煙草と包丁
1945年7月5日。ベルリンで盛大な降伏儀式が執り行われ、欧州、アジア、アフリカを巻き込んだ世界大戦はついに幕を閉じた。
崩壊したベルリンの街頭で、一人のアメリカ兵が歓喜の喧騒ののち、どこか茫然とした様子で地面に座り込み、煙草をくわえて空を見上げていた。
戦争は終わった。ようやく家に帰れる。
戦争が終わるまで生き延びた兵士は、それがどこの国の人間であろうと、幸運の女神に守られていたのだろう。しかし、戦場で殺し合う日々はまだ完全に遠ざかっておらず、突如として訪れた平和な生活そのものが、逆に彼らにプレッシャーを与え始めていた。
自分には故郷に両親もいなければ、愛する人もいない。戦い、人を殺すことしか知らない自分が、戦争のない世界でどうやって生きていけばいいのだろうか。
彼は口から煙を吐き出し、熱い空気を再び肺に満たしながら、百戦錬磨の老兵としてこれからの人生に思いを馳せていた。
夜。この時期のベルリンは、煙草の闇市が最も盛んな時間帯だった。物資が極度に枯渇したドイツにおいて、煙草はある時期、市場を流通する硬貨となっていた。もはや紙屑同然となったマルク紙幣よりも歓迎され、人を雇うのすら煙草一箱で十分なほどだった。
カートン(一連)の煙草があれば、平時では想像もつかないような、千ドル相当の物資と交換することができた。
物資の補給に不自由したことのないアメリカ兵たちが、この新時代の硬貨を持ち合わせていないはずがなかった。事実、帰国命令が下る前に、どれほど多くのアメリカ兵や将校が、本国では安価極まりない煙草を使って、誰もが羨むような財を成したか分からない。
当然、闇市である以上、煙草で交換できるのは富だけではなかった。――人間すらも、例外ではなかった。
未来に怯えていたそのアメリカ兵は、闇市で「買値を待つ」一人のドイツ人女性を目にした時、彼女を家に連れて帰ろうと心に決めた。
女性の前で、英語でつたなく「女、煙草二箱」と書くことは、彼自身の心をも少しばかり痛ませた。
だが、無骨な彼にドイツ語など分かるはずもなかった。物資の取引なら身振り手振りでどうにかなるが、人間の取引となれば話は複雑だ。それに彼とて、いつ自分の首を掻き切るか分からないような女を買い取りたくはなかった。
そこで彼は、ドイツ語の分かる同僚からいくつか言葉を教わり、急いで闇市へと引き返した。そして彼女の前で、不器用なドイツ語を絞り出した。
「フ、フラウ(淑女)。わ、私に……あ、あなたのこれからの人生を、ま、守る、名誉を……いただけませんか?」
ドイツ人女性は少しおかしく思った。闇市へ身を売りに来た以上、まともな相手に出会えるなど期待していなかった。それなのに、こんなにも礼儀正しく、見たところまだ若い男に出会えたのだ。そして何より、彼が提示した条件は破格だった。煙草1カートン。これさえあれば、彼女の家族はそれなりの期間、飢えずに暮らすことができる。
彼女は、少しぎこちない発音の英語で答えた。
「Yes」
こうして、ドイツ語がほとんど話せないアメリカ人と、英語がほとんど話せないドイツ人は、一つの小さな家庭を築くこととなった。
二週間後、その兵士が帰国する船の便がやってきた。彼がドイツ人女性の手を引いている姿を見て、周囲の戦友たちはからかうように、しかし温かい口笛を吹いた。戦争は終わったのだ。ドイツ政府は相応の罰を受けた。ドイツの国民に罪はない。
本国の自宅に到着すると、兵士は荷物の中から、少し刃のこぼれた包丁を取り出した。そして相変わらず酷いドイツ語で、途切れ途切れに言った。
「も、もし、い、いつか。私があなたに、ひ、酷いことをしたら……そ、その包丁で、わ、私を、こ、殺してください」
兵士は笑いながら、女性の手に包丁を握らせた。女性はそれが、かつて自分の家にあった包丁であることに一目で気づいた。
故郷を離れた孤独と辛さが一瞬にして込み上げ、彼女の目から涙があふれ出た。女性は包丁を抱きしめ、声を上げて泣き崩れた。
男はどう慰めていいか分からず、困惑した様子で傍らに立ち尽くしていた。しかし、彼は心の中で確信していた。この女を連れて帰ってきたことには意味がある。彼女こそが、自分のこれからの人生の意味になってくれるのだ、と。
彼は片膝を突き、そっと彼女を抱きしめた。
