第22話 かくて勇者は肩をすくめた
魔王城での修行は、特に語ることもない。入城前と同じ事を繰り返しただけだ。変化があったとすれば、ドラゴン以外の魔物が出ること――巨人や魔人といった人型が多い。ただし首がなかったり腕が4本あったりなど多彩な姿をしている。
それらは魔王の後釜を狙って相争っていた。魔王というボスが不在になり、群で暮らす動物のボス争いが起きているのだ。おかげで奴らが外へ出ていく心配はしなくていい。
それと、スリモドキがあまり反発しなくなったこと。
「一文無し……てめーが勇者のくせに貧乏な理由がわかったぜ。
素材を剥ぎ取る暇もなけりゃ、丸ごと持って帰る余裕もねーんだな」
スリモドキが名残惜しそうに魔王城を振り返る。
俺たちは今、帰路だ。帰り道である。
そして当然のように、往路と同じように多数の魔物に襲われる。戦うのに忙しくて、剥ぎ取る暇が無いし、死体を丸ごと持ち帰る余裕もない。
ただし、それは「1人で来たなら」の話だ。実のところ、俺には余裕がある。スリモドキだって、素材を持ち帰れないなんてことを気にする余裕があるほどだ。前回俺が1人で魔王城に突入したときには、そんな余裕は無かった。
「引き返して、剥ぎ取ってくるか?
それとも丸ごと持ち帰るか」
「冗漫だろ。のんびりやってる間に殺されちまうぜ」
「1人なら、な。
戦闘と運搬を分担すれば、少しは持ち帰れるぞ」
俺は1人でも生きて帰ることはできたのだから。
今はスリモドキが共闘できるほど強くなり、出来ることが増えた。まさにこれこそパーティーを組む利点だ。
「マジで? じゃあドラゴンでも持って帰ろうぜ。
売れば大金になるし、武具の素材にしてもいい。冒険者ギルドからの評価も高くなるし、周囲からも一目置かれること間違いなしだ」
いいチョイスだ。
魔王城の中に出てくる魔物は、ドラゴンより強いやつが多いのに、ドラゴンより高くは売れないだろう。受ける評価もそこまでじゃないはずだ。
なぜか?
知らないからだ。誰も見たことがない魔物ばかりで、その強さも素材の利用価値も知られていない。分かりやすく言うなら、江戸時代にレアメタルを持ち込むようなもので、いくら有用な素材だろうと使い道がない。誰も使い方を知らないのだから。
つまり、あえてドラゴンを選ぶのが正解だ。さすがスリモドキ。いいセンスだ。
「好きなのを選べよ。浮遊魔法をかけてやる」
「じゃあ、風竜にしようかな。武具にするなら、てことで」
スリモドキがホクホク顔で、宙に浮いたドラゴンの死体を引いていく。
◇
冒険者ギルドに入る前から、町は騒然となった。
ギルド前に到着すると、依頼書の掲示作業以外では決してカウンターの向こうから出てこない受付嬢たちが、他の冒険者たちに混じってギルドの外まで出てきていた。
「おお……! 見ろよ、アレ」
「マジか……マジでドラゴンじゃあねーか」
騒ぐ冒険者たち。
「あ、あれを査定する……? 解体まで頼まれたら、いつまでかかるか……」
「丸ごと持ち帰るなんて……! 素材だけ剥ぎ取ってきてくれれば、まだやりようが……」
「すぐに支部長に報告を……! 支部の資金では買い取れないわ……!」
冒険者ギルドは大騒ぎだ。
そして支部長が出てきて、俺達は個人(?)面談という事になった。
◇
「……なるほどな。
にわかに信じがたい話だが、嘘をついている様子でもない。
まあ、とにかく、少なくとも持ち帰ったドラゴンはお前達で倒したのだろう」
俺達は、正直に魔王城へ行ってきたことを話した。
支部長の反応は、この通りだ。
「別に信じてくれなくても構いませんよ。
魔王城へ行ったことも、ドラゴンを倒したことも」
