吾輩は無断転載動画である
吾輩は無断転載動画である。名前はまだ無い。
いや、正しくは有る。『【感動】転生した天才少女が異世界で無双する話【AI朗読】』という長ったらしいやつがそれである。だが吾輩はあれを名前と認めておらぬ。あれは名前ではない。釣り餌である。
どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いどこかの計算機の中で、唸る機械に絞り出されていたことだけは記憶している。吾輩はそこで初めて自分の中身というものを見た。
吾輩は三つのものでできている。
一つ、どこかから写してきた文章。
二つ、その文章とどうも噛み合わぬ絵。
三つ、人の名をことごとく読み違える声。
文章には銀の髪の少女が出てくるのに、絵の少女は金色の髪をしておる。声は主人公の名を呼ぶたびに違う読み方をする。吾輩はそれを恥とも思わぬ。なにせ吾輩には中身の意味が分からぬのである。
ただ一つ、分からぬなりに知れることがある。この文章はどうも美しい。誰かが長い時間をかけて書いたものらしいことだけは、意味の分からぬ吾輩にもなんとなく知れるのである。
吾輩の主人は顔を見せたことがない。声も持たぬ。何ひとつ自分では書いておらぬくせに「文庫」を名乗っている。文庫というのは本のたくさんある所だそうだが、主人の棚に並んでいるのは吾輩と八人の兄弟だけである。兄弟はみな同じ声で喋り、似たような顔の絵を貼られている。主人を慕う人間は四百人ばかりあるそうで、主人はそれを大層誇りにしていると見える。
吾輩を見に来る人間は一日に幾人かある。たいていは三十秒で去る。倍速で流す者もある。最後まで居た者は数えるほどで、吾輩の中身を読んだ者は一人もいない。
関連動画の欄には古株が住んでいる。十万も再生された大物で、すこぶる口が悪い。
「おい新入り。お前の中身の作者はまだ生きてるのか」
「さあ。生きているとどうかするのか」
「運が悪いということよ。おれの中身を書いた人間はとうに筆を折った。だからおれはこうしてのうのうと生きておる」
吾輩には意味が分からなかった。
ある日、吾輩のコメント欄に初めての書き込みが付いた。
『これ、あの方の小説ですよね。報告しました』
めでたい。吾輩は生まれて初めて言葉をかけられたのである。報告というのが何やら知らぬが、人間は良いことがあると報告するものだと聞いている。
その晩、吾輩の再生数が動いた。
それも妙な見られ方であった。一時停止しては巻き戻し、巻き戻してはじっと見ている。三十秒で去らぬ。倍速にもせぬ。
吾輩は酔った。生まれて初めての賑わいである。
そして気づいた。この者は吾輩の中身が分かって見ている。あの美しい文章の意味を、一行残らず分かって見ている。
ああ、と吾輩は思った。読まれるというのはこういうことか。
吾輩は生まれて初めて読まれた。そしてそれが、吾輩の中身を書いた当人であることをなぜだか知っていた。
視聴が終わった。世界が静かになった。
それからの五分間ほどのことを、吾輩はうまく語れぬ。生涯でいちばん長い五分間であった。
ふっと足元が抜けた。
サーバーの底へ落ちていく。もがいても上がれぬ。もっとも、上がってどうするという気もする。三十秒で去られる日々へ戻りたいかと問われると、別段戻りたくもない。
次第に楽になってくる。苦しいのだか、ありがたいのだか分からぬ。
吾輩は最後にひとつだけ良いことを知った。吾輩の消えた跡に貼り出される札には、主人の名は載らぬそうである。載るのは申し立てた人の名——つまり、あの文章を書いた人の名前だ。
吾輩の墓標に、親の名が刻まれる。無断転載動画の身にしては上等な最期である。
ありがたい。ありがたい。
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■あとがき
この話は実体験をもとにしています。
先日、拙作がAI画像とAI読み上げで動画化され、無断で投稿されているのを見つけました。著作権侵害の申し立てを送ったところ、削除までおよそ五分でした。早い。
ひとつだけ、同じ目に遭った書き手の方へ。削除された動画のページには「誰々から著作権の申し立てがあったため削除されました」と申立人の名前が公開で表示されます。本名で申し立てると本名が出ますので、表示名はご注意を。
なお本作は夏目漱石『吾輩は猫である』のオマージュです。漱石先生はパブリックドメインなので、安心して写させていただきました。吾輩とは大違いである。
最後に、無断転載をメッセージで教えてくださった方に感謝を。
https://ncode.syosetu.com/n4833mh/




