第33話 かくて勇者は決意した
「畜生めぇぇぇ!」
俺は怒鳴った。
それはもう高らかに吠えた。
地団駄も踏んだ。
「我が神……」
狂信者が気遣わしげに声をかけ。
手を伸ばしかけて、触れてはならぬとばかりに引っ込める。
つまりはオロオロしていた。
「まさか、こんな結果とはな」
スリモドキが視線を送る。
その先には、撃破した戦車の部品があった。
何かの液体を補充するための容器。その蓋の部分だろう。
メンテナンス時の注意書きと思われる箇条書きの文字がある。
「古代エルフ語……異世界から来たのではなく、古代文明の遺跡だったわけですね」
ほっぺちゃんがなんとも言えない顔で俺を見ていた。
自分も何か言わねばと思ったのか、続けて照れ屋がちょっと迷った様子で口を開く。
「もともと可能性は低かったべ。1度や2度の失敗で落ち込むことねぇべよ」
地球から来た。
そう思っていたのは、俺の勘違いで。
他の部品もよく見てみると、地球文明の産物ではない魔道具が組み込まれている部分がいくつもあった。
◇
「えうー……」
落ち込みながら帰路につく。
攻略の途中で見た幻――両親の姿ばかりが思い出された。
偽物とはいえ、10年ぶりの再会だ。
その姿を見てしまった。中途半端に燃え上がった望郷の念が、どうしようもない。
「「…………」」
もはや仲間たちも俺にかける言葉が見つからず、お通夜のように静かにしたまま、いたたまれない様子で俺を遠巻きに見ていた。
家ゴーレムの足取りも、こころなしかトボトボと元気がない。
少しでも現実から目を背けたくて、俺は窓の外を眺めていた。
慰めるように吹くそよ風に撫でられ、濡れた頬だけが冷たい。
「おーい! おーい!」
遠くから呼ぶ声が聞こえた。
なんだろう? なんて興味は、まるで湧かない。
しかしトイレに立てば便器の中の芳香ボールをついつい狙ってしまうように、なんとなく視線が吸い寄せられた。
「助けてくれぇー!」
馬車が1台。
数人の騎士がその周囲にいて。
馬車は数十人の盗賊団に囲まれていた。
騎士たちは劣勢だ。
また、誰かが家族を失うのか。
「……ちょっと出かけてくる」
俺は彼らを助けることにした。
剣も盾も、天空の塔での激戦でボロボロだ。使い物にならない。
だが、俺にはもう1つ剣がある。
「やりすぎるなよ、一文無し」
スリモドキが言った。
「気をつける」
短く答えて、玄関を出る。
俺の手には、魔王から鹵獲した呪われた剣。
家ゴーレムが鼻を伸ばすのを待たず、俺は飛び降りた。
「オラァ!」
着地と同時に、ちょうどそこにいた盗賊の1人を頭から一刀両断した。
勢い余って、漏れ出た斬撃が地面を切り裂き、地平線まで続く谷を作った。
いかん、いかん……完全にオーバーキルだ。
「な……なんだ、こいつ!?」
「ど、どこまで斬ってんだよ……!?」
「やべえ……化物だ……!」
盗賊団は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
見逃せば、また誰かを襲うのだろう。
俺は剣を横薙ぎに一閃――斬撃が飛んで、逃げていく盗賊たちをまとめて両断した。
さっと周囲を見渡して、ついでに探知魔法を1発。
周囲に敵影がないことを確認した。
「……さて」
静まり返った街道に、俺の声だけがよく響いた。
騎士たちを振り向く。
全員が大なり小なり負傷しているようだ。
助かった安堵からか、ほとんど全員がへたり込んでいる。
俺は回復魔法をかけてやった。
「……馬車の連中は無事か?」
馬車を振り向くと、窓越しに初老の夫婦がこっちを見ていた。
どんな服装なのかほとんど見えないが、それでも「身なりがいい」というのは分かった。おそらく貴族だろう。
初老の夫婦と目が合った。
その瞬間――
「「ひっ……!?」」
初老の夫婦は、顔を引き攣らせて窓から離れた。
すると太陽光が窓ガラスに反射して、鏡のように俺の顔が映った。
「――っ……!?」
瞬間、理解できた。
騎士たちがへたり込んだ理由も、夫婦が窓から離れた理由も。
「…………」
なんて顔だ。
まるで凶悪殺人犯の犯行直後――って、そんなの見たことないけど。明らかに「やった」感じがする顔つきだった。
本能的に「コイツやばい」と感じる顔だ。
戦場の兵士ですら、こんな顔はしない。
彼らは、俺が怖かったのだ。
「……ふぅー……」
目を閉じ、細く長く息を吐く。
そして俺は踵を返し。
家ゴーレムへ戻ることにした。
ついでに、剣の呪いの侵食で腐った腕をむしり取って、捨てていく。
回復魔法で再生しておくのも忘れずに。
◇
「ただいま」
「おう。ちょっとはスッキリしたかよ」
「まあな」
「……なんか別の意味で落ち込んでません?」
「我が神……」
「どうしただ?」
「……お前ら、俺が怖いか?」
尋ねた俺に。
4人は顔を見合わせて。
「「……いや?」」
なんでそんな事を聞くんだ? と言わんばかりに。
4人そろって首を傾げた。
「そうか」
盗賊たちを殺した。
人を殺したのだ。
けれども俺は、すっかり慣れてしまって、忌避感も嫌悪感も何も感じない。
あまつさえ、顔つきはすっかり殺意に満ちて。
――こんな状態で、どうやって日本で暮らせと?
――どの面さげて両親や友人に会えと?
「ありがとう」
もうとっくに。
こっち側だったのだ。
俺の棲むべき場所は。
こっち側にいたのだ。
俺の友人は。
こうして俺は決意した。
日本には帰らない。
俺はこの世界で生きていく。
「次はどこへ行こうか?」
尋ねてから気づいた。
狂信者や照れ屋は、今回のためだけにイグニスに紹介してもらったから、ここで終わりだと言われればそれまでだ。そもそも彼らは冒険者ギルドに登録さえしていない。
寂しいな。なんだか妙に感傷的な気分だ。
……そうだ。
今度は家族を作ろう。
もちろん――こっち側で。




