○才能○
意外な出会いが輝かせたもの。
小さい頃から人付き合いがなく、あまり明るい人ではなかった。しかし、指先だけは器用で、わりと昔から皮むき器を使わずにじゃがいもの皮を剥いていた。小学校の時だけで、もう料理の基礎は完璧だった。周りからは「いい嫁さんになるよ」とは言われていた。
しかし、いつのまに私はぐーたらでバイト以外することがなくなってしまったのだろう。今やビルの影の中にあるアパートの中、まともに学校もいかず、ただピアノに向かっているだけだ。このままでは将来が危うい。私は自分を変えるべく、数日ぶりに学校へ行くことにした。久々に長い髪にアイロンをして、久々に紺のブレザーを着る。久々?数日ぶりだ。人と比べればまだ新しいカバンを持って、家を出た。
「行ってきまーす」
学校はあまり好きではない。が、音楽の授業は出たいとは思っている。学校へ行った日は、昼休み中ずっと音楽室にいる。今日もその予定だ。
ビルの影から一歩踏み出ると、強い日差しが肌に直接当たる。もちろん、日焼け対策は抜かりない。それでも少し顔を上げれば目が焼かれそうだった。街に出ると、アスファルトが今にも溶け出しそうな道路の上を車が渋滞している。…あー、都会だ。こんな都会に学校なんてあるほうが不思議だ。しかし、あるんだなー、これが。
ひどく喉が渇いたので、近くのコンビニで何か飲み物を買おうと思った。
ピンポンピンポーン
コンビニのおなじみ?のチャイムが鳴る。
「…?」
窓際に、漫画を読んでいるクラスメイトらしき人がいた。…名前を忘れてしまった。黒く焼けた肌に、大きい瞳。男らしい顔立ちで、性格の良さ故に、女子の票を集めやすいのが彼。話しかけたい。…でも名前がわからない…
「……ま、いっか……」
私はお茶を手に取り、レジへ向かおうとした。…その時。
「山本か。」
「??」
「久々だな。」
「あ…うん。」
彼はまだ漫画を眺めていた。バスケの漫画と見た。
「お前、今日も音楽室か。」
「そうだけど…。」
「好きだよなー。俺個人としては『小犬のワルツ』が好きだな。」
「そうなんだ。…。」
「…。」
…少しの沈黙が訪れた。たった数分が長く感じたが…
「…あ、そういや山本。」
突然彼が話を変えた。
「お前さ、マリンスノーって見たことあるか?」
「…え?」
…話が唐突過ぎて何が言いたいかわからなかった。
「俺、海がめちゃめちゃ好きでさ、この前潜ったとき、雪みたいな白い光が見えたんだ。親父に聞いたら、マリンスノーだって教えてくれた。くわしく調べてみたら、あれはプランクトンの死骸だったり排出物だったりするらしい。正直きたねーって思うかもしれねーけど、場所によってはめちゃめちゃ綺麗でさ。プランクトンって死骸になってもあそこまで輝くんだなーって。」
「…。」
…マニアック過ぎてついていけない。もっとも、自分があまり海を知らないだけなのかもしれない。
「で、俺思うんだ。潜水士の資格とったら沢山海からの景色が見れるかなーって。あ、そうだ。山本。」
「?」
「今度一緒に海いかね?俺、結構いろんな海知ってるよ。」
「そうなんだ。」
「てかお前海好き?」
「…よくわからない。」
「そっか…。」
時計を見ると、もう7時40分だった。
「もう時間ないから私行くね。遅刻しても知らないから…。」
私はさっさと会計を済ませてコンビニを出た。…あー、ピアノ弾きたい。
めんどくさい授業を経て、選択授業になった。もちろん、私は音楽だ。これが案の定午前中最後の授業だ。
「百合ぃ。久。」
「あ、久しぶり。」
親友の関口玲奈。ショートボブで、目が大きくて、かわいいし、なにより人付き合いがいい。バスケの天才で、先輩からの人気が高い。私からすれば親友だけど、彼女からは普通の友達の一人に過ぎない。
「百合今日もこれ終わったらピアノ弾くの?」
「一応そのつもりだよ。」
「すごいよねー。あんたピアニストになれるのにさ。人前で弾きたがらないし。」
「…そうかな。」
「うん。しかも料理も出来るのに彼氏さんいないとか。なんていうんだっけ。宝の持ちグサレ?」
そんな言葉あったっけ…?
