第3話 かくて勇者はパーティーを組んだ
さて、無事に登録手続きは済んだわけだが。
お金がない。あのスリが言った通り、一文無しだ。今夜の宿も、このあとの食事も、何一つ買えない。
「とりあえず、すぐにお金になる仕事は……」
短時間で終わり。
明日までの生活費(できればもっと多く)になる報酬額で。
つまり移動時間も限られるので、近場の。
街を歩いている間に見た商品の値段から推測すると、必要な金額は――
「……無いな」
探している条件が、要するに「オイシイ仕事」なので。
掲示板を隅から隅まで探しても、そんな仕事は先に来た冒険者に取られている。
「しょうがない。これにするか」
選んだのは、報酬が高い代わりに遠方の仕事だ。
山奥に酒樽を運べ、と書いてある。
「コレを受けてくれるんですか!」
受付嬢が嬉しそうに言った。
「誰も受けたがらない仕事なんですよ。
魔物から逃げていいので難易度が低く査定されるため、実際の労力に比べて報酬額が少なくて」
山登り。
酒樽を持って。
もちろん破損厳禁。
確かに面倒な仕事だ。
それを、受ける前に警告する優しさよ。
できればそのまま受けてほしいという希望も見せつつ。
うまい受付嬢だ。
「大丈夫ですよ」
引き受けて、まずは依頼人のところへ。
酒屋だ。
看板には「ザルワーク・サケスキー商会」と書いてある。
「毎月同じ日に来てくれるお客様なんですが、今月は来られなかったので……こんなことは初めてなのですよ。
それで心配なので様子を見てきていただきたい、というのが本当の目的でして。酒樽は、先方が『要らない』と仰ったら、追加報酬として差し上げます。『受け取る』と仰ったら、そのままお渡ししてください。こちらが勝手に送りつけたので、代金は不要ともお伝え下さい」
ということで、酒樽を受け取って、いよいよ山登りだ。
しかし、山奥にポツンと1人で。辺鄙なところに住んでいるものだ。不便だろうに。
◇
酒樽を背負って、まずは平原を行く。
山は遠くに見えているが、そこまでおよそ4km。
そこから、さらに山登りが待っている。
「さて……平原はさっさと抜けてしまおう」
人目がなくなった所で、いくつかの魔法を使う。
体力に任せて運んでもいいが、酒の種類によっては、あまりチャプチャプ揺らすと味が変わる。たとえばビンテージワイン。沈殿物が発生するため、それが舞い上がったら再び沈殿するまで半年ほど待つこともあるという。
特段の注意を受けなかったので、そういう酒ではない可能性もあるが、一応きっちりやっておこう。もしかすると俺が飲むことになるかもしれないのだから。
「浮遊、追従、慣性制御、防御結界、あとは温度調節も使っておくか」
これらの魔法によって、酒樽は浮遊しながら俺の後ろを自動でついてくるようになる。しかも揺れに強くなり、温度も一定に保たれる。
「さて。こうなると……毎回思うけど、浮遊があるのに飛行は無いって、意味わからんな」
背中に背負っていた盾をおろして、浮遊魔法を使う。浮遊する盾をスケボーのように使い、地面を蹴って進む。
浮遊はただ浮くだけの魔法なので、坂道で使うと滑って落ちていく。地面からの高さも、それほど高くできない。
「推進力……かぁ……」
推進力を持った「飛行」は魔法として存在せず、山登りには使えない。浮遊でも平原ならスケボーみたいに使えるが、これから山を登らなくてはならない。山登りでは、蹴って進む方式ではメリットがない。
「風魔法でロケットエンジンは無理だったし……」
風魔法を放てばロケット推進できるのでは、と思ったこともあるが、魔法には反動がないので無理だった。
「容器があれば、水魔法と火魔法で蒸気機関を作れるわけだが……容器がなぁ……」
ゴム風船から空気を噴射するような形で、容器から水蒸気を噴射して推進力にする。理屈では可能だが、問題は容器だ。
戦闘もこなすので、壊れやすいものや、かさばるものは持ち歩けない。
「まてよ? 反動を作る必要は、無いのか? 反動がないっつー事は、こうして……」
俺は、ボールを持つように両手を胸の前へ。
そして片手から風魔法を放ち、もう片方の手で受ける。
