第26話 かくて勇者は3人目の仲間を手に入れた
翌日、イグニスの背中に載せてもらって、大空の旅に出た。
吹き付ける風は嵐のように激しく、かなりの速度が出ていることを実感させられる。しかも高度が高い。はるか眼下に広がる山脈が、まるで緑色の枯山水だ。当然高い所ほど気温が低いわけで。
「……さ……寒い……!」
慌てて防風や空調の魔法を使うハメになった。
イグニスはそういう魔法を使っている様子もないのに、平気そうだ。初めて出会ったときには溶岩で入浴していたっぽいし、ドラゴンの温度耐性やばすぎだろ。
しばらく飛んで、山脈の中にひときわ高い山が見えてきた。植物が生えない高さの禿山だ。
「あそこだ」
イグニスが禿山に向かって降下する。
地面が近付くに従って、小さな集落が見えてきた。禿山の中にありながら、岩で隠すように存在している。
「邪魔するぞ」
イグニスが着地すると、リザードマンに角が生えたような人達がわらわらと集まってきた。彼らが竜人族か。
全身に鱗が生え、尻尾がある。リザードマンも同じだ。しかし受ける印象はまるで違う。リンゴのようにつるっとしているリザードマンに対して、竜人はパイナップルのようにゴツゴツしていて顔の彫りも深い。
「イグニス様! ようこそのお越しをいただきまして、竜人族一同感激に言葉もございません」
長老らしき竜人が嬉しそうに言う。硬い鱗に覆われた顔であるため、表情の変化は人間に比べると乏しい。だが尻尾の動きが雄弁に感情を表していた。
竜人族全員がイグニスに向かって平伏し、犬のように尻尾を降っている。
「お前達も息災のようで何よりだ。
今日はこの男を紹介しに来た」
イグニスが俺を振り返り、地面に伏せた。
降りやすいように気を使ってくれたらしい。俺なら飛び降りても平気なのだが、竜人たちが「イグニス様の背に乗るなんて」と怒らないようにするためのパフォーマンスの意味もあるのだろう。
「我が友だ。我に酒を配達する配達人にして、飲み友達でもある。魔王を倒した勇者と言ったほうが分かりやすいか?」
「どうも。はじめまして、竜人のみなさん。元勇者で今は一文無しの冒険者です。
飲み友達のそのまた友人の方々ということで、皆さんとも仲良くできればと思っておりますが、竜人と出会うのはこれが初めてなので、なにか失礼があったら教えていただけると幸いです」
「こやつは天空の塔に挑む仲間を探しておってな。戦士長の息子にやたらと頑丈なのが居ただろう? あいつが適任ではないかと思って、紹介してやりに来たのだ。
もちろん本人が行かぬと言うなら無理にとは言わんがな」
イグニスが誰かを探すように視線を巡らせると、1人の竜人が進み出た。
黒光りする鱗を持ち、竜人の中でも特に大柄な男だ。デブと見紛う幅広な姿は、その実、分厚くぶっとい筋肉でできている。
「オラの事ではねぇでしょうか」
「おお、居たか。お前だ。
どうだ、この巨躯。そして金属質の鱗。いかなる血脈のいたずらか、このように突然変異を起こしてなぁ。こやつの鱗は、我をして破壊にはいささか苦労するほどだ」
「ちょうど、さっき抜け落ちた鱗がごぜぇますだ。
お試しになりたいなら、お使いくだせぇ」
そう言って、鉄板のような鱗を差し出された。
受け取ってみると、思わずバランスを崩しそうになるほど重い。
軽くノックしてみると、確かに固い。分厚く、重く、中身がぎっしり詰まっている感じがした。まるで城門のようだ。
全力で殴ったら壊れるか……? 微妙なところだ。
「我はこれを砕くのに10秒かかった。
お前はどうだ? 配達人」
イグニスが挑戦的な笑みを浮かべて、黒い鱗をつまんだ。
爪の先でつまんでいるだけなのに、鱗は万力のように動かなくなった。さすがドラゴンのパワーだ。
「イグニスが10秒かかるのか……」
それなら素手では無理だ。
俺は剣を抜いた。
魔王軍四天王から鹵獲した剣に、衝撃分散の魔法をかける。それだけだと攻撃力が下がるので、魔法省の手伝いで習得した封印魔法を組み込み、攻撃力を下げる効果を封印。反動だけを分散するように効果を調整した。これで剣の攻撃力はそのままに、剣の強度が飛躍的に向上した。
「さて、どんなもんかな……?」
補助魔法はこれだけでいい。本当は何も使わずにやりたいところだが、この剣は折れたら困る。魔王から鹵獲した剣は、こんなふうに普段遣いできないヤバい代物だからな。
俺は剣を両手で握り、正眼に構えた。
こうもきちんと構えるのは初めてだ。こんな正々堂々と向き合って、ヨーイドンで戦うなんてのは無かった事だ。基本的に強襲、たまに奇襲。する・されるの違いはあっても、いつも一方的な襲撃だった。
ちょっと楽しいな。魔王を倒した勇者なのだから切れないとちょっと恥ずかしい。だが切れなければ彼の防御力を称えるだけだ。命の危険なく安全にスリルを楽しめる。ジェットコースターみたいなものだ。
せっかくの機会だ。丁寧にやらなくては、もったいない。
呼吸を整え、精神を整え、剣と一体になり、標的だけを視界に置く。
いざ尋常に――勝負。
「ふんっ!」
戦車の主砲が直撃したような轟音が響き、俺の両足が地面にめりこんだ。
剣は鱗を半分ほど切り裂いて止まっていた。
補助魔法を使わず剣の単純な振り下ろしだけで挑んだが。
それは相手も同じこと。鱗は強化魔法どころか、生きた状態ですらない。
「素晴らしい防御力だ。
イグニスが10秒かかるのもうなずける」
これなら魔王城での訓練は省いても良さそうだ。
「ククク……あっさり半分も切り裂いておいて、よく言うわ。
見ろ、周りの顔を」
言われて見渡すと、竜人たちがギョッとしていた。怪物を見る目で俺を見ている。
「驚かせてしまって、申し訳ない」
「謙遜も過ぎるとイヤミだぞ。
それでどうだ? こいつを連れて行くか?」
「願ってもない。
が、もちろん、来てくれるなら、だな」
「お前はどうだ?」
イグニスが巨躯の竜人を振り向く。
巨躯の竜人は、うやうやしく跪いた。
「イグニス様のご紹介ならば是非もねぇですだ」
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
差し出した手を握り返されると、まるで赤ん坊の手を包む大人の手を見るようだった。デカい。ゴツい。何より安定感が半端ない。コイツは何をしても倒れないだろうと思わせる重厚感に満ちている。
「すごいな。ドラゴンをそのまま小さくしたようだ」
率直な感想だった。思わず口から漏れたと言っていい。
とたんに竜人はデレデレの顔になり、くねくねし始めた。
「なんてこと言うだ。
オラ程度がドラゴンと比べ物になるわけねぇだヨ、コノヤロー♪」
尻尾がビタンビタンのたうち回っている。
土が飛び散って、大変迷惑だ。
「……すごい照れ屋だな」
しかも照れ隠しが全然隠れてない。
こいつの呼び名は照れ屋で決まりだな。
こうして俺は3人目の仲間を手に入れた。
予想通り順調な結果だった。
問題は、次だ。