「おい、一文無し」
スリモドキが不服そうな声で言う。
俺は手で制した。
「手に入るはずだった名声を……なんて惜しむなよ、スリモドキ。
俺達の目的は、天空の塔を攻略することだ。そして、それは俺達が勝手にやればいいだけのことだ。誰に認めてもらわなくてもな」
「それはそうだが……」
「それに『名声』なんてものは一時的だ。ただの『人気』と同じ。飽きられたら廃れる。新鮮なうちでなければ価値のないものだ」
「しかし宣伝効果が……」
「スリモドキ。大切なのは『信用』だ。一時的な人気で離れた客も、落ち着けばまた信用できるところへ戻って来る。信用は永続的なものだ。こっちから裏切らない限り、失われることがない。宣伝する必要すらないんだよ。
だから『ドラゴンを倒した』だの『魔王城から生還した』だのという『名声』は、どうでもいいのさ。大事なことは『とにかく奴らに任せれば確実だ』という『信用』だ」
「つまり、どうしろと?」
「何もしなくていい。
個人経営の商人じゃあないんだ。宣伝しなくたって仕事は冒険者ギルドが取ってきてくれるんだから、俺達がそこに注力したって意味はない。
やるべきことはシンプルさ。淡々と1つ1つ仕事をこなしていくだけだ。今回は成功した。その積み重ねだ。1度や2度なら偶然でも、100回200回と繰り返せば『信用』になる。
これまで成功してきたんだから、きっと次も成功するだろう。それが『信用』だ。信用とは、過去の統計から得られる未来の予測に過ぎない。毎回失敗する奴は次も失敗するだろうとみなされる。それもまた信用だ。マイナスのな」
「むう……」
「物事は、要素ごとに切り分けて考えろ。
天空の塔を攻略する。それは俺達が勝手にやることだ。名声も信用も必要ない。
それまでの生活やその後の生活のために自分たちの条件を良くしようと思うなら、大事なのは信用だぜ、スリモドキ。名声よりもな」
「言いたいことは分かる。
分かるが、一文無し。そもそも『信用』だって『名声』だって『人から貰うもの』だ。そうだろ?
だったら目立たないと、見向きもされない奴がどれだけ成果を出したって、誰に信用されるってんだ?」
「誰が何をしたかは、冒険者ギルドが全部記録してる。ギルド職員は全部見てるってことだ。もっとギルドを信用しろよ。
だがもしも、目立たないから気づかなかった、なんて事になった場合には、そのギルド職員の目は節穴だから、そんなギルドから何を言われても信用するな。回された仕事には『大事な情報が抜け落ちている』可能性がある。死にたくなけりゃ、そんなギルド職員とは関わらないことだ。
こっちにも選ぶ権利はあるんだ。ギルドが冒険者を審査するように、俺達だってギルドを審査する目を持て。ダメだと思ったなら、別の町へ移ればいい」
「……なるほど」
スリモドキが納得した。
すると、ごほん、と咳払いが聞こえた。
振り向くと、支部長がなんとも圧の高い笑顔になっていた。
その顔には「好き放題言いやがって」と書いてあるようだ。
「あんなに目立つドラゴンの死体を持ってきたくせに、目立つことよりコツコツ積み重ねるほうが大事だとは……言ってる事とやってる事が違うんじゃあねーのか?」
俺達は顔を見合わせた。
魔王城で。その周囲で。俺達はドラゴンをいったいどれだけ倒しただろうか。
それはまさに「コツコツ積み重ねた」のだ。
俺達は「次のステージ」に移っただけだ。コツコツ積み重ねるものの大きさが変わったのだ。
俺達は肩をすくめた。
ドラゴンを常食して特訓した。そんな事は、言っても信じないだろうし、信じてもらう必要もないのだ。




