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第16話 かくて勇者は苦笑いした

 スリモドキの昔の仲間達を、それぞれの故郷へ送り届けて埋葬し。

 再び町へ戻ったときには、1ヶ月ほどが過ぎていた。


「指命依頼が来ています」


 冒険者ギルドに顔を出すと、受付嬢に呼ばれて。

 差し出された依頼書を見ると、酒の配達依頼だった。


「依頼人は……イグニスか」


 販売元のザルワーク・サケスキー商会の店長は、イグニスが毎月同じ日に酒を買いに来ると言っていた。

 それがたまたま来なかったときがあって、心配になった店長が配達依頼を出した。

 結果的にイグニスは元気そうだったが、正体がドラゴンだったのには驚いた。道理で山奥に1人で住んでいるわけだ。

 俺はそのイグニスに気に入られて、今後は配達を頼むと言われたが。


「まさか本当に依頼してくるとは」


 せっかくのご指名だ。

 引き受けよう。


「スリモドキ。お前も一緒に行くか?」


「冗談じゃあねーよ。命がいくつあっても足りねぇ」


 今回はパスか。

 まあいい。俺だけでも行こう。



 ◇



「おお! よく来たな、配達人」


「まいど」


「そうだ。お前も一緒に飲まんか? この1ヶ月の間に何をしていたのか聞かせてくれ。人間は短い時間でいろいろな事をするからな。話を聞くだけでも面白い」


 振舞い酒なら飲むしかない。

 まあ、この1ヶ月のことなんて、話して面白いことでもないが。


「そうか。なかなか大変だったな。

 しかし『弔う』というのは人類に特有の風習だな」


「そうなのか?」


「うむ。人類以外の種族は『弔う』という事をしない。

 魔物しかり、獣しかり、我らドラゴンにしてもそうだ。

 わざわざ死体を丁寧に扱うのは、人類だけの感傷だな」


「ドラゴンは弔わないのか……なんか意外だな」


「我らにしてみれば当然のことだがな。

 弔うという感傷を持っているのは人類だけだ。それは人類だけが特殊な生態系を持っているからだろう」


「特殊な生態系?」


「知能は我らドラゴンにも匹敵する。このように高度な言語を操るのは、ドラゴンと人類のほかには、ほんの数種類の強力な魔物ぐらいだ。つまり知能は強さとほとんどイコールだと言っていい。

 だが人類は、ゴブリンにも殺されるほど脆弱だ。同レベルの知能を持つ他の種族を見てみるがいい。ゴブリンなど、眠っているところを襲われても傷ひとつ付かぬ。ゴブリンに殺されるのは人類だけだ。

 その一方で、ときにはドラゴンをも殺してみせる。まったく人類というのは、強いのか弱いのか、さっぱり分からんな」


「なるほど。興味深い話だ」


「つまりだ。

 人類は死にやすくて、知能が高い。この矛盾した生態系ゆえに、人類だけが弔うという風習を生み出したのだ。群れねば弱いゆえ、親子でもない仲間の死を悼むという感傷が生まれたのだろう」


