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短編集  作者: カズナオト


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八月の重い荷物


 八月の朝、幸子は百貨店に来ていた。

 お盆の前に、仏壇に供えるものを買うためだった。

果物と、菓子と、線香。

 リストはメモ帳に書いてあった。

 几帳面な性格だったから。

 果物売り場に行った。

 桃が並んでいた。

 白くて、丸くて、産毛があった。

 夫が好きだった果物だった。

「そうか」

 幸子は桃を一つ、手に取った。

 いい匂いがした

 三つ、買うことにした。

 仏壇に二つ。

 一つは、自分で食べる。

 菓子売り場に行った。

 羊羹にするか、どら焼きにするか、迷った。

 去年は羊羹だった。

 今年はどら焼きにした。

 理由はなかった。

 気分だった。

 幸子は時々、気分で決めた。

 几帳面だったが、全部几帳面ではなかった。

 荷物が重くなった。

 エレベーターを待っていたら、隣に老人が来た。

 島田さんだった。

「こんなところで」と島田さんは言った。

「お盆の買い物です」と幸子は言った。

「私もです」

 島田さんも袋を持っていた。

 幸子より重そうだった。

「重そうですね」

「重いです」と島田さんは言った。「年々、堪えます」

「私もです」

 エレベーターが来た。

 ふたりで乗った。

 一階で降りた。

 出口に向かいながら、島田さんが言った。

「少し休みませんか。喫茶店が近くに」

 幸子は時計を見た。

 急ぐ用事はなかった。

「いいですね」と幸子は言った。

 喫茶店は、古い店だった。

 木のテーブルで、椅子がふかふかだった。

 コーヒーを頼んだ。

 荷物を椅子に下ろした。

 肩が、少し楽になった。

「お盆は、ご家族が来られますか」と島田さんが聞いた。

「娘が来ます」と幸子は言った。「孫も一緒に」

「それは賑やかですな」

「賑やかです」と幸子は言った。「冷蔵庫の中が、二日でなくなります」

 島田さんが笑った。

「うちは誰も来ません」と島田さんは言った。静かに、でもさらりと言った。「息子が遠くて」

 幸子はコーヒーを飲んだ。

 何か言おうとして、やめた。

 余計なことは言わない方がいいときがある。

 この歳になると、わかってくる。


「桃、買いましたか」と幸子は聞いた。

「買いました」と島田さんは言った。「妻が好きだったので」

「うちも」と幸子は言った。「夫が好きだったので」

 ふたりで、コーヒーを飲んだ。

 喫茶店が静かだった。

 悪くない静かさだった。

 店を出て、別れ際に島田さんが言った。

「木曜日に」

「木曜日に」と幸子は言った。

 島田さんが歩いて行った。

 重い荷物を、少し傾きながら、でも真っ直ぐ歩いて行った。

 幸子はその背中を、見えなくなるまで見ていた。

 家に帰って、仏壇に桃とどら焼きと線香を供えた。

 手を合わせた。

 目を閉じた。

 夏の大三角の名前を、もう一度口の中で言った。

 ベガ、デネブ、アルタイル。

 メモ帳を出した。

 書いた。


「桃、三つ買った。どら焼き、気分で決めた。島田さんに会った。コーヒー、飲んだ。桃、うまかった。」

 メモ帳を閉じた。

 飴玉を一つ、口に入れた。


 窓から夏の空が見えた。

 悪くない八月だった。

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