十二月の約束
十二月の木曜日、幸子は少し早く起きた。
理由は、自分でもよくわかっていた。
今日は島田さんとお茶の約束があった。
それだけだった。
それだけのことが、少し、気になっていた。
図書館に行った。
本を返して、また借りた。
今日は料理の本と、詩集と、もう一冊。
七十代の女性が書いた、エッセイだった。
帯に「毎日は、宝物の積み重ねです」と書いてあった。
買うのではなく借りる、というのが幸子らしかった。
まず読んでから、決める。
島田さんと、図書館の近くの喫茶店に入った。
八月にも入った、古い店だった。
コーヒーを頼んだ。
ふかふかの椅子に座った。
「今年も終わりますな」と島田さんは言った。
「終わりますね」と幸子は言った。
「田村さんにとって、どんな一年でしたか」
幸子は少し考えた。
「図書館に来た一年でした」
島田さんが笑った。
「最初、閉まってましたね」
「閉まってました」
「でも来られた」
「来られました」
ふたりでコーヒーを飲んだ。
窓の外に、冬の陽が差していた。
島田さんが言った。
「来年も木曜日に来ますか」
「来ます」と幸子は言った。
「では来年も」
「来年も」
それだけだった。
それだけで、十分だった。
帰り道、幸子は商店街を通った。
魚屋の前で足が止まった。
鯖が、つやつやしていた。
「鯖、一匹ください」
「はいよ」とおじさんが言った。「今年も世話になりました」
「こちらこそ」と幸子は言った。
「お孫さん、鯖食べるようになりましたか」
「三口まで来ました」
おじさんが笑った。
「来年は完食ですな」
「目指します」と幸子は言った。
家に帰って、鯖の味噌煮を作った。
一人分だったが、丁寧に作った。
食べた。
うまかった。
メモ帳を出した。
今年最後のページだった。
書いた。
「島田さんとお茶、した。来年も木曜日の約束。鯖、買った。一人で食べた。うまかった。」
少し考えてから、書き足した。
「悪くない一年だった。」
メモ帳を閉じた。
新しいメモ帳を、引き出しから出した。
来年のための、新しいメモ帳だった。
几帳面な性格だったから、いつも予備を持っていた。
表紙を撫でた。
まだ何も書いていない、真っ白なページだった。
飴玉を一つ、口に入れた。
冬の夜が、静かだった。
幸子は小さく息を吐いて、つぶやいた。
「……そうか」
悪くない。




