第28話 かくて勇者は準備を完了した
「あれだ」
イグニスの巣穴まではイグニスに乗せてもらって戻り、そこからは徒歩で戻って、街の近くへ。
今やすっかり風物詩になった家ゴーレムが見えてきた。
「小さい砦に足が生えてるだよ」
「ゴーレムですか。素材は土ですね。ボロボロ崩れる土であの大きさを維持できるとは、我が神の実力は底しれませんね。しかも強度が下がる中空構造でありながら、いくつかの魔法で補強してあるようですね。結果的にドラゴンの攻撃にも耐えられるほどの堅牢さになっています。さすが我が神。これはさしずめ移動要塞といったところですか」
「へぇ~……狂信者どんは、さすがエルフだなぁ。見ただけでそんなに詳しく分かるだか」
「エルフだから魔法の理解に有利……たしかに、それはあるでしょう。
しかし大事なことは信仰心です。信仰心さえあれば、種族の特性程度のことは乗り越えられるのですよ。よく言うでしょう? 努力しない天才より努力する凡人と」
さああなたも信仰を、と暴走を始める狂信者。
どうにか逃げようとする照れ屋。
「そこは大事じゃあないんだがな……」
ぼそっと言えば、狂信者が今にも平伏せんばかりに焦りだす。
「も、申し訳ありません! 我が神の御心を察しきれず……汗顔の至りです!
しかし、我が神よ……この愚かなエルフをどうかお導きください。防御力が『重要ではない』とおっしゃるのなら……重要なことは、何なのでしょうか?」
「鼻だ」
家ゴーレムは、全体が象みたいなシルエットになっている。
大事なのは「鼻」の部分だ。脚があって高床式みたいになっているため、「鼻」を伸ばして階段にする機構を用意した。移動時は丸めて収納できるし、ある程度までの敵なら鼻を振り回して攻撃もできる。
近づけば家ゴーレムは俺を認識して鼻をのばす。
伸ばした鼻と一体化した階段をのぼって、背中にある「家」部分の、その玄関前にたどり着く。
「ほら、出入りに便利だろう?」
「素晴らしい……! 利便性と防犯性の両立……まさに戦略的優勢の塊です! さすが我が神! これならば並大抵の敵は、文字通り相手にならない。相手にするまでもない。煩わしいだけの小物を自動的に蹴散らし、快適性をも確保しているとは」
必要以上に興奮する狂信者を放置して、俺はドアを開けた。
「ただいまー」
「おお、帰ってきたか、一文無し。なんか、やたら時間がかかったな?」
「おかえりなさい、一文無しさん。無事にお酒は届けられましたか?」
玄関を開けるとすぐにリビングだ。
スリモドキとほっぺちゃんが、ボードゲームに興じていた。
「スリモドキ。ほっぺちゃん。新しい仲間を紹介しよう。
イグニスに仲介してもらって、2人の仲間を手に入れたんだ」
俺は横へずれて、2人を中へ招いた。
まずは狂信者。
「「おお~……!」」
エルフの姿を見て、スリモドキとほっぺちゃんが感嘆の声を漏らす。
この世界ではエルフは珍しい。いかにも美形だが、それだけに狙われやすく、少数民族で、そうした背景から森の奥に引きこもって生活しているからだ。
「狂信者だ」
「よろしく頼む。ともに我が神のお導きに従おう。もはや我らに残された道はそれしかない。故郷を失った痛みは、我が神のお導きによって、いつかきっと癒やされるだろう」
「「お、おお~……?」」
いかにも狂信者な挨拶に、スリモドキとほっぺちゃんはドン引きした。
次に俺は、照れ屋を中へ入れた。
窮屈そうに玄関を通って、背筋を伸ばした照れ屋の頭は、天井に届きそうだった。
「「ぎゃああああ!? 小さいドラゴンだああああ!?」」
スリモドキとほっぺちゃんは悲鳴を上げて後ずさった。
イグニスに会うのが「怖いから」と一緒に来なかった2人だ。竜人の、それもとびきりゴツい奴を見るのは怖いか。
しかし当の本人は、見た目を怖がられても気にしないどころか、ご満悦だった。
「小さいドラゴンだなんて、そんな……オラ程度がドラゴンに間違われちゃあドラゴンに失礼だヨ、コノヤロー♪」
「慣れろよ、お前ら。コイツは本物のドラゴンの攻撃にすら、しばらく耐えるほどの逸材だぞ」
「なんてこと言うだヨ、コノヤロー♪
オラ程度がそんな……でへっ……でへへへ……」
「慣れろだぁ!? 無茶言うんじゃねーよ、てめー! こんなのもう二足歩行する小さいドラゴンじゃあねーか! こえーよ!」
「み、味方になってくれるなら、頼もしい……はずなんですけどぉ……ドラゴンの隣は怖いですぅ……」
「ふふふ……我が神はドラゴンすら手懐けるのです」
「でへへへへへへ♪」
駄目だこりゃ。
収拾つかねーわ。
◇
好き勝手に騒ぐアホどもが落ち着くのを待って、俺達は街へ出かけた。
いよいよ天空の塔へ挑む。その準備のため――食料とかポーションとかの買い出しのためだ。もちろん分担して効率よく。俺は食料を担当した。
「塩を10kgください。あと胡椒を5kgと、小麦粉を20kgと……」
商品棚から集めてレジへ持って行く、というのでは買い占めになってしまって他の客の迷惑になるだろう。
なので在庫から出してもらおうと、直接店主に欲しいものを伝えた。
「えらく大量に買ってくれるんだな? けど、業務用なら他の店へ行きなよ。うちは家庭用だ。あんまり大量に買われると、他のお客さんの迷惑になる。
第一、どうやって持ち帰るつもりだ?」
「業務用……まあ、冒険者が仕事中に使うから業務用なのか?
でも業務用の店へ行ったら、自家消費するなら家庭用の店へ行けと言われたんですが」
「あー……業務用は仕入価格で売るからな。家庭用の客がそっちへ流れたんじゃあ、俺達が商売あがったりになっちまう。
わかった。せっかく気を遣ってもらったんだ。ここはウチが頑張らねーとな。塩10kgと胡椒5kgだな。それで、持ち帰れるのか?」
「それはもちろん。この馬に――」
「乗せるのか」
「入れるんです」
馬ゴーレムの背中をパカッと開いて、空っぽの「胴体」に荷物を入れる。
自動車のトランクみたいなものだ。内蔵が不要なゴーレムならではの使い方だな。
形が自由に変更できるので、どんな環境にも連れていける。
「ええええ!?
な、なんて精巧なゴーレムだ。本物の馬かと思った。すげーな」
「ありがとうございます。
まさにそこが、こだわりのポイントなんですよ」
せっかく作るなら、ぎこちない動きでは面白くない。
より本物らしく。
それでいて、遣って便利に、乗っても快適なように。
この馬ゴーレムは、揺れが少ない側対歩で動く。
「いいもの見れたよ。まいどあり」
店主に代金を支払って、俺は馬ゴーレムにまたがり、出発した。
こうして天空の塔へ挑む準備は完了した。
あとは天空の塔から「帰る方法」を得られるかどうか……。
可能性は低いだろう。期待してはいけない。そう思いながらも、期待してしまう。だが今の時点では、それはどうでもいいことだ。結果がどうなるにせよ、「やめておく」なんて選択肢は無いのだから。喜ぶのも、がっかりするのも、やってからだ。
――さあ、行くぞ。