「なるほど……」


「ちなみに、そういう『他にはない特徴』というのは、概して他を圧倒する『強み』になる。

 大事にするがいい」


「それは慰めか?」


「事実を述べたまでだ」


「なんだ。すこしお前のことが好きになったんだが、気のせいだったか」


「ふはははは。なんだ、貴様。慰めてほしいのか?」


「今の、面白い要素あったか?」


「滑稽というか、奇妙だな。

 お前の仲間が死んだわけでもないのだろう? お前の仲間の、お前が知らないかつての仲間が……それもすでに死んでいたのを、よそへ移しただけのことだ。

 弔うという感傷がない我にしてみれば、それでどうして慰めてほしいのか、さっぱり理解できぬ。突然奇妙なことを言われた気分だ」


「あー……なるほど」


 俺が試験に合格して、Sランク魔術師とAランク戦士の資格を取ったとき。

 スリモドキが、自分のことのように自慢した。

 なんでお前が自慢するんだ? と呆れたが。

 あれは他人が見たら、奇妙で滑稽だろう。

 さっぱり分からない、奇妙なことを突然言われる。たしかに面白いかもしれない。あるいは、笑うしかない、といったところか。


「…………」


 その時、俺に電流が走った。

 ――奇妙なことを突然言われる。

 ――笑うしかない。

 頭の中で点と点がつながった。その点を結ぶ線を追って視線を動かせば、その先にはイグニスがいた。

 目が合った。

 我ながら突拍子もない思いつきだと思いながらも、俺は口を開いた。


「……なあ、イグニス。お前さん、この王国を支配してみる気はないか?」


「なんだ、藪から棒に。

 なぜ我がそんな面倒なことをせねばならん?」


 さっぱり分からない、奇妙なことを突然に。

 それを見た人の反応が「笑う」とは限らないが。

 とにかく手は止まる。

 とにかく手は止まる――それが重要だ。それこそが重要だ。もうあの村みたいな事を二度と起こさないために。


「この酒。

 平和な時代にしか作れないものだ。

 アルコールを製造できる技術は、ランプや兵器に応用できる。王国内の覇権争いが激化したら、ザルワーク・サケスキー商会も領主あたりから『兵器を作れ』と言われるだろう。

 安価に作れるまずい酒なら、戦時下でも造られるだろう。

 だが手間暇かけたうまい酒は、このままだと、しばらく飲めなくなるぞ」


「王都を滅ぼしたのは、お前だろう? 勇者よ。

 我にお前の尻拭いをせよと?」


 知っていたか。

 さすがの知覚能力だ。


「まあ、シンプルに言えば、そういう話だな。

 けど、俺ではダメなんだ。俺は戦場に引きこもっていたせいで、一般に顔も名前も知られていない。俺が勇者だと名乗り出て王国を支配しても、旧態依然とした貴族たちは反発する。しょせん俺はよそ者だ。正統性がない。

 だが人類に広く知られた『地上最強の生物』たるドラゴンなら? 見たら分かるその威容……誰だって平伏するしかない。反発が起きないんだ。少なくとも俺がやるより遥かに」


「反対勢力など滅ぼしてしまえばよかろう? 王都を滅ぼしたように」


「そうすると貴族がほとんど残らなくなる。

 国家という大きな組織を運営するには、大量の中間管理職が必要だ。貴族がいないと、その役割をこなせる人材がいなくなる」


「しかしなぁ……我は人間の国の運営など、面倒なことは御免被りたい」


「じゃあ代理人を指名すればいい。

 俺の祖国では、国家元首は『君臨すれども統治せず』といって、総理大臣という代理人を立てて国家運営を任せている。国際的な式典とかには元首が出席することもあるが、それだって実務者会議みたいなことなら代理人が出る」


「なるほど、なるほど……それならば悪くないか。

 やらせてみてから、気に入らぬと思えば罷免すればよいわけだな」


「そのへんは、あんたの匙加減だ。

 事前によく調べてもいいし、とにかくやらせて結果で判断するのもいいだろう。1年とか3年とか、任期を区切ればどっちでも行けるだろう。

 もし調べるのが面倒なら、選挙という手もある。民衆に選ばせて、その当選者を任命するという形だな」


「なるほど。では罷免する権利も与えてしまえば、ほとんど何もしなくていいな」


「あまり腐敗する前に介入してくれると、ありがたいが……」


「分かっている。

 よし、いいだろう。では明日にでも取り掛かろう。

 今日は飲むぞ。やはり人間の話は面白い」


 もっと聞かせろとせがまれて。

 俺はその日、イグニスと飲み明かした。

 そして翌日、王国はイグニスに支配された。


「今日からこの国を、我が支配地とする!」


 たった一言だ。

 それで内乱も外患も、起こる前に鎮まった。

 さすがドラゴン。


「酒はお前が配達しろよ?」


 最後にそう言って念を押され。


「竜王陛下の御心のままに」


 こうして俺は、苦笑いするしかなかった。

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