反動がないので、受けたほうの手だけが押し出され――
「へぶしっ!?」
転んだ。
体の重心からズレたところで発動したせいで、バランスを崩して、突き飛ばされたような形になってしまった。
こうした便利系の魔法をじっくり考える時間なんて、今まで無かった。常に襲われる環境と比べて、なんと平和なことか。
……と、しみじみ思っていると、後ろから声が聞こえた。
「アッハッハッ! 何やってんだ、一文無し!」
「お? スリモドキか。
こんな所でどうした? とうとう真面目に働く気になったか?」
「うっせー! 俺はもともと冒険者が本業だっつーの! スカウトとして、これでもBランクの――ぐはっ!?」
スリモドキが何かに突き飛ばされた。
よく見ると、草むらに隠れていたスライムのようだ。
「あっはっはっ! 何やってんだ、スリモドキ」
麻痺の魔法を放って、スライムの動きを止めてやる。半ば液体のような体を持つスライムは、いったんくっつかれると引きはがすのが大変だ。麻痺させるか凍らせるか乾燥させると簡単にはがせる。
「ちっ……余計な真似を」
「スライムにも気づかないBランクのスカウトが何か言ってるなぁ」
Bランクというのが何か知らんけど。
自慢気に言うのだから、自慢するポイントなのだろう。結果はケチョンケチョンだが。
「ぐぬぬ……! てめえ、言わせておけば……」
「ところで先輩として教えてほしいことがあるんだが。この登録したての新人冒険者に、ひとつ教えてくれないか?」
「なんだ? 急に下手に出て、気持ち悪いな」
「Bランクって何だ?」
「てめえ! 煽ってんなら買ってやんぞ、その喧嘩!」
「いや、マジで。知らないんだ。
冒険者にランクがあるのか? スカウトとしての能力を評価したものか? 俺は何ランクなんだ?」
「登録した時に聞いただろ。説明あっただろ?」
「いや? お前がチャチャ入れたせいで忘れたんじゃあねーのか?」
「ちっ……。
Bランクっつーのは、スカウトとしてのランクだ。試験を受けて合格するとランクが与えられる。当たり前だが、冒険者と一口に言っても、戦士と魔法使いじゃあ出来ることがまるで違うからな。
俺で言うと、スカウトとしてはBランク、戦士としてはCランク、魔法使いとしてはEランク、僧侶としてはFランク、あとはランク無しだ。
一文無しは試験自体ひとつも受けてねーんだから、ランク無しだろ」
つまり資格と同じだ。例えば運転免許の、第何種、何型、みたいな。
そうと分かってみると、けっこう色々持ってるな、スリモドキのやつ。
「兵科ごとの実力ってことか」
「兵科て……軍隊かよ」
「冒険者は何ていうんだ?」
「職業だよ」
「はあ? それはおかしくねーか? 職業は冒険者だろ。久しぶりに会った友達に『お前は仕事なにやってんだ』と聞かれて『俺の職業はスカウトだ』って言うのか? 冒険者だ、って言うんじゃあねーのか? 普通はよぉ~」
「そうだけど、そういうもんなんだよ。
俺に言われても、そんなのどうしようもねーよ」
「うーむ……」
絶対へんだと思うんだが。
でもまあ、ラジオで曲のことナンバーって言うもんな。放送中でなければ「好きなナンバーは?」とは言わない、ってDJも言ってたし。そーゆーもん、か。世の中ふしぎがいっぱいだな。
「まあいいや。
それよりBランクのスカウトって、実際どんなもんなんだ? スライムに気付かないのは、さすがにアレだろ? 本当はもっと凄いんじゃあねーの?」
「当たり前だ。テメエやっぱ煽ってんだろ」
「軍隊上がりだ。口が悪いのは勘弁してくれ。
興味があるだけだよ」
戦場では人間の凶暴性が全開になる。自然と言葉遣いが悪くなるものだ。たとえ仲間同士でも。
「ちっ……じゃあ見せてやんよ。
てめえの仕事についてってやらぁ。その樽をどこぞに配達すんだろ? 索敵は任せとけや。格の違いってやつを思い知らせてやんぜ」
「おっ、マジか。そいつは有り難い。よろしく頼む」
俺は素直に頭を下げた。
「ちっ……何なんだテメエ。調子狂うぜ。煽り耐性高すぎだろ」
こうして俺たちは、臨時のパーティーを組むことになった。