「百合?」
「え?あぁ…」
「いまことわざがわからないって顔してたね。」
…わからない。今度からはまともに学校に行こう。
時計の長針というのは思ったほど遅くはなかった。意外とピアノ音楽の鑑賞はすぐに終わり、音楽の先生のうんちくさえ聞き終われば、休み時間なんてすぐだった。
みんなが教室を出てすぐ、私は飛ぶようにピアノの椅子に向かった。ピアノがどうしても好きなので、昼ご飯も忘れてしまう。
「よし」
音楽室には誰もいない。窓からそっと陽の光が差し込んでくる。椅子を引く音。ピアノのカバーを外す音。一つひとつが音楽室に響きわたる。
鍵盤にそっと指をのせる。
♪~♪♪♪~♪♪~
『潮騒アーベント』。パソゲーなどしてると、時々いい曲を見つける。これがその一つだった。本来小さな街にあるカフェをイメージさせるこの曲。打楽器なしで弾くと、また違った落ち着いた曲となる。
と、しばらくピアノの心地よさに浸っていると…
「お~、いい曲。」
…来たのは、朝コンビニで会った男子。まさかだった。
「あ!えっと…」
彼はクスっと笑って言った。
「藤崎悠馬だ。バスケ部1年。」
ふじさき、ゆーま。
知らないのは名前だけだった。…聞けてよかった。
「山本。今のもう一回弾いてくんね?」
「…え…?あぁ、今の曲?」
「うん。」
…人前でピアノを弾くのは半年ぶりだった。ちょっとだけ緊張する。
「じゃあさ、」
「うん?」
私は準備室の戸を指さす。
「あっちにあるハイハット持って来て。」
「なんだよそれ。」
「ドラムの横に2枚1組みのシンバルがあると思う。」
「これか。」
予想していたものを持ってきてくれた。
「うん、それ。それをスティックでタカタカのリズムで…」
「意味が分からない。」
「えっとね、」
ピアノの鍵盤を適当に叩く。
♪♪♪♪♪♪♪♪~
「こんな感じで。ちょっと早いけど。スティックは、こうやって持って…」
手の甲を下にして叩こうとする悠馬君にストップを入れ、近くに行って持ちかたを教える。
「手の甲は上向けて。そんな手に力入れなくていいよ。」
こうして近くで見ると、真剣になってる顔が可愛かった。
「(…じっ……)」
「ちょ、山本。」
「ふぇっ!?」
「近い…」
「あ、ごめん…。」
自分は男女付き合いに疎いからわからない。これって接触行為なの?
「…こういう持ちかたでいいのか?」
「うん。やってみて。」
「OK。」
♪♪♪♪♪♪♪♪~
「お、上手い。」
「で、これを合わせればいいんだな。」
「うん。じゃあ行くよ。さん、し」
♪~♪♪♪~♪♪~
♪♪♪♪♪♪♪♪~
…すごくいい感じだ。まだまだ演奏は続く。
「てかお前色々知ってるんだな。音楽に関しては。」
「ドラムは中学のとき先輩に少し教えてもらった。ピアノは中3まで続けてたよ。」
「今は?」
「めんどくさい。なんか、音感そこそこ持ってるしいっかなーって。」
「ホントもったいないよな、お前って。」
「うーん…。あ、ちょっとハイハットストップ。」
―ピアノソロに入る。3連符や6連符の上りがある。一番盛り上がるところが一番速い。あれが何連符かいちいち数えたことがない。…とにかく難しいところだった。
♪~~~~~~
………
…できた。
どうやら悠馬君は言葉を失っているようだった。
「すげえな…。」
「ふぅ。」
彼の言葉が本気だということは、真剣な目と赤い頬を見て分かった。
「山本。明日も来ていいか?」
「う、うん。いいよ。どうせなら後5分あるし、なんかきいていく…?」
「うん。そうさせてもらう。」
私は、彼が話していた「小犬のワルツ」を弾くことにした。
つづく。