第19話 かくて勇者は正体がバレた
「今の魔法って、攻撃力を下げて、防御力を上げるわけだろ?」
「そうだな」
衝撃を分散する魔法。
相手にかければ攻撃力を下げ、自分にかければ防御力を上げる。
「だったら訓練に使うには最適じゃねーの?」
「ん~……」
難しい問題だ。
俺はどう答えたものか迷った。
「なんだよ? 違うのか?」
「答えが一定ではない」
「はぁ?」
「確かにスリモドキの言う通り、訓練に使うには有用な魔法だ。
ただし、その訓練が『それなりの努力でそれなりの結果を出すため』であれば、だがな」
「どういうことだ?」
「天空の塔を攻略する。これは『それなりの結果』か? 人類の最高到達階層が10階なんだろ? 他のダンジョンなら50階なのに、天空の塔はわずか10階。それほど高難度のダンジョンということだ。それを攻略するのが『それなりの結果』か?」
「……違うな」
「そんな目標を達成するための努力が『それなりの努力』か?」
「違うな」
「そういう目標で、そのための努力をするには、こんな魔法では役に立たない。
なぜなら、この魔法を使った訓練は『死なないこと』が前提だからだ。
天空の塔を攻略するなら、死んで当然の戦いを日常的に繰り返さないと足りない」
「たしかにな。そうかもしれない。
けどよ、途中で死ぬならそれまでだ――とは言えねーだろ」
どうしろってんだ、と言わんばかりのスリモドキに。
俺は深々とため息をついた。
「そういう所だ。お前は」
「なんだよ?」
「途中で死んだなら、必ずやアンデッドになって続きを成し遂げる。
そのぐらいの気概がなけりゃ……あの塔を攻略など、とてもとても……」
「アンデッドになるかどうかなんて、時の運じゃねーか」
「その運を根性で引き寄せ掴み取る気概が必要だ。
魔王軍四天王の1人が初めて人類の前に姿を見せたとき、接敵した王国軍の大部隊は壊滅して、その中の小部隊がひとつ、魔王軍に捕まった。奴らが捕虜をオモチャとして見ていることに気づいた部隊長は、奴らにひとつの提案をした」
「提案?」
「部下を1列に並べて、その端で私の首を切り落とせ。
首が落ちた後、私は必ずや部下の前を駆け抜ける。私が1人の部下の前を通過できたなら1人を、全員の前を通過できたなら全員を、何もせずそのまま解放してほしい」
「バカな。首が落ちたあとで走るなんて」
ああ……奴らも、そう言って笑ったな。
だが隊長は――
「走ったよ」
「は?」
「隊長は、自分の首を両手で抱えて、走ってみせた。
10人並んだ部下の前を駆け抜け、そのままさらに10mほども走ってから、やっと倒れた」
奴らは隊長の勇姿に度肝を抜かれ、一言も発しなくなっていた。
奴らだけではない。俺達部下も、隊長の勇姿に言葉を失っていた。
そして俺達は解放された。
俺が本当に覚悟を決めたのは、その時からだ。何度死んでも魔王を倒し、必ず日本へ帰るのだと……逃げ出さずに正面突破する覚悟を、あのとき隊長から受け取った。
「…………」
ごくり。
スリモドキがつばを飲む音がした。
「てめー、そんな環境を求めて魔王城へ行こうってのか?」
「そうだ。目的は遂げる。自分の身も守る。両方やらなくっちゃあならないってのが、冒険者のつらいところだな」
いっそ軍隊なら楽なのだ。
仲間の礎になって死ねば、目的は残った仲間が遂げてくれる。
だから、目的を遂げるか、身を守るか、どっちか片方だけでいい。
だが少数精鋭の冒険者では、そういうわけにはいかない。自分の代わりが居ない。自分が抜けた穴を埋めてくれる仲間がいない。1人でも欠ければ、パーティーは機能不全に陥るのだ。
「覚悟はいいか? 俺は出来てる」
「おいおいおい……死ぬ気か? 一文無し、てめー……。
意味わかんねーよ。なんで仲間を失った俺より、建築様式に興味があるだけのてめーのほうがガンギマリなんだ? どうなってんだ? てめーの、その覚悟はよォ」
スリモドキは呆れたように言った。
そして大きく息を吸うと、真剣な目で俺を見た。
「これでてめーが1人で天空の塔を攻略でもしてみろ、畜生め。
俺はいったい、どんな顔して生きていきゃあいいんだ?」
「無いんじゃあねーの? そんな顔は。
だから『面目ない』というんだろーぜ」
「だろうな。
だからよ、やってやるぜ。魔王城だってどこだって、必要なら行ってやる。
だが説明しろよ。想像がつかねーからな。魔王城へ行って、どうするんだ? 死ぬのが当然の強敵だらけで、ひたすら戦おうってのか? それは『できるようになる』よりも前に、普通に『死ぬ』だろ?」
「そうだな……魔王城へ行く前に、もう1段階、訓練しておくか」
次の瞬間、意識の中だけで、俺はスリモドキを斬った。
「……ッ……」
スリモドキが青ざめ、大量の汗をかく。
冷や汗も脂汗もごちゃまぜだ。
しまいには関節の固定がおかしくなったように、ガクガク震えだした。
「……な……なんだ……今のは……?
斬られた……よな? 体の中を通っていく刃の感触まで、リアルに感じたぜ……」
「今のを、当たる前に察知して避けろ。
魔王城の魔物は、そのぐらいの強さだ」
「……待て……待て待て……。
え……? ど……どういうことだ?
まさか……嘘だろ? ……そういう事なのか?
お前は……お前が、勇者……?」
スリモドキは戸惑っている。
今の今まで考えてもいなかったという顔だ。
まあ、そうだろうな。魔王を倒した偉人。世界を救った勇者。そんなのが、たまたま隣に居たんだから。
こうして俺は、正体がバレた。




