第2話 かくて勇者は冒険者になった
戦ってばかりだったせいで、お金がない。
王国軍の支給品を受け取っていたが、給料は貰ってなかった。まあ、貰っても使うところが無かったわけだが。
後半になると、武具なんかは支給品では弱すぎるため、敵から奪ったものを使っていた。魔王軍にも鍛冶屋があるのか、武具を持った状態で生まれてくる不思議生態なのか知らないが、武具を装備した敵はそれなりに見かけたものだ。
水は魔法で出せるし、食料は獣っぽい敵を倒して食っていた。野菜不足への対策として薬草を見つけてはモリモリ食っていたので、健康状態もバッチリだ。
でもお金はない。全く無い。
「ぜんぶ現物支給と現地調達だった弊害が……はぁ~」
お金かぁ……。
どうしよう……?
「働くにしても、なぁ……。
この歳で、技術も知識も経験もない……唯一の例外は、戦うことだけ、か……」
俺は今年で30歳。
日本なら、この歳までニートだったとしても、まだ何とかなるだろう。
しかしこの世界では、もうどうにもならない年齢だ。なぜなら、10代のころから見習いを始めて、20代のころには一人前になり、50歳ぐらいで引退して、70歳ぐらいで死ぬのが一般的だ。
求人雑誌も職安もない世界で、30歳で職歴無しというのは、あまりにも無謀な生き方である。
「……しょーがねー……冒険者にでもなるか」
勇者としての経験や実力が役立ちそうな働き口は、3つある。
兵士か、傭兵か、冒険者か。
しかし兵士と傭兵は却下だ。王都を滅ぼしてしまったので、これからの王国は貴族同士の覇権争いで忙しくなる。他人に迷惑をかけるな、という当たり前のことも分からないほど欲望に狂った雇い主に振り回されるのは、もうまっぴらだ。
国外へ出て、他国で兵士や傭兵になれば……というのも却下だ。王国が内乱状態になるなら、周辺国はこれ幸いと侵略を始めるだろう。以下同文である。
◇
というわけで、最寄りの町にやってきた。
よく考えたら、10年もこの世界に居るのに、軍事基地以外の人間の町に入るのは初めてだ。
新鮮な気分で建物や衣服などを眺めながら歩いていくと――
「おっと、ごめんよ」
誰かがぶつかってきて、急ぎ足ですぐに立ち去った。
その間に、サッと俺の懐――もとい、腰のポーチを探っていったが。
「気にすんな。どうせ俺は無一文だ」
ポーチの中は薬草だけだ。野菜の代わりに食べる用の。
財布なんか入ってない。持ってないからな。
「チッ、貧乏人が」
吐き捨てるように言って、スリは立ち去った。
それにしても、この世界のスリは武装してるんだな。皮鎧に短剣だ。あれが金属鎧で弓矢も装備していたら、王国軍の斥候部隊と同じになる。
「……まあ、どうでもいいか」
武装しているのは俺にとって「目新しさ」がない。
脅威にもならないのだから、興味の対象外だ。
「そんな事より、冒険者ギルドは……」
いざとなったら今まで通りサバイバルすればいい。
急ぐ必要もないので、のんびり散策して異文化を堪能しながら、冒険者ギルドを探して歩いた。
◇
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ。
本日はどのようなご用向きでしょうか?」
銀行みたいな内装だった。
長いカウンターに数人の受付嬢。
カウンターの奥では、何人もの事務員が書類と格闘している。
「冒険者になりたいのですが」
「登録手続きですね。
では、こちらの書類に必要事項を記入してください」
召喚された瞬間から、言葉は通じる。女神が与えた能力の一部なのだろう。
王国の文字は、最初に送り込まれた前哨基地で覚えた。やはり文字が読めると、得られる情報が一気に増える。命令書や報告書をこっそり読んで、逃げ出す先の情報を集めようとしたのだ。
「おいおい……おっさん、その歳で登録かよ」
小馬鹿にしたような声がした。
振り向くと、革鎧と短剣を装備した男が、ニヤニヤ笑っている。
「あ。お前、さっきのスリモドキじゃねーか」
「げっ……てめえ一文無し」
「その通り。だから生活費を稼がないとな。
お前もスリなんかやめて、真面目に働け」
「ケッ! うっせーよ、貧乏人が。
てか『モドキ』って何だよ」
「スリのふりして何もスッていけなかったんだから、スリじゃなくてモドキだろ」
「ふざけんな、てめえ! 一文無しからどうやってスれってんだ!」
「誰が『スれ』なんて言ったんだ。
俺は『スリなんかやめて、真面目に働け』と言ったんだぜ。頭、大丈夫かよ?」
「ぐぬっ……!?
な、ナメやがって……! ぶっ殺すぞ、てめえ……!」
頑張って凄んでくるスリだが、言うわりにナイフのひとつも手にしない。
俺は鼻で笑った。
「戦場帰りに『ぶっ殺すぞ』は通じねーよ。
こっちは『殺す』と決めたときには、もう殺してるんだから」
「……チッ。退役軍人かよ」
「うむ。魔王軍相手に、ちょっとな」
「ケッ……」
バツが悪そうな顔をして、スリはそそくさと立ち去った。
その後姿を見送って、受付嬢に視線を戻す。
「兵隊さんでしたか。
魔王軍から人々を守ってくださり、ありがとうございました」
そう言って、受付嬢はスリが立ち去った方向を一瞥した。
そして、にっこり笑う。
「彼のことは、しっかり処分しておきますので」
どうでもいいので、俺は肩をすくめておいた。
それから手続きを進めてもらい、冒険者証を受け取った。
こうして俺は冒険者になった。




