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短編集  作者: カズナオト


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4/14

窓の外は全部昔だった

土曜日、幸子は電車に乗った。

朝は少しだけ風があって、駅のホームに立つと、スカートの裾が揺れた。電車が入ってくる音が遠くから近づいてくる。

孫の家に行く日だった。

幸子は手土産の袋を膝の上に置いた。白いビニール袋の中で、ふりかけの小袋がかさかさと触れ合う。

のりたまと、ごま塩。

二種類。

どちらが好きでもいいように。

几帳面な性格だったから。

窓際の席が空いていた。

幸子はそこに座った。ガラス越しに、少しだけ冷たい外気の気配が伝わってくる。

電車が動き出す。

ゆっくりと、街が流れていった。

見覚えのある通りが見えた。

商店街だった。

昔、よく通った商店街。

魚屋があった。肉屋があった。八百屋があった。

店先に並ぶ野菜の色や、魚の匂い、揚げ物の音。どれも覚えている気がした。

今は、コンビニの看板が立っていた。

ガラスの向こうに、均一に並んだ商品。

「そうか」

小さく、言葉がこぼれた。

いつの間にか、そうなっていた。

川が見えた。

水面が光を受けて、ゆらゆらと揺れている。

子どもたちと、よく来た川だった。

夏になると、網を持って降りていった。石の下を探って、小さな魚をすくい上げる。

捕った魚は、また川に返した。

なぜ返すのかと、子どもたちが聞いた。

幸子は答えた。

「また来年も捕れるようにするためよ」

子どもたちは、納得した顔をした。

本当のところは、さばくのが面倒だっただけだった。

けれど今となっては、どちらでもよかった。

公園が見えた。

ブランコが三つ、並んでいる。

昔は二つだった。

一つ、増えていた。

誰かが増やしたのだろう。

知らない誰かが、知らないうちに。

幸子は、ブランコが見えなくなるまで、首を少し回して見ていた。

電車が止まった。

孫の最寄り駅だった。

幸子は立ち上がった。膝の上の袋を持つ。

ふりかけが、かさかさと小さく音を立てた。

インターホンを押す前に、ドアが開いた。

孫が立っていた。

気配でわかったらしかった。

「おばあちゃん」

「ただいま」

言ってから、少しだけ間があく。

孫が首を傾けた。

「ただいまじゃないでしょ」

「そうだった」

幸子は小さく笑った。

「こんにちは」

孫が笑う。

幸子も笑った。

袋を渡す。

孫はすぐに中をのぞきこんだ。

「のりたまとごま塩」

「好きでしょ」

「好き」

孫は顔を上げた。

「どっちが好きかわかる?」

「のりたま」

孫が目を丸くする。

「なんでわかるの」

「おばあちゃんだから」

本当のところは、のりたまの袋のほうが、少しだけ減っていたからだった。

けれど今となっては、どちらでもよかった。

夕飯は、幸子が作った。

台所に立つと、少しだけ手が覚えている動きをする。包丁の音、鍋のふたが揺れる音。味噌の匂いが、ゆっくりと広がる。

鯖の味噌煮だった。

食卓に並ぶ。

湯気が立ちのぼる。

孫が箸を持って、少し止まった。

「これ鯖?」

「鯖」

孫がじっと見る。

骨を探すように、少しだけ身をつつく。

一口、食べた。

少しだけ間があく。

二口、食べた。

幸子は何も言わない。

三口、食べた。

幸子は、自分の鯖を食べた。

黙って、食べた。

味噌の味が、ゆっくりと口に広がる。

帰り道、また電車に乗った。

夜のホームは昼より静かで、電灯の光が床に白く落ちている。

窓際の席が空いていた。

幸子はそこに座った。

電車が動き出す。

夜の街が流れていった。

来るときと同じ景色が、暗くなっていた。

川が光を映している。

公園のブランコが三つ、夜の中に浮かんでいる。

揺れてはいなかった。

家に帰る。

鍵を開けて、静かな部屋に入る。

鞄を置いて、メモ帳を出す。

いつもの場所。

いつもの動き。

書く。

「孫の家、行った。ふりかけ、喜んだ。鯖、三口食べた。」

少し考える。

ペン先が止まる。

書き足す。

「三口。」

もう一度、同じ文字を書く。

紙の上に、同じ言葉が並ぶ。

それは、几帳面な性格だったからではなかった。

嬉しかったから。

飴玉を一つ、口に入れる。

甘さが、ゆっくりとほどける。

悪くない土曜日だった。

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