってきた。

「……いいよ」

「まじで!ありがとう!」

大分陽が降り、木の影が伸びているのが幸いだった。が、それでも湿度は高い。毎年熱中症の人は出てくる。

「あ、ちょっとこっちで休憩するね。」

私はよく、帰路の公園に立ち寄る。そして木陰にあるベンチに座り、スコアを開いた。いつもこれを2冊持ち歩いている。1冊はよく弾くクラシック。もう1冊は自分で手がけている。ほとんどがパソコンで見つけた音楽のアレンジだ。

「楽譜?」

「うん。しばらくこれ読むね。後で弾くから。いつもこうしてる」

 悠馬君がこうして隣にいると、なぜか落ち着く感じがした。公園に生えた緑も落ち着くし、少しは涼しい感じがする…

「山本。」

「ん?」

「山本って、割と前から学校来てないのか?」

…ギクッ。痛いところを突いてきた。

「た、大抵サボリだよ。あとは家庭事情か…。」

「お前一人暮らしじゃなかったっけ。」

「高校はね。でも小学校のときから不登校だったよ。なんで?」

「お前に学校来て欲しいんだよ。俺の友達もそう言ってる。」

…正直言って余計なお世話だ。

「何が嫌で学校来ないんだよ。……まあ、言いたくないなら言わなくていいけど…」

「言わない。」

「なんか…わりぃな。」

「…。」

 涼しい風が吹くのが待ち遠しい。ただ、いつまでも夕暮れを待っていても悠馬君が心配だった。

「行こう。というか、時間大丈夫なの?」

「あ、時間?俺結構遅い方だから大丈夫。」

「…意外。じゃあピアノも聞いていけるね。」

「マジで!?」

 スコアをしまい、立ち上がった私よりも、悠馬君のほうが先に行こうとしていた。

「うちわかるの?」

「わかんない。どこ?」

 大分スコアを眺めていたのか、もう東の空は真っ青だった。後ろから私たちを冷たく見ているような…。…そんなこと、悠馬君自身どうでもいいらしく…

「山本って何曲ぐらい弾けるのか?」

いつも一人だった私に話しかけてくれた。今はただ、この人の温かさに頼ろうと思った。


タララタララタンっ♪

タンッタン タンッタン タンタン♪

 素早い低音。リズムのいい旋律から、今度は重い低音に入る。ここからが難関。右手の高音がとんでもなく速い。 …ここはかなり練習した。倍速。倍速。右手が吊りそうだ。右手のソロが終わったと思うと、次は力強い低音のリズム。もうすぐフィニッシュだ。

 タッタッタッタンタン♪

 最後の高速技。

♪ ♪ ♪~~~~~~~

「出来たぁっ!!」

「す、スゲェ…!」

 またも悠馬君は唖然とした表情でこちらを見た。思わずピースする。…柄に合わない。

「ちなみに今のもゲーム?」

「PCで見つけたよ。『僕が眠るための即興曲』。まあ原曲を聞いたところ難しそうだったから、一部分端折ったりトリルでごまかしたりしてるんだけどね。」

「トリルって…?」

「音を素早く上下させたとこがあったでしょ」

♪~~~~~~~~~

「モーツァルト…『K.545』だったっけ?小学ぐらいのときに弾いて、これはおもしろい!と思って。」

「ついていけない。」

「だよね…。」

 …あ、そうだ。この人が私と帰りたかった理由ってなんだろう。

「悠馬君。話ってなんだったの」

「ああ、あれね。さっき話したよ。学校来てないのいつからかなーって。」

「なんでそんなこと心配するの?中学のときはそんなに心配してくれる人いなかったよ。」

「まぁ…理由はいろいろだ」

「……」

…よくわからない。誰かとこうして落ち着いて話せるのも、自分の横に温かさというものを感じるのも。安心する、というのはこのことなんだろうか。

「…で、明日は来るのか?学校」

「…わからない。人とうまくしゃべれるかどうか…」

「てきとーにやり過ごせばいいんじゃね?」

「いつもそうしてるけど…。」

「まあなんの時には俺いるしさ。」

「…。」

 窓を見ると、空には藍色の下地にピンク色の明かりが滲んでいた。光はぼんやりとしている。

「悠馬君、もう帰らなくていいの?」

「うん…そうさせてもらうかな。」

悠馬君は立ち上がった。

「お邪魔しました。」

「うん。気を付けて」

「山本はいつもそうやって笑ってればいいんじゃね?」

「え…?」

…気付けば私は自然と笑っていた。

「明日は来いよ。じゃ。」

 …あぁ、久しぶりに、心から人に笑いかけることができた。

つづく。

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