第9話 かくて勇者は頭を下げた
「はい、こちらお願いしますね」
翌日。
仕事を求めて冒険者ギルドへ行くと、受付嬢から2枚の書類を差し出された。
なんだろう? ちょっと周りの目が厳しくなっているような……?
「これは?」
ちらっと見て、受付嬢に尋ねた。
なんか請求書とか書いてあるんだが。
「こちらは、昨日あなたが壊した物の修繕費の、その請求書です」
「一文無しなんだけど」
無い袖は振れない。
いくら勇者でも、それは無理なのだ。
土魔法で小石じゃなくて砂金でも作れたら良かったのだが。
「はい。なので、こちらが今日あなたに受けていただく仕事です」
もう1枚は、依頼書だった。
内容は――これは面倒なやつだ。
「バジリスクの毒液を採取って……」
バジリスクは、ただの呼吸が猛毒で、周辺一体には草木も生えない。
だが「毒ガスの回収」ではなく「毒液の採取」になっている。つまり猛毒に汚染された土地へ突入し、絶えず吐き続ける猛毒の息をなんとかしながら、猛毒がうっかり飛び散るかもしれない危険を犯して、なんとかバジリスクの体内から毒液を採取する必要がある。倒して解体するか、眠らせて採血みたいに取り出すか……。
どうやるにせよ、要するに、すごーく面倒くさい。
「頑張ってくださいね」
にっこり。
受付嬢は渾身の営業スマイルを繰り出した。
俺の精神力に90ダメージ。効果は抜群だ。
ぐはっ……! も、もうあと10ダメージで死ぬ……。
「ちなみに、バジリスクの生息地って……」
「資料室は2階です。
書き写しは自由ですが、持ち出しは禁止。汚損の場合は修繕費を負担していただきますので、大切に扱ってくださいね」
階段はあちらです、と言わんばかりに片手を上げて。
受付嬢は渾身の営業スマイルを繰り出した。
お、教えてくれないのね……。絶対これ根に持ってるやつだわ……。
残り10の精神力も消し飛んだ。俺死んだ。
「お、怒ってます……?」
「いえいえ。誰かさんが散らかした後片付けをする羽目になって大変だったなーとか思ってませんよ。少しは苦労して思い知りやがれ、なんてちっとも思ってませんから」
思ってるー。
絶対的、圧倒的、革命的に思ってるー。
「すみませんでした……頑張らせていただきます」
こうなったら、あいつを頼ろう。
ある男の顔を思い浮かべながら、俺は深々と頭を下げた。
◇
「スリモドキ。儲け話があるんだが乗らないか?」
「おお、一文無し。てめーよくも俺の前に顔出せたな? ケロッとしやがって」
まだ怒ってらっしゃる。
もうこのまま押し切ろう。
「バジリスクの毒を採取する仕事だ。
つまり討伐してから安全に採取すれば、毒の納品報酬に加えて、素材もギルドに売ってお金になる。
問題は、バジリスクを探すのが面倒くさいってことだな。その点お前なら索敵は得意だろ? 期待してるぜぇ~? Bランクのスカウトさんよぉ」
「ははぁ~ん? さては受付嬢に修繕費の請求書といっしょに押し付けられたな?」
「ぎくっ!?」
「そんで生息地を聞いたら、資料室で勝手に調べろと突き放された感じか」
「ぎくぎくっ!?」
「で? 調べたのか? そのうえで、現地のどこに居るのか探してほしいっつー話だよな? おや、一文無し? お前たしか探知魔法使えたよな? 生息地わかってるなら、べつに俺要らないんじゃね?」
「そっ……それはー……そのー……資料探すのが面倒くさいってゆーかー……書いてあるページ探すのも大変ってゆーかー……ほら、あるじゃん、そういうの? ね?」
「ね? じゃねーよ」
「頼むよぉー……お願いだよぉー……助けてくれよぉー……!」
「はぁ~……そこまで必死に頼まれたんじゃあしょーがねーな」
「おおっ……! やってくれるか!」
「8割で手を打とう」
「はちッ……!? お前、それはさすがにボりすぎだろ!? せめて5割にしろよ。別に資料室で調べて自分で探知魔法使えばいいところを、わざわざ誘ってやってんだからよぉ~」
「じゃあ、そうしろよ。俺を使いたいなら8割だ」
「6割!」
「8割だ」
「7割!」
「8割だ」
「畜生めええええ! この強欲野郎が! 金の亡者め! このっ……スリモドキ!」
「最後のはもう通称じゃねーか。罵倒になってねーよ」
「ぐふぅ……っ! えぐっ……えぐっ……!」
こんなの搾取だ。
ブラック企業だ。
違法労働だ。
畜生め……!
「泣くなよ……そんなに嫌なら自分で調べりゃいいじゃねーか」
「8割でお願いしますぅ……!」
「結局頼むんかい! どんだけ面倒くさがりだよ!?
まあ、8割くれるなら手伝ってやるけどさぁ……はぁ~~~」
クッソ……深々とため息つきやがって、スリモドキめ。
8割もぶんどるくせに、どんだけ深いため息だよ……!
「俺だって……俺だってなぁ……!」
「俺だって、何だよ?」
「資料見たけど、読めないんだもん……! 軍の命令書や報告書には無い単語が多くてぇ……! 地名とかも知らん所ばっかだし、意味わかんねーよぉ……!」
分かるなら、てめーに頼りゃしねーんだよ! 畜生め!
「……あぁー……」
スリモドキが遠い目をした。
知らん単語が多いと、まるで知らない分野の専門書でも読んでるような気分になるから、すごく面倒なんだよ。
まあぶっちゃけ、俺が知ってる範囲が偏りすぎてるのが悪いんだが。
「……逆に、どこなら分かるんだ?」
「魔王城周辺とか?」
「誰も行かねーよ!? 地上最強の危険地帯じゃねーか!」
「いやいや、バジリスクの生息域ほどじゃあねーよ。食える草とか普通に生えてるし」
「見てきたように言うじゃあねーか。
てか、それが本当ならバジリスクのほうが危険なんだが?」
それはそう。
魔王城が危険なのは、シンプルに魔物が強いからだ。場所そのものの危険度でいうと、毒ガスが吹き出す火山とかのほうが危険である。
でも、毒なんかは対策すれば問題ない。対策しようがないから魔王城は危険なのだ。
「よろしくお願いします」
ケッケッケッ……8割もっていく分はしっかり働いてもらうからなぁ~。
こうして俺は、深々と頭を下げた。