その後、元兵士は退役軍人会の助けを借りて技術を身に付け、小さな工場の職人となった。家に帰っては、ドイツ人女性に英語を教えようと試みた。
そして、毎日の「定番の儀式」が始まった。
彼が玄関のドアを開けると、ドイツ人女性が包丁を彼に向けて構える。すると男はドイツ語で問いかけるのだ。
「君は今日、幸せかい?」
幸せを感じているドイツ人女性は、包丁を下ろす。男は笑顔で歩み寄り、妻をきつく抱きしめる。二人は愛おしそうにしばらく抱き合った後、食堂へと向かい、食事を始めるのだった。
そんな奇妙な日常は、十数年もの間、子供が生まれてからも途切れることなく続いた。やがて男が家に帰った時に彼を迎える「包丁の持ち主」の数は増えていったが、彼は相変わらず満面の笑みで彼らと向き合っていた。
なぜなら毎日、彼が妻や子供たちに届けているのは、紛れもない、終わりのない幸福だったからだ。
だがある日、彼が帰宅した際の一幕を、偶然通りかかった近隣の住民が目撃してしまった。
内情を知らない隣人は、その脳内で「この家の主が帰宅するたびに包丁を向けられるなんて、この家族は一体どれほど悲惨な生活を送っているのだろう」と猛烈な被害妄想を膨らませた。
しかも、この家の女主人はどうやらドイツ系らしいという噂を耳にしていた。一瞬にしておぞましい家庭内暴力の悲劇を確信した隣人は、すぐさま電話を手に取り、警察に通報した。
翌日の夜。男が帰宅してドアを開けると、そこには大人一人と子供三人、計四人の包丁の持ち主がいた。彼がいつものように微笑みながら妻子供を抱きしめようとしたその瞬間、背後のドアから声が響いた。
「動くな、大人しくしろ。お前を逮捕する」
開け放たれた玄関の向こう側、記者たちが目にしたのは、両手を広げた大柄な男と、包丁を手にしたまま完全にパニックに陥っている一人の女性、そして三人の子供たちの姿だった。
その写真は瞬く間に各新聞のトップニュースを飾った。男は家庭内暴力(DV)の罪で起訴され、服役することとなった。陪審員たちは極めて短い時間で全員一致の有罪判決を下した。人々は、男の妻や子供たちが涙ながらに「私たちはどれほど幸せに暮らしていたか」を訴えても、誰一人として信じようとはしなかった。
メディアの前で彼らが激しく泣けば泣くほど、世論は「あの男がいかに残酷だったか」を確信した。当時、世界的に有名となる『ストックホルム症候群』という言葉はまだ存在していなかったため、人々はその状態を明確に定義することはできなかったが、「この家族は長期間にわたる虐待のせいで、異常にも加害者を愛してしまっているのだ。あの男は万死に値する」と、頑なに信じ込んだのだ。
数年後、男は出獄した。妻と子供たちは全員揃って彼を迎えにやってきた。
出所した彼の第一声は、再び彼らの目を涙で濡らした。
「すまない。お前たちを、不幸せにしてしまった」
だが今度は、妻も子供たちも、彼一人にすべてを背負わせるつもりはなかった。三人の子供たちはすでに立派に成長していた。特に長男は弁護士になっており、「あの時の誤解で、二度と私たちの家族が引き裂かれるようなことはさせない」と誓っていた。
長男は激しい怒りとともに、今回の冤罪を引き起こした関係者全員を裁判所に告訴しようと考えていた。勝訴する確率は極めて高く、莫大な賠償金を得られるはずだった。
しかし、すっかり老いたその老兵は、息子の肩を優しく叩いて言った。
「私は無事だ。お前たちもな。これからまた、前と同じように暮らせる。それで十分じゃないか」
父親がこれ以上の争い事を望んでいないことを悟った長男は、無念そうに肩を落とした。先ほどまで激しく燃え盛っていた闘志の大部分が、一瞬にして削ぎ落とされたかのように、彼は力なく、すでに以前の町を引き払い、別の州へと引っ越しの手続きを済ませたことを告げた。
「それはいい。私たちはあそこで、前よりもっと素晴らしい生活を送れる。そうだろ?」
「親父、これからは俺がこの家を養うんだ。そのセリフは俺が言うべきだよ」
『だけど、包丁での出迎えだけは、もう勘弁してくれ』
父と子は、その言葉を口にした。
残された家族は一瞬呆気にとられたが、次の瞬間には、我慢できずに一斉に吹き出した。歓喜の涙が目角からあふれ、笑い声は、誰もいない刑務所の前の広い通りへと、どこまでも、どこまでも響き渡っていった……。




